ヨン様の妹…だと…!?   作:橘 ミコト

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もうほんと、お待たせまくって申し訳ないです…!

新章始めまっせ!


第三章 破面編
意思…だと…!?


 ──ガシャァァァアン

 

 吹き飛んで行った隊士が近くの建物の窓を割りその奥へと消えた。

 

「ようし、次!!」

 

 視界の端へ消えて行った奴を気にする事なく上裸で肩に木刀を担ぐハゲ──斑目一角は皆が目を逸らすほどの気迫を纏っていた。

 

「オラオラ、誰も来ねーのかテメェら!?」

 

 相対した者を食い破らんとする眼光に体から立ち上るオーラが如き霊圧。

 その迫力は正に鬼と言えるだろう。

 

「次は俺だ」

「……来な」

 

 そんな奴の前に俺──黒崎一護は立つ。

 

 

 

『もう那由他(きみ)は十分に護廷に尽くした。今更罪の意識に苛まれる必要はない』

 

 

 

 あの双極の丘での事件から数日。

 

 俺の心を蝕むように藍染(あいつ)の言葉が思い起こされる。

 

 今まで那由姉が隠していた事もそうだが、背負っていたもんに全く気付けなかった自分にも反吐が出る。

 

 

 

『私が、貴方たちを、まも、る、と……』

 

 

 

 あの言葉にはどれだけの想いが詰まっていたのか。

 血だらけになりながらも、俺たちを守るために立っていたあの人の姿を幻視する。

 俺の顔に飛び散った那由姉の鮮血の感触を思い出す。

 

 実の兄に道具のように抱えられ連れていかれた姿が蘇る。

 

 あの人は、()()()()()んだ。

 

 自分がどれだけ傷ついても、どんな扱いを受けても。

 それでも、俺らを見て薄い笑みを浮かべていた。

 

 

 ──まるで「無事で良かった」とでも言うように。

 

 

 己の無力を思い知らされる。

 これほど自分に怒りを覚えた事はないかもしれない。

 

 斬魄刀を握る拳に必要以上の力が籠った。

 

 

 未だ護廷(ここ)はあの悲劇から立ち直れていない。

 歩けばいろんなとこからすすり泣くような悲嘆の声が聞こえる。

 

『君たちは尸魂界の恩人だ』

 

 そういった奴は誰だったか。

 確かどっかの隊長さんだった気がする。

 

 しかし、俺にとってはどうでも良い。

 

 那由姉を護れなかった俺にとって、そんな言葉は何の慰めにもならなかった。

 

 藍染の力に全く歯が立たなかった。

 那由姉以外に、奴と拮抗するだけの力を持った奴がいなかった。

 

 ただ、それだけだったんだ。

 

 つまり、俺らは那由姉から信用されていても信頼はされていなかった。

 頼るに値するほどの力が無かった。

 

 そんな俺らに那由姉が相談なんかできる訳がねぇ。

 

 那由姉の事だ。

 真実を打ち明けて動揺したり心配かけるよりも自分で背負った方が、ある意味楽だったんだろう。

 

 

 ──ふざけんな!! 

 

 

 俺は何のために6年前から修行してたんだ。

 六車のおっさんや浦原さん、夜一さんたちと死に物狂いでやっていた事は無駄だったってのかよ! 

 

 死なないために最低限必要だった実力を過信して! 

 俺ならルキアや那由姉を救えるって慢心して! 

 結局最後に割食うのは那由姉かよ!? 

 

 ありえねぇ。

 絶対に認めねぇ。

 

 ──藍染惣右介は俺が倒す。

 

 那由姉を救うだけじゃねぇ。

 あのいけ好かないキザ野郎に一発かましてやらないと気が済まねえ。

 

 これは八つ当たりみたいなもんだとも思っている。

 自分の足りなさと敵の強さは別もんだ。

 

 

『彼女はこれでも僕の妹でね。君にいつまでも家族面されるのも御免だ』

 

 

 それでも、兄でありながら、妹を道具扱いする奴を許せる訳がねえ!!

 

 

『これっぽっちも好きやあらへんで?』

 

 

 あの狐野郎もだ。

 絶対に、俺が……!

 

 

 だからこそ、俺はもっと強くなんなきゃならねぇ。

 

 

 立ち止まっている暇なんて、ねぇ。

 

 

 

 ねぇのに……俺の心は乱れに乱れていた。

 

 

 

「おらぁ!!」

「ぐっ!?」

「どうしたぁ、一護ぉ!! テメェの力はこんなもんかよ!!」

「まだまだぁぁぁあああ!!」

 

 一角に何度も吹き飛ばされる。

 

「あん? 一護じゃねぇか。俺の相手もしろや」

 

 剣八に何度も殺されかける。

 

「その程度の覚悟か? 黒崎一護」

 

 砕蜂に何度も転がされる。

 

「那由他隊長を助けると決意したのが貴殿だけと思っておるのか、黒崎一護」

 

 狛村さんに何度も叩き潰される。

 

 病み上がりなんて関係ない。

 それだけの闘志と覚悟が皆にあった。

 

 そんな中、俺の体は思うように動いてくれなかった。

 

「黒崎くん!? もう今日はやめとこ? ねっ!?」

 

 血反吐を拭って立ち上がる俺に慌てた様子で駆け寄ってくる井上の姿を、この短期間で何度見たことか。

 でも、俺は……!

 

 

「兄には感謝している。……が、今のままでは些か荷が重いと見える」

 

 

 心の中のざわめきが止まらない。

 自分の力がまるで自分のものじゃねぇみたいだ。

 

 この感じは白哉と戦った時にも感じた。

 しかし、あの時とは比べ物にならないほどの違和感がある。

 

「ちくしょう……!」

 

 俺の掌から斬魄刀が零れ落ちる。

 ガランと寂し気な音を立てて、俺の力の象徴は地を転がった。

 

「ちくしょう……!!」

 

 どうしてだ。

 どうして俺の大事なもんを、俺はここぞという時に護れねぇんだ。

 

 俺は強くなんなきゃ、いけねぇのに……。

 

 

 

「ちっっっくしょぉぉぉぉおおおおお!!!!」

 

 

 

 俺の悲鳴ともとれる叫びが、憎たらしいほどの青空に吸い込まれていった。

 

 

 

 心の中の()()が、嗤っている気がした。

 

 

 

 

 そうして、俺は何も掴めないまま現世へと帰る事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 私──朽木ルキアは、気付いたらその家を訪れていた。

 

『志波空鶴の家』。

 

 独特の感性で形作られたその家は、傍目から見ても目立っている。

 思わず呆然と門構えを見上げてしまった。

 

 心の空虚を埋めるように、私は贖罪を願っていたのだろうか。

 

 あの日、海燕殿を救えなかった私を救ってくれた那由他殿に向けて、何も動けなかった私。

 

 けれども、ここから何も動かない訳にはいかない。

 

 一護も、たつきも、チャドも、織姫も、石田も。

 皆が既に行動を起こしている。

 

 一護とたつき、チャドは我が身を顧みない地獄のような鍛錬を行っている。

 石田は失った力を取り戻すために、何かを決意した目をしている。

 そして、織姫はそんな彼らを支えつつ、自らの稽古を夜間にしているようだ。

 

 皆が、那由他殿を助けるために歩みを止めることなく。

 

 では私はどうだろうか? 

 

 

 ──海燕殿の過去を乗り越えなければ、恐らく私はまた同じ事を繰り返す。

 

 

 乗り越えたつもりだった。

 覚悟を決めたつもりだった。

 

 しかし、結果はどうだ。

 

 泣きわめいただけの今の私では、那由他殿を救う事など出来ない。

 

 一度深呼吸をする。

 

 海燕殿を救えなかった私はきっと空鶴殿にも許されないだろう。

 

 それでも、ここで立ち止まる訳にはいかないのだ。

 

 私は、意を決して一歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

「緋真……」

 

 私――朽木白哉は、間違えたのだろうか……。

 

 桜の木を見上げながら今一度思い返す。

 

 またあの時のように、法を順守する事で大切な者を秤にかけてしまった。

 

 桜舞う出会いを思い出す。

 四楓院夜一に連れられてきた彼女には随分と驚いたものだ。

 

 無表情で、口下手で……けれども、愛するという事を教えてもらった。

 

 緋真を連れてきた時は愕然としたものだが、今では良い思い出の一つと言っても良いだろう。

 

「私は、今度こそ裏切らぬと誓った……はずなのだがな」

 

 緋真を朽木家に招き、家の掟を破った私にはそれだけの資格すらなかったのかもしれない。

 しかし、感情は別だ。

 

 あの桜日和を思い出す。

 

 君もどこかで見ているのかと、そう信じて尸魂界から追放した後の日々。

 

 朗らかに笑う緋真と、静かな優しさを携えた君。

 

「ああ……やはり私は愚かだな」

 

 大事な者を守れずに、大切な掟を守れずに。

 ただ己のプライドのみを護っているだけではないか。

 

「今度は違えぬ」

 

 腰に佩いている斬魄刀を撫でる。

 

 千本桜よ。

 未だ私を主と認めるのであれば、私の想いに応えてくれ。

 

 風に揺れて舞い踊る花びらは、今はない。

 

 ――好き、だったのだな。

 

 私だけが知っていたその場所は、もう私の場所ではない。

 

 ならば、兄の想いを果たせぬまま朽ちるのを待つか。

 

 否。

 

 我が名は朽木白哉。

 

 けれども、我が心の木は朽ちる事を知らず。

 

「報いてみせよう。成し遂げてみせよう。それが兄の望みであれば。それが緋真の想いであれば」

 

 

 

 

 

 藍染惣右介、東仙要。

 

 

 そして、

 

 

 

 

 ――市丸ギン。

 

 

 

 

 

 兄らだけは許さぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼ 

 

 

 

 

 

 

 

「ワシに、何が出来たんでしょうかね」

「……」

 

 ワシ──射場鉄左衛門は傍らで鍛錬に励む狛村隊長に声をかけた。

 

 運命の日の前の晩。

 どうしても付いてこないで欲しいと言った姉御の顔を思い出す。

 

 どこか覚悟を決めたような。

 逆に諦めたような、不思議な顔付きをしちょった。

 

 なんじゃ、あん顔で言われたら放ってはおけんけぇのぉ。

 それでも、何故かあんときは付いてったらアカンとワシの本能みたいな直感が告げとった。

 

 そがなこつしたら、きっとワシはあん人の信用を失うと、そう感じたんじゃ。

 

「ワシにも、分からん。しかし分かる事もある」

 

 狛村隊長が先ほどの答えを返される。

 あんまりにも時間差があって、ワシは一瞬何が話しちょるか分からんかった。

 

「那由他隊長の高潔な意思を、継ぐ者がおらねばならぬという事だ」

 

 そん言葉に我に返る。

 ただ、それじゃ、まるで、

 

「狛村隊長、お言葉でごぜぇやすが、姉御の意思が既に絶たれたちゅう言い回しは止めてくだせぇ」

「……失言であったな」

「いえ、こちらこそ差し出がましく」

「よい」

 

 こんなん、狛村隊長も分かっておられる。

 あん人の下で、誰よりもあん御方を見てきた矜持っちゅうもんがワシらにはある。

 

「良い機会である。聞かせてもらいたい」

「へい」

「鉄左衛門。貴殿は十一番隊より七番隊へ移った時、どのような想いを抱いていた」

「……」

 

 それは、一言で表せやせんよ。

 戦闘狂と言われて少し敬遠されちょった十一番隊の、確かにワシは席次も持っていたんじゃ。

 それでも副隊長として起用したいと言われた時は喜びよりも驚愕が勝っとった。

 

「驚き、ですかね」

「そうであろうな」

「それでも」

 

 ――力、山を抜き、気、世を覆う。

 ――駆ければ無窮、構えれば天。

 

 ──その技、護廷において並ぶ者なし。

 

 あん総隊長がそう評した七番隊隊長に興味を惹かれたんじゃ。

 

 それは才覚か、人格か、はたまた別の何かか。

 それだけのモンをあん人は持っとったんじゃ。

 

 誰をも護り、誰へも接し、誰をも育てた。

 

 稀代の才覚を持ちながら努力を惜しまず、自らの体質すら乗り越え護廷の頂きが一つを担った英傑。

 

 それがワシから見た姉御じゃ。

 その在り方全てに惚れ込んだ。

 

 こん人に見出された事に興奮した。

 こん人を支えられる事にやりがいを覚えた。

 こん人に頼られる事を目指した。

 

 そうじゃ。

 あん人は頼るのが苦手じゃったなぁ。

 

「ワシらは、不甲斐ない」

「へい」

「今も、これからも、それで良いか」

「断じて」

「うむ」

 

 そうじゃ。

 ワシらが不甲斐ないばかりに、姉御に全てを背負ってもらっている。

 

 今更かもしれん。

 手遅れかもしれん。

 

 じゃけん、それは今から動かん理由にはならん。

 

「ワシ()の覚悟、とくと御覧じろ」

 

 姉御が見出した次代の隊長──狛村左陣。

 

 副隊長──射場鉄左衛門。

 

 

 

 

 姉御。

 

 貴方が育てたワシらは、必ずや“義”を成してみせましょう。

 

 

 

 

『顔が見えないのは寂しいですから』

 

 

 

 

 ワシのサングラスと狛村隊長の笠をそう評した貴方の想い。

 

 

 決して侮辱させやしやせん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 あたし──松本乱菊は雛森の様子を見に行った後、隊首室にて虚ろに空を見上げていた。

 

『ごめんな、乱菊』

 

 ギンのあの言葉が頭から離れない。

 

 何で謝ったのか。

 謝るくらいなら何で裏切ったのか。

 その真意は何なのか。

 

 何も分からなかった。

 

 普段なら酒でも飲んで誤魔化すところだが、生憎とその相手もいない。

 

 吉良も修兵も、心に影を落としていた。

 

「松本さん……」

 

 と思っていたら吉良が来た。

 ははっ。みんな一人じゃ抱えきれないか。

 そりゃそうだよね。

 

 今まで信じていた人に裏切られ、憧れていた人を連れ去られたのだ。

 

『乱菊さん』

 

 感情の起伏の乏しいあの人の声が脳裏をよぎる。

 

『貴方はとても優しい人ですね』

 

 いつも仕事をサボってばかりいるあたしに向けて言った那由他さんの言葉には驚いたものだ。

 

『貴方に救われている人は、貴方が思う以上に多くいますよ』

 

 そんなあたしを救ってくれたのが貴方だと言うのに。

 

 ギンに置いて行かれ、離されないように懸命に食らいついていた当時のあたし。

 そんな内心を誤魔化すように派手で適当な振る舞いをしていたあたしをただ一人、平隊士の頃から目をかけてくれていた人。

 

『そんな貴方だから、きっとギンくんは貴方を見ているのですね』

 

 何を言っているんだろうと思ったっけ。

 いつもと変わらぬ無表情の中に愛情のようなものを感じたのは驚いたけど、那由他さんから見ればあたしはヒヨッコも良いところだった。

 

 110年前なんて、まだ入隊したばっかだってのに、どうしてあたしなんかの事を見てくれていたのか。

 

 未だにその心の内は分からないけど、もしかしたらもうその時には那由他さんはギンの事を想っていたのかもしれない。

 女の勘ってやつなのかな。

 

 ギンの心が自分に向いてないって気付いていたんだ。

 

「はぁー……それで少し嬉しくなってる自分とか……ほんっと最低だわ」

 

 憎たらしいほどの快晴を見上げ、あたしは盛大にため息をつく。

 このぐらいなら今の護廷の人なら誰だってしている。

 あたしはまだマシな方かもしれない。

 

 沈痛で陰鬱な雰囲気は苦手なんだ。

 

 それでも瀞霊廷を覆うこの雰囲気は一朝一夕でどうにかなるものでもないだろう。

 

 誤魔化す事には慣れていても、誰かを支えるのは正直ガラじゃない。

 そんな事が出来る、あの人の方が稀なのだ。

 

 なんて、それこそガラにもなく感傷に浸っていたからだろうか。

 

「松本」

「うひゃい!?」

 

 新たにかけられた声に飛び上がらんばかりに驚いてしまった。

 

「入口で吉良が固まってるが……どうした?」

「え? あ……」

 

 しまった、吉良の事をすっかり忘れてた。

 

「きょ、今日は飲むぞー!」

「お、おぉ……?」

「……程々にな」

 

 あの日番谷隊長が許すなんて珍しい。

 

 いや、違うか。

 この子もこの子で心に大きな傷を負った。

 

 幼馴染の雛森が生死の境を彷徨い、少なからず那由他さんに憧れていたのだ。

 ほんと、誰の心にもこんな思い出残すなんて……那由他さんほど罪な女はいないだろう。

 

「あ、修兵! あんたも飲まなーい?」

「え……? あ、はい……。そうっすね!」

 

 たまたま近くを通りかかった修兵を見つけてすぐさま声をかける。

 こいつもおんなじ。一人で抱え込んでも何も良い事なんかないでしょ。

 

 

 

 

 

 そう。

 

 一人で抱え込んでも、良い事なんかないんですよ、那由他さん。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 あたし──井上織姫はあの時、震えている事しか出来なかった。

 

 幼い頃から受けたあの人の愛情を宝物のように、必死に守るように抱きしめて。

 本当の母よりも温かく、本当の姉のように優しく包んでくれたあの人の幻影を求めて。

 

 那由他さんが傷つく姿を眺めているだけだった。

 

「井上さん」

「井上」

「石田くん、チャドくん」

 

 それは、誰もが抱える後悔の形の一つに過ぎない。

 

 だからこそ、立ち止まる訳にはいかなかった。

 

 現世へと帰ってきた黒崎くんは心身ともにボロボロだ。

 悲壮な顔で死神の人達と寒気がするほどの稽古をしていた。

 夏休みが終わり高校へ通っても無理に笑っていた。

 

 そして、彼の想いに体が付いて行っていないのは、傍から見ても明らかだった。

 

「ボクたちでは黒崎を止められない。恐らく、彼は自分を見失っている」

「うん……」

 

 石田くんの言葉にあたしは力強く頷きを返した。

 

 始めは打ちひしがれていた朽木さんも、尸魂界へ残ると宣言していた時には目に活力を戻していた。

 何があったのかは分からないけど、自分で乗り越えたんだと思う。

 

 石田くんもこの間の戦いで力の殆どを失っちゃったみたい。

 だけど、それでもどうにかするんだろう。

 目を見れば分かる。彼は何も諦めていない。

 

 チャドくんもそうだ。

 いつもはどこかのんびりとした雰囲気のある彼の体からは、なんて形容して良いか分からないほどの迫力を感じる。

 

 それでも、一番はたつきちゃんだった。

 

 今にも噛みつきそうな荒々しい様子に、あたしですら恐怖を感じた。

 黒崎くんの次に付き合いが長いんだから、きっと想像を絶する想いを抱いているんだろう。

 

 あの丘での出来事は、あたしたちの心に絶望を確かに植え付けた。

 

 だけど、それ以上の覚悟と決意を胸に灯した。

 

 

「朽木さんを救ったのは黒崎くんと那由他さん。だから、今度はあたしたちの番だ」

 

 

 髪留めにそっと触れる。

 

 あたしの想いに呼応するかのような力強い返答が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 ボク──石田雨竜は力を失った。

 

 あの隊長、涅マユリを倒すにはそれだけの覚悟が必要だった。

 だから後悔はしていない。

 

 しかし、那由他さんを助けるための力を失った事には絶望しか覚えなかった。

 

 本当の黒幕、藍染惣右介。

 

 奴を倒すために振るう力を手に入れるのが何よりの急務。

 そのためならば、ボクは()()()に頭を下げよう。

 

 始めは知りもしようとしなかった竜弦の想い。

 

 それをボクに諭してくれたのは那由他さんだった。

 

『彼も苦しんでいるのです』

 

 そう言って少し寂しそうに笑った……ような気がする彼女の無表情な顔は今でも覚えている。

 

 尸魂界へ来る前のわずかな時間。

 それでも彼女がボクに語って聞かせた事は、要領を得ないなりにボクの価値観を揺さぶるものだった。

 

『護りたくても護れなかったという楔は、彼を今でも苛んでいます』

 

 どこか遠い目をする那由他さんの姿をボクは確かに何度か見た事がある。

 ただ、彼女の話を理解しきれていなかった。

 

 そんなあの人の話で伝わってくるのは感情的なものだ。

 

 竜弦が後悔している? 

 信じられなかった。

 あの何事にも興味を抱かなそうな冷血漢に、母を見殺しにしたアイツに、ボクは忌避感しかない。

 

『彼は叶絵さんや貴方を、きちんと愛していますよ』

 

 その言葉がどれだけ衝撃的だったか。

 恐らくボク以外には分かるまい。

 

 けれども、今回の事件を経験した後に、その言葉がストンと胸に落ちたのだ。

 

 

 ──護りたくても護れなかったという楔。

 

 

 ああ、そうか。

 この感情か。

 

 これが、諦観というものなのか。

 

 

 

 ならば、ボクは抗おう。

 

 

 

 ボクは父と違う。

 あの人が諦めてしまったものすら、ボクは背負って立ち上がろう。

 

 必要であれば頭を下げよう。

 

 あの人に師事を乞おう。

 

 

 それが、那由他さんを助けるために必要であるならば。

 

 

 

 

 ──ボクは死神にすら()()しよう。

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 俺──茶渡泰虎は無力を嘆いていた。

 

 助けられると思っていた。

 救えると思っていた。

 

 この右手に宿ったじいちゃん(アブウェロ)の想いと俺の誇りにかけて。

 

 しかし、届かなかった。

 

 何も出来なかった。

 

 ただ地面に這いつくばり、見上げ、見送る事しか出来なかった。

 

 ならば、俺は今何をする? 

 

 嘆くだけか。違う。

 後悔する事か。違う。

 

 頭の切り替えはすぐに済んだ。

 

「一護」

「……チャド」

 

 現世に戻った俺たちは、一度普通の学園生活へと戻った。

 それがどれだけ仮初の平和だとしても、俺たちは学生という枠に囚われている。

 

 そして、そんな世界をこそあの人は望んでいた。

 

 俺たちが笑い合い、平穏に過ごす日常をこそ。

 

「……」

「……」

 

 一護に声をかけたは良いが、何と言っていいか分からない。

 

 そもそも、俺は自分のこの気持ちを表現するのが苦手だ。

 

「待っている」

 

 俺はそれしか言えなかった。

 不器用にもほどがあるだろう。

 しかし、これ以上の事は出来そうになかった。

 

 あの人と俺の付き合いはそう深くない。

 そんな俺ですら、あの人には世話になった事も多いのだ。

 皆の気持ちなど俺が計り知れないものだろう。

 

 それでも、一護への信頼は絶対であった。

 

 声をかけずとも、一護なら立ち上がれるだろう。

 ならば、俺は一護が立ち上がるまでの壁となろう。

 

 この大きな体と手が届く範囲の人々を護る盾であろう。

 

 

 

 その相手が、たとえどれだけ巨大な存在であろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 あたし──有沢たつきには何も特別な力などなかった。

 

 一護みたいな死神の力もなく、石田のように滅却師の力もなく、織姫やチャドのような特殊な力がある訳でもない。

 ただ、一般人よりも霊力が強く、霊圧のコントロールが出来るだけの“人間”だ。

 

 これまではそれでも良かった。

 

 現世の友達を虚から護るという実績を作れていたから。

 師匠の稽古で自分は確実に強くなっているという実感があったから。

 ライバルとも呼べる仲間がいたから。

 

 あたしはもしかしたら、そこで満足して足を止めていたのかもしれない。

 

 ふざけるな……! 

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁ!! 

 

 あたしは自らの愚かさと弱さをあの丘でまざまざと見せつけられた。

 

 那由他さんの覚悟を、これっぽっちも理解してなかった。

 

 今度こそ。今度こそ間違えない。

 

 あたしにはもう、後悔するだけの時間すら勿体ない。

 

「夜一さん」

「……たつきか」

「覚悟を決めました」

「何のじゃ」

「“人間”を止める覚悟です」

「……まさか!?」

「はい」

 

 現世に戻ったら、師匠に会ったら。

 

 何とか自分に言い聞かせ、あたしは浦原商店を訪れた。

 店先に偶々いた夜一さんが猫の姿でも構わず話しかけた。

 周囲に人がいるかいないか、なんて確認する余裕すらなかった。

 

 藍染とかいう下衆が狙っていた崩玉ってのは、魂魄のバランスを崩す事でより高次元の存在になる代物らしい。

 今はもう手元にないし、その治療薬であるワクチンはそのバランスを正常に戻すためのものだと聞いた。

 

 始めに聞いた時はスケールがデカすぎて理解出来なかったが、人間であるあたしに何が出来るかを考えて考えて考えて考えて。

 

 ある一つの思考に思い至った。

 

 

 

 

 ――人間を止めればいいんだ。

 

 

 

 

 例えば、魂魄のバランスが正常な人間が()()()()()()()()()()()()どうなるか。

 

 

「そんな事をしたら!」

「魂魄崩壊、ですよね?」

「分かっておるのならば!」

 

「那由他さんが持ってた義魂丸!」

 

「!?」

「あれ、きっと浦原さんも作れるんでしょ?」

 

 夜一さんは話した事を後悔するように顔を歪めた。

 

 それがどれくらい危険な事かってのは分かっている。

 でも、あたしはもう自分の力が足りなかったとか、覚悟が足りなかったとかで後悔だけは絶対にしたくない! 

 

 

「あたしが虚になりかける。その上でワクチンを接種すれば──“人間”のあたしでも“虚”の力を手に入れられる可能性がある。違いますか?」

 

 

 夜一さんはあたしの顔を真っ直ぐと見つめ返す。

 

「本気、なんじゃな……?」

 

 あたしは頷く。

 

 もう、あたしは人間には戻れないんだろう。

 ただの女子高生なんかとっくに止めたつもりだったけど、その一歩があたしには足りなかったんだ。

 

 

 

 

 

「あたしは──虚の力を制御してみせる。那由他さんのように……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




苺は順調に虚に蝕まれております、まる()

そして、曳舟義魂丸の伏線をやっとこさ無事回収じゃー!
ぶっちゃけ、たつきちゃんのための曳舟義魂丸だったんやで、ほんと。
これは誰も気づかんかったじゃろ!?(ソワソワ
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