ヨン様の妹…だと…!?   作:橘 ミコト

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BGM / Rie fu『Life is like a boat』/ アニ鰤1stED
を聞きながら書きました。



運命…だと…!?

 あたし──有沢たつきは、()()()が大嫌いだ。

 

 

 嘘みたいにハデなオレンジ色の髪。

 ヘラヘラとした締まりのない笑顔。

 ヒョロヒョロで見るからに弱そうな奴。

 

 ──黒崎一護。

 

 初めて会ったのは4歳の時。

 あたしが通っていた道場にいきなりやってきた。

 

 嘘みたいに綺麗なお母さんと、嘘みたいに無表情なお姉さんに両手を握られて、それは嬉しそうに笑っていた。

 

 アイツを一目見てなんでイラッとしたのかはよく分からない。

 

 実際に相手をしてみると凄く弱いし。

 上段で一発! 10秒かからなかった。

 弱い癖にヘラヘラしていたのが気に食わなかったのかもしれない。

 しかも負けるとすぐ泣くし。

 

 だけど一番の理由は、アイツを迎えに来た人が見えた瞬間、どんなに泣いていてもすぐ笑顔に変わるところだろう。

 

 一護を迎えに来るのはお母さんの時もあればお姉さんの時もある。

 二人が一緒に来る時もある。

 

 ニコニコと太陽みたいな笑顔で眩しい人。

 物静かで月のように優しい人。

 

 正反対みたいな二人だったけど、その仲はとても良さそうだった。

 

 女であるあたしから見ても、とても綺麗な人たち。

 初めて見た時は一護よりもこの二人に見惚れてしまったのは内緒だ。

 

 そして、どちらも一護の事をとても大切にしてる事が見ているだけで伝わってくる。

 一護と話す時の目や仕草、そして嬉しそうに彼女たちへ笑いかけるアイツの姿を見ていれば嫌でも分かる。

 

 別にあたしの両親の事を冷たいとか、そういう事を言いたい訳じゃない。

 ただ、一護のあの安心しきったような甘えん坊な態度が癪に障る。

 

 二人の姿が目に入ると、アイツはすぐにニコニコと笑うのだ。

 目の端に涙を浮かべながら、それでもアイツは笑うのだ。

 

 男が負けて泣きわめいた挙句、すぐにヘラヘラしてんじゃねぇ! 

 

 そんなアイツが、あたしは大嫌いだ。

 

 

 しかし、随分と年の離れたお姉ちゃんだなと思っていた。

 

 お母さんが綺麗とは言っても、流石に無理じゃないか? 

 一護が「那由姉ちゃん」と呼んでいるから勝手に姉と思っていたのだが、別にあたしは間違っていないと思う。

 

 そんな疑問が浮かんでは沈み始めた頃。

 静かなお姉さんは一護の家である”黒崎診療所”で働いている看護婦さんだという事を知った。

 小さい頃から知っているから、あの人の事を姉と呼んでいるだけらしい。

 

 けっ! 

 

 随分と甘えたがりのガキだと思った。

 毎日のように顔を合わせているだけで姉ちゃん呼びかよ……。

 

 とか思っていたら、なんと一緒に住んでいるらしい。

 自分の隣の部屋が那由姉ちゃんの部屋なのだと、一護はいつものヘラヘラとした顔で言った。

 

 随分とまあ、仲が良い家族だなと思ってはいたが、まさかそれほどとは。さすがに驚いた。

 

 空手の試合やイベント事には、一護の家族は勢ぞろいする。

 小学生になってからは、授業参観でも皆来ている。

 

 お父さんが喧しいから凄く目立つのだ。

 一護はいつも少し恥ずかしそうにしているが、それでもやはり嬉しそうだった。

 

 元気な父、明るい母、優しい姉。

 三人の愛情をたっぷり受けて育ってきたんだな。

 出会ってから一年後くらいに双子の妹が産まれたとも言っていたが、ほんとに賑やかな家族だ。

 

 その中で一人しずかーにしている那由他さんという人は結構異様に映るけど。

 

 まあ、別に怖い人だとは思わない。

 一護以外の子にも優しいし、怒っているところなど一度も見た事がないのだから、怖いと思う方が無理があった。

 

 ただ、近所のじいちゃんの話だと怒った時はメチャクチャ怖いらしい。

 あの無表情で視線を逸らさずにジッと見てくるんだそうだ。何で怒られたのかは知らないけど。

 

 それは……確かに怖いかもしれない。

 

 

 とにかく! 

 あたしはアイツが嫌いなんだ! 

 

 だから、あたしは事ある毎に一護をぶっ飛ばしていた。

 勿論、空手でだ。イジメなんてダサい事はしない。

 

 その度にアイツは泣いていた。

 

 そして、最後には笑っていた。

 

 

 

 

 

「一護、アンタさ、ユウレイが見えるってほんと?」

 

 ある時、小学校の奴らが一護にはユウレイが見えている、なんて言っている話を聞いた。

 そんな訳ないじゃん。

 あの泣き虫がユウレイなんて見たらピーピー泣いてお母さんかお姉さんのとこへ逃げてるよ。

 

「……見えないよ、そんなの」

 

 ほーら。だと思った。

 ったく、アイツら適当な事言いいやがって……。

 

 何でも、一護は時々何もないところをボーッと眺めていたりする事があるそうだ。

 そこまで一護をじっくり見てた事なんてなかったから気付かなかった。

 

 でも、あの一護だし。

 ボケーと突っ立ってるだけだとしても不思議ではない。

 

 

 今ではあたしたちももう9歳。

 

 空手の腕も上がってきたのは良いんだけど、時々、ほんとーに時々! 一護にも一本取られる時が出てきた。

 すっごい悔しいんだけど……。

 

 あたしはあんな泣き虫の甘えたがりでヘラヘラと笑ってばかりいる奴に負けない! 

 

 そう思って過ごしていた。

 

 

 そんなある日。

 

 

 

 一護が突然学校を休んだ。

 

 

 

 珍しい。

 いつもは少し体調が悪くても来るくらいなのに。

 何かあったのだろうか? 

 

 ハッ!? 

 

 何であたしがアイツの事を心配しなくちゃなんないんだ! 

 次にあった時にぶっ飛ばしてやる。

 

 

 

 

 

 しかし、それから一護はしばらく学校に来なくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

「あっ!?」

 

 オレ──黒崎一護の側を大きなトラックが横切る。

 水たまりを思い切り踏んでいったタイヤが、俺にバケツの中身をぶっかけたような量の水を運んできた。

 

 

「あらあらあら、悪いトラックね。大丈夫、一護?」

 

 

 父ちゃんと一緒に風呂入った時みたいだ。

 思いっきり被った水で目を上手く開けられない。

 

 それでも、横を見上げる。

 

 

 そこには、大好きな母ちゃんがいた。

 

 

 

 

 ──今日は、6月17日。

 

 

 

 

 何日か前から降り始めた雨が続いて、道にはいくつものおっきな水たまりが出来ている。

 川の水も大変になってきて危ないから近づいては駄目だと聞いた。

 

「ゴメンね。ほら、交代しよ。お母さんが道路側を歩くよ」

「いいの、オレこっち! オレ雨ガッパ着てるからヘーキだもん! 今みたいのから母ちゃん守るんだから!」

「あら、頼もしい」

 

 母ちゃんは嬉しそうに笑う。

 

 その顔を見れただけで言ったかいがあった。

 

「でも、ダーメ!」

「わぷっ!?」

 

 視界を何か柔らかいもので覆われる。

 少しビックリしたが、そこからは母ちゃんの匂いがした。安心する。

 

「組み手で1回もたつきちゃんに勝てない内は、道路側を任せられません」

「こ、こないふぁいっふぉんとっふぁお!」

「何を言ってるか分かりませ~ん」

 

 顔に押し付けられた物で顔を優しくこすられる。

 たぶん、ハンカチだ。

 

「こないだ一本取ったよ!」

「は~い、綺麗になった」

 

 悪戯した後みたいな顔で母ちゃんが笑っている。

 その顔は、ずるい。

 俺が怒っても話を聞かないやつだ。

 

 母ちゃんがヒラヒラとしているハンカチが目に入る。

 

 最初は母ちゃんの匂いがしたけど、その内那由姉の匂いもしてきた。

 

 那由姉はオレのもう一人の母ちゃんみたいな人だ。

 だけど、那由姉に向かって「母ちゃん」と呼んだら父ちゃんがすっ飛んできた。

 何か不味かったのだろうか。

 

 那由姉は「もう一回、ゆっくり、どうぞ」なんて珍しく鼻息荒く言っていたから呼んであげたら抱きしめられた。

 

 どうしたら良いか分かんなくてキョトンとしてたら疲れた顔の父ちゃんと楽しそうな顔の母ちゃんが見えた。

 母ちゃんは「これで那由他さんと私は姉妹かな~」なんて言っていて、父ちゃんが「勘弁してくれ~!」って言って診療所に駆けて行ったけど……何だったんだろ? 

 

 でも、その後に母ちゃんから「呼び方が一緒だと、どっちが呼ばれたか分からないでしょ?」って言われて納得した。

 

 だから、オレは那由姉の事を”那由姉”と呼んでる。

 初めは”那由姉ちゃん”だったんだけど、少し前に何となく恥ずかしくなって変えた。

 

 それに、今は4つになった妹たちがいる。

 

 遊子と夏梨だ。

 母さんに似て明るい子が遊子、那由姉に似て仏頂面なのが夏梨。

 思わず「夏梨は那由姉が産んだの?」って聞いたら一瞬だけ場が凍った。ちょっと母ちゃんが怖かったけど、まあ良い思い出の一つ。

 

 オレは母ちゃんが好きだ。

 

 だから、妹が産まれた瞬間は嬉しかったものの、産まれるまでの間と産まれた後、母ちゃんがオレに構ってくれない時間が増えて不満だった。

 

 そんな時に側に居てくれたのが那由姉だ。

 

『貴方の側にずっといますからね』

 

 那由姉は口下手だった。

 オレも上手い方じゃないけど、それでも口数はオレよりすげぇ少ない。

 

 別に話しかけても無視されるとかいう訳じゃない。

 むしろ、しっかりとオレの目を見てくれる。それだけで嬉しかった。

 

 父ちゃんも母ちゃんもそうだ。

 

 オレの事をしっかりと見てくれる。

 それが、たまらなく嬉しかったんだ。

 

 だから、母ちゃんが遊子と夏梨にばっか構っていても、少し寂しかったけど、でも仕方ない事なんだなって思った。

 

 そんな妹たちも少し大きくなってきて、俺の事を”一兄”と呼んでくれる。

 嬉しかった。

 妹が、家族が増えるっていうのはとても良い事なんだなって、もう一回分かった。

 

 俺は毎日が楽しい。

 

 だから、ずっと笑っていられる。

 

 ただ、悩みがない訳でもない。

 

 

 ──オレには、ユウレイが見えるのだ。

 

 

 初めに気付いたのはいつだっただろうか。

 覚えていない。

 それくらい、オレにとってユウレイって存在は当たり前にいる人たちだった。

 

 あんまりハッキリと見えるもんだから、正直生きている人なのか死んでいる人なのかの区別がつかない。

 

 この間たつきちゃんに聞かれた時は一瞬だけドキッとした。

 けど、大抵はヘラヘラと笑っていれば流れていく話でもあった。

 

 大した事ないと、思っていた。

 

 纏わりつかれるのは面倒くさいし、ちょっと邪魔だなと思う。

 でも、彼らは皆少し悪戯する程度。酷い事をしてくる事もない。

 

 オレが出会ったユウレイがたまたまそうだったのかもしれないけど、実際に酷い目に遭った事がないのだから、特に気にすることもないと。

 

 

 

 そう、思っていた。

 

 

 

「さ、行こ!」

 

 母ちゃんがオレの頭をわしわしと撫でる。

 ちょっと父ちゃんに似た撫で方。

 でも、すごい優しい。

 

 オレは母ちゃんが怒ったり泣いたりする姿を一度も見た事がなかった。

 

「母ちゃん。手、つないでいい?」

「あたりまえじゃん!」

 

 オレの不満や不安を、いつの間にか察して手を差し伸べてくれる人だ。

 

 どんな嫌な事があっても母ちゃんの側にいるだけで忘れられる。笑っていられる。

 

 オレだけじゃない。

 

 遊子や夏梨、父ちゃんに那由姉だって母ちゃんの事が好きだ。

 きっと、家の中は母ちゃんを中心に回っているのだろう。

 そして、そんな母ちゃんに照らされてオレたちは笑っていられる。

 

 父ちゃんはふざけてばっかだし、遊子も夏梨もまだ小さい。

 オレがしっかりしなきゃと思っている。

 

 でも、オレの家には那由姉がいる。

 

 あの人はオレたちの行く先を静かに照らしてくれるお月様みたいな人だ。

 オレたちの先頭に立って皆を引っ張るのが母ちゃんなら、那由姉は一番後ろからオレたちを見守る人だ。

 

 寂しい時や悲しい時。嫌な事があって泣きそうな時。

 

 オレの側には必ず那由姉がいた。

 

『貴方は強い子です』

 

 那由姉はオレの事をいつも”強い”という。

 その頃はまだ道場でたつきちゃん相手に一本も取れた事がない、オレに。

 

『私は知っています』

 

 静かな顔で、感情を表に出さない。

 それでも、オレの頭をゆっくりと撫でてくれるのはとても気持ち良かった。

 

 たつきちゃんに何でいつも怒られるのかは分からないけど、二人の母ちゃんがいるオレは、とても幸せな奴なんだろうなとは思っている。

 

 だから、オレは大きくなったら二人を、家族を護るんだ。

 

 ちょっと前に、父ちゃんが言っていた。

 

『”一護”って名前はな。何か一つのモノを護り通せるようにって、そういう願いを込めて付けた名前なんだ』

 

 その時、俺は母ちゃんを護りたいと思った。

 でも、母ちゃんは二人いる。困った。

 

 少し悩んだ後、何も護るモノは一つじゃなくても良いと気付いた。

 

 だから、オレは二人を護るんだ。

 

 いつもオレを護ってくれる二人を、オレは護れるようになりたかったんだ。

 

 

「あれ?」

 

 

 雨がザーザーと降っている。

 

 かなり強い。

 

 道を歩いている人もいないし、通り過ぎる車も少なめだ。

 

 それなのに、オレは一人の女の子を見つけた。

 

 傘も差さずにフラフラと。

 今にも飛び込みそうな感じで川べりと歩いていた。

 

 

 

 そして、俺には生きている人と死んでいる人の区別はつかなかった。

 

 

 

「ちょっと待ってて、母ちゃん!」

 

「え?」

 

 最初は母ちゃんたちを護りたいと思っていた。

 父ちゃんに聞いたのもオレがもっと小さい頃の話だったからだ。

 

 でも、今では二人の妹もいる。

 ついでに父ちゃんも……前からいるけど。

 

 とにかく、オレは思ったのだ。

 

 妹が産まれて、護る対象が増えて。

 そんな大切な人たちのために道場にも通い続けて。

 今ではあのたつきちゃんから時々だけど一本取れるようにまでなれた。

 

 少しずつだけど、強くなれていた。

 

 

「一護!?」

 

 

 母ちゃんの焦った声が聞こえる。

 

 でも、オレの耳には入っていなかった。

 いや、ちゃんと聞こえてはいた。

 ただ足は止まらず、母ちゃんの声を無視したみたいになった。

 

 

 もっと、もっと。

 

 オレは、たくさんのモノを護りたいと思うようになった。

 

 

 

 そんなヒーローみたいなものに、オレは成りたかった。

 

 

 

 

 

 

「だめ! 一護!!」

 

 

 

 

 

 

 何が起こったか分からなかった。

 

 

 川に飛び込みそうだった女の子のところへ駆けた。

 

 

 女の子が体を傾けて、倒れるように川の方へ落ちて行きそうになった。

 

 

 オレはその子に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 ──そこで、オレの意識は途切れた。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 ヌチャリ。

 

 

 何かが頬に触れた感触で起きる。

 

 

 手で触れてみた。

 

 

 赤かった。

 

 

 すぐに雨で流される。

 

 

 体が少し痛い。

 

 

 ここは、どこ? 

 

 

 周囲を見渡してみる。

 

 砂利が敷き詰められた場所だった。

 すぐ近くに川が流れている。

 仰向けに倒れたオレの視界の端には電車の道が見えた。

 ガタンゴトンと音が聞こえる。

 明かりは少ない。

 道路に光が点いていても可笑しくないような暗さ。

 そういえば、今って何時なんだろう? 

 電車の音が遠ざかる。

 先ほどまでの騒音が嘘のように静かになった。

 電車の明かりもなくなり、周りはほとんど真っ暗だ。

 ああ、そうか。

 オレが落ちたから、道路の明かりが見えないのか。

 なんとなく分かった。

 オレは生きている。

 体のあちこちが痛いが、それでも生きている。

 あの子は大丈夫だろうか。

 少し心配だ。

 もう一度、周りを見回してみる。

 見当たらない。

 どこに行ったんだ? 

 

 

 

 

 

「一護! 那由他さん!!」

 

 

 

 

 母ちゃんの声が聞こえる。

 ああ、さっきは母ちゃんを無視しちゃったなあ。

 後で謝らなきゃ。

 でも、あの女の子を放っておくことなんて出来なかったんだ。

 オレの事を強いって言ってくれる那由姉にも誇れるような。

 そんな、強い男にオレは成りたいんだ。

 それで、母ちゃんたちに、遊子に夏梨。

 ついでに、父ちゃんも。

 オレの家族をオレが護るんだ。

 名前みたいに、オレの名前に負けないように。

 オレは、家族みんなを。

 そんでもっとたくさんの人を。

 オレは護れるようになりたいんだ。

 だから、あんまり怒らないでくれると嬉しいなぁ。

 オレも大丈夫だし。

 女の子がどこ行ったのかは分からないけど。

 いないなら、きっと大丈夫なんだろ。

 別にありがとうって言って欲しかった訳でもない。

 オレが助けたかったんだ。

 助ける事で、家族に胸を張りたかったんだ。

 オレは凄いだろって。

 父ちゃんと、母ちゃんたちの息子は凄いんだぞって。

 そうやって、褒めてもらって、喜んで欲しかったんだ。

 

 

 だから、何で母ちゃんが泣きそうな顔をしているのか分からなかった。

 

 

 オレは母ちゃんの怒った顔も泣いた顔も見た事がない。

 

 そんな母ちゃんが、たぶん、泣いていた。

 

 雨が混じってよく分からない。

 

 でも、きっと、あの顔は、泣いていたんだ。

 

 

「待ってて、いま、そっち、に……!」

 

 

 母ちゃんが苦しそうに蹲るのがチラリと見えた。

 いつも元気な母ちゃんがだ。

 しかも泣いていた。

 オレが護らなきゃ! 

 体中が痛い。

 そんな泣き言いってられるか! 

 オレが護るんだ。

 家族を、オレが! 

 オレが護るんだ!! 

 んだよ! 

 さっきから体に乗ってるの!? 

 重い、苦しい、邪魔だ。

 どけようと触る。

 ヌチャッと嫌な音がした。

 触った感じも気持ち悪い。

 ヌルヌルしている。

 何だっけ。

 ああ、あれだ。

 

 包丁で腹を裂いて内臓を取り出した時の魚の感触に似ているんだ。

 

 母ちゃんたちの手伝いでやった事があるが、アレは好きになれない。

 気持ち悪い。

 何なんだよ、”コレ”。

 思い切って手をかける。

 少し温かい。

 なんだ……”コレ”? 

 さっきまで見ていなかったモノを見てみる。

 まず目に入ったのは赤茶色。

 雨を吸い込み、ツヤツヤとしていて綺麗だった。

 触り心地は悪い癖に。

 次に暗闇に溶けるような黒っぽいものが見えた。

 そういえば、那由姉はいつも黒っぽい服着てたな。

 美人なんだからもっとオシャレでもすれば良いのに。

 関係ない事が思い浮かぶ。

 

 

関係ない事だ。

 

 

 そうだ、関係ない。

 

 そんな事がある訳がない。

 

 だって、那由姉は今日、家にいるって言ってた。

 

 だからあり得ない。

 

 ”コレ”は那由姉とは関係ない。

 

 そうに決まっている。

 

 

 

「一心、さん! 那由他さんが、那由他さんが……!!」

 

 

 

 母ちゃんの聞いた事のないような声が聞こえる。

 

 なんだ、これ。

 

 咳き込みながらも必死に父ちゃんを呼んでいる母ちゃん。

 

 なんだ、これ。

 

 さっきまで、オレは普通に歩いていて。

 

 母ちゃんと手をつないでいて。

 

 家族を、護るんだって。

 

 もっとたくさんのものを護るんだって。

 

 そう、思って……。

 

 

 

 

 

「無事、ですか……?」

 

 

 

 

 オレの胸元から何か音がする。

 

 違う。

 

 そんな訳ない。

 

 

 

 

「良かった……」

 

 

 

 

 だから、その顔でオレを見ないでくれ。

 

 那由姉にソックリな顔で、オレを見ないでくれ。

 

 

 

 

「二人が無事なら、それで良い……です」

 

 

 

 

 胸元にいた”ソレ”は、ガクッと力が抜けたようにオレに乗りかかってきた。

 

 

 

                                なにが   

         

             う 

 どうした                分    

                        か

                          ら       だって

     違 う           ど        な

             違う       う    い  

                    し        起こって

                   て

 違う

           違 う

         

 

                       違う

 

        違

          う                 違

                            う 

      違     違う

      う

                    違  う

 

                               違   う

 

 

 

 

 

 

「貴方は、強い子、です」

 

 

 

 

 音が聞こえる。

 

 音が聞こえる。

 

 すぐそばから。

 

 音が聞こえる。

 

 

 

 

「誰かを、護れる子……です」

 

 

 

 

 そうなりたい。

 

 そうでなければならない。

 

 オレは、家族を……護る? 

 

 目の前の、”コレ”は? 

 

 

 

 

 ──()()()は? 

 

 

 

 

 雨に濡れた赤茶色の髪。

 

 綺麗で、真っ直ぐと長く伸びた髪を、いつも母ちゃんは羨ましがっていた。

 

 オレも好きだ。

 

 触っていて気持ち良い。

 

 そんな髪に、赤黒いものが混じっている。

 

 

 

 

 血だ。

 

 

 

 

 もう、気付かないフリは無理だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ、あ……あぁぁ……」

 

 

 

 

 

「大丈、夫……これで貴方は、皆を護れる子に、なりま──ガフッ!?」

 

 

 

 

 ゴプッと音がする。

 

 彼女の口から今度は真っ赤な血が漏れた。

 

 オレの視界が真っ赤に染まる。

 

 

 抱きしめられた。

 

 

 抱きしめ返す。

 

 

 オレの口からは言葉にならない無意味な音が零れるだけだ。

 

 

 

 

 

「私は……貴方の側に、いますから……」

 

 

 

 

 抱きしめられていた手からも、力が抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()は護れなかった家族の体を抱きしめながら、

 

 

 

 

 自分の無力さを呪い、泣き叫ぶ事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

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