ヨン様の妹…だと…!?   作:橘 ミコト

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修行…だと…!?

 六車のおっさんに稽古をつけてもらい始めてから4年が経った。

 

 中二になった俺とたつきは体も出来始めており、今までの特訓のかいもあってかそれなりに良い体格になったと思う。

 まあ、たつきは女だから俺とは違ってガタイが良くなった訳じゃねぇけど。

 

『良いか。那由他を襲ったのは”(ホロウ)”って呼ばれるバケモンだ』

 

 初めて聞いた時は驚いた。

 

 いくら幽霊が見えるって言っても化け物なんて見た事がなかったからだ。

 

『オマエたちにはそのバケモンと戦う術ってやつを教えてやる。厳しくいくからな、覚悟しとけよ』

 

 その言葉通り、六車のおっさんの稽古はすげぇ厳しかった。

 

 空手も習っていたし体術には少し自信があった俺だが、それでもあの人の方が数倍強い。

 何度か挫けそうになるほどだ。

 

 しかし、

 

『那由他は俺より強いぜ?』

 

 嘘だと思った。

 

 あの那由姉がそんなに強いとは思えない。

 

 けれども、あの日。俺を護ってくれたのは、確かに那由姉なのだ。

 だったら俺はグダグダ考えたりせずに体を動かした方が前に進めていると感じられる。

 

 

『虚なんてバケモンが何でオマエたちの前に出ないか知ってるか? ――那由他がオマエたちを護ってっからだ』

 

 

 六車のおっさんのその言葉だけで、俺は稽古についていけた。

 

 

 那由姉がどうしてそんな事出来るのか、とか。

 那由姉はただの看護婦じゃないのか、とか。

 そんな話、俺には一度もしてくれたことがない、とか。

 小さな疑問や不満はたくさんあった。

 

 でも、那由姉は俺たち家族だけじゃなくて、もっとデカイもんを護っていた。

 

 あの細い体で、大切なもんを死ぬ気で護っていた。

 

 そして、俺が弱いせいで死にそうになった。

 

 

 

 ――それが分かれば、俺にとっては十分だった。

 

 

 

 なんでたつきまでそんな我武者羅に強くなろうとしているのかは不思議だったが、

 

『一護より弱いとか、あたしのプライド的に無理』

 

 なんて生意気な口をきくから気にしない事にした。

 

 ただ辛いだけじゃなく目的もあり、そしてライバルとも言える相手がいる。

 師匠はメチャクチャ強くていつまで経っても背中に追いつける気がしない。

 

 でも、だからこそ。俺はひたすらに強くなる事を目指す事が出来た。

 

 その中でも一番難しかったのが、”霊圧”ってやつを感じる事だ。

 

『”虚”ってのは普通の人間には見えねぇバケモンだ。だから、まずは奴らを感じ取れるようになんなきゃ話にならねえ』

 

 そう前置きして六車のおっさんは俺たちに”霊圧”とかいう奴をぶつけてきた。

 言葉通り、()()()()()()んだ。

 

『霊圧は物理的な重さみたいなもんがある。だから、弱ぇ奴が受けたら魂が保てねぇ。初めは小指くらいのやつからいくが、段々大きくしていくぞ』

 

 どうやら、その霊圧とかいうものを体に受ける事で俺たちの中にある才能みたいなもんを呼び覚ますつもりらしい。

 俺は初めから幽霊が見える体質だからか何とかその感覚みたいなもんを掴めてきたが、たつきはかなり大変そうだった。

 

『ワッカンネー!?』

 

 とか息も絶え絶えになって霊圧を受けるたつきに少し優越感を持ったのは流石に話さない方が良いだろう。

 体術は俺よりも強ぇしな。なんで俺より体が小せぇ癖に強いんだよ……。

 

 

「せやっ!」

「うらぁ!」

 

「脇が甘い! もっと腰落として相手の死角を狙え!」

 

 今日も六車のおっさんの稽古でたつきと組手をする。

 

 この人の教えはかなり実践的だった。

 

 型や寸止めが当たり前の空手に対して、どうすれば相手を簡単に無力化できるかに重点が置かれている。

 初めは随分と手間取ったが、最近じゃ慣れたもんだ。

 むしろ、髪色を理由に絡んでくる不良共を怪我させないで倒す方が難しい。

 

 そして、

 

「言ってんだろ! 集中も乱すな! 霊圧がブレてんぞ!」

「「はいっ!」」

 

 俺とたつきの二人は、既に霊圧のコントロールに成功していた。

 

 霊圧の知覚を会得した後は体全体に霊圧を均等に纏う方法を。

 次に、意識的に体の一部だけを強化する方法を学んだ。

 

 これで手足に霊圧を込めて、瞬発力や打撃力、防御力を高める事が出来る。

 

 なんか”瞬歩”とかいう縮地みたいな事も出来るようになったし。

 

『オマエらほんと才能あんなぁ……那由他が目をかける訳だわ』

 

 なんて六車のおっさんが零した言葉に、俺とたつきはキョトンとした後に目を見合わせガッツポーズしたのも懐かしい。

 

 

「今日はオマエらに”コレ”を使ってもらう」

 

 そう言って渡されたのは木刀だった。

 今までは体術が基本だったが、今度は武器の訓練をするらしい。

 相手はバケモンなんだし、そら武器があった方も良いだろう。

 

「これは今までの応用だ」

 

 たつきと共に姿勢を正し、気合を入れる。

 そんな俺たちの様子におっさんはニヤリと笑い、

 

「これまでは体に纏っていた霊圧をそれにもまとめてかけてみろ」

「そんな事できんのか?」

「出来なきゃやれなんて言わねぇよ」

 

 それもそうか。

 

 六車のおっさんの修行は厳しかったが、それでも出来ない事をやれと言われた事はなかった。

 初めは無理だと思って、気付いたら出来るようになっていた。

 

 すげぇ良い師匠だと思う。

 

 だからこれまでもついていけたし、強くなっているという実感も得られた。

 

 正直、このおっさんは何者なんだと思う事は多々ある。

 

 那由姉の古くからの知人、みたいな事を言っていたけど……。昔からウチにいる那由姉がこの人に会った事なんて見た事がないぞ? 

 それに虚なんて化け物との戦い方まで知ってる。

 那由姉もそうだが、武闘派の霊媒師みたいなもんだろうか?

 

 でも那由姉も知っているみたいだったし、あまり深くは考えない事にした。

 

 いつも那由姉が心配そうに様子を見に来てくれるが、俺はもっともっと強くなんなきゃならねぇ。

 

『もう少し大きくなってからでも』

 

 なんて言う那由姉の言葉は、少し罪悪感があるが、無視してきた。

 

 今度は、俺が護るんだ。

 

 護れるように、強くなるんだ。

 

 

 お袋ももう長くないらしい。

 

 

 総合病院に入院しているが、日に日に弱っているのが分かった。

 

『那由他さんとお父さんの言う事をちゃんと聞くのよ。あと、遊子と夏梨の事もよろしくね』

 

 昔とは違う力ない笑みに、俺はぎこちない笑みしか浮かべられていないだろう。

 でも、俺は家族を護りたいのだ。

 

 もうあんな想いは……二度とごめんだ。

 

 

 だけど、まだ俺は──弱い。

 

 

 

 そんな修行に明け暮れていたある日。

 

 

 

 診療時間前のウチの扉を叩く音が聞こえた。

 

 

 

「まだやってないんすけど……」

 

 

「助けて!」

 

 

 

 俺の言葉を遮り悲痛な叫びをあげたのは栗毛色の髪をした女子だった。

 俺と同じくらいの年頃。ただし、随分と華奢というか可愛らしい、たつきとは随分と違う雰囲気の女子。

 

 思わず目をパチクリとさせてしまったが、彼女が背負っている人を見て俺の頭は一気に血の気が引いた。

 

 

「親父!!!」

 

 

 彼女が背負っていたのは、血まみれになった男性だった。

 一目で分かる。

 これでも医者の息子だ。

 

 これは、ヤバイ! 

 

「なんだよ~一護、一人で学校に行くのが寂しいからってパパと学校に行くのは」

「ふざけてる場合じゃねぇ!!」

 

 俺の雰囲気でただ事ではないと察したのだろう。

 

 いつも馬鹿ばかりやっている親父の目つきが変わった。

 

 

 ──その数時間後に、男の人は息を引き取った。

 

 

 男性を背負っていた女子は泣きじゃくり、俺は救えなかった命に歯を食いしばった。

 

 分かっている。俺にはどうしようも出来なかった。

 

 どうやらこの人は交通事故に遭ったらしい。

 そして、この女の子は彼の妹のようだ。

 二人きりの兄妹だと。

 

 4年前の光景が俺の脳裏にフラッシュバックする。

 

 こいつも、あの時の俺みたいに、自分の無力を嘆いているのだろうか。

 それとも、親しい身内が突然傷ついた不幸を呪っているのだろうか。

 

「織姫!?」

 

 男の人が亡くなりしばらくすると、何故かたつきがやってきた。

 

 ああ、なんか一年くらい前から仲が良い女子が出来たって聞いてたけどこの子だったのかよ。

 

 なんで俺の周りには、こんなに理不尽な出来事が多いんだ……。

 

 

 これが、俺と井上織姫との出会いだった。

 

 

 決して良い思い出じゃない。

 

 けれど、何かを命を賭けてでも護りたいと思う気持ち。

 もっと自分が強くなりたいと願う気持ち。

 

 そんなものを共有できてしまったこの経験は、きっと俺たちのこれからの根っこになっていたんだと思う。

 

 

 だからだろう。

 

 俺とたつきの鍛錬を見に来た井上まで、

 

『あ、あたしも! あたしも強くなれますかっ!?』

 

 なんて必死の顔で六車のおっさんに懇願した事に、俺はそれほど驚かなかった。

 

 初めは渋っていたおっさんだが、井上の根気に負けたのか、最低限の護身術だけは教える事にしたようだ。

 

 

 それからは三人での稽古が始まった。

 

 

 たつきと俺は虚を倒せるように霊圧を上げ、それを操る特訓を。

 井上は己の身を護れるように体術を重点的に学んだ。

 

 

 

 

「あれが虚だ」

 

 

 

 

 そして、高校に上がる直前の時期。

 

 

 俺たちはついに実戦へと踏み込んだ。

 流石に井上は連れてきていない。

 才能はあるそうなのだが、どうもまだ霊圧がなんなのか感覚的に理解できていないようだ。

 あいつは護身が基本だったし、別に危ない目に自ら遭う必要もないだろう。

 

 しかし、俺たちは護るために強くなってきた。

 

 今日はそのための踏み絵のようなものだ。

 

 それでも、

 

 

 

 

「Aoooooooooo!!」

 

 

 

 

 今まで、どうして気が付かなかったのか。

 

 こんな化け物が、街中にいたなんて……。

 

 

 白い仮面のようなもので顔を覆い、手足は異様に細長かった。

 体は辛うじて人型をしているが、大きさも雰囲気も全く違う。

 そして、胸には大きな穴のようなものが開いている。

 

 

 完全に、バケモンだった。

 

 

「あ、あんな化け物相手に、あたしたちが勝てる訳……」

 

 俺の隣でたつきが震え始める。

 

 今まで鍛えてきたのは確かだ。

 けれど、本物の化け物の姿と霊圧に、俺たちは完全に怖気づいていた。

 

 

「今のオマエたちなら倒せる。俺が保証してやるよ」

 

 

 おっさんの声が俺の背筋を震わす。

 

 

「オマエたちは、どうして強くなろうとしてきたんだ──?」

 

 

 拳を握る。

 体の震えは止まらない。

 

 それでも、俺とたつきは同時に一歩目を踏み出した。

 

「一護、あんた斬撃飛ばすの得意だったよね」

「おう」

「あれやってよ。その隙にあたしが一発ぶちかます」

「いや、俺が……」

「肉弾戦はあたしの方が強いの知ってるだろ」

 

 反論できないのが悔しい。

 仕方なくたつきの言葉に頷く。

 

 化け物の弱点はおっさんから聞いている。

 

 顔の仮面だ。

 

 そこを狙う! 

 

「いくぞっ!」

「いつでもっ!」

 

 俺が木刀を構えると同時にたつきは走り出し、虚空へと足を広げ羽ばたいた。

 

 俺は六車のおっさんの知り合い――確か浦原さんっつったか?――に教えてもらった気光弾みたいなやつを斬撃に乗せる! 

 

 

いっけぇぇぇぇ! 

 

 

 

──月牙天衝ぉぉぉぉお!!!!

 

 

 

 親父が「これぞ我が家に伝わったであろう伝説の必殺技だ!」とか言っていた技名を叫ぶのは少し、だいぶ、かなり恥ずかしいが! ……こうした方が何故か上手くいくのだ。

 

 ほんと、なんでだろうなぁ……。

 もはや羞恥心は捨てた。

 

 いや、今はビルの屋上にいて人目もないが、流石に人前で叫ぶのは恥ずかしい……。

 

 

 俺の斬撃が空気を裂いて虚へと飛来する。

 

 ただし、威力は距離に比例して減衰していった。

 まだ霊圧の制御が下手くそなせいだ。

 心の中で臍を噛む。

 

 しかし、虚の注意を俺に引き付けられた。

 

 

「Urooooooooo!!!」

 

 

 まるで餌を見つけたかのように喜色の籠った雄叫びが聞こえる。

 

 それだけで十分だった。

 

 

 

「あんたの相手はあたし」

 

 

 

 たつきが瞬歩を使って虚へと背後から迫る。

 

 一般人には視認できない速さだ。

 

 女子中学生が空を駆けるとか、どこの映画だって話だよな。

 つか、俺より速いしコントロール上手いのが悔しい。

 

 

 

 

 

「六車流拳術(けんじゅつ)・流星(あらため)──」

 

 

 

 

 

 たつきが腰だめに拳を構えるのが見えた。

 

 霊圧の暴風があいつの拳に収束していく。

 

 ――ありゃ決まったな。

 

 初めの恐怖などいつの間にか消えていた。

 

 一瞬気を抜きそうになったところでおっさんから霊圧が飛んでくる。

 

 アブネっ!? 

 まだ敵を倒してねぇんだ。戦場で気を抜くのは命取り、だったか。

 こりゃ後で怒られんだろうなぁ……。

 

 内心ではため息をつきながらも俺はたつきのカバーに入るため瞬歩を使いその場を離れる。

 

 まあ、結果から言えば必要は無かったんだけどな。

 

 

 

 

 

龍聖拳(ドラゴン・バスター)ァァァァァアアアア!!!」

 

 

 

 

 

 たつきの拳が虚の仮面を直撃、粉砕。

 

 拳からビーム砲を出してるみたいな馬鹿力。いや、霊圧馬鹿?

 

 とにかく、虚はたつきによって粉々になった。

 

 

 

 ……あと、そんな大声で叫んだら人に見られんぞ? 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 うそ────ん……。

 

 

 

 とある晩。

 

 六車さんから「面白いもんが見れるぞ」なんて悪戯小僧のような笑顔で言われたので外に出てみたら虚を見つけた。

 そこまでは良かった。

 

 

 数年前。

 

 お兄様もあれで俺を始末出来たと思ったのか、倒れた後からは何故か虚の出現頻度も落ち着き、少しのんびりと日常を過ごしていた俺だ。

 

 いや、でもあのヨン様だし……。

 理由は良く分からんがどうせ布石なんじゃろ?(諦め

 

 そして、何故か六車さんに弟子入りした苺に少し焦ったが、「まあまだ死神になった訳じゃないし空手の延長やろ」なんて思っていた俺を殴りたい。

 

 たつきちゃんだけじゃなくて、いつの間にか織姫ちゃんまで修行に加わってるし。

 俺の知らない展開になってきて段々と焦燥が募っていた今日この頃だ。

 

 今日呼び出したのは六車さんで、俺も特に霊圧遮断コートを着ていない。

 突如現れた虚にどうしようか一瞬悩んでしまった。

 

 

 その隙に行われたのが苺とたつきちゃんによる虚の粉砕劇だ。

 

 

 え、なんで? 

 なんで苺が既に月牙天衝を撃ってんの?

 まだ生身の人間だよね? 

 たつきちゃんとか普通に瞬歩してるんだけど? 

 しかも最後の何? 

『六車流拳術』って何ィィィ!? 

 

 いや、知らん知らん、マジで知らん。

 

「どうよ?」

 

 混乱しまくり硬直していた俺の隣に、空から六車さんが降ってきた。

 ついでに浦原さんも降ってくる。

 

「流石だな。アイツら才能の塊だわ。教えてて面白れぇし、どんどん霊圧の扱いも上手くなってる」

 

 六車さんが満足そうに一人頷きながら話し始める。

 

 ちょ、待って。

 俺の脳味噌じゃ現実についていけてないから。

 

「一護は両親があれだし分かるが、たつきは普通の人間の癖に霊圧が結構上がってきてる。席官レベル、いや、下手すりゃ隊長格ぐらいの実力になるぞ」

 

 嘘ぉ!? 

 

 た、確かにどっかで『有沢たつきの才能は隊長格以上!?』なんて考察記事を見た記憶があるけど……。

 それにしたって凄すぎない!? 

 

「黒崎サンは体に死神、虚、滅却師の力が宿っているのは確かです。それが開花するかと思っていたんスけど」

「何か()()()()が力を貸すのを渋ってるな。虚との戦いが切っ掛けになりゃいいんだがよ」

「そうッスねぇ」

 

 おぉーい。

 俺を置いて話を進めないでくれ。

 

 渋ってるのは斬月のおっさんだろうけど、じゃあ今使えてる力は虚の方? マジで? 

 

 いや、でもあの霊圧は……。

 

「今死神の力を使えてんのは真咲から引き継いだ那由他の力のミソッカスだろうな」

 

 

 

 

 あぁ~ん、俺のせいじゃんっ☆

 

 

 

 

 じゃあ、たつきちゃんは? 

 

「たつきさんの力は純粋に彼女の才能ですね。凄いものッス」

 

 マジかー……。

 

 何でか知らんが開花しちゃってんのかぁ。

 原作だと普通の女子高生だったはずなんだけどなぁ……。

 

 思わず遠い目をしてしまう。

 

 これから俺、どうすれば良いん? 

 

「なんか不満そうな顔だな」

「元からです」

「そうケチケチすんなよ。どうせオマエも一護を鍛えるつもりだったんだろ?」

 

 SS編入るくらいにな! 

 

 死神になってもない内からこんなに強くする気はなかったよ! 

 

「心配なのは分かるッスけど、男の子に対してあんまり過保護は逆効果ッスよ? 最近少し反抗期気味みたいじゃないッスか」

 

 痛いところを突きおる……。

 

 そうなのだ。

 苺を構い倒しているのは昔から変わらないのだが、中学生になったあたりから恥ずかしいのか抱き着かせてくれない。

 あーんもさせてくれない。

 一緒にお風呂も入ってくれない。

 一緒の布団で寝てくれない。

 

 遊子ちゃんは優しいから一緒に色々してくれるのだが、どちらかと言えばお兄ちゃんに甘えたい様子。

 夏梨ちゃんも反抗期まっしぐらだ。

 

 お母さんは悲しいですっ! 

 

 誰もお母さんと呼んでくれないのは当たり前だが。

 お母さんは真咲さん一人だよね。それで良いんだよ。

 ただ少し俺が寂しいだけ。

 

 そんな愚痴を日々真咲さん相手にしていた。

 

「あらあら」なんて微笑まし気に頭を撫でられるのはバブ味が凄かった。

 俺の方がすっごい年上なんだけどなぁ。

 

 そんな真咲さんも今では寝たきりだ。

 

 もう自分の力で体を起こす事も出来ないし、日中でも殆どは寝て過ごしている。

 竜弦さんからも長くないと言われた。

 

 叶絵さんが倒れてから三か月で亡くなったのに対して、流石の生命力だろうか。

 

 竜弦さんも奥さんが亡くなってるのに、献身的に真咲さんの状態を見てくれている。

 そのせいか、だいぶ雨竜くんとのコミュニケーションが不足しているようだ。

 元々不器用そうだからあまり変わらなかったとは思うが……。

 

 そんな暗くなりがちな一団を明るく盛り上げてくれるのが我らが一心さん。

 

 彼には日々お世話になって助けられている。

 本当に良いお父さんだよ。

 

 真咲さんのいない黒崎家の家事全般は俺がナースとの兼業でこなしているし、一心さんも凄いありがたがってくれている。

 まあ、お互い様ってやつですかね。

 

 

 そんな感じで比較的平穏に最近は過ごせていると思っていたのにぃ……。

 

 

 少し先のビルに着地した苺とたつきちゃんがハイタッチしている。

 ハイテンションだ。

 そりゃ大虚ではないただの虚だし言葉すら喋れないレベルの相手だけれども、それでも相手は虚なのだ。

 人生で初めてきちんと対峙した明確な敵だっただろう。

 

 それを自分たちだけで退ける事が出来たのだ。

 

 俺の困惑は置いておいて、嬉しいに決まっている。

 

 俺は軽くため息を吐いた。

 珍しい事にきちんと吐けた。

 

 よっぽど心労がこの一晩で溜まったらしい。

 

 本当にここからどうしようかしら……。

 

 

「そして、報告です」

 

 

 浦原さんの言葉で顔を振り向く。

 

「今度、護廷から新しい現地駐在隊士が派遣されるそうッス」

「誰だ?」

 

 

 

「十三番隊所属──朽木ルキア

 

 

 

「知らねぇな」

 

 一人ゴチた六車さんをスルーして、浦原さんは俺を見つめてくる。

 

 このタイミングで来るかー。

 いや、確かに時期的にはこのくらいなのかもしれない。

 もう少しで一護たちも高校生だ。

 

 もう、そんなに経ったのか……。

 

「今まではアタシたちとも関係の薄い人たちばかりでしたが、今回は那由他サンを特に慕っていた死神です。恐らく──藍染サンの差し金でしょう」

 

 六車さんの霊圧で空気がピリッと静電気のように跳ねた。

 

「アタシはどうせ嫌われてるでしょうからねぇ。一心サンの時の二の舞はゴメンッスよ?」

「私も」

「いえ、これは那由他サンが対応するべきッスね」

 

 俺も浦原さんと同じように身を隠すつもりだったが機先を制された。

 

「藍染サンは確実に朽木サンを使って黒崎サンに接触するつもりです。その際のお目付け役、と言っては何ですが、それは那由他サンが適任でしょう。藍染サンも那由他サン本人が彼らの側にいると流石に手を出し辛いはずです」

 

 まあ、死んだと思ったら生きてたんだからな。

 警戒はするだろう。

 

 でも、それって俺が矢面に立つって事でしょう? 

 人使い荒いなぁ浦原さん……。

 

 あと、ルキアが攫われる瞬間とかどうしよう。

 

 流石に恋次とか白哉と顔を合わせるのは不味い気がするんじゃが。

 

 

 遠くで未だ無邪気にはしゃいでいる二人へ視線を移す。

 

 

 これから本格的に原作が始まるってのに、すでに原作が崩壊してるんだよなぁ。

 

 

 とりあえずは、苺が死神になるまでは様子見。

 

 

 その後は──臨機応変に対応しよう。

 

 

 うん、詳細は未来の俺に丸投げである。

 

 

「分かりました」

「お願いしますね、那由他サン」

 

 胡散臭い笑みを見せる駄菓子屋店主。

 

 俺はため息をもう一度吐こうとしたが、今度は出てくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一護。

 

 

 これから君の物語が始まるよ。

 

 

 俺は側で見てるから。

 

 

 君の雄姿を、この目と心に焼き付けるから。

 

 

 だから、君は君の望む世界を目指して突き進んでくれ。

 

 

 恐らく俺は今度こそお兄様に殺されるだろう。

 

 

 どのタイミングかは分からない。

 

 

 けれども、それでも君は止まる事はないだろうね。

 

 

 

「私は、貴方の行く末を見守りますよ、一護」

 

 

 

 

 

 

 

 ――君が絶望に抗い煌めく姿を、俺は何よりも心待ちにしているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




第一部・完っ!

次話から原作展開入りまーす
ただし、那由他のガバがどこまで影響するかは作者もよく分かってない模様
いや、ちゃんとプロットはあるんですけどね?
きっと想定外が起こる(確信

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