私──井上織姫は尸魂界にいた。
一ヶ月ほど前に起こった、破面の人たちの現世への侵攻。
そこで私は初めて破面の人たちと、中でも
朽木さんを助けに尸魂界に行った時は戦いなんてしなかったから、私にとっては初めての経験。
昔の私だったら、きっと手も足も出ずに負けていたと思う。なんなら死んじゃってたかも。
こんな風に他人事みたいに考えられるのも、実力が上がっていると確かな手応えを感じていたから。
破面の──確か、ヤミーって呼ばれてた──人を前にして、私はただ怯え竦む傍観者ではなかった。
確かに勝てなかったし、黒崎くんに助けられたけど……。
でも、戦いにはなっていたと思う。
その時に、私の唯一とも言える攻撃特化の子『椿鬼』が壊された時は目の前が真っ暗になった。
私の一番自信のあった攻撃技で破面の人の腕を切れたとこまでは良かった。
けど、代わりに椿鬼は粉々に砕けたのだ。
自分の身を守ることよりも椿鬼がいなくなる恐怖が勝っていたのだから、黒崎くんが来てくれなかったらやっぱり殺されてたろうなと思う。
そして、そんな私の椿鬼を直してくれた人が黒崎くんとたつきちゃんの特訓を手伝ってくれている一人、『
どうやらハッチさんと私の能力は、とても近いモノらしい。
理屈はよく分からなかったけど、感覚的には「そうなんだ」と何となくは分かった。
今後も似たような出来事が起こるかもしれない。そう考えた私の選択肢は一つしか無かった。
ただ、黒崎くんとたつきちゃんみたいに実践的な訓練では無く、なんて言ったかな?
確か『
しかも、修行自体はあっさり終了。
『ワタシが教えられるのは、あくまで基礎に過ぎません』
近いとは言えやっぱり違う上にとても珍しい能力だから、能力との対話で本質を理解するのが最も効率がいい、らしい。
浦原さんも茶渡くんと恋次くんに付きっきりで私を見る余裕は無いみたいだし……。
石田くんは滅却師っていう、みんなとはまた違った方法で戦うから、私と訓練してもしょうがない。というか、そもそもお父さんと二人で修行しているみたいだ。
『仲良いんだね!』って言ったら凄くイヤそうな顔で否定された。なんか、触れてはいけなかったのかもしれない。お家の問題は難しいしね……。
とまあ、そんな感じで、じゃあ、実際にどうやって戦い方を学ぼうかと困っていた時。
私へ手を差し伸ばしてくれたのは、朽木さんだった。
『行こう、井上。丁度私も相手が欲しいと思っていたのだ』
そう言って、ニヤリと笑んで見せた彼女はとてもカッコよかった。
私は弱くて、いつも黒崎くんの方を振り返りそうになるけど、今は振り返らずに行くよ。
次に会う時は、黒崎くんの背中を見ずに戦えるように。
△▽△
──それらも、もう一月前のこと。
今は十三番隊の隊舎裏にある修練場を使って、朽木さんと鍛錬の真っ最中だ。
「その程度か、井上っ!」
「……っ! まだまだ!」
朽木さんは斬魄刀を始解させ、その白く美しい刃を私に向かって容赦無く振るっている。
少し離れた小高い丘には十三番隊の隊長である浮竹さんが寛いだように胡座をかきながらお茶を啜っていた。
随分と暢気に見えてしまうが私達のために時間を割いて様子を見て貰っているのだ。
時折アドバイスも頂いているし、実力者の視点は非常に参考になる。
「"次の舞”―― 『
「ぐっ……!?」
朽木さんから氷雪の塊が雪崩のごとく押し寄せる。
なんとか『
「考え事とは余裕だな」
「……ごめんなさい」
謝るが、私に余裕などあるはずがない。にも関わらず、私は思考を逸してしまっていた。
集中しきれていない私の様子に朽木さんは苦笑しているようだ。
「何か気がかりでもあるのか?」
「や、そういう訳じゃ……」
「あるんだろう」
有無を言わさぬ物言いに、「うっ」と声が詰まる。
ほれみたことか、と言わんばかりに嘆息した朽木さんへの気不味さで思わず下を向いてしまった。
「どうした? 私で良ければ相談に乗るぞ」
「えっと……ここで修行を始めて、もう一ヶ月になるよね?」
「うむ」
「私って……強くなってるの、かな?」
朽木さんは真剣な顔で私を見つめ無言を貫いた。
先ほどは“実力が上がっていると確かな手応えを感じている”なんて考えていたが、やはりふとした時には不安になってしまう。
確かに、以前の私と比べては上がっている。しかし、それはみんなと一緒に戦えるほど強くなったという事ではない。
ただ、不安な気持ちを誰かの肯定で上書きしたいだけ。
そんな陳腐で薄っぺらい質問をしてしまったと、朽木さんの反応を見て今更ながらに後悔する。
しばらく気まずい沈黙が続いたが、朽木さんによってそれは破られた。
「……不安なのは分かる。しかし、向き合わなければ上へは行けぬ。井上にはその覚悟あるからこそ、一月もの間修練に励んだのだろう?」
その通りだ。
私は足手まといにならないために必死で特訓をしている。
何をいまさら弱気になっているのだ。
自分を叱咤し、ぺたりと座り込んだ姿勢からむんっと気合を入れて立ち上がる。
まるで、心の中に巣食う不安を誤魔化すように。
この焦燥にも似た感情と向き合わなければ、もしかしたら私は“上の段階”へ行けないのかもしれない。
しかし、まだ直視するだけの覚悟というか、踏ん切りみたいなものが私にはついていなかった。
何故だろうか。
この時ばかりは、私は自分の弱さというものを受け入れているようだった。
「朽木っ!」
そんな、またしても思考の深みに嵌ってしまっていた時だった。
私の耳に鋭い声が届く。思わず肩をビクリと震わせてしまった。
驚いて音の方へ振り向くと、そこには険しい顔をした浮竹隊長がいた。
「はい! たった今、こちらにも報告が届きました!」
そして、隣に立つ朽木さんも訓練の時とは質の違う、ピリっとした空気へと変わっていた。
二人が表情を固くし弾かれたように動き始めた事で私にも察する事ができた。
現世に敵──
突然の事で硬直してしまった私を置いて、二人はこの場から駆け出そうとする。
「待って朽木さん! 私も一緒に──!」
体がついていかず、しかし気持ちは急いていて。
ただ私は声を上げる事しかできなかった。
「ダメだ。こちらに来る時に説明したろう。現世へと渡る穿界門は地獄蝶を持たぬお前が通れば断界へ送られる」
朽木さんにバッサリと切られた言葉で、私はハッと我に返った。
そうだ、確かに説明を受けていた。それすら気が付かないほど、私は動転していたんだろう。
「断界を安全に渡れる界壁固定の指示は出しておいたが、終わるまでには半刻ほど掛かる。君はそれから現世へと向かいなさい」
柔和な笑顔で安心させるように浮竹隊長が私の肩に手を置く。
なんとか冷静を保ち、私は静かに首を縦に振ることしかできなかった。
△▽△
――そして、もどかしい半刻が経過した。
わざわざ護衛という事で死神の方が2名、現世まで随伴をしてくれるらしい。
申し訳ないと始めは断ったのだが、むこうも仕事だ。すごすごと帰る訳にもいかないだろう。
ここで押し問答していても仕方ないと割り切り、私は急いで現世へ向かう事にした。
「井上殿、こちらになります! どうぞお急ぎを!」
死神さんの一人が門のような形に広がる暗闇を示す。
こちらへ来る時にも通ったが、やはり不気味だ。
まるで高台から海へと飛び込むように、私は思わず深呼吸して息を止めたままえいやっと門へと身を投げた。
深く沈みこみ上下左右が狂うような一瞬の浮遊感の後、突然固い床に足がつき思わずよろめく。無事に穿界門へと入れたようだ。
何回か経験しても慣れる事のない感覚とバランス感の無さに恥ずかしさで少し顔が赤くなる。
しかし、こんなところで時間を無駄にする訳にはいかない。
間もなく私に続いて来た死神さんの二人と一緒に、私は現世へ向けて駆け出す。
私の身体能力は他のみんなに比べて低い。そのため、こうやって走るだけでもみんなの足を引っ張ることが多いのだが、私に並走している死神さんたちは必死の顔だ。
もしかしなくても、私の足が彼らに比べて速い。
身体能力というより、霊力の扱いが上手くなっているのだろう。
先ほどの朽木さんとのやり取りを思い出す。小さな事でも自身の成長を感じられて、こんな時じゃなければもっと喜んでいたのに。
いや、こんな事で喜んでるようじゃダメ。
もっと。もっと、もっと。
那由多さんを追うみんなのように。那由多さんを護れるように。
──黒崎くんの、隣にいられるように。
そこまで考えて、顔がボワッと一瞬で沸騰し真っ赤になるのが自分でも分かった。思わずブンブンと頭を左右に振ってしまう。
隣の死神さんがギョッとした顔でこちらを見てきたが気にしている余裕はない。
(わ、私ってば、もう! もう!? ほんとに、なんでこんな時まで!?)
自分の気持ちなど、とうの昔に自覚してはいるものの、ふとした時に彼の顔が思い浮かぶとどうしても恥ずかしくなる。
理屈ではない、気持ちの問題だ。
いけない、気持ちを引き締めないと!
現世では今も黒崎くんたちが戦っているのに、一人こんな浮ついた気持ちでなんていられない!
切り替えるためにもパシン! と思いっきり頬を両手で挟むように叩く。
再び死神さんがギョッとした顔で二度見した。
そんな隙というか、一瞬の気の弛み。
それだけで、私を挟むように左右で並走していた死神さんが、吹き飛ぶように崩れ落ちた。
「……え?」
あまりに唐突な出来事に理解が追い付かず、今度は私が死神さんを二度見してしまった。
しかし、今度は心臓がギュッと縮こまるほどの怖気を伴って。
まるで、大砲が当たったかのように、死神さんの体の一部が消えていたのだから。
「な、え、だ、大丈夫ですか!?」
大丈夫な訳がない。
混乱した頭のまま、口からついて出た言葉に思わず自分の心が反論する。
一人はお腹に風穴が開き、もう一人は下半身が吹き飛んでいる。
即死していてもおかしくないほどの重症、一目で分かるほどの凄惨な光景が広がっていた。
どうしてだとか、何でなんて今はどうでもいい。今すぐに治さないと!
「『
死神さんの元へ急ぎ向かいながら両手を重ねるようにして前で組む。
「──“私は拒絶する”!」
二人を包むようにして三天の回帰結界が張られた。
すると、まるで時間が巻き戻るかのように彼らの傷口が回復していく。
良かった、突然の事に驚いてしまったけれど、ちゃんと冷静に対処できた。
死神さんたちの元へたどり着き、そうホッと一息ついた時だった。
「そこまで損傷させていても回復出来るのか。大した
どうして今まで気が付かなかったのか。
そう思うほどに、濃密な霊圧が私へと襲い掛かってきた。
いや、そもそも死神さんたちがこれだけの重症を負った原因など、普通に考えれば一つしか思い浮かばない。
それなのに、どうして私は気を緩めるなんて馬鹿な事が出来たのか。
考えれば考えるほど自分の未熟さに泣きそうな気持ちになるが、それこそ今やるべきことではない。
「回復……。いや、時間回帰の類か」
ハッチさんと特訓するまで自分でも理解出来ていなかった私の能力を、この一瞬で推測されている。
その推測が事実かどうかが問題ではなく、そうするだけの余裕が相手にあるのだと、そう理解するのに十分な
顔が強張る。恐怖で足が竦む。眼前に広がる、傷ついた人たちを見る。
脂汗を流しながら、私は振り返り彼を見つめた。
──この出会いは必然であったのかもしれない。
那由他さんに結ばれた縁ではあったけれど、黒崎くんとはまた違った、なんて言うのかな。
少し恥ずかしいけど、たぶん、
運命の相手だったんだ。
「俺と来い、女」
現世で一度会った時には無我夢中でそれどころではなかった。
しかし、今。私を射抜くように見つめる彼の瞳を、初めて見つめる。
“感情”というもの全てを削ぎ落したような、虚無の瞳を。
──ウルキオラ・シファー。
彼と私の物語は、この時から始まった。
前話から随分と期間が空いてしまい、お待ち頂いた方々には大変ご迷惑をお掛けいたしました。本当にすみません…。ようやく執筆できそうになったので投稿を再開いたします。
一応ストックを少々用意してありますので、執筆速度との兼ね合いでしばらくは2,3日に1話ぐらいのペースで投稿いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。