ヨン様の妹…だと…!?   作:橘 ミコト

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珍しい那由他無双(が一瞬だけある)回


侵入…だと…!?

『じゃ、後はお任せしますね、那由他サン』

 

 浦原さんのそんな言葉に見送られ穿界門を抜けた俺たちルキア助け隊ご一行は、織姫ちゃんの機転によって空から射出されるように流魂街の地に降り立った。

 

 流石に浦原さんは裏方に回るようだ。

 夜一さんみたいに別の姿に擬態できてる訳でもないしね。外見で一発でバレる。

 

 大罪人として尸魂界を追放された浦原さんがおいそれと人目に付くような行動は無理でしょ。

 

 ただ、別ルートで尸魂界へは入るつもりらしい。

 

 あれ、原作だとお留守番じゃなかったっけ? 

 

 ま、いっか。

 

 こちらに来る前の花火大会で苺の決意も促せたし、チャドや織姫ちゃんも俺が声掛けしてみたら気合十分。

 ついでに雨竜くんも誘ってあげたら地味に嬉しそうだった。

 

 そして、やっぱりたつきちゃんも付いて来るのねぇ……。

 

 君は人間の範疇だから、正直死神相手に戦えるかは結構不安なんじゃが。

 まあ、好きな子ではあるし、いざとなったら護ってあげよう。

 

 て訳で西門──通称『白道門』──の兕丹坊フェイズに進んだんだけど、

 

 

「な、那由他さんじゃねが!?」

 

 

 なんて言われて苺vs兕丹坊戦はスキップされました。

 

 え? 

 

「すぐに開げっから、待ってぐんろ!」

 

 え、ちょ、苺の活躍ぅ……。

 

 ここで兕丹坊との友情が築かれるんじゃないんか? あれ? 

 

 しかもあれじゃん。流魂街の人たちに信頼してもらうには兕丹坊守らなあかんのに。

 あ、市丸くんが兕丹坊の腕切ってくれればええんか! 

 

 何も問題ないな! 

 

 いや、だから苺の活躍ぅ……。

 

 なんて一人ポカンと兕丹坊が門を開ける姿を見てしまっていた。

 

「那由姉ってマジで死神だったんだな……。しかもめっちゃ好かれてるし」

「師匠見てたら分かんでしょ」

「流石だよね!」

「ああ」

 

 苺にたつきちゃん、織姫ちゃんとチャドからの好感度が何か上がった。

 雨竜くんは? あ、眼鏡クイッてしてるだけで興味なさそうですね。

 

 

「あかんなぁ」

 

 

 と思ったら市丸くんが門の向こう側からこんにちわ。おひさー!

 

 サクサクと進んでいく展開に俺もご満悦である。

 

 別の手段で潜入しようと考えていただろう夜一さんがため息をついていたが、ピクリと身を震わせ市丸を見据える。

 隊長格とこんなに早く会う予定でもなかっただろうしね。

 

「……那由他。お主まさか」

 

 夜一さんの意味深な言葉を理解できない俺はとりあえずスルー。

 

 俺は一応原作展開に沿った行動に苺たちを誘導しているだけです。

 何か深い考えがある訳じゃありません。

 

 この後は空鶴さんとこ行って花火になれば良いくらいだし。

 

 ゆっくり見学でもしとこ。

 

 

「門番が負けるゆう事は、死ぬゆう意味やぞ?」

 

 

 おぉ、神槍出す? 出しちゃう!? 

 なんか久々に見るわ~。

 

 市丸くん渾身の名言も聞けたし、俺はここでやりたかった事が出来た。満足。

 

 さあ、後は苺の強化具合を確認できれば良いかなぁ。

 隊長格の始解を受け止められたら原作と同じくらいの力量差になってるんだろうし。

 

 苺を強化しすぎたかな、とも思ったが、現世で見た尸魂界の戦力を鑑みるに丁度良い塩梅かもしれん。

 

 

 頑張れ~、いち──ん? 

 

 

 市丸くんの構える斬魄刀の角度。

 

 あれは……不味くない? 

 

 殺意高め? 

 

 てか、まずは兕丹坊の腕を落とすんじゃ……。

 

 

 

「死にや」

 

 

 

 いや、駄目でしょぉぉぉお!? 

 

 

 

 咄嗟の判断で俺は神槍の伸びる軌跡に入った。

 

 間一髪である。

 流石に音の500倍とかいう速度では動けん。

 

 構えから狙いを読み取れてマジで良かった……。

 

 刃を逸らせなかった場合、恐らく苺の魄睡と兕丹坊の心臓あたりがお逝きになっていた。

 

 おいコラ市丸!? 

 てめぇなにさらしとんじゃボケ! 

 

 俺が神槍に合わせて斬魄刀を叩きつけた事で市丸くんの槍が天の方へと伸びて行った。

 

 兕丹坊も苺も……無事、ヨシ! 

 

 

 

 ヨシ、じゃねぇぇぇぇえ!?

 

 

 

 かんっぺきに計画が狂った!? 

 どうしよう、これじゃ空鶴さんとこに行けないんじゃ? 

 

「な、あの時の死神……?」

 

 苺と雨竜くんは何が起こったのかすら分かってなさそうなんだよなぁ。

 織姫ちゃんにたつきちゃん、それとチャドは初対面だけど、とりあえず敵っぽい事は分かったようだ。

 

 皆が臨戦態勢となる中、俺は内心でテンパり、夜一さんは驚くほど静か。

 

 夜一さん、ここは何か上手いぐらいにまとめてもらえませんか!? 

 無理ですか!? 

 

「那由他さんも来はったんですね~。こら大変になりますわ」

 

 対する市丸くんは余裕の表情である。

 てめ、こら。恨むからな。

 

「テメェ……!」

 

 と、ここで苺が俺に庇われた事に気付いたらしい。

 兕丹坊は斧こそ出さないものの、市丸くんにどう対処すれば良いか分からないようで門を支えながら少しオドオドとしている。

 

「い、いじまる隊長! こん人は那由他さんだべ!」

「そないな事は分かってますぅ」

「なら、何でそげな事するんだか!?」

「アホちゃう? 那由他さんは虚として処刑されたんや。ここにいて良い訳あらへんやろ」

「ぐぅっ」

 

 兕丹坊が論破された。

 うん、まあ市丸くんが言ってる事の方が正しいと俺も思うよ。

 

 何で俺見ただけでいきなり門開けようとしたの? 

 

 いや、その好意は嬉しいんだけどね、なんかな、ちょっと思ってた展開と違うんよ。すまんな。

 

「兕丹坊さんだけでなく、那由他さんの想いをも踏みにじる行いだな」

 

 ここで雨竜くんも参戦。

 苺の隣に並び立つように移動すると、その手に霊子を集め始めた。

 

「通してもらう」

「良く分かんないけど、アンタはぶっ飛ばす」

 

 次いでチャドとたつきちゃん。

 織姫ちゃんは後ろで瞬盾六花を展開し、いつでもサポートが出来るようにスタンバる。

 

 

 う~ん、この。(遠い目

 

 

 ここは市丸くんが神槍出して「バイバ~イ」するだけの場面なんじゃが。

 こんな事やってたら死神の人達どんどん集まってくんじゃん。

 

 ヤバくね? (今更

 

「市丸、っつったか」

「君は黒崎一護やな。知っとるで、那由他さんの()()なんやろ?」

「こっの……!」

「黒崎、早まるな。単なる安い挑発だ」

「分かってるよ!」

 

 お、これは俺でも分かるぞ。

 ガキ扱いされる苺に敢えて子供って言ったんだろ! 

 

 額に青筋浮かべてる苺は良い顔だなぁ。(現実逃避

 

「市丸がここに来ると分かっておったな、那由他」

 

 え、夜一さんにバレてる。なんで? 

 

「現世であのような言葉を市丸に向かって言ったのも、この瞬間を見越しての事か。自分に注目を集めて皆を自由に行動させる……最善じゃが一護は喜ばんじゃろな」

 

 何を言っているのかワカラナイ。

 どの()()の事を言ってる? 

 俺なんか言ったっけ? 

 

 ああ、

 

「ギンくんは好きですよ」

 

 これ? 

 

『!?』

 

 お、なんか皆一斉に反応した。ちょっと怖い。

 

「な、那由他さ~ん。冗談は程々にせんと、ボク勘違いしてまうやん」

「別に冗談でもないのですが」

 

 固まった。

 空気が。

 

「帰りますわ」

 

 市丸くんがくるりと回れ右する。

 

 え、兕丹坊は放っておいて良いの? 

 彼まだ門担いだままなんだけど。

 俺たち侵入できちゃうよ? 

 

 それで良いのか、隊長!? 

 

「でも」

 

 あんまりな出来事に皆が呆然としている中、顔だけ振り向いた市丸くん。

 

「ボク、揶揄うんは好きやけど、揶揄われるんは好きやないんです」

 

 霊圧が吹き荒れる。

 これ、ガチだ。

 

 何かお怒り? 

 

 

 ──瞬間、兕丹坊の腕が飛んだ。

 

 

「がぁぁぁあぁああああああ!!」

 

 一拍置いて、彼の激痛に呻く悲鳴が轟く。

 

 流石の俺も反応できなかった。

 隊長羽織で隠された構えを見破れなかったためだ。

 

 帰るフリしただけだったのか! 

 

 しかも無言の始解。

 殺意たっか……!? 

 

「このヤロォ!?」

 

 一番に反応したのは苺だった。

 市丸くんに接近する速度は中々のものだ。

 前の俺なら割と傍観できると思っていたレベルである。

 

 しかし、コレは不味い。

 

 

 

 ──市丸ギンが相当強い。

 

 

 

 完全に実力を見誤っていた。

 

 これが全ての隊長格に当てはまるんだとしたら、剣八とかマジでヤバイかもしれん。

 山じい? 

 会った瞬間に逃げるわ。

 

 

 なんてふざけてる場合じゃないっ! 

 

 

 ここでこれ以上の隊長格が集まったら詰む。

 俺は無言で苺の襟首を掴んで後ろへと放り投げた。

 

「な、那由姉!?」

「行きなさい」

 

 市丸くんが切り込んでくる。

 すぐさま斬魄刀を抜いて受け止めた。

 

 ついでに兕丹坊も悪いが蹴って後ろへ下がらせた。

 彼が支えていた門が自重に従って落下してくる。

 

「何や、そういう事ですか」

 

 市丸くんがポツリと呟いた言葉に疑問を覚えるも、ここで苺たちを始末される訳にはいかない。

 俺は元々このチームにはいなかった存在だし、俺が消えたら原作通り空鶴さんを頼って瀞霊廷へ侵入してくれる事だろう。

 

 足りない俺の頭で考えた精一杯の打開策だ。

 

 穴だらけ? 

 分かってんよ! 

 

 でも俺アホなんだもん、しょうがないじゃん!?

 

 苺の活躍を側で見たかっただけ、出来心なんですぅ!

 

 

「彼方を駆けよ“天輪”」

「どこまでやります?」

 

 市丸くんが慌てたように声をかけてくるが、そっか。

 

 良く考えればこの子、劇団員じゃん! 

 

 な~んだ、別にそこまで焦らなくても良かったわ。

 雰囲気がガチ目だったからつい慌てちゃったよ。流石の演技力だわ。

 

「私が()()()()()良いかと」

「ほな、少しだけ戦ったフリでもしときましょか」

「ええ」

 

 俺が捕まったら苺の活躍が高まりそうだし! 

 

 ……いや、待て。

 

 

 捕まったら俺が苺の活躍を見れないじゃん!? 

 

 

 え、や、どうしよ!? 

 

 一人で再びテンパり始めた俺を無視し、市丸くんは普通に斬魄刀を振るってくる。

 つか神槍でがっつり攻撃してくる。

 

 

 これ、本当にフリだよね? そうだよね……? 

 

 

「那由他姉様!」

「……!」

「那由他隊長!」

「いや~、不味い事になってるねぇ、これ」

「藍染那由他!」

「那由他ぁぁぁあああ!!」

 

 

 うわ、何かいっぱい来たぁ……。

 

 

 上から、そいぽん、白哉、ワンちゃん、京楽さん、冬獅郎きゅん、けんぱっつぁん。

 

 

 え、剣八も来てんの!? 

 ヤバイヤバイヤバイ! 

 

 門は!? 閉まってんな、ヨシ! 

 夜一さん、マジで頼みましたよ~。お願いだから空鶴さんとこ連れてって! 

 

 ここじゃ全力全開な隊長格を相手に周囲を気にする余裕がある訳がない。

 マジでお願いだよ、夜一さん! 

 

 ちっくしょー!? 

 

 こうなったらヤケだ! 

 

 そいぽんは夜一さんと仲直りして欲しいから速攻で遠くへぶっ飛ばす! 

 ワンちゃんはヨン様の黒棺要員なんだから同じく遠くへ吹っ飛ばす! 

 白哉は苺の相手して欲しいからやっぱりぶっ飛ばす! 

 剣八も以下略! 

 冬獅郎きゅんは市丸くんを疑って四十六室行ってどうぞ! 

 

 京楽さんは……何もねぇけどぶっ飛ばす! 

 

 ぶっ飛ばすってのは物理的にだ! 

 距離が離れれば何とかなんじゃろ!(思考放棄

 

 あ、ぶっ飛ばす系の技が一個しかない……。

 

 突っ込んでくるだろう、けんぱっつぁんは良いとしてだ。

 他の人たちはどうすっぺ。とりあえず威嚇だ。荒ぶる鷹のポーズでもしてみる?

 

 市丸くんとかに止め刺されたらどうしよ。

 俺は苺の目の前でヨン様に殺されるくらいの演出はしたいんじゃが。

 

 流石に隊長格複数を無傷で無力化できるほどの実力差はない、と思う。

 

 どっかでうまいこと逃げたい。

 市丸くんには攫ってとか言ったけど逃げたい。

 

 そんで陰から苺を見守りたい。

 

 卍解の修行の時だけ手を貸したい。

 後は最後の双極の丘で登場するぐらいの出現頻度で。

 

 市丸くんは早くヨン様のとこ行って喜劇開催してぇ……。

 要っちはここに来てないんだからさ、察してよぉ。

 

 山じいは……まだ動いてないな! 助かる!

 

 もう市丸くんに任せた方が良いかなぁ。

 なんかアクション起こしたらお任せしとこ。

 

 

 

 

 

 ただ、俺の今後のガバプランにプラス補正がかかると信じて!

 

 

 

 俺のなけなしのOSRムーブを見せてやんよ!

 

 

 

 オサレって何……?(震え声

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 私──砕蜂は約半月ぶりに那由他姉様と再会した。

 

 しかし、このような状況を望んでいた訳では断じてない! 

 

 何故、何故、姉様が侵入者として……。

 

 

「致し方ありません」

 

 

 那由他姉様の声が静かに響く。

 

 その声には覚悟が見て取れた。

 私たち全てを相手にするつもりだ。

 

 私は那由他姉様の実力を知っている。

 

 未だ私一人では及ばない力を、20年前に既に持っていた。

 

 しかし、私も何もしてこなかった訳ではない。

 那由他姉様が尸魂界から離れたあの日の後悔を、誰が忘れる事が出来ようか。

 

 だから私たちの誰一人として、今の己の力に慢心はしていないとも言えた。

 それでも、その力を那由他姉様に振るう事になるつもりはなかった。

 

 誰もがこの場から彼女に逃げて欲しいと思っていた。

 

 しかし、

 

 

「花風紊れて花神啼き、天風紊れて天魔嗤う──“花天狂骨”

 

 

「なっ!?」

「京楽!?」

 

 八番隊隊長・京楽春水が何の躊躇いもなく始解をした。

 奴がここまで素早い行動をするのは初めて見た。

 

「那由他ちゃん相手に、普通にやって勝てると思う?」

 

 京楽の顔は笑っていた。

 しかし、目は笑っていなかった。

 

 瀞霊廷中に伝えられた報告──流魂街における侵入者。

 

 これは確実に那由他姉様だ。

 この時点で、私たちは護廷の者として那由他姉様を拘束、ないし処断しなければならない。

 

 それでも……! 

 

 

「散れ──“千本桜”

 

「霜天に座せ──“氷輪丸”

 

 

 二人の隊長が解号を紡ぐ。

 

「待ってたぜぇ、この時をよぉ!!」

 

 そして、更木は静止をかける暇もなく那由他姉様へと飛び掛かっていった。

 

「ま、待て……!」

 

 私はここまで弱かっただろうか。

 こんな、ただの少女のように狼狽える事しか出来ない女だっただろうか。

 

 あの日、決意した私の覚悟とは何だったのか。

 

 様々な想いが胸中に渦巻き、結局は足を一歩も動かせていなかった。

 

 

 

「“天輪”、行きますよ」

 

 

 六対一だ。

 いくら那由他姉様でもただでは済まない。

 

 それでも、那由他姉様の背は伸びたままだった。

 

 

「おらぁ!!」

 

 

 更木が斬撃を繰り出す。

 霊圧にものを言わせた粗暴で力任せの一振り。

 

 

 

 ──その一撃は、虚空を斬った。

 

 

 

「どこを斬っているのですか」

 

 那由他姉様の言う通りだ。

 

 そこには()()()()()()()()()()()()! 

 

「天輪の力……光の操作かい!」

 

 京楽がすぐに絡繰りに気付きはしたものの、その攻略方法は思いついていない。

 その証拠に、奴は遠距離からチマチマと広範囲に及ぶ攻撃を繰り出して牽制しているだけだ。

 

 光の操作。

 

 分かってはいたが、あまりに強い……!

 

 

「そこかぁぁぁ!!」

 

 

 ただし、更木の嗅覚は異常だ。

 

 光によって視覚を誤魔化せていても霊圧までは消せない。

 僅かな感知──いや、勘だろう──によって、那由他姉様へと肉薄する。

 

 

 

 

 

「天輪の能力が、いつから()()()()だと錯覚していましたか

 

 

 

 

 

 瞬間、更木が吹き飛んだ。

 

 比喩ではない。

 

 その体が、遥か後方へと消し飛んだのだ。

 

 その距離は目測でも分からない。

 少なくとも、奴がこの場に復帰するまでに事は終わっているだろう。

 

 ……何が、起きた? 

 

 私はこれでも護廷最速を誇っている。

 

 夜一様がいなくなり、那由他姉様がいなくなり、私は自身の修練に血反吐を吐く思いで臨んでいたのだ。

 今では“瞬神”の異名を持っていた夜一様よりも速いという自負すらある。

 

 その私が、何をしたか分からなかった? 

 

 そんな、馬鹿な……。

 

 

「目に見える光は“可視光”と言うのです」

 

 

 那由他姉様がゆったりと片手で構えた斬魄刀を持ち上げる。

 その刀身は見えていない。

 柄と鍔が伺えるのみだ。

 

 

()()()()()()()()()とでも、そう、思っていたのですか」

 

 

 一瞬で皆が距離を取る。

 

 誰もが刃を振るいたくないという戸惑いを抱きながらも、相手の脅威を改めて認識したのだ。

 

 

「距離を取っても無駄ですよ」

 

 

 那由他姉様の声が場を支配する。

 

 ここまでの強さだったなんて!? 

 愕然とする実力の高さ。

 

 皆の心を砕くように、那由他姉様は常よりなお冷淡な音で耳朶を刺激する。

 

 

「既にここは、私の領域です」

 

 

 朽木が千本桜を躍らせる。

 日番谷が氷柱を現出させる。

 京楽が影に潜む。

 市丸が刃を伸ばす。

 狛村は今になって始解した。

 

 だが、遅かった。

 

 

 

 

 

 

「──秋霜(しゅうそう)烈日(れつじつ)──」

 

 

 

 

 

 

 瞬間、全ての攻撃が()()()()()

 

 

 皆の動きが一斉に止まった。

 

 舞い散る桜の刃も。

 貫き穿つ氷結も。

 

 周囲からは影が消え。

 伸びた刃は蜃気楼を刺し。

 

 振りかざした巨大な暴力も、熱波によって飛ばされた。

 

 

 そして、それら全てを成したのは、

 

 

 

「我が能力の神髄は──“太陽光”

 

 

 

 那由他姉様だけが、普段と変わらず動いている。

 

 

「地に降り注ぐ恵みは、遍く万物を照らします」

 

 

 声すら遠く感じる。

 

 すぐそこにいるはずなのに、この人の声をとても遠く感じた。

 

 

 

 

 

「日中の私は──無敵だと思ってください」

 

 

 

 

 

 誰もが息をのむ気配を感じた。

 しかし、声を上げる事が出来ない。

 

 それでも動こうとしたのは京楽のみ。

 

 しかし、

 

 

「“秋霜烈日”は私の霊圧が届く範囲、全ての対象を動く暇なく燃やします。動かない方がよろしいかと」

 

 

 その言葉で、指先一つ動かせなくなった。

 

「まいったねぇ……」

 

 京楽の頬に冷や汗が流れる。

 この真意を読みにくい男が本気で流す焦りだ。

 

 隊長格が六人も集まって、まさかここまで完封されるとは思ってもみなかった。

 しかも戦闘は一瞬だ。

 正直、戦闘らしい戦闘すら出来ていない。

 

 いや、私は動いてすらいないのだから、実質は五人のようなものだろう。

 

 ただ、この場の支配権は完全に那由他姉様に握られた。

 このままでは侵入した旅禍たちが好きに動くだけである。

 

 私はどうするべきなのだ。

 

 護廷の隊長として。

 愛する那由他姉様の妹分として。

 

 私は、どう動くべきなのだ。

 

 そんな時だった。

 

 

「なら、なんで殺さへんのです?」

 

 

 場の空気にそぐわない、剽軽とも言える声が届いた。

 

「兄……!」

 

 朽木が苦々し気な言葉を漏らす。

 

「だってそうですやん。まるで()()()()()殺したないって言ってるみたいですし」

 

 こいつ!? 

 那由他姉様の好意を愚弄するか!! 

 

「……違いありません。私は殺したくないです」

「ほなら」

「ならば、どうしますか」

「こうしますわ。

 

 

 

 

射殺せ──”神槍”」

 

 

 

 

 そうして、市丸は那由他姉様をその斬魄刀で貫いた。

 

 

 

 呆気なかった。

 

 あまりにも、あっさりとした幕引きだった。

 

 先ほどまでの圧倒的な強さも、威圧する霊圧も、何もかもが一瞬でちっぽけなものとなった。

 

 

 

「き、っっっっさまぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

 

 

 

 私は我慢しきれず、いつの間にか市丸を殴り飛ばしていた。

 

 誰も、止めなかった。

 

「それが、それが貴様の答えか、市丸! それが貴様の、貴様のやるべき行いかぁぁぁ!!」

「何か間違ってます?」

「なっ!?」

 

 口から垂れる血雫を片手で拭い、市丸は僅かに霊圧を滲ませ私に問うてきた。

 

「瀞霊廷を守る、それがボクらの仕事ですやん」

 

 何も、間違っていなかった。

 

 ならば間違っていなければ良いのか。

 正しければ、その他全ては些事なのか。

 

 私は認めん。

 

 認められん。

 

 

 大切な人一人護れずして、何が護廷か……!? 

 

 

「行くのか」

 

 隣でただ静かに事を見守っていた狛村に聞かれる。

 意味を問うなど愚問だろう。

 

「ワシは行けん」

 

 狛村は総隊長に多大な恩義を感じている。

 この場に至って、今更那由他姉様の側に付く事など出来ないのだろう。

 

 しかし、私は違う。

 

 夜一様を失った。

 那由他姉様を失った。

 

 そして、また失おうとしている。

 

 血に伏した那由他姉様を見る。

 どこか諦めたような表情でこちらを見る彼女に、私の胸は苦しくなった。

 

「砕蜂!」

 

 誰かの声が聞こえる。

 それでも私は止まらなかった。

 

 那由他姉様を一瞬の内に抱きかかえ、その場を逃げるように去る。

 

 これからどうするべきか。

 

 分からない。

 

 ただ、分かる事もある。

 

 

 

 

 ──もう、この人を失いたくないのだ、私は。

 

 

 

 

 

 

▼△▼

 

 

 

 

 

 

『私が()()()()()良いかと』

 

 

 ボクが那由他ちゃんと刀を合わせた時に聞いた言葉や。

 

 初めはボクが捕えればええんか思っとったけど、どうやら本命は砕蜂ちゃんやったらしい。

 なんや分かりにくい指示ですこと。

 まあ、あん人の口下手は今に始まった事やないから良いですけどね。

 

 

 つまり、本気で殺すつもりやったボクの考えもお見通しっちゅう事ですか。

 

 

 確かに、何で最後の一撃を素直に受け入れたんかは不思議に思ってんけど、なるほどなぁ~。

 

 普通に那由他ちゃんと戦えば、護廷の面々なら無力化を狙いますわ。

 けど、正直那由他ちゃんほどの実力者を拘束するんは一苦労や。

 あん人なら霊力を分解する殺気石すらどないかしてまうんやないかって思いますし。

 

 せやったら、自由に行動できる形で攫ってもらう。

 

 

 これで護廷の戦力は分散を余儀なくさせられる、と。

 

 

 旅禍の黒崎一護一派と那由他ちゃんの両方に割けるだけの余力は、一応あるんやけど、片方があの那由他ちゃんやしなぁ。

 さっきも隊長格六人相手に動く事すら許さん環境をあっさり作り上げてもうた。

 

 あれは現護廷の戦力を分析したかったんやろな。

 

 今の那由他ちゃんがどうこうできるかどうか。

 現世におった分、そういった情報を更新しときたかったんやろ。

 

 ま、実際は藍染隊長みたいに歯牙にもかけんほどの実力差やったみたいやけど……。

 

 ボクはもう現世いった時にあん人の恐ろしさには気付いとったから気にならんけど、この場に残った隊長さんたちはショックやったんやない?

 

 そないな予測は置いといて、憂さ晴らしに一発入れさせてもらいましたし。

 まあここから護廷離れるくらいの間はまた大人しく嫌われ役やっときますわ。

 

 ゆうて大して跡に残らん場所に一撃を誘導されたんは流石やなぁ。

 多分無意識やろ、あれ?

 さも重傷そうなフリして諦めた顔しとったけど、あの無表情でそこまで演技できるんはえぐいわ。

 女優ですやん。

 あ、昔からせやったな。

 

 こっわ~。(笑

 

 ま、これで旅禍を見逃した件も不問になるやろし、その点だけは感謝しときますね、那由他ちゃん。

 

 後は藍染隊長の計画通りに動いて……那由他ちゃんはどうすんやろ?

 

 黒崎一護がルキアちゃんのとこに向かうのと那由他ちゃんを救いに行くん、どっちを優先するか判断しづらいなぁ。

 

 まあ、その辺りは藍染兄妹に任せとったら大丈夫やろ。

 

 

 もう、ボクは知りませ~ん。

 

 

 

 

 残りの仕事は藍染隊長を殺して、日番谷隊長と()()()()のとこに手紙を出すだけですやん。

 

 

 

 

 よう分からんけど、なんや那由他ちゃんが上手い事やるんやろ。

 

 

 

 




4月からお仕事爆増なんで、更新頻度が二,三日に一回になっちゃいます……。ごめんご。

次回、『雛森の悲劇』

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