「那由他サン!?」
一心サンからの連絡は突然でした。
そして、何より信じられないものでした。
「くそっ!? 俺んとこじゃ応急処置がせいぜいだ!」
すぐに黒崎診療所へと向かったアタシたちを、一心サンの怒声が迎えます。
それだけ切迫した状況という事でしょう。
一心サンは白衣を真っ赤に染め上げ、手を使わずに肩で支えた電話に怒鳴っています。
その手元には、血濡れで横たわる──那由他サン。
「アタシに見せて下さい!」
現場は一心サンが一人で見ている。
アタシも加わった方が良いでしょう。
「! 浦原さんか! 助かる!」
ここにはアタシの他にも夜一サンに仮面の軍勢のみなさんが来ています。
那由他サンが重体と聞いて居ても立っても居られない。
そんな皆さんの気持ちは痛いほど伝わってきますし、彼らは皆が元護廷の隊長格。本職ではないにしろ多少なりとも医学の知識を持っています。
何か手伝える事があると踏んで付いてきてもらいました。
実際、診療所には那由他サンを除けば一心サンしか手を貸せる人物がいません。連れてきて正解でした。
「あんたらは……いや、今は良い」
一心サンと仮面の軍勢に面識はありません。
アタシの誤解は解けましたが、それでもいきなりこんな大勢を連れてくれば驚くでしょう。
「真咲サンは?」
「無事だ。一護もな。今は家の方にいてもらってる」
「白サン、ひよ里サン、六車サンはご家族のフォローに回って下さい」
大雑把な性格の人達はこの狭い診療所では邪魔になってしまう可能性が高いです。
適材適所に仕事を任せましょう。
こういう時は、何か仕事をしていなければ落ち着かないでしょうし。
「分かったよ!」
「なんでウチがそないなこと……!」
「ひよ里。ここは喜助の言う通りにしろ。俺らがここにいても邪魔なだけだ」
「……チッ! 那由他に何かあったらタダじゃおかへんで!」
ひよ里サンの罵倒で少し気分が楽になりました。
不思議なものですね。
しかし、そんな事はひよ里サンに言われずとも分かってますよ。
「鉄裁サン、有昭田サンと愛川サンは那由他サンへ回道を! 平子サンと夜一サンはアタシの補佐、鳳橋サンと矢胴丸サンは一心サンの補佐にそれぞれ付いてください!」
「「おうっ!」」
愛川サンと矢胴丸サンは気合の入った返事をしました。
性格が出ますね。
こんな呑気な事を考えていても、手を休む事なく動かします。
「これは……、酷いデスネ……!」
酷い。
有昭田サンの一言が那由他サンの現状を端的に表しています。
背中から腹にかけて一撃。
しかも臓器がごっそりと持っていかれています。
「竜弦! 急患だ! 何!? 片桐の家でも倒れる者が大勢!?」
一心サンも電話を矢胴丸サンに持ってもらい那由他サンの治療に当たります。
竜弦さんは、確か総合病院に今は勤めているんでしたっけ。
そこでも急患が多数、しかもその人たちは片桐家の者。
つまり、滅却師。
「そっちじゃ受け入れられないのか!?」
「一心サン。那由他サンの体は義骸です。普通の人間に対する治療だけでは不十分でしょう。むしろアタシたちで治療を施した方が良いッス!」
「くっそ……!」
頭を一度振って一心サンは那由他サンに集中し始めます。
先ほどの情報を考えるならば、今回の事件は那由他サンを襲ったわけではないようッスね。
恐らく、本当に狙われたのは真咲サン。
それを那由他サンが庇ったのでしょう。
相変わらずですけれど、自分の身も大切にして下さいって何回も言ったッスよ!
ただ、気になる点も多数あります。
真咲サンは虚に襲われました。これは恐らく藍染サンの手によるものではないかと推測できます。
少し前から空座町あたりで虚が頻出しており、那由他サンは人知れず皆を護ってきました。
仮面の軍勢の皆さんは死神に見つかるリスクを負ってまで人助けをしたい訳ではないようです。
そう考えると、那由他サンの特異性の一端が垣間見えますね。
これに対し、片桐家の方々は虚に襲われた訳ではなさそうです。
突然倒れる者が続出。
それも倒れる人と具合が悪くなる人の2パターン。
更に、石田家の人で倒れたのは竜弦サンの奥さんである叶絵サンのみ。
そして、真咲サンも那由他サンに助けられた時から具合が芳しくありません。
今は自室で横になり、一護サンと一緒にいるそうですが……。
そちらは白サンやひよ里サン、六車サンに任せましょう。
しかし、同じ滅却師でありながら違う容体。
この共通点と相違点を考えれば思いつく事があります。
倒れたのは──
本来は純血統滅却師である真咲サンは虚に襲われた際に内に虚を宿す体となってしまいました。
その点から導き出されるのは、既に純血統ではないと判断されたのかもしれません。
石田家を追い出されたのも似たような理由でしたし。
つまり、狙われたのは滅却師の中でも純血統ではない人々。
藍染サンが滅却師を狙う?
可能性は低いです。
藍染サンの狙いは死神、虚の境界を越えた超越者へと至る事。
恐らく目的は霊王の地位の簒奪。
ならば、滅却師相手に力を奪ったりする行動を起こすとは考えにくいです。
虚は藍染サンの行動。
滅却師が倒れたのは別の人物が引き金を引いた。
これは、たまたま同じタイミングで起きただけの別の事件。
そう考えるのが自然、ですかね。
まだ情報も足りませんし、あまり断定するのも良くないでしょうが……。
アタシはある種確信のようなものを抱きました。
「喜助、義骸ならば一度魂魄を抜き、新しい物へ移せば良いのではないか?」
夜一サンの鋭い指摘に我に返ります。
ありがたいですね。
こういう時も冷静である夜一サンみたいな人は。
今は余計な事を考えずに、目の前の那由他サンを救う事が先決ッスね。
「ええ、那由他サンが使っていたのが普通の義骸ならそれでも良かったんス」
ですから、アタシもできるだけ端的に必要な事だけを述べます。
義骸は魂魄を収める器のようなもの。
それがある程度損傷したところで魂魄そのものに支障はありません。
ただ、肉体を傷つけた痛みやショックが魂魄へ影響し、義骸を移し替えた瞬間に魂魄の傷が義骸にフィードバックする可能性があります。
そのため、義骸の治療を行い魂魄自身が「自分は無事だ」と認識できるまでの治療は必要って事ッスね。
逆を言えば、傷を完全に回復させる必要もない。
応急処置を行い小康状態になった時点で魂魄を抜き取り移せばいい訳ッス。
しかし、
「那由他サンが使っているのはアタシが作った特殊な義骸です。これは瀞霊廷からの霊圧探知に引っかからないよう、特別に魂魄が持つ虚の霊圧をも抑えるようにしたものです。しかし、那由他サンはその魂魄が弱い。ですから、魂魄と義骸との結びつきを特に強くしています。つまり、肉体の損傷がそのまま魂魄の損耗に繋がります」
ああ、こういう時に研究気質ってのは鬱陶しいッスね!
手短に説明しようとしても説明する事が多すぎて全然簡単な話になりません。
「このままでは、那由他サンは死にます!」
息を呑む雰囲気が伝わりました。
「せやったら、俺らが霊力を渡せばええんか?」
平子サンが口を開きます。
思わず振り返り顔を見つめますが、その顔は真剣でした。
「舐めんなや、喜助。
「それ、那由他サンに直接言って下さいね?」
「目ぇ覚めたら言ったるわ」
今の那由他サンは危険です。
人間として義骸の中に入り過ごしてきた期間もそれなりにあります。
より結びつきが強くなっていてもおかしくない。
自己治癒能力もありますが、この状態では回道なしで命を繋ぎ止められません。
藍染サン。
那由他サンを、貴方は失っても良いのですか?
那由他サンのために暗躍していたのではないのですか?
今回の事は事故?
しかし、ならば何故あのタイミングで真咲サンを襲ったのか。
まるで図ったかのように同時に倒れた滅却師の人々。
藍染サンが誰かと協力している?
いや、考えられないッスね。
理由は
って、だからアタシは事ある毎に考え込む癖をどうにかしなきゃいけないッスね!
「那由他サンの魂魄に直接霊力を叩きこみます。外傷は縫合しますが、あまりに損傷が酷い。それだけでは那由他サンの魂魄強度が保ちませんし回復する目処は立ちません。そのための輸血のようなものです」
「どうすれば良い、喜助。回道とは違うのか?」
「これは霊圧による根本的なショック療法ッス。人間に対する電気マッサージで心停止した那由他サンを無理矢理戻す感じです。ただし、それは那由他サンの魂魄を圧迫する事に繋がります。つまり、内なる虚を刺激する。……目が覚めた後の那由他サンを、今までの那由他サンと同じと思ってはいけません」
「なっ!? そんな馬鹿な話があるか!!」
夜一サンがすぐに反応します。
当たり前ですね。
「こいつは護ったんやで!? 自分の大事なもんを、自分が大切にしたいもんを! 自分よりも大切なもんを!!」
今度は矢胴丸サンが声を荒らげました。
「落ち着きぃ、リサ」
「せやけど真子!」
「分ぁってるわい、ボケ。那由他が暴れたら俺らで止めたらええだけの話やろ」
平子サンの言葉にハッとなった矢胴丸サンが口を閉じます。
「せやから、喜助。遠慮なく持ってき」
「ありがとうございます」
こうして、アタシは平子サンたち隊長格の霊力を義骸を通して那由他サンの魂魄に注ぎ、その修復に成功しました。
状態は安定。
なんとか山は越えましたね。
後は、目が覚めた後の那由他サンがどうなっているか。
これは実際に起きてもらわないと分かりません。
一晩中、緊張しっぱなしだったので流石に疲れたッス……。
今は診療所の待合室、その一角の長椅子に座ってボンヤリとしています。
治療中にも考えていた予測。
混血統滅却師を狙ったのは分かるんスけど、何が目的なのかハッキリしないのが。
これは一度竜弦サンに話を聞きに行った方が良いッスかねぇ。
それに、真咲サンも入院が必要になりそうです。
那由他サンと違って人間である真咲サンを治療するならキチンとした病院の方が良いでしょう。
しかし、今まで誰が那由他サンの言う英雄なのか分からなかったのが痛かったッス。
真咲サン本人かもしれないし、息子の一護サン。もしくは娘の夏梨サンや遊子サン。
可能性としては一護サンと仲の良い有沢サンってのもありましたからねぇ。まだ開花はしていないですけど才能はありそうでしたし。
藍染サンの事でしょうから、那由他サンをいつも見ているはずです。
それ故の虚の強さと出現頻度でしたでしょうし。
那由他サンが始解するかしないか絶妙なラインの強さで誰が英雄かを測っていたのでしょう。
彼女が本気で守る存在こそが“英雄”であると当たりをつけるために。
しかし、予想に反して彼女は全ての人物を護っていた。
予測を絞るという狙いに関しては全然捗らなかったでしょうね。
だからこそ、今回で彼女が切り捨てられない存在が分かりました。
藍染サンも那由他サンを殺すつもりまでは無かった。
だから、虚は瀕死の那由他サンを追撃する事なく姿を消したんでしょう。
彼の目的は達成したようなものですからね。
真咲サンではなく、那由他サンが庇ったのはその息子サン。
つまり、世界を救う英雄となる運命を那由他サンが見通したのが、
──黒崎一護、君ッスね。
ただし、一番不可解な点は那由他サンの実力でこれほどの大ケガを負う事。
普通ならば相手の虚が相当強力な個体だと考えられますが、感じた霊圧はそこまででもありませんでした。
“霊王の目”を持つ彼女なら、真咲サンが体調を崩すタイミングを察知して急いで駆け付けたって感じッスかね。
それにしたって、那由他サンがここまで一方的にヤラれるなんて……どう考えてもおかしい。
まさか、那由他サンの力が封じられた?
どうやって?
藍染サンが那由他サンの力を抑えるとは考えにくいです。
第三者の介入?
だとすれば、この第三者は滅却師の人達が倒れた原因である可能性が高いですね。
そう考えると、尚更藍染サンとの協力関係の線は薄いと判断できます。
とはいえ、複数の、しかも特定の滅却師のみを対象として何かを施せる人物など……待って下さい。
滅却師の力を操れるのは滅却師のみ。
少なくとも、滅却師の力を継いでいる人物でなければなりません。
その上で今回のような事が起こせる可能性があるのは……。
これは急いで竜弦サンに連絡を取らなければいけないかもしれないッスね。
一心サンも無関係という訳ではありませんし、真咲サンの件を含め一緒に行って聞いてきた方が良さそうッス。
アタシの推測が正しければ、藍染サンとはまた違った人物との争いになる可能性が高い。
千年前の戦いの再来です。
いや、このままじゃ三つ巴になる。
不味いッスねぇ……。
そして、那由他サンの力を一瞬とは言え奪えたのが
死神である那由他サンに?
そんな馬鹿な……“霊王の目”の影響ッスか?
確かに、可能性が一番ありそうなのは“ソレ”ッスけど……いやいや。
だとしたら、霊王と滅却師は──。
え?
もしかして、アタシ、何かとぉぉぉっても不味い事に気付いちゃいました……?
これは尸魂界の貴族にアタシも消される……なんだ、今の状況と変わらないッスね!
どうやら那由他サンが持っているのは“欠片”かと思っていたら、“パーツ”そのものっぽいです。
霊王の欠片を宿している方は人間で何名か知っていますが、今回の件で那由他サンほどの影響を受けた方は見つかっていません。
アタシ一人が抱えるには大きすぎる問題ですよぉ。
これは竜弦サンだけじゃなく、夜一サンや平子サンたちにも相談した方が良さそうですね。
那由他サンがこうなってしまった以上、隠すのも無理がありそうですし。
何で隠してたってすごい怒られそうッスねぇ……。
▼△▼
ボクの目の前にはさっきから一っ言も喋らん藍染隊長がおる。
あぁ……アカン。ほんまお腹が痛くなってきたんやけど……。
そら那由他ちゃんがあないなれば怒るわ。
どうやら予定とは違ったようやし。
いつもは「計画通りさ」なんて余裕かましはる人が固まったまま動かへん。
東仙隊長も藍染隊長から無意識に漏れとる霊圧に当てられてピリピリしとる。
普段は高すぎて認識する事も難しい霊圧やけど、極力抑えとるから逆に分かってまう。
こら相当に頭きとるんやろなぁ。
「黒崎一護を守る際に、那由他の霊圧が上がらなかった」
声色だけで見ればいつもと変わらんものが聞こえる。
あの優しい藍染隊長さまや。
確かに、それはモニターしとったボクも驚いたわ。
いつもは霊圧遮断コート着とるのに、あの時は着てへんかったし。
いくら霊圧制御に長けとっても魂魄体である那由他ちゃんの霊圧が低いまま虚の攻撃を受けるなんて死ぬようなもんや。
逆に瀕死になった時の方が霊圧を感じるんやもん。
そらおかしいわ。
「原因は“霊王の目”を通しての干渉。……ふふっ、千年前の死に損ない風情が」
アカンわぁ……。
もうちっとちゃんと説明して欲しいわ。
ボクらは藍染兄妹みたいに頭ようないんですよ?
「あの那由他がただ弱者を助けるだけとは思えない。つまり、僕の壁となるべく“英雄”として見初められたのは黒崎一護。これは確定だ。しかし、虚の攻撃を敢えて受ける必要性は皆無。よって、これは外的要因によるもの」
と思っとったらなんや説明してくれはるらしい。
そういう空気読むとこは流石ですわ。
ありがたいこっちゃ。
「今の様子を見るに死神や虚の力を奪われた訳でもない。ただ、あの瞬間に力を出せなかった原因……“霊王の目”以外にありえない。そして、その“目”に干渉できるのは霊王の落とし子であり滅却師の始祖である男──ユーハバッハ以外にありえない」
なんや、新しい名前が出てきはったけど……随分と重要な情報が混ざっとらん?
霊王の子が滅却師の始祖?
そら不味い。
そんなん貴族共が絶対に認めへんやつやん。
ああ、だから死神代行が集めとった“欠片”持ちを片っ端から回収しとるんかね。
そろそろあん死神代行にも直接危害を加えに行きはるんやろな。
おお、怖い怖い。
ま、ボクには関係あらへんけど。
「正確には霊王の力の一部が人型を象ったモノ、だろう。これは記述が少なくてね。流石の僕も断定はできない」
藍染隊長の話が続く。
東仙隊長は貴族の闇に繋がる話やからか、その気配に怒気が混ざっとる。
みんな血気盛んやなぁ。
「そんな彼、ユーハバッハは千年前に山本元柳斎によって倒されたが、特筆すべき能力を持っていた。──『魂を分け与える能力』だ。そして、これを応用すれば“分け与えた魂を回収する事が出来る”。つまり、倒されたと言っても復活する事ができるのさ。これらの点から滅却師の力はユーハバッハ、ひいては霊王の力に由来するものであり“霊王の目”を持つ那由他の力を奪える可能性がある。本来は“欠片”程度の残滓で直接干渉は出来ないのだが……那由他の中には“欠片”よりも大きく強大な霊王の“パーツ”としての目が入っていたようだ」
話がややこしくなってきたんやけど、要は那由他ちゃんの中身にがっつり霊王の体の一部が入っとって、それをユーハバッハゆう霊王の力を操れる男が回収しようとした。そのせいで本来の力が出せへんかったゆう事か。
「それって、那由他ちゃんは滅却師として判断されたゆう事ですか?」
「正しくは“滅却師の力も操れる死神”だろう。まあ、奴からしたらどちらにしろ不純と判断される存在さ」
死神は自身の持つ霊力で戦闘を行う存在。
魂の半身である斬魄刀が主武装なんやから、そら死神の強さ=霊圧という価値基準にもなりますわ。
対して、滅却師は自らの霊力でもって大気中の霊子を操るみたいやわ。
つまり、那由他ちゃんはやろう思えば自身の体内からも体外からも力をもってこれるゆう訳ですか。
ああ、その未来を読み取るゆうんが後者な訳やな。
えらい能力持ってはるなぁ……。
もしかしてこれ、ボクの狙いも分かってるんやろか?
その上でこんな好きにさせられてるんやろか?
心の中を覗かれとるみたいで、えらい気色悪い。勘弁して欲しいわ。
まあ、那由他ちゃんの情報が手に入るんは僥倖や。
たとえ未来を知られていても、その程度でボクは諦めへん。
「今回の滅却師が倒れたのも、ユーハバッハが行った力の回収の影響だろう。そして、それが一瞬とは言え那由他にも適用された。……ふふっ」
ゾワッと総毛立つ。
今まで見た中で一番ドエライ殺意やわ。
「今はまだ復活していない。ならば、復活した際に僕が引導を渡してやろう。──那由他の力は全て僕のものだ。ユーハバッハ、君の思い通りにはさせないさ」
▼△▼
一護が来ない。
学校もそうだけど、道場にも来ない。
こんなにアイツと顔を合わさないのは久しぶり、いやもしかしたら初めてかもしれない。
別に大して日が経った訳でもないんだけど、数日間まったく見ないし何しているかも分からないのは何だか気持ち悪かった。
だから、あたし──有沢たつきは学校を休んでるアイツを探した。
まあ、通学路の途中で見つけたら、ぐらいの気持ちだ。
別に一護がズル休みをしていると思っていた訳でもない。
ただ、なんとなくだ。
だから、一護を見つけた時は驚いた。
何してんだって、いつもみたいに適当に声をかけるつもりだった。
でも、出来なかった。
那由他さんが怪我をしたってのは聞いた。
真咲さんも体調が悪くなって入院したって。
いつも診療所にいる人がいなくなったんだ。
しかも、一護が大好きだと言っていた二人が同時に。
だから随分と落ち込んでいるんだろうな、とは思っていた。
でも、二人とも死んだ訳じゃない。
それなら一護もしばらくしたら元気になるだろ。
そう、考えていた。
噂話でも聞く。
何でかは知らないけど、どこで那由他さんが怪我したのかは知っている。
川原だ。
救急車を呼ばれて、少し近所でも話題にもなっていた。
そんな場所にわざわざ近づく奴なんていない。
あたしも誰かいると思って見に行った訳じゃない。
けれども、そこに一護はいた。
一護は河原を歩いていた。
学校のカバンを背負って、誰かを探すみたいにウロウロ。
疲れたらその場にしゃがみこんで。
しばらくしたら立ち上がって、またウロウロ。
初めて見つけた時は、あたしも呆然とした。
アイツのあんな顔なんて、初めて見た。
逃げるようにその場から去ったあたしは、次の日にまた河原へ行った。
もしかしたら、あの日はたまたまだったのかもしれない。
そんな願望みたいなもんを抱いて、あたしはまた、一護を見つけた。
昨日と同じだった。
毎日毎日、一護はそんな事をしていた。
見ていられなかった。
そんな日が何日か続き、あたしはようやっと決心がついた。
今日こそは一護に話しかける。
何しょぼくれてんだって。まだあの二人は生きてるだろって。
そうやって、励ましてやるつもりだった。
そして、再び河原に行った時。
そこには見知らぬおじさんとお姉ちゃん、あたしより少し上くらいの女の子の三人がいた。
「一護。てめぇはそれで良いのか?」
おじさんが一護に話しかけている。
「護りたいもんを護れなかったって、それでいじけて何もしねぇで。また大切なもんを無くすのか?」
「拳西、そんな言い方」
「白は黙ってろ」
お姉ちゃんがおじさんを止めようとするが、おじさんは構わず言葉を一護に投げかける。
「おめぇは何のために道場に通っていた。おめぇは何で強くなろうとしていた」
一護は蹲り顔を伏せたままだ。
それでも、体が震えているのは遠目で分かった。
「喜助の奴から聞いたで。おいガキ、話聞けや。那由他はお前みたいなボンクラを“強い”ゆうとったそうやないか、ええ」
今度は、ガラの悪い女の子が口を開く。
「誰が見ても分かんで。今のお前は弱いわ。だーれも護れん。今のままならな。なら、那由他が言っとった言葉の意味は“強うなれ”って事や。誰にも負けんように、誰でも護れるように」
初めは一護がイジメられてるのかと思った。
だけど、違う。
これはきっと励まされてるんだ。
あたしは駆けだした。
「おい、聞いとんのか、アホガキ!」
女の子の方がイライラしてきたのか、一護の胸倉を掴んで無理矢理立たせる。
「おい、やめろよ!」
「あ?」
こ、こわっ!?
でも、あたしだって空手やってんだ。
一護が頑張ってんのを一番知ってるのはあたしだ。
だから、こんな人に一護の“強さ”を語って欲しくなかった。
「誰やねん、このガキ」
「あれじゃない? “英雄”の可能性があるって言ってた女の子」
「あん? それって真咲んとこに関係ある奴じゃなかったか?」
「私も詳しくは知らないよー」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ! 一護を離せよ!」
あたしは女の子の手首あたりを掴む。
「関係ない奴は黙っとけや、ボケ」
「いや、関係あんじゃねぇの?」
「知らんわ!」
くそっ、あたしの知らない事をペラペラと!?
「あたしが強くなってやるよ!」
だから、これは口から勝手に出た言葉だった。
元々、あたしが道場に通っていたのも“なんとなく”だ。
才能があったのか、実力がどんどん上がっていくのが楽しかったのもある。
それでも、特に何か強くなる目的があった訳じゃない。
だから、あたしは言ったんだ。
「一護は強い! それはあたしが一番知っている! だから、一護より強いあたしが一護も守ってやる!」
「へぇ~」
おじさんが何かニヤニヤとしだした。
「一護、お前実はモテんのな」
「バッ!? 違ぇ! そういう話じゃない!」
あたしは少し赤くなった顔を誤魔化すために怒鳴った。
本当にそういう事じゃない。
あたしは一護の事が嫌いだ。
だけど、一護の強さは知っている。
そんな一護を馬鹿にされるのが許せなかっただけだ。
「……義骸に入ってるとは言え、俺に啖呵きるとは良い根性してんじゃねぇか」
「おい、拳西。まさかこのガキの面倒も見る訳やないやろな……」
「見る」
「じゃあ私もー」
「かぁぁぁぁ! 本当にお前らのその脳味噌筋肉で出来とる思考は腹立つわー!」
「オマエが言う、それ?」
あたしは目を白黒としてしまう。
何だか、さっきまでの真剣な雰囲気がどこかへ飛んで行った。
「いいぜ、嬢ちゃん。俺は六車拳西ってんだ。俺がお前を──強くしてやる」
凄い上から目線だった。
でも分かる。
このおじさんは、強い。
これでも空手をやってんだ。ある程度なら分かる。
「で、オマエはどうすんだ、一護」
一護を振り返る。
そこには、目に炎を灯したアイツがいた。
いつものヘラヘラとした顔じゃない。
一護は、再び立ち上がった。
▼△▼
あ、焦った。
ほんとに焦った。
あそこまで重傷にするつもりはなかったんだけど、なんかノリで行ったら腹の辺りをごっそり持ってかれた。
人体錬成なんてしてないんだけど。真理の扉は開きそうになった。
グランドフィッシャーが相手なんだから、キチンと怪我できるように霊圧をめがっさ下げたんだけど少し下げ過ぎたかもしれない。
『貴方様』
“天輪”の声が聞こえる。
どうやら重症ゆえに精神世界へトリップしてしまったようだ。
──いやぁ、ゴメンね! なんか思ったより
『正座です』
oh……。
そこには既に正座しているオレがいた。
『ハロー、俺! いやぁ、良いモン見れたね!』
“天輪”さん、全然反省してないですよ、この子。
まあ、俺も少しやり過ぎたかなぁって感じはしている。
ただ、一護の顔を見た瞬間に血をゲロったのは不可抗力にしたい。
あんな素敵な曇り顔になっているとは思ってなかった。
心拍数上がってなんか出てきちゃったんだ。
そのせいかそこで意識を失っちゃったけど。
『正座です』
“天輪”の厳めしい顔が見える。
これは怒ってますね。
まあ、俺が大ケガしちゃいましたし。
大人しくオレの横に座る。
『貴方様の“愛”は異常です』
あ、そっちだったか。
『今更じゃね?』
──うんうん。
『何仲良くなっているのですか……』
『いやぁ、オレは虚と言ってもその精神性は俺準拠だし? 趣味趣向も同じだし? 仲良くならない訳がないって言うか』
『外の様子は知っていますか?』
『あれ? スルー?』
──そういやどうなってんの?
『オマエの治療を黒崎一心と仮面の軍勢がやった。ま、問題ないだろ。んで、黒崎真咲も体調を崩して入院。一護は意気消沈。フフッ、かーわいそう!』
オレがすっごい良い笑顔。
なんかその話の流れで笑っているのを傍から見るとドン引きだな。
見た目は俺だし。
あ、外から見た“愉悦で顔を歪ませる姿”ってこんなんなんだな。
絶対外に出さないように気を付けよう……。
『確かに愛する者を護る行動でした。そこは良いのです。しかし、何故あそこまで霊圧を下げたのですか?』
『そらお前、グランドフィッシャーの攻撃をそのまま受けてもかすり傷一つ付かないじゃん』
『わざわざ傷つく理由は?』
──えぇっと、そのぉ。
『一護の成長を促すために決まってるダルォ!?』
なんかオレが急に立ち上がった。
どうしたどうした。
『一護は将来、世界を救う英雄になる! そのためには、この時期にグランドフィッシャーによって傷つけられた身近な人の存在が必要不可欠なんだよ!』
──俺もそう思う!
とりあえず便乗した。
いや、だってそれは本当にそうだと思うし。
『そこまでして彼に英雄となって欲しいのですか』
“天輪”の顔は渋い。
どうやら魂の半身とは言っても、俺の前世の記憶を共有している訳ではなさそうだ。
その点、俺と混ざったオレはなんか知識として知っているらしい。
性格も俺から影響を受けたんだから、なんか思考としては『一護とルキアで愉悦したい』ってのに全振りしているようだ。
可愛そうな苺とルキア……。
──苺が英雄にならないなんてあり得ない。
『そこまで、ですか……。分かりました。しかし、必要以上の怪我を負う必要はないのでは?』
──俺もそれはそう思う。
『では、何故……?』
『いや、それはコイツのガバだろ』
『は?』
──うん、なんか霊圧操作ミスったっぽい。
『へ?』
──いやぁ、今後の展開的にグランドフィッシャー倒す訳にもいかないし。
『何故?』
──苺が仇を取るのが大事なんだよ。
『……はぁ』
ため息をつかれた。
すっごい疲れた顔をしている。
なんか、ゴメン……。
『ユーハバッハの“
ん?
ああ!?
──そうだ、“聖別”! おま、それ覚えてたのかよ!?
真咲さんが死ぬ理由!
すっかり忘れてたけど、確かユーハバッハのおっさんにエナジードレインされるアレでしょ!
フワッとした知識だが仕方ない!
『まあ、正直オマエには関係ないし』
──いや、あるでしょ!? 真咲さん助けられるかかかってんだから!
『だーかーらぁ、黒崎真咲は助けられないって言ってんじゃん』
──マジ?
『元が元気だから死ぬまでには時間がかかるだろうけど、いずれ死ぬ。これは“天輪”も言ってた事だ。だから確定事項として考えた方が良いぞ』
そっかぁ……。
まあ、原作通りではあるんだけど、やっぱり少し複雑。
『そういえば、浦原喜助が治療の際に“虚が活性化する”と言っていましたが……』
チラリと“天輪”がオレを見る。
え、そうなん?
『いや、別に主殿をどうこうとか考えてないよ? 放っておいても俺の望みを果たしてくれそうだし』
『それはそれで問題なのですが』
『別に全ての人を不幸にしようって訳じゃねーんだ。世界の英雄を作ろうってだけ』
『随分と傲慢な考えですね』
うん、確かに俺もそう思うわ。
すげぇ今更感あるけど。
あくまでアシスト。
必要な経験を苺に積ませたら、後はきっと自由にキラキラと輝いてくれる事だろう。
すっげぇ楽しみ。
『はぁ……』
なんかまたため息つかれたぁ……。
『まあ、こっからは苺が死神になるまで特にやる事もねーし。気楽にのんびり苺とイチャコラしてようぜ』
──それな!
こんな呑気な考えで、俺が目を覚ましたのはあの事件から一週間くらい経った後だった。
そして俺がこの時怪我をした理由が、何故かユーハバッハのおっさんのせいにされていると知ったのは、それから数年後の事だ。
ウラ・ヨ「ユーハバッハァァァ!!」
ユ「何もしてないんだよなぁ……」