ヨン様の妹…だと…!?   作:橘 ミコト

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愉悦部の諸君! ワインの準備は十分か?



雛森…だと…!?

 ──隊首会が開かれる。

 

 その報だけなら驚かなかったけど、何故かあたしたち副隊長にも召集命令が出た。

 

 無理はないのだと思う。

 

 だって──那由他さんを救うために砕蜂隊長まで姿をくらませてしまったのだから。

 

「雛森……」

「あ、阿散井くん……」

 

『副隊長は副官章を付けて二番側臣室にて待機』

 

 それがあたし──雛森桃に下された命令だった。

 

「……話は聞いたかよ」

「うん」

 

 阿散井くんも辛そうな顔をしている。

 一緒にやってきた七番隊の射場さんは厳しい表情のまま拳を握りしめていた。

 

 射場さんは、きっと副隊長の中で誰よりも戸惑っているんだろう。

 

 

 元七番隊隊長・藍染那由他さん。

 

 

 その実力と分け隔てない態度は、みんなから絶大な信頼を寄せられていた。

 でも、20年くらい前に──虚として処理された。

 

 私たち護廷の抱える罪とも言うべき所業。

 

 何故、あの人が罰せられなければならなかったのか。

 未だにあたしたちは分かっていない。

 

 そんな人が尸魂界へと帰ってきた。

 

 それは素直に嬉しい。

 初めはそう、あたしも思った。

 

 けれど、あの人は王族特務案件で処分されたのだ。

 

 もしかしたら、()()()()()()()()()()()()

 

 そして、一緒に報告された旅禍の件。

 那由他さんが手引きしたと考えるのが妥当だ。

 

「何をしようとしてるのかな、那由他さん……」

 

 思わず漏れてしまったあたしの泣き言に、場の雰囲気が更に重くなってしまう。

 

「あん人が、何も考え無しに動くとは思えんけえ」

 

 すると、射場さんが静かに答えてくれた。

 

「ワシらの事を何よりも、誰よりも思いやって、そして導いてくれた人じゃけん。そん人が、このタイミングで動くんじゃ。……随分ときな臭い気配が漂っとる」

 

 そうなのだ。

 あたしには思い当たる事がある。

 

 藍染隊長の様子が少し前からおかしいのだ。

 

 しかし、何を聞いても答えてくれない。

 

 あたしは一体、どうしたら良いのだろう……。

 

 ずっと憧れてきた藍染隊長たち。

 この二人の異様な動きに、あたしたちは既に何かが動き出している事を感じ取っていた。

 

「……那由他さん相手に、隊長格六人で手も足も出なかったみたいだぜ」

 

 しばらくして、阿散井くんが口を開いた。

 その内容にあたしは驚愕してしまう。

 

 あたしたちは副隊長。隊のNo.2だ。

 そうは言えど、隊長との実力には大きな隔たりがある。

 隊長とは護廷において、それだけの戦力なのだ。

 

 そんな人たちが六人集まって、手も足も出なかった? 

 

 暗い気分になっていた心に、少し嬉しさが宿ってしまう。

 

「やっぱり凄いね、那由他さん」

「当たり前じゃけぇ」

「だよな……ま、喜ぶ訳にもいかねえんだけどよ」

 

 皆で苦笑してしまう。

 

 那由他さんは侵入者なのだ。

 

 敵、なのだ。

 

 敵がそれほど強いという事を喜んでしまうなんて、本当なら非難されるべき。十一番隊じゃないんだから。

 

 それでも、あの人の凄さを再確認できたあたしには、どうしても微笑みが出てしまう。

 

「それでよ」

 

 ここで再び阿散井くんが言葉を発する。

 ただ、その表情は真剣だ。

 

「これは内密で頼むぜ。これはとある人から聞いた話なんだが──」

 

 そう前置きして阿散井くんが話し始めた内容は、あたしたち誰の内にも燻っていた、確かな疑問だった。

 

 ──ルキアさんの処刑。

 

 一言で説明できてしまう出来事の中には、異例がこれでもかと詰まっている。

 彼女の罪状は霊力の無断貸与および喪失、そして滞外超過だ。

 その程度の罪で極刑という時点で異例なのに、義骸の即時返却・破棄命令、執行猶予期間の短縮、双極の使用。

 挙げればキリがない。

 

 明らかに、不自然なのだ。

 

 そして、阿散井くんの語り口から、この情報を彼に伝えたのは藍染隊長だとあたしは確信した。

 

 今まで五番隊で見続け、副隊長となってから側で支え続けてきたのだ。

 あの人の理路整然とした指摘は頭で簡単に思い浮かべる事が出来る。

 

「それって、あ」

「言うな、雛森」

 

 阿散井くんにピシャリと言われて口を噤む。

 

「あの人は何かを掴んでる。それも悪い状況に事態が動きそうだって事をだ」

 

 射場さんは腕を組んだまま阿散井くんの話に耳を傾けている。

 あたしも口を両手で抑えたままコクコクと首を縦にふった。

 

「恐らく、今やってる隊首会でもその報告をするんだろうさ。だから、今はあんまり変な事は言わない方が良いだろ」

 

 凄い。

 あの、って言ったら失礼だけど、阿散井くんがこれからの事をしっかり考えて動いている。

 あ、あたしも見習わなきゃ! 

 

 そんな時である。

 

 

 ──ガン、ガン、ガン、ガン!! 

 

 

「これは、侵入警報じゃと!?」

 

 射場さんがすぐさまに反応し、

 

「! 那由他の姉御!!」

 

 まるで疾風のように待機部屋を飛び出て行った。

 

「雛森!」

「う、うんっ!」

 

 阿散井くんに促され、あたしは慌てて立ち上がる。

 まずは藍染隊長に合流しなきゃ! 

 

 でも、

 

「隊長、副隊長が集まるこのタイミングで侵入……」

 

 明らかに作為的だ。

 内部に密告者が……? 

 

 それとも──。

 

 あたしの脳内で最悪の展開が思い浮かぶ。

 

 そんな、でも……!? 

 

 いや、侵入者が那由他さんなら、ありえない話ではない。

 

 ただ、先日の戦闘で「那由他さんが怪我を負った」という事をさっき阿散井くんから聞いた。

 市丸隊長の斬魄刀で貫かれたらしい。

 

 噂で聞いたけど……、那由他さんは市丸隊長に好意を持っているみたいだ。

 

 そんな相手に殺されそうになったあの人の気持ちは……。

 思わず眉間に皺が寄ってしまう。

 

 そうだ、市丸隊長。

 

 隊長になる前は五番隊の副隊長だったのに、藍染隊長との確執が囁かれている人。

 確かに、私の目から見ても二人の関係は良好とは言えなかった。

 

 もしかして、藍染隊長が疑っている人って……。

 

 頭を振る。

 

 そんな、同じ護廷の、しかも隊長だ。

 自分が疑うなど。

 

 

 しかし、あたしの心にはドス黒いものが生まれ始めている事を、自分でも理解できてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

『随分と都合良く警鐘が鳴るものだな』

 

 俺──日番谷冬獅郎は、旅禍の侵入に際し中断された隊首会の部屋を出る時に、その言葉を聞いた。

 

『……よう分かりまへんな。言わはっている意味が』

『それで通ると思っているのか? ──僕をあまり甘く見ない事だ』

 

 胸のざわつきを覚える光景だった。

 明らかに藍染は市丸を疑っている。

 

 そして、それは俺もだ。

 

 那由他が侵入し迎え撃った時。

 市丸は何の躊躇いもなく、あの人を刺しやがった。

 

 急所は外れたようだが、それは那由他の実力があってこそ。

 

 普通の奴なら心臓を貫かれる殺意の籠った刃だった。

 

 ただし、隊首会で市丸の追及はない。

 

 護廷に利する行為であると総隊長は判断した。

 

 砕蜂の行方と逃げた那由他、そして旅禍。

 これらの目的と今後の動きについての意見をまとめるような目的。

 

 何も間違っちゃいない。

 

 なのに、何なのだ。この焦燥感は。

 何かが動き出している。

 

 藍染が市丸相手に何か詰問しようとし、朽木ルキアの処刑に関して言及しようとした瞬間に鳴った侵入警報。

 

 先ほど藍染が言っていたように、あまりにもタイミングが良すぎる。

 

 そして、市丸の去り際の言葉……。

 

 

 

『なんや、ゆっくり警報聞いていかはればええのに。――もう聞けんくなるんやから』

 

 

 

 

「……雛森に一言だけ注意しとくか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

「射場さんと阿散井くんが、消えた……?」

 

 侵入者の報があっていの一番に飛び出した射場さんと阿散井くん。

 その目的なんて分かり切っている。

 きっと那由他さんを探しに向かったのだろう。

 

 ただ、あれから数日が経った今でも二人は帰ってきていないらしい。

 

 

 未だあたし──雛森桃はどう行動すれば良いか分からないままだ。

 

 

 三番隊副隊長の吉良君に相談をもちかけたのも、そんなあたしの弱さからだった。

 

「藍染隊長には話そうかとも思ったんだけど、それで射場さんや阿散井くんが罰を受けたりしたら嫌だし……」

「装着令の出ている副官章を外していくほどだ、その判断は間違っていないと思うよ」

 

 吉良君に渡した包みには、ポツンと残されていた二つの副官章が寂しそうに鎮座している。

 つまり、あの二人は副隊長という地位を失ってでも……いや、違う。

 

 多分、副隊長としてではなく、『射場鉄左衛門』と『阿散井恋次』として会いに行ったんだ。

 

 あたしにそこまでの覚悟が持てるだろうか。

 

 那由他さんには恩義を感じているし、憧れも抱いている。

 しかし、藍染隊長にも同じ気持ちを持っているのだ。

 

 どちらかを選ぶなんて、私には出来ない……。

 

 

 

 

 

 その数時間後の事だ。

 

 阿散井くんが重傷で四番隊舎へと運ばれたのは。

 

 

 

 

 

「戦時特例、常時帯刀許可……」

 

 少し前に告げられた事実に、あたしは恐れすら抱いていた。

 

 あたしは皆が平和に過ごせるようにと、そのために死神になった。

 

 那由他さんの背中を思い出す。

 藍染隊長の微笑みを思い出す。

 

 あのお二人は、常に皆の笑顔を護っていた。

 

 あたしは戦いたくなんてない……! 

 

 幸いにも、阿散井くんの命に別状はないらしい。

 射場さんはまだ見つかってすらいない。

 

 

 どうして、こうなっちゃったんだろう……。

 

 

 涙が溢れそうになる目に力を入れる。

 泣き言なんて許されない。

 あたしは五番隊副隊長・雛森桃だ。

 

 

 

 皆を──あたしが護るんだ。

 

 

 

『戦いを恐れるのは悪い事ではありません。その恐怖こそが、貴方を強くするでしょう』

 

 那由他さんの言葉を思い出す。

 

『力ある者は、その責務から目を背けてはいけないよ』

 

 藍染隊長の言葉を思い出す。

 

 

 この二人は、あたしの道しるべなのだ。

 

 

 だからだろうか。

 あたしはその夜、藍染隊長のいる部屋へと出向いてしまった。

 

 突然の訪問な上、あたし自身としても特に話したい事があった訳ではない。

 ただ不安で、安心を求めていただけだ。

 こんな弱いあたしが縋ってしまうなど、あの人にとって迷惑以外の何物でもないと思う。

 

 それでも、藍染隊長はあたしを優しく受け止めてくれた。

 

 

「す、すみません……!? あたし、いつの間にか眠っちゃってたみたい、で……?」

 

 起きた瞬間の寝ぼけた頭で大声を出してしまった。

 火が出るほど恥ずかしい……! 

 

 慌てて周囲を見渡すも、そこには既に藍染隊長の姿はなかった。

 い、今何時……!? 

 

 急いで身支度をして藍染隊長の部屋から飛び出す。

 

 定例集会に間に合うかなぁ!? 

 

 チラリと目に入った横道。

 確か、こっちに行ったら近道だった。

 本当はいけない事だけど……ごめんなさい! 

 

 あたしは通行止めの衝立をピョンと飛び越え、その先の道を急ぐ。

 

 

 

「良かった、これならなんとか間に合い……そ、う……」

 

 

 

 時間を確認し、安堵のため息をつく。

 

 前を見る。

 

 道を急ぐ。

 

 ここの道を右に曲がればもうすぐだ。

 

 曲がった。

 

 前を見る。

 

 

 

 眼前の壁面に、赤いものが垂れていた。

 

 

 

 え? 

 

 誰かの落書き? 

 

 こんな時に? 

 

 赤いものは、どうやら上から零れているようだ。

 

 視線を上にあげる。

 

 建物の奥の青空が映った。

 

 そんな青の中、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……藍染、隊長……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あたしの憧れの人が。

 

 あたしの尊敬する人が。

 

 あたしの大好きな人が。

 

 あたしの目標である人が。

 

 あたしが支えてきた人が。

 

 あたしが追い付きたい姿が。

 

 

 

 

 

 

 

 

──壁面に、磔にされ、事切れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、あ、……え? なん、で? 何が? え? そんな、いや、え……?」

 

 

 理解できない。

 

 その光景を理解できない。

 

 したくない。

 

 認めたくない。

 

 どういう事だ。

 

 何が起こって。

 

 これは夢だ。

 

 

「いや……」

 

 

 だって、昨夜、あたしは藍染隊長と普通に、お話しして、慰めてもらって、温かい言葉で、胸も軽くなって、それで、自分の仕事を頑張ろうって、皆を護ろうって、その中には勿論藍染隊長もいて、あたしなんかが烏滸がましいとも思ったけど、やっぱりあたしはあの人の力になりたくて、支えられるようにあたしもしっかりしなきゃって、あと、出来たらもっとあたしの事を見て欲しくて、それで、それで。

 

 

 

「いや、いや、いや……!」

 

 

 

 あたしはまだ、この人の側にいたい。もう那由他さんみたいに失うのは嫌なのだ。あたしの大好きな人が、憧れが、遠くへ行ってしまうのは嫌なのだ。だから必死に努力した。副隊長にもなれた。全てお二人のおかげなのだ。那由他さんがいなくなっても、その真っ直ぐと前を見据えた目を覚えているのだ。側にいてくれた藍染隊長の、優しく頭を撫でる手の温かさを知っているのだ。

 

 

 それが、失われるなんて、信じたくない、のだ。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「雛森君!?」

「雛森っ!?」

 

 誰かの声がする。

 

 知らない。

 こんな、こんなのっ、知らない!? 

 

 

「いや、いや、いやぁあぁ!? 藍染隊長、藍染隊長っ!!」

 

 

「なっ!? これは……!?」

「そんな……!」

 

 なんで、どうして、何で、何が起こってるの? なんで? 

 誰か教えて、教えてよぉ、藍染隊長がどうしてこんな目にあってるのよぉ……!! 

 

「いやぁぁぁあぁああああ!!」

「ひ、雛森君、落ち着いてくれ!?」

 

 藍染隊長が、藍染隊長が、こんなに血を流しているのだ! 

 指一つ動かさず、目は虚ろなままで、いつもの笑みもないのだ! 

 そんなこの人の姿を見て、どうして落ち着けるって言うの!? 

 

 誰だ。

 誰が、藍染隊長にこんな事をしたのだ。

 

 絶対に許さない。

 私から再び『藍染』を奪った世界など、どうして許す事が出来るか!! 

 

 

『気を付けろ』

 

 

 唐突に、シロちゃんの言葉を思い出す。

 

 そうだ、あの子は私に警告していた。

 

 

『藍染をあんまり一人で行動させるなよ。特に──』

 

 

 あたしは顔を上げる。

 知った霊圧を感知する。

 

 

 

 

 

『三番隊の市丸には気を付けとけ』

 

 

 

 

 

「なんや、大変な事になっとるなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前かぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斬魄刀を抜き放つ。

 

 殺す。

 殺す。

 殺す。

 

 殺してやるっ!? 

 

「雛森、まっ……!」

 

 止まらない。

 絶対に止まらない。

 許さない。

 

 もう、何もかもに憎しみを覚えてしまう! 

 

 

「どうして止めるの──吉良君!!」

「僕は三番隊の副隊長だ」

 

 

 そうして、あたしの刀は憎き市丸に届く前に、同期の吉良君によって止められてしまった。

 

「お願い、どいてよ吉良君」

「それは出来ない」

「どいてよ……どいて……」

「だめだ!」

 

 

 

 

 

「どけって言うのが、分からないのっ!!」

「だめだと言うのが、分からないのかっ!!」

 

 

 

 

 なら、あたしは全てを──燃やす。

 

 

 

 燃やし尽くす。

 

 

 

 この輝きは、藍染隊長と那由他さんへの憧れだ。

 

 

 

 月のように美しく、太陽のように熱い心を持っていたあの人への。

 

 

 

 陽だまりの様に朗らかで、あたしを優しく包んでくれたあの人への。

 

 

 

 

 

 あたしの憧れが、燃えたのだ。

 

 

 

 

 

 心が弾け飛ぶほどの、『()()()()()()への、私の想いなのだっ!! 

 

 

 

 

 

 

 

「弾け──”飛梅”ぇぇぇぇええ!!!」

 

 

 

 

 

 

「なっ!? こんなところで斬魄刀をっ……!」

 

 

 吉良君が慌てて飛び退るが、あたしの眼中にあるのはただ一人。

 

 

「市丸! 覚悟ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっちも動くなよ──?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、つがや、く……」

「日番谷隊長……!」

 

 何をされたか分からなかった。

 

 あたしの斬魄刀は、何故か床板を貫いている。

 

 全力だったのに。

 あたしの全身全霊をかけた始解だったのに。

 

 シロちゃんは、ただ私の斬魄刀を踏んでいるだけだ。

 

 それで全てが、あたしの全てが、抑え込まれていた。

 

「拘束しろ、二人ともだ」

 

 乱菊さんに素早く動きを封じられる。

 しかし、もうあたしに抵抗するだけの気力は残っていなかった。

 

「藍染隊長……」

 

 未だ壁に縫い付けられている憧れの人を見上げる。

 どうして、こうなっちゃったんだろう。

 

「那由他、さん……」

 

 情けなく、私はポロポロと涙を流す。

 

 もう、どうしたら良いのか、分からない。

 

 どうしたら、皆を護れますか? 

 どうしたら、貴方たちみたいになれますか? 

 どうしたら、あたしはもっと強くなれますか? 

 

 分からないんです。

 

 

 

 ──もう、分からないんです。

 

 

 

 市丸と何か話しているシロちゃんの姿も、滲んだ別世界の出来事にしか見えない。

 

 

 

 

 

 

……助けて、藍染隊長、那由他さん。

 

 

 

 

 

 

 

「これ、藍染隊長の部屋にあった、あんた宛の手紙よ。見つけたのがウチの隊長で良かったわね」

 

 

 五番隊の第一特別拘禁牢で呆然としていたあたしに、乱菊さんが一通の手紙を渡してきた。

 

 そして、その手紙を書いたのが誰かを理解した瞬間、あたしは信じられない顔をしていたと思う。

 

「他の誰かだったら証拠品としてあんたの所には届かなかった。何が書いてあるかは知らないけどさ、自分の隊長が最後に遺した言葉の相手が自分だったってのは、副隊長として幸せな事だよ。……大事に読みな」

 

 あたしは枯れたと思っていた涙を再び流す。

 

 藍染隊長。

 藍染隊長。

 藍染隊長……! 

 

 言葉も出てこない。

 届けてくれた乱菊さんに、あたしは深く頭を下げる事しか出来なかった。

 

 

 

『お待たせしました』

『救援に来たよ』

 

 

 

 真央霊術学院一回生の頃、あたしたちが魂葬実習で現世に向かった時の事を思い出す。

 

 突如現れた巨大虚相手に死と絶望を初めて覚えた。

 あの時の恐怖は忘れる事が出来ない。

 

 そして、そんな恐怖の塊を、あのお二人はいとも容易く払ったのだ。

 

『あ、あなた方は……! 藍染五番隊隊長に、藍染七番隊隊長!?』

 

 引率の檜佐木先輩の驚愕と尊敬の念も凄かったけど、あたしたち現副隊長の三人も目を離せなかった。

 

 陳腐な言い方になってしまうが、とても、とても凄かった。格好良かった。──憧れた。

 

 こんな風になりたいって、だから頑張ろうって。

 いつもあたしたちを気にかけてくれる藍染隊長たちに、私は全幅の信頼を置いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、読んだ手紙の内容を、私は一片たりとも疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──雛森が脱走した。

 

 

 そして、ほぼ同時に通達されたのが『朽木ルキアの処刑が明日』に変更された事だ。

 

 俺──日番谷冬獅郎はすぐに()を探す。

 

 ちくしょうっ!? 

 

 焦燥感と怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 

 好意を寄せてきていた那由他だけに飽き足らず、その兄貴すら手にかける。

 極悪なんて言葉ですら生温い。

 

『次に血ィ流させたら、俺がてめぇを殺す』

 

 那由他が倒れたあの場で市丸に言った言葉だ。

 

 俺に死神としての標をくれた。

 家族を護る術を教えてくれた。

 

 それが大恩じゃなくてなんだってんだ。

 

 侵入者であり刃を向けつつも、それでも血を流さずに俺らを押しとどめたあの人の覚悟の、全てを市丸は侮辱した! 

 

 そして、四番隊に重傷で運ばれた斑目の証言だ。

 

 

『旅禍の師匠は、藍染七番隊隊長だけじゃないっす。──浦原喜助。今回の事件に、奴が一枚噛んでます……!』

 

 

 この情報は瀞霊廷中を震撼させた。

 

 何故、あの人が浦原喜助と組んでいる!? 

 

 つまり、俺たちの知らない真実が裏で蠢いているって事だ。

 

 

 

 100年前の事件の詳細は俺も把握している。

 

 そして、那由他はその事件の被害者だったはずだ。

 

 にも関わらず、被害者と加害者が今回の旅禍の稽古をつけていたという。

 

 旅禍はその大部分が捕まった。

 色黒の大男、眼鏡の白い奴、そして喧嘩の強い女。

 後は志波家のなんかうるさい奴がいるらしいが……今はどうでも良い。

 

 

 そして、護廷が浦原の情報を得たと同時、隊長格は真っ二つに分かれた。

 

 

 那由他さん側に付いたのは既に離れている二番隊隊長・砕蜂と七番隊副隊長・射場鉄左衛門を筆頭に、

 

 

 六番隊副隊長・阿散井恋次

 

 九番隊隊長・東仙要、同副隊長・檜佐木修兵

 

 十一番隊隊長・更木剣八、同副隊長・草鹿やちる

 

 十三番隊隊長・浮竹十四郎

 

 そして俺、十番隊隊長・日番谷冬獅郎と同副隊長・松本乱菊。

 

 

 意外だったのが、七番隊隊長の狛村も那由他側についた事だ。

 

 アイツは総隊長へかなりの恩義を感じていたはずだった。

 いや、那由他に対しても崇拝みたいな想いを抱いているのは知っているのだが……。

 

 それでも、狛村は明確に朽木ルキアを助けるために動き出した。

 

 

 

 合計で11人もの隊長格が那由他への協力を胸に抱き離反。

 

 

 

 隊長格26名の内、実に半数近くに上る数だ。

 

 

 

 平隊士もこれに続き、瀞霊廷は混乱の坩堝と化している。

 

 

 

 この内、旅禍の囚われた者を更木が救助。

 二番隊隊長の砕蜂に合流したらしい。

 

 いきなり現れやがった元二番隊隊長の四楓院夜一は朽木ルキアを救出に来たオレンジ頭と六番隊隊長・朽木白哉の戦闘に介入し、オレンジ頭を抱えて離脱。

 浮竹もこの時点で離反した。

 

 更に言えば、未だ瀞霊廷側に立っているとは言え、あの京楽が何も考えてない訳がねえ。

 どうせ浮竹と示し合わせてどちら側からでも援護できるように戦力を分散しただけだろ。

 

 細けぇ情報は入ってないが、オレンジ頭は十一番隊三席の斑目を撃破、同隊長の更木をも退け、阿散井とも一戦交えたそうだ。相当な実力者である。

 まあ、那由他が稽古つけたんなら妥当か……。

 

 十二番隊の涅も連絡が取れておらず、護廷の力は相当に弱まっている。

 

 

 

 

 ただし、総隊長が重い腰を上げやがった──! 

 

 

 

 

 危険な賭けだ。

 それは分かっている。

 

 しかし、藍染が殺されたという事は市丸が動いたも同義。

 

 そして那由他が尸魂界を追われた時も、侵入者としてやってきた時も。あの人に対して振るう刃に一切の迷いが無かったのは──市丸だけだ。

 

 この状況証拠だけでも、市丸が那由他を疎ましく思っていただろう事は読み取れる。

 そして、その兄である藍染が市丸を警戒していたのも頷ける話だ。

 

 これらの事実が噛み合った時、旅禍の奴が言っていた言葉が決定打となった。

 

 

『朽木ルキアを救い出す!』

 

 

 奴らの目的は朽木ルキアの処刑を止める事。

 藍染が生前に一番の疑念を抱いていた異例尽くしの処刑だ。

 先ほどの地獄蝶による猶予短縮も、よほど処刑を実行したい事の裏付けとして考えられる。

 

 この処刑には隠された陰謀がある。

 

 それを確かめるのに一番手っ取り早い方法は、

 

 

 

「市丸、探したぜ」

 

 

 

 市丸をフン縛って、その真実とやらを吐かせる事だ。

 

 

 

 そんな俺たちを嘲笑うように、市丸の掌で踊らされた雛森が俺に刃を向けてくるまで、そこまで時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 分からない、分からないの、シロちゃん……! 

 

 あたしはただ我武者羅に斬魄刀を振るう。

 

 

「バカ、雛森! 藍染がそんな事をお前に遺す訳ないだろ!?」

 

 

 でも、もうあたしにはこれしか縋るものがないの。

 

 

「だって、書いてあったもの!」

 

 

 乱菊さんに渡された手紙。

 

 そこには事件の真犯人──『日番谷冬獅郎』の名が刻まれていた。

 

 

「あたしだって信じたくなかった! でもあれは藍染隊長の字だった! 藍染隊長がそう言ってるんだもん!?」

 

 

 思考を放棄し、道しるべを失った今のあたしにとって、その手紙こそが全てだった。

 

 シロちゃんを、あたしの手で殺すしかないんだ。

 

 

「あたしはっ……、あたし、は……!」

 

 

 シロちゃんの顔が歪む。

 あたしを傷つけるのが嫌なんだ。

 分かってる。シロちゃんは本当は優しい子だって。

 だから、あたしを本気で斬らないって、そんな想いすら利用して。

 

 

 あたしは、醜い。

 

 

 でも、もう、どうしたら良いか、

 

 

 

 

「何が正しいかなんて、もう、分からないんだよぉ……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心配いりません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方は、この後にも必要な子です。こんなところで、傷ついてはなりません」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、藍染、那由他……!?」

 

「冬獅郎くん、桃さんを連れて急ぎ中央四十六室へ」

 

「な、あ、え?」

 

「ここは私にお任せ下さい。乱菊さんも、冬獅郎くんと共に」

 

「……ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 何が、起こったの……? 

 

 

 

 

 

 この手に付いている赤いのは何? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何で、あたしは──那由他さんを斬っているの……? 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あ、やぁ……」

「大丈夫です」

「ご、ごめん、なさっ……」

「大丈夫です」

「あ、あたし、そんな、違っ」

「桃さん」

「いや、もう、いやなのぉ……。誰も、傷つけたくなんて、ないぃぃぃ……!」

 

「大丈夫です」

 

 

 那由他さんの腕に抱かれた。

 

 少し前にも見た、真っ赤な血の流れる腕で。

 

 どうして、わざわざ斬られたのですか? 

 那由他さんなら、あたしなんかの攻撃で、傷つくわけない。

 

「貴方の刃は優しいですから」

 

 頭を撫でる那由他さんの温かさを感じる。

 

 

 ああ、ずっと、求めていた、温かい手。

 

 

 

 涙が止まらない。

 

 

 

 もう、手に入らないと思っていたものなのに。

 

 

 

 

 

「ごめ、んな、さい。ごめんなさいぃ……!!」

 

 

 

 

 

「お兄様が、貴方を待っています」

 

 

 言葉を失った。

 

 

「藍染、隊長……?」

 

「お兄様は死んでいません」

 

「そ、それは本当か!?」

 

「はい、あの死体はお兄様の能力で敵を欺いたものです」

「そんな事が……!」

 

 駄目だ、頭の理解が追い付かない。

 

 皆の話が耳を通り抜けている。

 

 でも、会える。

 

 もう一度、藍染隊長に会える。

 

 あたしを抱きしめる腕が、これが現実だと教えてくれている。

 

「藍染隊長が、いるんですか……?」

「はい。どうして私に接触したのかは分からないのですが、”自分は無事だ”と貴方に伝えて欲しいと」

 

 もう周囲の言葉は聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

 藍染隊長、藍染隊長、藍染隊長……! 

 

 

 

 

 

 中央四十六室に踏み込む。

 

 

 

 周囲の光景など何も目に入らない。

 

 

 

 奥に進めば進むほど、あの愛しい霊圧を感じる。

 

 

 

 

 

 

 帰ってきたんだ。

 

 

 

 

 那由他さんも帰ってきた。

 

 

 

 

 藍染隊長も帰ってきた! 

 

 

 

 

 全部、全部元通りになる! 

 

 

 

 

 また、皆で笑って過ごせる! 

 

 

 

 

 

 戦わなくて良い、あの頃の、幸せな日々が──! 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藍染隊長っ!」

 

 

 

 

「心配かけたね、雛森君」

 

 

 

 

「いいんです、藍染隊長が無事なら、那由他さんが帰ってこれるなら……!」

 

 

 

 

 

「ありがとう、雛森君。僕は君を部下に持ててよかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、もう、あたしは──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──さようなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「笑っ……て……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見上げていた顔は変わらず柔らかい笑顔だ。

 

 慈愛ともとれる温かさを感じる。

 

 

 目線を下げる。

 

 

 自分の胸に何か刺さっていた。

 

 

 もう一度見上げる。

 

 変わらない。

 

 藍染隊長の顔だ。

 

 目線を逸らせないまま、胸から生えている何かに手を添える。

 

 温かい。

 

 自分の血だ。

 

 でも、それだけじゃない。

 

 

 

 藍染隊長の手の、温かさだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縋るように藍染隊長へと伸ばした手は震えていて。

 

 

 

 

 

 振り払われるように、胸に突き立てられていた藍染隊長の斬魄刀は抜けて行った。

 

 

 

 

 

 

「行こうか、ギン」

 

「はい、藍染隊長」

 

 

 

 

 

 

 何も、聞こえない。

 

 

 

 何も、感じない。

 

 

 

 ただ、自分からどんどん熱が失われていく事だけが分かる。

 

 

 

 

 

 

 なんで。

 

 

 

 

 どうして。

 

 

 

 

 藍染隊長……?

 

 

 

 

 再び、私は絶望の淵へと落ちていき。

 

 

 

 

 

 

 

 意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 




ああ、雛森……悲しいなぁ


ルキアの処刑が原作よりも早まって苺の卍解間に合うぅ……?
しかも東仙・狛村vs更木はスキップされた模様。
安心して下さい、全部ガバです。

次回は同じ時系列の那由他視点。
多分……明後日くらいには投稿できる?(まだ一文字も書いてない

ふと思ったんでアンケ取りたいのですが、

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