ヨン様の妹…だと…!?   作:橘 ミコト

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おまたせしました(白目


興奮…だと…!?

 その光景に、俺──黒崎一護はアホみたいに間抜けな面を晒すしかなかった。

 

「れ……恋次!?」

 

 そして脳が現実に追いつくよりも早く、ただ現れた人達の名前を呼ぶ。

 

「一角! 弓親(ゆみちか)! 乱菊さん! 冬獅郎!!」

「日番谷隊長だ」

 

 仏頂面で返す冬獅郎に、ようやく全身に血が巡り体が動き始める。

 

 約一ヶ月ぶりだろうか。ただ、もっと長い期間を会っていなかったような錯覚に陥る。

 それでも、その顔を忘れるわけがないと断言できる人々。

 その中でも、

 

「……ルキア」

 

 不敵な笑顔をこちらへ向けるコイツには、様々な感情が絡み合い上手く言葉に出来ない。

 

「“破面(アランカル)との本格戦闘に備えて現世に入り死神代行組と合流せよ”って上からのお達しがあったんだが……。まさか、こうもドンピシャで来れるとは思ってなかったぜ」

「アラン……って何だ?」

「アァ!? お前、自分が戦ってるのが何者かも分かってなかったのかよ!?」

 

 恋次の言葉に思わず疑問を返すと、呆れたような視線が返ってくる。

 那由姉がそこにいるんだ。相手が誰だろうと関係ないだろうが。

 少しバツが悪くなり、顔を斜め下へと逸してしまう。

 

「……」

 

 と思ったら、ルキアが無言で俺へと近づいてくる。

 何て言葉を交わせば良いか分からない。

 しかし、それでも、俺は再び死神として立っているルキアに万感の思いを抱いていた。

 

 抱いていたんだ。

 

 なのに、アイツは何故か歩調を強歩から駆け足へと変え、

 

「へぶっ!!??」

 

 あろうことか、俺の顔面へと飛び蹴りを繰り出してきた。

 

「な……!? なにしやがん──」

 

 

「なんだ! その腑抜けた顔は!!」

 

 

 俺の文句を遮るように発された言葉は、俺の心胆を心底冷やさせた。

 

「貴様はその程度で心折れるような男だったか! 敗北が恐ろしいか!? 仲間を護れぬ事が恐ろしいか!? それとも──貴様の内なる虚が恐ろしいか!?」

 

 ズバリ心を言い当てられた動揺で、思わず怒りも忘れてルキアの顔を見てしまう。

 そこには、ただ静かな眼差しでこちらを見つめる彼女がいた。

 

 どこか那由姉に似た、凪いだ湖面の底に熱を秘めているような、そんな目だった。

 

「敗北が恐ろしければ強くなれば良い。仲間を護れぬ事が恐ろしければ、強くなって必ず護ると誓えば良い。内なる虚が恐ろしければ、それすら叩き潰すまで強くなれば良い」

 

 淡々と紡がれる想いに俺は何も口を挟めず、ただ呆然とルキアを眺める。

 しかし、体に宿る熱は薪をくべられていくように、その炎を段々と大きくしていった。

 

 

「他の誰が信じなくとも、ただ胸を張ってそう叫べ! 私の(なか)にいる貴様は──そういう男だ、一護!! 

 

 

 コイツに蹴られ尻もちをついていた体勢から、俺はゆっくりと起き上がる。

 しっかりと地に足を付け、手に握る俺の力の象徴『斬月』へと視線を向けた。

 

 ──すまなかったな、斬月のおっさん。

 

 心中で一言謝り、瞑目。

 そして、今度は真っ直ぐとルキアを見据えた。

 

「──うるせぇんだよ……、てめーは」

 

 意図せず口元に不敵な笑みが浮かぶ。

 

 確かに、ルキアとの付き合いは長くない。

 それでも自身を“そういう男”だと断言した彼女に、護りたいと願った仲間たちに、死闘を繰り広げたライバルたちに。

 

 ──心を閉ざすな。

 己の力を、信念を、護るという生き方を! 

 

 ──俺は誇りを持って。

 誰のためでもない、その行末は俺自身のために! 

 

 ──ただ、目の前の現実に立ち向かう! 

 

 

これ以上、腑抜けた顔は見せらんねぇ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッハハハハハハハ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途端、空気を割るような大声が響いた。

 

 それは嘲笑のようで、歓喜のようで、侮蔑のようで、祝福の音だった。

 

 

「そう! これだよ“これ”! オレが、“俺”が見たかったのは、()()()()()だったんだ! アハハハハハ!!」

 

 

 狂ったように想いを垂れ流し、紅の目を爛々と輝かせる。

 生気を感じさせない真っ白な髪は蛇のようにゆらゆらと揺蕩い、色素の薄い肌は紅潮して。

 普段は感情を映さない端正な顔には、蕩けるような至福が貼りつき淫靡な気配を振りまいていた。

 

「あぁ~……、良いなぁ。実に良き……。麗しき友情、信じ合い、激励し、応えるために奮起する姿! 絶望を跳ね除ける、確かな煌めきがここにある!!」

 

 ソイツは手を頬に当てながら腰をくねらせ、支離滅裂な事をほざいていやがる。

 純粋に気持ち悪い。背筋を悪寒が走り抜ける。

 

 ルキアを除く死神の5人は表情を強張らせながらも、それぞれの得物へと素早く手を添え身構えた。

 浦原さんと夜一さんも隙の無い雰囲気を出している。

 

 もう、俺も迷っているなんて無様は晒さない。

 

 ゆっくり、しかし確実に。俺は『斬月』を構えた。

 

「……これだけの数を相手に、逃げ切れるとでも思ってんのか?」

「冬獅郎キュン、だから強い言葉はあんまり使わない方が良いって。お兄様も言ってたでしょ?」

 

 冬獅郎の霊圧が少し上がる。

 こいつと舌戦なんかしても、こちらが不利を強いられるだけだ。

 問答してても仕方ねぇ! 

 

「みんな! 那由姉はまだあの虚によって眠らされてるだけだ! 生きてる!」

「何だと!? チッ、たたっ斬りにくくなったじゃねぇか!」

 

 一角が愚痴を吐くが、コイツは問題なく切りそうだ。

 だから、先程の浦原さんの考えを手短に伝える。

 

 憶測が多分に含まれるが、今の俺たちにとっては間違いなく希望となる手段を。

 

「なるほどね、あの悪趣味で美しくない面を狙えば良い訳だ。それが本当なら、ね」

「……信用して良いのよね、浦原喜助」

「やだなぁ、綾瀬川サンに松本サン。こんな場面で嘘なんてつく訳ないじゃないっスか」

「だったら、その胡散臭い物言いをなんとかしろよ」

「阿散井サンまで……。まぁ、アタシの容疑が晴れても感情はそう簡単に割り切れるものでもないですしね」

 

「うーん。ここは本来さがるべきだろうけど……テンション上がったし、少し遊んでいく?」

 

 軽口を含めた言葉で緊張を誤魔化していた俺たちに、ソイツは冷水を浴びせるような言葉を投げかける。

 

 途端に皆の警戒度が跳ね上がった。

 

「さっきも言ったけど、今はオレを倒しちゃ駄目なんだよね。だから遊びで許してね」

 

 違和感を覚える言葉。

 まるで、時が来たら倒される事が既定路線のようなセリフだ。

 

 それは浦原さんも感じていたのだろう。

 

「なら、いつなら倒しても良いんですかねぇ?」

「おん?」

 

 未だ興奮が収まらないようにニヤニヤと相好を崩していたソイツがピシリと固まる。

 

「え? いつだろ……? オレも見たいシーンはいっぱいある訳だし、出来れば細くても長めに生きたいんじゃが」

 

 ……何言ってんだ、コイツ? 

 

 これには浦原さんも意図が読めないのか表情を厳しくする。

 

「答える気は無いってことッスか」

「いや、スマン。マジで分からんねん。適当言ってスイマセン」

「誤魔化し方が杜撰ッスよぉ」

「全く信じてくれない件について」

 

 余裕の表れなのか、やれやれとでも言いたげにソイツは肩を竦める。

 左右に侍らせているアラン……なんちゃらって奴らは憮然とした顔のまま動こうともしていない。

 

「那由他様を倒す? 愚かだな」

「バカも休み休み言えっての」

 

 那由姉の実力のみに留まらない信頼を見せている二人にも虚勢は感じられない。

 ただ、虚圏(ウェコムンド)で何があったかは知らないが、今の那由姉を認めるなんて事は俺には出来なかった。

 

「まぁ、細かい話なんて今はいいっしょ」

 

 ソイツは腰の斬魄刀に手をかけ、

 

「あ、そっか。オレは“天輪”使えなかったんだわ。えっと、確か、こう」

 

 虚空を握り軽く横へとその拳を薙いだ。

 

 

 すると、奴の手には一振りの斬馬刀のような大太刀が現れる。

 その姿は──

 

 

「な!? 斬……月!?」

 

 

 俺が名を聞いた自らの半身。

 鍔も存在しない無骨な斬魄刀、『斬月』そのものだった。

 

「うんうん、上手くいったわー!」

 

 幼子のように喜びながら、満足そうに刀身をポンポンと叩いているソイツ。

 訳の分からないモノを見せつけられた俺たちの動揺は計り知れなかった。

 

「ど、どういう事だ!」

「おん?」

 

 思わずと言った形で弓親が叫ぶ。

 

「僕たちの斬魄刀は唯一で無二の相棒だ! それをどうして君が持っている!?」

「なーに、ちょいと()()()()()()()()()()()()だけだって」

「は?」

 

「那由他は自覚してないけど、オレは使えるんよね。まぁ、あいつの魂魄で百年以上住んでりゃ分かるもんがあるってことよ」

 

「何を、言って……」

 

 俺は喉が渇くほどの焦燥を覚え冷や汗を流す。

 

「“目”の使い方って、相当応用が効くんよ。──そもそも“天輪”の存在が()()を証明してんだ」

 

 ソイツは、ニタァと口が裂けるたかのように口元に三日月を浮かべ、

 

 

 

 

「那由他の魂魄が脆い理由の一つに、(お前)も関係してるってこった」

 

 

 

 

「黒崎サン!!」

 

 俺はハッと我に返る。

 浦原さんの声で飲み込まれそうになった思考を振り払えたのは運が良かったとしか言えない。

 それだけ、奴の言葉は毒のように俺の心を蝕もうとしていた。

 

「ま、匂わせと愉悦の種は蒔いたんで。苺を弄るのもこのくらいにしときましょっか」

 

 相も変わらずニタニタとする奴の本心は霞のように朧げで、概形すら掴めない。

 しかし、ここで睨み合っていても仕方がない! 

 

「吼えろ、蛇尾丸!!」

 

 恋次がすぐさま始解し、その斬魄刀を真っ直ぐに奴へと向ける。

 

 

「吼えろ、蛇尾丸」

 

 

 ──そして、奴は同じ技でもって応えた。

 

 

『!?』

 

「アッハ♪ みんな同じ顔しててオモロっw」

 

 嘲笑うように、ソイツは狂気の笑みを崩さない。

 

「さぁ、どうする? どうする? 動揺した? 絶望した? それならもっと、モット、MO☆TO MO☆TO! ……あれ? この世界ってJ●M Pro存在してたっけ? まぁいいや! オレを、“俺”に! その抗う姿を見せてよねー!!」

 

 高笑いを上げながら、ソイツは皆の技を全て模倣していた。

 

 一角の鬼灯丸も。

 乱菊さんの灰猫も。

 弓親の()()()も。

 冬獅郎の氷輪丸や、浦原さんの紅姫でさえも。

 

「ネタバレは良くないから。ね、弓親くん?」

 

 ニコニコと崩した顔。

 悍ましいほどに妖艶で、何よりも那由姉の欠片もない表情だった。

 

 

 ──そして、圧倒的だった。

 

 

「あー、遊んだ遊んだ!」

 

 

 ──ただ、俺の“月牙天衝”と、ルキアの斬魄刀だけは模倣していなかった。

 

 

「ルキアはまだ始解するタイミングじゃないからねー。ディ・ロイが行くまで待っててね☆」

 

 

 訳の分からない事しか言わない奴を、俺らはただ黙って見送る事しか出来なかった。

 

 絶望を仲間の気持ちに応える事で乗り越え、新たな絶望が押し寄せる。

 どうやったら那由姉を、助けられるんだ……? 

 

「苺ー」

 

 肩で息をする俺に対して、ユラリとのんびり歩くソイツの声が耳朶を打つ。

 

 

 

 

「頑張ってねー♪ 那由他が待ってるよ!」

 

 

 

 そうだ。

 

 絶対に取り戻してみせる! 

 絶対に掴んでみせる! 

 絶対に、倒してみせる! 

 

 俺の、俺たちの、那由姉の! 

 

 世界を!! 

 

 

 去っていく存在を前に、俺たちは敗北感を植え付けられ、同じだけの燃え上がる何かを覚えていた。

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 

 ──で、どういう事ですかねぇ? 

 

 俺は虚圏に戻る暇すら惜しむように“オレ”へと不機嫌をこれでもかと込めた声を投げかけた。

 何か俺以上に「この身体」の事を知っていそうなオレに困惑ですわ。

 

『逆に聞くけどさぁ、俺は何で──”虚の能力を奪えた”んだと思ってるん?』

 

 おん? 

 ちょ、待って。話題の転換について行けてない。

 

『メタスタ君の能力じゃないよな? だってアーロニーロにもう返してるもんな』

 

 なんか俺を揶揄する響きが含まれているのは勘違いじゃないだろう。

 こいつ、あとでボコす。

 

『そ、それは八つ当たりだよぉ……』

 

 ──だまらっしゃい。

 

『オレはあくまで俺の写身だ。俺の知識や能力を反映してるだけで、さらに言えば、その能力を十全に使いこなせてる訳でもないし』

 

 え、そうなん? 

 

 

『そそ、ただの劣化版よ。俺が本当に“目”を自覚して使いこなせたら──ユーハバッハのおっさんと似たような、いや、逆か?  みたいな力だし』

 

 

 ど、どどどどういうことだってばよ!!?? 

 

 “天輪”が瞑目して黙ってるのも怖いんじゃが。

 え、俺って実は苺ばりに凄い能力持ってるってことですかね!? 

 

『案外間違ってない点が草』

 

 草生やしてんじゃねぇ! 

 

『いやぁ、これは千年血戦編が楽しみですなぁー。まぁ? その前に破面編の立ち位置が不明すぎるんですが』

 

 オレからもツッコまれた内容に思わず「ウッ!」とぜかましみたいな想いが漏れる。

 マジで何も考えてないからな……。

 

 ──と、とりあえず、この後はグリムジョーが現世行ってくれるだろうし、それ見てからかな……? 

 

『優柔不断、乙!』

 

 ──てめぇ、マジでボコす。

 

『だから八つ当たりはやめろよぉ……』

『はぁ……』

 

 “天輪”のため息は万病に効くけど、同時に万病を併発します。

 用法用量を守って正しく使っても駄目なんだよなぁ……。

 

『GJJJ(※グリムジョー・ジャガージャック)は俺らのガバを補完してくれる大切な存在です』

 

 ──半分は(かわ)き、もう半分は嫉妬で出来ています。

 

『コントはいい加減やめなさい』

 

 これにはオレと俺も精神世界で正座しました。(真顔

 

 ──まぁ、苺が虚化して織姫ちゃんが攫われたら、それで良いかなぁ。

 

 これが俺が朧げに描いている原作路線だ。

 もう細かいとこ気にしても仕方ないし。

 

 虚圏でみたいシーンは、

 

 ①ドルドーニvs苺

 ②チルッチvs雨竜くん

 ③アーロニーロvsルキア

 

 この3点だ。

 本当はルキアの戦闘を一番見たいのだが、海燕殿事件に俺が介入した時点で原作の煌めきを見るのは諦めモードである。

 

 ②は単純に()()チルッチが雨竜くんとどう戦うか楽しみ、という原作よりも現実を楽しんでいる感があるけれども。

 

 後は絶対に外せないウルキオラvs苺、剣八vsノイトラ、隊長達vsヤミーだ。

 俺、地味にノイトラ好きなんだよね。ああいう拗らせた子に愛しさを覚える。(微愉悦

 

 最後にネリエルvsノイトラだが……。

 

 これは、どうなるかなぁ。

 そもそもネリエルが追放されていない時点で崩れている気がするし、そうなると苺とネル・トゥの出会いも無い訳で。

 原作はどこ? ここ……? 

 

 ──どうすっぺ。

 

『知らんがな』

 

 オレが冷たい。

 

『オレの愉悦には俺も含まれます。何という自家発電。エコだね☆』

 

 こいつ、ほんまにぶっ飛ばすわ。

 

『だから八つ当たり……、って、天丼は二回まででしょ、メッ!』

 

 てへっ☆

 

『ハァ……』

 

 本格的な“天輪”のため息は地味に傷ついた。

 

 何も解決してない、話が進んでいない脳内会議のようなモノですしおすし。

 

 そもそも、俺は俺の能力について、そこまで知りたいと思っていないのがデカイ。

 

 だって、俺はBLEACHの異物だ。

 その能力で世界を弄るのは師匠の世界に対する冒涜だ。

 オサレを知らない俺が出来るのは、劇団員へのアシストだけと心得よ! 

 

 

 

 

『既に形容し難いナニカによって冒涜された世界がこちらです。クトゥルフも真っ青のカオス』

 

 

 

 

 

 ……オレの言葉によって、俺は沈黙を余儀なくされた。

 

 ヨン様の前でも出張ってて、どうぞ。

 

 

『エッッッッ!!??』

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 

「おかえり」

 

 私──藍染惣右介は、同朋の前で現世偵察に赴いた那由他たちに微笑を浮かべていた。

 

 そして、報告の内容を吟味するに、彼女は随分とヤンチャをしたらしい。

 

「……なぜ、護廷の面々を前に能力を使用した?」

「いやぁ、その、テンションが上がりまして……ガッ!? 

 

 私は場に満ちる怒りをそのまま奴へとぶつけた。

 

「貴様は、那由他の身体を使わせてもらっているという立場を忘れたのかい?」

「が、っぐぅ!? いえ、そんな、こと、は……!!」

「ならば、何故、君の興奮という下らない理由を私に伝えられたのかな?」

「申し訳、あり、ません……!!」

 

 霊圧を緩める。

 

 奴は肩で息をしながら額の汗を拭っていた。

 やはり小物だ。

 

 那由他の中に宿ることによって、“目”の力を知覚しているのが厄介ではあるが、それ以上に奴の存在によって那由他の魂魄が安定している事実に不快感が募る。

 浦原喜助の義骸を未だに使っている事自体が不愉快なのだ。

 しかし、これも那由他が力を行使するために必要なことでもある。

 

 ──やはり、私はまだ足りない。

 

 頂きは遠く、自身は何事も出来ると驕る心を諫めてくれる。

 不愉快な事に変わりは無いが。

 

「もう良い。さて、ウルキオラ、私達に何が起こったのかを見せてくれるかい?」

「はっ」

 

 短く言葉を返した彼は自らの目玉を(えぐ)りぬき、掌で割ってみせた。

 それと同時に、彼の目で見た景色が我らの脳裏に流れていく。

 

 

 那由他の“目”の力を引き継いだウルキオラ独自の能力だ。

 

 

 彼女は十刃(エスパーダ)の中でも特にウルキオラ・シファーを贔屓していた。

 元から最上級大虚(ヴァストローデ)ではあった彼だが、那由他が見出したのは恐らく彼の未来に於ける立ち位置だろう。

 そして、それを証明するかのように、彼女の『能力』によって力を分け与えられたウルキオラは目に関する能力を開花させた。その一端がこれだ。

 

 ウルキオラは黒崎一護と同様に特別な存在かもしれない。

 

 私に憶測を抱かせるに十分な環境は整っている。

 だからこそ、今回の現世視察に彼を伴として付けた。

 

 心を失い、求める心の形──己の罪とも言える感情を十刃は持っている。

 

 例えば一番のスタークは“孤独”、二番のバラガンは“老い”だ。

 その中でウルキオラは“虚無”の罪を背負っている。

 それは自身が最も忌避すると同時に求めている感情。

 

 最も輝いており、最も敬っており、最も憧れており、最も嫌悪を抱くものだ。

 

 最も醜悪であり、最も偽善的であり、最も唾棄すべきものであり、最も尊いものだ。

 

 その矛盾こそが、私たちの仲を繋いでいると言っても過言ではないだろう。

 

 何よりも矛盾を抱えているのは私なのだから。

 十刃の存在は、私の抱える罪の形なのかもしれない。

 自ら切り離したく、されども遠くに置けないようなナニカ。

 

 ウルキオラの抱える“虚無”という罪は、それらを意識させる側面を持っていた。

 

 

「……只今、戻りました」

 

 

 少々疲れた声が場にこだまする。

 那由他だ。

 

「やあ、おかえり、那由他」

「はい」

 

 “死覇破面(アランカル・パルカ)”は確かに便利だが、虚に身体を譲渡するという仕様には遺憾を覚えている。

 彼女を支配するとも取れるのだから致し方あるまい。

 

「君はどう考える?」

 

 だからだろう。

 私は那由他の反応を揶揄するような、幼稚じみた問いを投げかけた。

 ただ、彼女を“彼女”だと認識したかっただけかもしれない。

 

「グリムジョー」

「!?」

 

 しかし、彼女は十刃の一人、第6(セスタ)のグリムジョー・ジャガージャックへと声をかけた。

 

「……なんすか」

「現世へ行ってください」

「……あ?」

 

 先程、ウルキオラたちの対応に対して「(ぬる)いっ!」と噛みついていた彼だ。

 独断で現世へ赴くだろうとは思っていたが、彼女がそれを促すとは……。

 

「その目で、見てきなさい」

「……礼は言わねぇ」

 

 彼は上からの指示で行けるという大義名分を得た、つまり借りを作ったと考えたのだろう。

 

「ただ」

 

 しかし、続く那由他の言葉に、グリムジョーは瞠目する。

 

 

 

 

 

 

従属官(フラシオン)が生きて帰れるとは思わない事です」

 

 

 

 

 

「……ナメてんのか!?」

 

 激昂するも、行動を何とか収める彼を少し滑稽に思う。

 

「いえ、ただ、貴方の事も従属官の皆様も大切ですが──自身を過信しているようでしたので」

 

 嗤いそうになった。

 

 恐らく、彼女は本気で彼らのことを案じている。

 口下手がここにきて面白いことになった。

 

「黙って見てろ!!」

 

 グリムジョーは肩を怒らせ部屋を出ていく。

 その様子を他の面々は冷めた目で眺めていた。

 

「……失礼しました」

 

 那由他が気落ちしたように呟く。

 その変化に気がつけるのは……ウルキオラとハリベル、あとはネリエルくらいか。

 

「那由他様、本日はお疲れでしょう。お部屋へ戻られては如何ですか?」

 

 見かねたのか、ネリエルが那由他へと寄り添うように声をかける。

 それに無言で頷いた那由他は、最後に私の方をチラリと振り返り、

 

 

「私は、“目”の前に見える事しか分かりません」

 

 

 驚いた。

 

 彼女から“目”について触れるとは。

 

 ──『霊王の目』

 

 それは、未だその進化を、いや、神化を止めていない。

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、ユーハバッハが蘇った時が楽しみだよ……。貴様は、那由他に対してどう未来を改変しようとするのだろうな?」

 

 

 

 

 

 

 

未来を改変するのと、未来を簒奪するのは、どちらが勝つのだろうか。

 

 

 

 

 




更新遅くてゴメンね!による伏線ヒント

・黒崎真咲の死を映像として認識(直感)していた辺り(誕生…だと…!?)から伏線は出ている。なお、これは当時に認識したのが“小学生くらいの苺”が泣いているシーンであるが、実際は“苺の高校入学前”に真咲さんが亡くなっている点(日常…だと…!?)から
→真咲さんが亡くなる未来の()()は出来ていないが、苺が小学生の頃に真咲さんが亡くなる未来を()()しているとも解釈できますね


って事で、未来への愉悦と伏線をばら撒く意味深回でした。スマン。
更新遅くて申し訳ねぇ。

一話の長さ

  • 良い
  • イヤ
  • 好きにやれ

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