「護衛が二人というのは拍子抜けだが、煩わしい拘流の動きが固定されていたのは都合が良かった」
穿界門を通り尸魂界から現世へと向かっていた私──井上織姫の前に、その破面は現れた。
青白い顔に痩身だが泰然とした佇まい。喉の辺りに空いた穴から虚である事はすぐに分かった。そもそも、名前までは覚えてないけど、少し前に戦った破面の人と一緒に現世へと来た彼の顔には見覚えがあった。
いきなりの出来事に混乱しそうになる。どうしてここに破面が現れたのか分からなかった。
しかし、
「話をするのに時間を急ぐのは性に合わんからな」
随分と落ち着いている。
いや、もはやのんびりって言っていいような態度に私も少し落ち着きを取り戻すことが出来た。
そうだ、確か死神の世界である霊界と人間の世界である現世の間に存在する
現世へと直ぐに戻れなかった理由を思い出した上で、なんとも場違いな考えだが、この状況を妙に納得してしまう。
というのも、目の前の破面から殺気? みたいなものを感じなかったからだ。
これでも小さい頃からたつきちゃんや黒崎くんと一緒に六車さんに鍛えてもらっていたのだ。最近は皆が更に強くなっちゃって置いてけぼりみたいになってるけど……。それでも、私はみんなと肩を並べる事を諦めたわけではない。
話を戻すと、つまりはこの破面が危険であることに変わりはないけど、私を殺す気はなさそうだなって。
だからといって、いきなり護衛の死神さんたちに攻撃してきたことは許せないし、それに反応もできなかった私自身にちょっと落ち込んではいるけれど……。
チラリと、攻撃を受けた重症の二人を見る。即死してもおかしくないほどの容態だ。
でも、私の『
「……私に話があるんでしょ。だから、この人たちは見逃して」
「貴様に交渉するような権利はない」
「……!」
随分と勝手な物言いに、私は無言で『
「どうやら立場を分かっていないようだな」
そんな私の様子を黙って眺めていた破面は、感情を感じさせない声でそれだけ呟き、ただ無造作に手を横に振った。
相手が手を振り切る直前に感じた直感。
私はその感覚に従い、ほぼ無意識の内に『
威力や強度は落ちてしまうが、昔は名前を呼ばなければ出来なかった事も、修行のお陰で今なら出来る。確実に前へと進んでいる。
黒崎くんを護れるように、私は強くなっていく!
「ぐぅっ!?」
「……ほお」
目の前に展開した盾になにかが激突し、ビリビリと衝撃が手に伝わる。
破面は感心したように息を吐いたが、私はそれどころでは無かった。多分だけど、あの所作からしてこの攻撃は本当に大した事ない、それこそ息を吹きかけたような軽い攻撃なんだろう。それなのに、壊れこそしなかったものの、私の三天結盾でギリギリ防げたレベルだった。
殺気を感じなかったのは相手が私を殺そうと考えていなかったからじゃない。
──私を殺すのに、殺気すら必要としないほどの実力差があるんだ。
こんな時、たつきちゃんだったら、茶渡くんだったら、石田くんだったら、朽木さんだったら。
黒崎くんだったら、どうした。
こんな程度のピンチで、絶望なんてしてやらない!
「……」
不思議と相手は私の目を覗き込むように見つめ返すだけで微動だにしない。
ここで見つめ合っていても埒が明かないんだけど、相手の目的が分からない以上、実力差がある相手に下手に動くわけにもいかない。
出来ることはジリジリと相手から少しずつ距離を取ること。森でクマと遭遇した時の対処法と同じで、相手をできるだけ刺激せずに逃げる算段を立てるくらいだった。
「藍染様はお前のその
けれど、そんな私のささやかな抵抗も、相手の一言で終わりを告げてしまう。
と同時に、藍染の名前に体がピクリと反応してしまった。
「俺にはお前を無傷で連れ帰る使命がある。もう一度言う、俺と来い──
驚いて目を見開いてしまう。
”藍染”の名前が出た後に私の名前を呼ばれる。どうしたって、那由他さんの姿が脳裏をよぎってしまった。
相手との実力差ははっきりと分かった。私じゃ逆立ちしたって勝てやしないんだろう。
でも……!
ぐっと口元を引き結び、俯きそうになった視線を上げ、目に力を入れて相手を睨む。
萎れたように垂れ下がった両手を再び前にかざし、私は口を開いた。
「"
瞬間、私の霊圧が膨れ上がり風を伴って周囲へと広がった。
『盾舜六花』は私のヘアピンを介して召喚する6体の精霊を言霊によって駆使し、盾を張ることで発動する。今では言霊を用いなくても、ある程度なら発動できるようにはなってるけど、やはり本領を発揮するならキチンと言葉に出す必要があった。
そして、ハッチさんによると、このヘアピンは死神で言う斬魄刀のようなものであり、私の能力は鬼道のようなもの。
つまり、私の能力は鬼道系斬魄刀と考えられなくもない、らしい。
その上で、私は盾舜六花で戦えるように修行したのだ。
たつきちゃんや黒崎くん、みんなが那由他さんを取り戻すために新たなチカラを手に入れた。
私だけが、立ち止まっていられるわけがない!
自身の霊圧の高まりに呼応するように、私の願いを力に込めていく。
まだ自在に操れるわけじゃない。
まだ完璧に放てるわけじゃない。
まだ前線に立てるわけじゃない。
まだ誰かを護れるわけじゃない。
まだ意思を通せるわけじゃない。
まだ、進めるには勇気が必要だ。
だったら胸を張って、前を向け!
私の力の集大成!
敵わなくても意地がある!
表情はほぼ変わらなかったけど、ピクリと相手の顔が強張ったのは感じ取れた。
ハッチさん曰く、これは死神で言う私の卍解のような姿らしい。けれども、明らかに死神とは違うチカラの発露だとも言っていた。
細かいところはハッチさんも分からなかったようだけど、このチカラを使えば戦える。
私にとってはそれで十分だ。
髪に留めていたヘアピンは六つの円盾へと姿を変え、私を守るように周囲に浮いている。円盾にはそれぞれ違う意匠が施されており、元がどの子だったか私にとってはひと目で分かった。
お願い、私のワガママに少しだけ付き合って。
言葉にはなっていないけど、私だけが分かる。6人それぞれが頷いたような感じがした。
うん、ありがと。
再びを前を見据えると、破面はまだこちらを見ている。
私の全力がどこまで通じるか……、少しでも、私の意地を通すため。
「『孤天斬盾』──"私は拒絶する”!」
椿鬼の盾から放たれた攻撃。それは破面に向かって伸びるビームのように、光の奔流となって押し寄せる。以前に比べて威力、範囲、スピード。全てにおいて桁違いのものになっているが、これだけじゃ目の前の破面にはきっと届かない。
なら!
一直線に進んでいた極光が破面に当たる手前で光条のように放射状へと伸び、不規則な軌道で動くようになった。
そのまま相手に防がれる事もなく、幾重にも重なった光の太刀が破面に突き刺さる。
威力の大きさを表すように、轟音と共に辺りには煙が立ち込めた。
それでも、相手は動かない。
攻撃による煙が晴れた後も、何事もなかったかのようにその場に佇んでいるだけだった。
悔しさで下唇を噛むが、せめて一矢報いる……!
さっきこの人は私の能力を「時間回帰」だと言った。
私自身も始めはそう思っていたし、ハッチさんも首を傾げていたけれど、この『神盾蓮華』を会得して何となく理解できた。
私の能力は──『対象を拒絶する』こと。
それは、病も、傷も、全てをなかったことにできる。
でも、その本質は「拒絶」だ。今までは形あるもの、起こった出来事を拒絶し、起こる前の状態へと帰す。傷を拒絶するなら、それは傷が「なかったこと」になる。対象の結合を拒絶するなら裂ける。
しかし、那由他さんの存在を思い出したとき、私の中で何かが変わった。
『みんなで助けに行く』。そう決めたときから、私はみんなを護るために、自分の力を限界まで引き出すことを決めた。
だから、この力は、私が願って手に入れた力なんだ。
「……私は、あなたがここにいるという『
そう叫ぶと、私自身の霊圧が更に膨れ上がった。
そして、その霊圧は六つの円盾を繋ぐように、巨大な円を形成する。
私を中心に、直径にして数十メートルほどの巨大な霊子による円環が、断界の中に展開された。
「……ッ、これは」
初めて、破面の様子から明確な驚きを読み取れた。
彼が身構える。その様子を見て、私は小さく笑った。
私の能力は『神盾蓮華』へと至ったことで、その拒絶する対象を一つ上のステージへと上げる事ができた。
それは過去を拒絶し、未来を拒絶し、現実を拒絶する事。
過去の事実を「無かったこと」にすることで、未来を書き換え、現実を捻じ曲げる。時間も、空間も、そして存在そのものも拒絶することだ。
今、私が展開したこの円環は中の事象全てを拒絶する、私だけの領域。私以外の全てを拒絶する。
あなたも、この領域の中では、存在を許されない!
「『
私が叫ぶと六つの円盾が私を中心に猛烈な勢いで回転を始めた。
円盾から放たれた霊子が、円環の中の全てを飲み込んでいく。
このままいけば……!
「ッ!?」
思った。思ってしまった。これなら勝てる、と。
始めに考えていたのに、逆さましたって勝てないって。なら、私がするべき最善手は相手から逃げる事だった。相手の意表を突く攻撃を出して、隙を見てこの場から離脱するべきだった。でも、出来なかった。
さっき、破面によって傷つけられた人たちの傷がまだ癒えていないから。
『神盾蓮華』によって広げられた範囲の中には、私の護衛として付いてきてくれていた死神さん二人も入っている。そんな中で
つまり、
「貴様の技、範囲内における効果の選別が出来るようだが……、その分威力は落ちるようだな」
そう。私は死神さんたちには回復を、破面には消滅をそれぞれ操作していた。
難しく繊細な制御だが、やるしかないと思ってやった。
那由他さんに憧れた私が、どうして瀕死の人を見捨てられるのか。
「ふん……」
そして、彼を飲み込み覆っていた霊子は腕の一振りで砕け散るように霧散してしまった。
力強く循環していた円盾も、彼の動作に合わせるように吹き飛ばされる。その一撃と私の精神的問題か、もはや『神盾蓮華』の形態でいる事さえ出来なくなり、元のヘアピンの形で私の髪へと舞い戻っていた。
「もう一度だけ言う。俺と来い、女」
今の技は私のとっておきだった。
並列処理していたとしても、そんな簡単に破られるはずがないと、目の前で起きたことに呆然としてしまう。足から力が抜けてペタンと情けなく、その場に座り込んでしまった。
「な──」
「お前の言葉は『はい』だ。あらゆる権利はお前に無い。理解しろ、女。これは交渉じゃない──命令だ」
「……」
無慈悲な言葉に心が折れそうになる。
今までの努力が全て無意味だったかのように否定され、私はただ怯えたように相手を見つめることしか出来なかった。
「これを渡しておく」
そんな中、彼はブレスレットのようなものを渡してきた。
恐る恐る受け取るが、パッと見は普通のブレスレットにしか見えない。
「これを身に着けている間、特殊な霊膜がお前の周囲に張られ、我々破面しかお前の事を認識できなくなると同時に、魂魄体と同じ様に物質を透過する事が出来るようになる」
淡々と渡された物の説明がなされるが、上手く内容を飲み込むことが出来ない。
なぜ、こんな物を渡されたのかも、私をどうするつもりなのかも、何も理解できなかった。
いや、もしかしたら私自身が理解を拒んでいたのかもしれない。
「12時間の猶予をやる。その間に1人にのみ、別れを告げる事を許可する。ただし、相手に気付かれれば、その時点で命令違反とみなす。命令違反をした場合殺す。お前ではない──お前の仲間たちをだ」
その言葉で我に返った私は、手に収まっているブレスレットを見るように俯いていた顔を勢いよく上げた。
こちらを見据える破面の視線とかちあい、少し怯みそうになってしまうが、足を震わせながらも再び立ち上がった。
そんな事、絶対にさせない。私がどうなってでも、必ず止めて見せる。
折れたと思った心が再び燃える。
何のために努力したのか、どうなりたくて努力したのか。
私の能力は「拒絶」だ。それはきっと、小さい頃に辛い思いをいっぱいしたからで、その思い出から逃げたかったからだ。
逃げることが、私の原罪だったからだ。
でも──今は違う。
私の強い意思を感じ取ったのか、視線を逸らさず黙ったまま見つめていた彼は、おもむろに私へ一つの問いかけをしてきた。
「……那由他様は貴様と黒崎一護こそが俺に必要な存在であると考えておられる」
「え、那由他さんが……?」
「女。貴様は那由他様を何と考える」
抽象的な質問に困惑する。
那由他さんの存在は死神と虚との間で揺れていると話していた。じゃあ、この問いは破面の人たちに死神としての那由他さんが与えた影響なのだろうか。
なんとなくだけど、キチンと答えなければならないと感じた。
「私にとって那由他さんは……姉であり、母であり、とても大切なヒト」
「血の繋がりはないはずだが?」
「ヒトはね、直接的な繋がりがなくても──"心”で繋がれるから」
「……そうか」
一言だけ感慨深げに。彼は目を瞑りながら言葉を返した。
「刻限は0時。それまでに全て片付けて指示した場所に来い」
零すようにそれだけ告げた彼に対して、私は静かに首を振る。
今誰かに会っちゃうと、決意が鈍っちゃいそうだから。
彼の表情は相変わらず仏頂面で、なにを考えているか分からない。しかし、私が首を振ったことに若干の戸惑いを見せているように見えた。
「どういうつもりだ……?」
先程まで敵として争っていた相手とこうして言葉を交わしているのは不思議な気持ちだけど。でも、私にとっては戦うよりずっとこっちの方が良い。
破面からの質問で黒崎くんたちに危害が及ばないようにするだけでなく、私の中でもう一つ。明確に虚圏へと向かう理由ができた。
その決意のためにも私は誰にも会わずに虚圏へと向かう。
「貴方が那由他さんの名前を出して、私思ったの。ううん、多分だけど、さっき出会った時から思ってた。……おかしいよね、襲われてる側なのに」
私は、この人が現れても「怖くなかった」のだ。
黒崎くんや知ってる人たちを傷つける存在なのに、私は彼を怖いとは思わなかった。
「藍染さんのところへ連れて行って。私は、実力的には弱いけど、”心”まで弱いつもりはないから……!」
きっと私が虚圏へ向かわなくても黒崎くんたちは那由他さんを救うためにやってくるだろう。きっと戦いになる。たくさんの人が傷つく。
でも、私が彼について行けば、きっと戦わずに那由他さんに会えるだろう。
戦える術を身に着けたとしても先程の戦いとも言えない抵抗の結果を見れば、私の戦力としての価値は無いに等しい。
もちろん回復役としての役割はあるかもしれないけど、護廷の人たちにも回復に長けた隊はある。
ならば、私は彼についていって那由他さんと会う。
確かめるんだ、那由他さんの事を。
那由他さんに会って、彼女の真意や現状を確かめる事。
それが、私に出来る戦いだ。
そして、那由他さんのお兄さんである藍染を見て、私は確かめなきゃいけない。
本当に那由他さんが望まない事をしているのか、って。
付いてこいとばかりに身を翻して去っていく彼の口元は、一瞬だけど微笑んでいるように見えたのは気のせいだろうか。