多くの方にご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした……。
お詫びに今回は1万字弱くらい書いたので許してつかぁさい……。
私──ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクは、那由他様の様子に不安を抱いていた。
それは、グリムジョーの件があってからだ。
これまで、私たち破面に分け隔てなく接し、その御心でヒトとして歩む事を教えて頂いた。
だからこそ不思議なのだ。
本能で進むグリムジョーを庇うように、彼の理性と良心を刺激するような態度を取られることは。
グリムジョーの面倒を那由他様が見ると仰った際、私を含めた多くの者は思わず動揺の声を漏らしてしまった。
東仙統括官が指摘されたように、本来は彼の行動は諌められるべきだ。
理性を持ち、ヒトとして過ごすべきなら改めなくてはいけない点を指摘する。この事は間違っていないのではないだろうか?
確かに、現世へ行く事を那由他様は推奨した。これはグリムジョーの本能を理解されていたのだろう。
その点だけで言えば、グリムジョーの行動は非難されるべきではない。
だが、那由他様が庇った点は「現世へ行く」点のみ。
決して、現地死神勢力と
さらに、藍染様とのやり取りも抽象的で、那由他様に対して藍染様が「どう思う?」と問いかけただけだ。
藍染様は現世へ行けと命じる言葉を一言も発されていない。
それでも、先に考えた様にグリムジョーに現世行きを許せば、どのような事態になるか分からない那由他様でもない。
彼が実際に“人”へ触れることで己の在り方を考えるように促した? しかし、グリムジョーの性格的に自発的な態度の変化を期待するのは難しいでしょうし。
一体、那由他様は何を考えて彼を現世へと向かわせたのかしら……。
そんな、敬愛する主の胸中を察することが出来ない事への焦りがあったからだろう。
藍染様の前から去っていく時、顔色を伺うようにチラチラと那由他様の方へ私は視線をやっていた。だからこそ気付けた。
那由他様が、何か思い悩んでいる事を。
「那由他様、どうかされましたか?」
こんなに胸が痛いのは何でなのだろう。
絶対なんて無いとしても、私は貴方様と繋がっていたかったのかもしれない。
『私は貴方様の事を理解しております、貴方様の味方です』と誇示したかったのだと思う。
他の者に気付かれぬよう小声で那由他様へと声を掛けた私は、そこで初めて己の愚かさを理解した。
那由他様は、慈愛を讃えた『目』をされている。
希望に満ちた、喜びの『目』だ。
しかし、返ってきた今の『目』はどうだろう。
長年側に控えていた私でも、一度も拝見した事のない那由他様の『目』だったかもしれない。
絶望や恐怖、焦燥に驚愕と言った“負の感情”で大きく見開かれていた『目』など。
どれほどの衝撃を私が受けたか、筆舌に尽くし難い。
那由他様の『目』を澱ませたのは誰だ。私だ。
私が那由他様の心中を察せず、とんだ醜態を晒し、酷く落胆させてしまったのだ。
「も……申し訳、ござい、ません」
けれども、ここで露骨な態度を取れば那由他様は自らの非だと逆に謝罪をされるだろう。そういう御人だ。
加えて、周囲の皆に知られたら大事へと発展してしまう。
那由他様はそのような事を望んではおられないだろう。
「いえ、少々取り乱しました。忘れて下さい」
少し気不味そうな、いえ、真剣に考える雰囲気を
何をやっているのよ、私は。
那由他様が危惧されている展開を事前に排除する事こそ我らが役目だと言うのに……!
悔しいけれど私一人の能力では限界もある。
ここはハリベルにも相談をした上で行動を起こす必要があるだろう。
「……ノイトラが勤めを果たすか、気にかかりまして」
この短い時間で、私は何度驚けばよいのだろうか。
思わず那由他様の方へと向けてしまいそうになる顔をグッと理性で押し留める。
変わらぬ速度で廊下を歩きながら、僅かでも那由他様の真意を理解しようと必死で脳を回転させた。
ノイトラの勤めは、十刃としての勤めと考えて間違いない。
では、何故このタイミングでノイトラに限定されたのか。
藍染様は超越者の地位へ至ることを目的とされている。
そのためには死神たちは邪魔な存在だ。いずれ大規模な戦端が開かれるだろう。
今後の細かいプランは十刃でもない私には聞かされていない。ハリベルに聞いても教えては貰えないだろう。
では、ノイトラがそこで重要な役割を果たす?
いえ、考えにくいわ。ノイトラもグリムジョーと同じく本能に則った行動を主体としている上に序列も
藍染様ではなく、那由他様において?
そう考えるならば、ノイトラと似たグリムジョーを手元においた理由と関係があるのかもしれない。
そして、関連しているからこそグリムジョーの一件からノイトラについて不安視する要素が出てきた。
こんなところかしら。
いえ、思考を止めてはいけない。
那由他様のお心を悩ませている要因を特定出来てはいないのだ。ここまで分かったところで何の意味もない。
死神勢力との決着をつける地は恐らく現世。
やつらの態勢は未だ整っておらず、我らが侵攻した際に迎え撃とうと準備している事だろう。
しかし、虚圏を留守にするわけにもいかない。誰かが残り守護を担当するはずだ。妥当に考えるならば
その際のノイトラの役目とは? 予測される展開として、那由他様が危惧されている点は何だ?
「ネリエル」
「! はっ」
思考の渦へと沈んでいきそうになった私は、那由他様からの呼びかけでハッと我に返った。
「貴方が気に病む必要はありません。全て、私が自ら蒔いた種なのですから」
「そ、そのような事……! 那由他様、私にご命令を」
確かに、言われる前に察することが出来ればベストであるが、現状では難しい。那由他様から直接ご命令頂ければ、この命を賭してでも遂行すると誓おう。
上げそうになった大声をグッと堪えたが、近くにいたハリベルには気付かれてしまった。
幸いにもグリムジョーは絡んでくる
「どうかしたか?」
「いえ、ハリベル、その……」
私は近づいてきた彼女へなんと伝えるべきかを逡巡する。
先程ハリベルにも相談すべきと考えていた事は確か。ただ、主の眼の前で醜態を晒すことになるのは遺憾だ。那由他様の様子をチラリと横目で見てしまった。
那由他様は
今度は我慢する事も出来ず、ハリベルと共に那由他様を驚愕の表情で凝視してしまった。
その意味は、私に“藍染様を裏切り死神側へ付け”と命令している、という事に他ならない。
更にハリベルがこの事を聞いている中で
つまり、ハリベルにはスパイとして藍染様の側に控えろと、暗に命令を伝えているのだ。
流石に叫声を上げるような事にはならなかったが、取り繕う余裕などあるはずもない。
しかし、それも一瞬のこと。
立ち止まった姿すら抱き込んでくれた方の“今”を見て、私が迷う訳がない。
私は那由他様の『目』をまっすぐと見つめながら、静かに首肯だけを返した。
その『目』には多少の動揺が見て取れた。もしかしたら、私が即答した事に驚いたのかも知れない。
小さな悪戯が成功した時のような微笑みが私から溢れた。
──私が成しましょう。
それは、藍染様とは違った忠誠だった。
いや、私は分かっていた。藍染様に向ける意識とは違う事を。
恐らくはハリベルを始めとしたここにいる者は皆そうだろう。……いえ、グリムジョーは違うでしょうけど。
私は藍染様よりも、那由他様を優先してしまっている。
溢れていく、想い。
私が、もし、生まれ変わっても。
孤独に苛まされても、約束はなくても。
自分だけでは選べなかった、この“今”を与えてくれた方を。
私は、どうしようもなく、
こんなに胸が奮えるのは、藍染様の配下として正しいのだろうか?
那由他様と接する時間が何かを変えたのだろうか?
藍染様の考えなど分からない私に、どうしろと言うのだろうか。
そんな、混乱を含んだ私の意識の中にあったのは、「私を見てて」という承認欲求だったのかもしれない。
自分の目では見えなかったモノが溢れたのだろうか?
だとしたら、私はヒトとして足りない器だったのかもしれない。
それでも、“私”だと思う“ネリエル”がいたのだと、そんな哲学的な下らない思想で主を求めているのだ。
私は、那由他様に、
▲▽▲
グリムジョーが無断出撃し、現世にて死神共と争ってから一月ほどが過ぎた。
俺──ウルキオラ・シファーは藍染様からの命を受けて再侵攻するメンバーを選出し終わる。
それを伝えるために、とある部屋へと足を運んでいた。
「ウルキオラか、何の用だよ?」
「治ったじゃないか。念のため切られた腕を持って帰っておいて正解だった」
──
こいつとは昔からの付き合いだ。
粗暴な性格と勢いに任せた思考は憂慮すべき懸念点だが、実力は確かである。
既に俺と共に現世へ赴き、死神とも実際に刃を交わしている。その経験も考慮して今回の侵攻へと組み入れた。
また、切り落とされた腕を治療したため、そのリハビリも兼ねている。
前回で死神共の実力も知れているのだ。こいつなら特に問題ないだろう。
「オメーの目玉みてえに自動回復すりゃラクなのによぉ」
「馬鹿を言え。この力は
「わあってるよ」
「あの……。処置、終了いたしました」
そこへ、ヤミーの腕を治療していた女破面がおずおずと声を掛けた。
確かザエルアポロの従属官であり、那由他様の側近であるネリエルといるところをよく見る……。
そう、ロカ・パラミアだ。
女破面は大抵がそうだが、こいつも那由他様に心酔している。
また、ザエルアポロにとっても
俺も詳しくは知らないが、那由他様曰く「“
ヤミーの肩慣らしで下手に危害を加えられても面倒だ。俺はヤミーをちらりと見やる。
奴は「……ちっ。わあってるよ」と再び漏らし、口をへの字に曲げながら掌を開いたり閉じたりしていた。
「いかがですか? 動きや反応等、切断前と変わりありませんか?」
「悪くねえ」
「……え? あ、はい。それなら良かった、です」
女破面は少し驚いた様子で言葉をオドオドと返し、そそくさと部屋を出ていった。
ヤミーの事だから何かされるとでも思っていたのだろう。
「なんだよ。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「……貴様がそんな台詞を言える事に驚いただけだ」
「言う前から驚いてたろうが」
「……下らん、行くぞ」
「どこにだよ?」
「藍染様と那由他様がお呼びだ」
「ウルキオラ、入ります」
俺とヤミーは無駄口を叩くこと無く藍染様たちの待つ部屋へとたどり着く。
そこには十刃の面々と。部屋の中心に石膏像のようなものが鎮座されていた。
「来たね、ウルキオラ、ヤミー。──今、終わるところだ」
「崩玉の覚醒状態は……」
「予定通りだ。
石膏像の前に置かれた台座へ向かい合うようにして佇む藍染様。そして、台座の上に崩玉は静かに置かれていた。
確かな存在感を放つ崩玉は、まるで意思を持っているかのように鈍く紫色に光っている。
魄内封印から解かれた崩玉は強い睡眠状態にある。
如何なる手段を用いようと、完全覚醒までには四月はかかるだろう。
そのため、護廷は俺たちとの決戦をその時期だと想定しているはずだ。
愚かだな。
「私も実際に崩玉に触れてから理解出来たが、細かい事は那由他が把握してくれた」
「……いえ、私はロカに助けてもらったに過ぎません」
「そうかい」
藍染様は不敵な笑みを崩さずに崩玉へと手をかざす。
そうか、ロカ・パラミアの名を何故覚えていたのか疑問だったが、今の藍染様と那由他様との会話で思い出した。
崩玉を解析する際に
元はザエルアポロが自身の情報をバックアップして再生を可能とするために造った被造虚だった上に、『
そこを拾い上げたのが那由他様だ。
必要とされていなかった者が受ける「必要とされている」は麻薬に等しい。自身を肯定される言葉は神の言葉と成り得る。
己を否定する姿が卑屈ならば、否定を抱き込む他者が肯定だろう。
すなわち、卑屈とは他者へ自己の評価を委ねることに過ぎない。故に、肯定された自身を信じたがるのだ。
自分の依って立つところが無い、まるで俺のような存在だ。
「ウルキオラ、人選は済ませましたか」
「はっ」
少し思考を逸していた俺は、那由他様の言葉で再び気を張り詰める。
そうだ。ここで他者を気にしている余裕などない。
俺は藍染様の目指す世界のため、そして、那由他様の目指す未来のために尽くすと誓った。
これは、卑屈なのかもしれない。
いや、そもそも、俺は自身の感情を上手く把握できていない。
破面となり、虚よりも感情を理解できるはずなのに、何故か、俺は感情というものを計測しているだけだ。
卑屈の条件とは、己の能力に捕らわれず否定的な事、謙虚よりも一層の自己否定。
……それが俺にあるだろか?
分からない。
俺には、破面になった事で得た“感情”すら知覚出来ていないのだ。
だからこそ、心を知るため、ヒトとは何かを知るため。
俺は戦い続ける。
「ねーねー、
「……そのつもりだ」
「ま、当然だよね! なんたって、ボクは那由他様から直々に“
一見すると細く頼りない肢体を持つ少年姿の破面。
──
グリムジョーに代わり、新たにNo.6の地位を手に入れた者だ。
こいつは相手を侮る癖があり、その実力は十刃として少々実力不足である感が否めない。
だが、那由他様からの推挙によって就任した点を忘れてはならないだろう。
本人も那由他様に期待されていると思い、随分と張り切っている。今回の侵攻でも俺に対してメンバーに入れろと予測通りに言ってきた。
特に不都合もないため奴の意を組みメンバーとするが、実際は那由他様の意図を読み取るための駒に過ぎない。
死神相手への時間稼ぎでもしてもらおう。
そして、
「さて、先にこちらを済ませてしまうとしようか」
俺たちの様子をしばらく眺めた後、
「名を聞かせてくれるかい。新たなる同胞よ」
「……ワンダーワイス……」
那由他様によって齎された事実。
護廷の隊長格に倍する霊圧を持つ者が崩玉と一時的に融合することで、一瞬だが崩玉は完全覚醒と同等の能力を発揮する。
この事によって、たった今。部屋に置かれていた石膏像が砕け、中から新たな使命を帯びた破面が生まれた。
──破面No.77『ワンダーワイス・マルジェラ』。
こいつは藍染様が護廷総隊長である山本元柳斎重國の斬魄刀“流刃若火”を封じるためだけに生み出された破面だ。
藍染様をして警戒すべき実力を持つ元柳斎に対して対抗措置を取ることは当然である。ただ、逆を言えば対策さえ取っていれば恐れるに足りん。
ただし、強力な流刃若火を抑える能力を付与した弊害は現れるだろうと那由他様は予想されていた。
「ワンダーワイス。私の言っている言葉を理解出来ますか」
「ぁ……うぁ……」
「やはり、知能や理性を失くしているようですね」
その言葉に俺を始めとした数人の破面が反応した。
那由他様は「やはり」と仰った。まさか、そこまで具体的かつ正確に把握されていたとは。
これもロカによる情報共有と解析の賜物なのだろうか。だとすれば、確かに奴は有用だろう。
「那由他様、『やはり』とは? 私の
「いえ、私が崩玉に触れた際に感覚的にわかったことです。ロカのせいではありません」
那由他様にしては珍しく、やや早口でザエルアポロの質問に答えられる。
ロカを庇ったのだろうか。相変わらずのお方である。
とはいえ、ワンダーワイスには知性や理性がない。つまり、一貫性の無い行動を取り連携が取りにくい事が分かった。
であれば山本元柳斎に当てる前に実戦での試運転を兼ねて今回の件にも参加させておこう。
「ああそうだ……君も一緒に行くかい? グリムジョー」
「……」
思い出したように藍染様から声を掛けられた奴は、眉間にシワを寄せるだけで無言を貫いた。
──元第6十刃『グリムジョー・ジャガージャック』。
本来、十刃を落ちたグリムジョーには“剥奪の意味を持つ三桁の数字”が与えられるはずだった。
規定通りになればNo.106だろう。
しかし、
『今しばらくは様子を見てみよう。数字はその後で構わないさ』
ただでさえ現世行きを那由他様に許されたのだ、目的が明確であった俺の時とは違う。
だから東仙統括官も怒りを露わにしたのだろう。那由他様の「現世へ」と言った意味を理解していない。
那由他様は、「現世でヒトを学びなさい」と仰ったのだ。
先程も考えたことだが、ルピの実力に対して
グリムジョーとの地位を賭けた決闘を行った訳でもなく、那由他様の鶴の一声があったから決まったようなもの。
この事から、那由他様はそのうちにグリムジョーをNo.6の地位へと戻すことをお考えなのだろう。
グリムジョーは表面上こそ従っているものの、本心で忠誠を誓っている事などはない。
その行動は自己中心的であり、だからこそ那由他様は奴を手元に置いておかれたいのだろう。
那由他様の事であるから、恐らくは警戒ではなく心配という感情だと推測できる。
では、今回の一件にグリムジョーを参加させるか否か。
今回の指令。
本当の目的は死神勢力の支柱とも言える黒崎一護と隊長格数名を虚圏へとおびき寄せる餌──『井上織姫の拉致』である。
そのため、死神共の視線を逸らす囮としての戦力を現世侵攻メンバーとして送り込まなければならない。
敵一人ひとりは大した脅威でもないが、数を考えるともう一人は欲しいところだ。
中でも黒崎一護。奴は那由他様が特別に注視している。
そして、その黒崎一護に敵愾心を抱いているのがグリムジョーだ。
なるほど。グリムジョーを監視すれば自然と黒崎一護も観測する事が出来る。
那由他様はこれも狙っていたのだろう。
ヤミー、ルピ、ワンダーワイス、そしてグリムジョー。
この面子であれば時間稼ぎは出来るだろう。
俺はこの間に女へ接触。死神共に疑惑の念を抱かせるよう仕込みをしておく。
簡単な作業だ。
「うーあー……ぅう……」
「そう、感情はあるのですね。……そう」
今後について考えを巡らせていたが、どうやら那由他様は未だワンダーワイスの側に寄って声を掛けられていたらしい。
自らが仰っていたように、奴には知性も理性も無いのだろう。
不明瞭な言葉を発するだけで、その音には意味など無い。
しかし、那由他様はこの無意味な音の羅列に“感情”を見出していた。
これには藍染様も興味を唆られたようだ。
那由他様を見据えるように体の向きを変えると、
「那由他、その子を哀れんでいるのかい?」
「いえ──祝福しているのです」
那由他様はゆっくりと、微かな笑みを口元に浮かべながら
この場の空気が変わった。
何か神聖な、それこそ厳かな雰囲気へと豹変し、幾人かの者がその場に傅き那由他様へと頭を垂れた。
存在すら知らぬ、母の姿を幻視した気がした。
心の片鱗に触れられた気がした。
この俺の触れたものが、掌の上にあるのが、もしかしたら──。
俺にふと、今回の指令に関して違った観点が生まれた。
井上織姫を連れ去る指令には、那由他様に限って言えば、藍染様の示された目的とは違う視点があるのかもしれない。
以前、那由他様は仰っていた。
未だその真意は分からないが、女を拿捕する今回の指令も、その過程なのかもしれない。
「藍染様。ご相談がございます」
俺は自らの行動に異変を感じた。
自らの口を衝いて出た提案は不可解だ。
けれど、この時の俺は、とても大事な何かを感じたのだ。
「──ああ、好きにすると良いさ。ウルキオラ」
そんな俺を見て、藍染様は緩やかに微笑んだ。