私──ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクは、一護とグリムジョーの戦いを見据えて困惑の表情を浮かべる他なかった。
「俺は……俺はまだ、終わっちゃいねえ!」
グリムジョーは叫ぶ。
一護への執着と、自身の王としてのあり方の狭間に揺れ動くように。
「やめておけ」
一護は苦い顔でグリムジョーへと告げた。
もう決着がついていることは、傍から見ても明らかだ。
──私の記憶は、いつ戻ったのか定かでない。
しかし、この身は未だ『ネル』と成っているのだから、その真相を一護に伝えるのも憚られた。
恐らくきっかけは、あの”宣戦布告”であろう。
藍染様、いや、藍染から伝えられた現世への侵攻。
その衝撃が私にとって、いかほどかは自身にとっても計り知れない。
それでも、那由他様の身を案じるという点に関して言えば、きっかけとして十分な衝撃だったのであろう。
改めて目の前の光景へと視線を戻す。
私が”
那由他様の近くにいる者に関して言えば、もちろん違った考えを多く教えていただいた。
けれども、虚としての本能が強いのだろう。
皆はやはり闘争というものに身を置くことに、執着しているような節すらあった。
顕著だったのがノイトラだ。
私がNo.3として十刃に居た時、彼はNo.8だった。
そして、その劣等感からか、彼は事あるごとに私や那由他様へと突っかかってきた。
そこに意味があるのかどうかすら、私にはよく理解できなかった。
なぜ人と成る事すら放棄するのか、なぜ人であろうとする願いすら持てないのか、なぜ、死にたいのか。
私には何一つ、理解することができなかった。
しかし、 那由他様は仰る。
『人とは争うことでしか自己を表現できない場合もある』と。
──そしてそれは、悲しい事であると。
ならば、争わなければ良いのではないかなどと、虚の私が言えた口ではないが疑問に思った事はあった。
そんな感情を抱いていたからだろう。
那由他様は私の顔を見ると、時折ふっと微笑みを浮かべてくださることがあった。
那由他様から投げかけられた言葉に、私は都度、キュッとしてしまっていた。
その時点で私は自分が虚であるということを納得してしまっていたのだろう。
人を襲う存在であるのだと、そう本能として理解していたのだ。
恐らく私は”人”として認められるために、那由他様の”騎士”でありたかったのであろう。
戦士としての矜持を、那由他様に依存していたのだ。
ならば、人としての私は何なのだろうか。
私は虚から破面となっても、”人”ではなかったのだろうか。
分からなかった。
ただ、それが恐ろしかった。
だから那由他様を失うことが、ただ私にとってひたすらに恐ろしかった。
示して下さる”何か”を失うことを、子供のように怯えていた。
「……もうやめろ、グリムジョー」
一護の言葉でハッと我に帰る。
満身創痍のグリムジョーは
その様子は居た堪れないものを感じるが、しかし第ニ階層を解放した結果でもあり、戦士としての誇りすら感じられた。
「気に食わねえやつを片っ端から潰して、一人だけ王になって……そんなもん、何が楽しいんだ……!」
一護の言葉にグリムジョーは答えない。
いや、答えられないのかもしれない。
それだけの深手を彼は負っていた。
「………………ふざ、けんな」
それでも、グリムジョーは口を閉じなかった。
「藍染のやつなんか、知らねえ……。那由他の、事情なんか……知らねえ。……俺は、俺が王で、ある、ために……てめえを、殺す」
「だからその理由が分かんねーって──!!」
「理由が必要なのかよ……!」
それはグリムジョーの”心”だったのかも知れない。
思わず一護も口を
「テメエが求めたものを、欲しているモノを……掴み取るのに、理由が必要なのかよ? 説明しなきゃいけねえのかよ? 理解、されなきゃ、いけねえのかよ……!?」
もはや力すら入っていないのだろう。
一護に止められた腕はだらりと垂れ下がり、グリムジョーは地面へと膝をつけていた。
「楽しいか、だって? 楽しいさ! テメエを潰せるかもと思うだけで、俺はこの上なく楽しい!! それ以上の理由が必要かよ!?」
一護は何も答えない。 いや、答えられない。
それは自分を重ねているからでもあるのだろう。
那由他様から伺った。
彼は他の人を守るために自分を強くしているのだと。
では、「他の人を何で守るのか?」
その理由を、彼自身が説明できるのか?
きっと自分でも分かっているのだろう。
それを”言葉”という枠の中では、説明できないのだと。
だからこそグリムジョーの言葉に、一護は反論できなかったのだ。
「分かった」
一護が重々しく口を開く。
その音が何を意味するのか、私には初め分からなかった。
「決着をつけようぜ、グリムジョー……!!」
一護は再度、刃を構えた。
一護とて満身創痍だ。
もうすでに虚化する力すらも残っていないのかもしれない。
それだけの激闘を二人は繰り広げていた。
「……ハッ!」
グリムジョーの呼気には、寒気すら覚えるほどの興奮が含まれていた。
「あーそうだ。それでこそだ! それでこそ、俺が見定めた獲物だ! テメエは!!」
グリムジョーの足はガクガクと震えている。
それでもなお、彼は自らを叱咤するように膝へと拳を打ち付け、上半身を反らすように立ち上がった。
「最後の一撃、行くぜ」
「あぁ来いよ! テメエを殺して、俺は『王』になる!」
もはやこの場にいる誰もが、彼ら二人に割って入ることなど出来ないだろう。
グリムジョーが連れてきた”井上織姫”という女性。
彼女の側には破面の
彼がこの状況へと合流した時に、『……これどういう状況?』と疑問を呟いたのも頷ける話だ。
藍染による現世侵攻が宣告され、事態が逼迫している事は理解している。
それでも。
この二人の戦いを止めることだけは、微かに残る灯火であろうと、”戦士”としての矜持が許せなかった。
互いが最後の一撃を必殺として決めるため、下半身に力を入れ無言で向き合う。
駆けた。
そして、本当に一瞬だった。
『ネル』では分からなかった。見えなかったのだ。
──私は何故か、これを予見していたのかもしれない。
そこに合理性や理屈などなく、ただただ体が反射的に動いたと言って差し支えないだろう。
けれども、なぜか『彼』はやってくると、私の本能が告げるように。
私は『彼』がやってきたことを、嬉しく思ってしまっていた。
「テ、メエ、は、ノイ、トラ……? いや、それよ、り、も……ネ、リエ、ルの奴か!?」
一護とグリムジョー。 一瞬でついた決着。
それと同時に飛来した大きな鎌を
ただ、口角がここまで上がってしまうのは、『彼』が一護やグリムジョーではなく、『私』だけを狙った事だった。
最後の一合で一護に斬り伏せられ、もはや立ち上がるどころか言葉すら碌に話せないグリムジョーが驚愕の声を漏らす。
昔だったらこのシチュエーションで、『彼』は確実にグリムジョーを襲うはずだった。
しかし、その鎌も今は
自分の意思などとは到底言えないけれども、必要だと感じた。
だから今私は、
先にも言ったように、そこに理屈など存在しない。
もしかしたら、これが那由他様の仰っていた”心”なのかもしれない。
「ネル……?」
呆けたように言う一護。
何故ここにノイトラがやって来たのか、その経緯すらも私はよく理解できていない。
それでも、先ほどの天挺空羅によって告げられた真実──那由他様の行動、それら全てによって、私の中で一本の線のようなものが見えてきた。
那由他様が私に一護のことを頼むと言った時。
あの方は『ノイトラが自分の役目を果たすか』と疑問の言葉を漏らしていた。
……そういうことだったのですね、那由他様。
ノイトラが”戦士”として戦えるのか。
そのことに疑問を持っていらっしゃったのですね。
ならば問題ないでしょう。
私が彼に引導を渡してみせます。
「お前、ネル……か?」
一護が再び呆然としたように呟く。
彼となんて言葉を交わして良いか分からず、けれども彼の姿をしっかりと見るために、私は一度後ろへと顔だけ振り返り笑った。
ポカンとされた後にフッと笑う感じで返されたのは、流石一護って感じかな。
ノイトラも相応のダメージを負っているよう。
その原因は那由他様によるものだろう。
『貴方は貴方の戦いをしなさい。私は決して邪魔をしない』
そんなメッセージを感じた。
一護は私の拙い態度にも何か感じるものがあったのか、理解はできていないだろうに無言で小さく頷くことで、私の意思を肯定してくれた。
ふふ、彼が黒崎一護ですね、那由他様。
貴方様が彼をどうしてそこまで特別視するのか、私にも分かったような気がいたします。
改めてノイトラへと向き直る。
ノイトラは肩で息をし、既に満身創痍のようだった。
けれども最低限の回復はしているようで、もしかするとこれも那由他様のご慈悲なのかもしれない。
彼が最後の”死に場所”を、彼で決められるように。
──彼が私に執着していることは、知っていた。
その原因は那由他様によるものであるかもしれないが、彼が私に執着していたことは事実だ。
ならば、彼がここへとやってきたこの時。私が彼に引導を渡すのが筋というものであろう。
それが彼を”戦士”として認めるということにも繋がるだろう。
──過去、私は彼が”戦士”ではないと断言した。
それは彼が獣の本能に従って戦闘を繰り返していたからだ。
しかし、今の彼はどうだろうか。
確かに獣のように暴力を振るってはいる。
それでも彼の瞳に宿る、本能とは違った別の意思。
戦うことによって死に場所を求めることに、私は否定の言葉を投げかけるだけの、権利を持っていないのだと思う。
那由他様に依存していた私に、彼を否定するだけの権利などない。
「ノイトラ、貴方は私が気に入らなかったんでしょうね」
「ああそうだ! 全てが気に入らねえ! テメエも那由他も、全てだ……!」
「本当?」
「……あぁ?」
「貴方はきっと私を特別視していた。それは私の自惚れではなく事実よ」
「どういう意味だ」
「貴方が拘っていたものが、私には分からなかった。 それは私自身が自分の依って立つ場所が自分の中になく、那由他様に依存していたから……。貴方の様に、自分の中から生み出した”願い”というものが、私にはなかった……!」
「……」
ノイトラは黙って聞いている。
その心中など、私には推し量れない。
それでも、私は言葉を止めることができなかった。
「貴方の求めるものが何であれ、私と戦うことでその”意味”を見出すというのならば、貴方の最期を看取るのが私の役目というものよ」
「もう勝った気でいるのかよ」
「いえ」
私は静かに首を横に振り、自身の中の力を見据える。
そう長くは保たないであろう。それも分かった。
だから、一撃で全てを決めてみせる──!!
── 私に翼をくれるなら
私はあなたのために飛ぼう
たとえば この大地のすべてが 水に沈んでしまうとしても
私に剣をくれるなら 私はあなたのために立ち向かおう
たとえば この空のすべてが 『私』を”光”で射抜くとしても ──
衰えた力では第ニ階層など解放できるはずもない。
帰刃ですら数分だろう。
ならば、これが今の私の全力……!
「いざ、尋常に!」
解放したことによって顕現した私の
『彼』はポカンとした後、「ハッ!」と馬鹿にしたように笑った。
私は何も言わない。彼も何も言わなかった。
ただ、己が武器を構え、私へと向かい合った。
それだけで十分だった。
先程の一護とグリムジョーの死合をなぞるよう。
──勝負は一瞬だった。
交差した刃の先、立っていたのは
そこには技すらなく、ただ愚直に武器を振るった、児戯にも等しい果たし合いだった。
藍染の指示に従い、
『俺は斬られて倒れる前に息絶える、そういう死に方を、してえんだ』
「昔の貴方は獣だった! けれど、今の貴方は──”戦士”よ……!」
彼の鎌を肩口に受け、それでも胸へ深々と槍を突き刺し、その槍を水平に保つことで、彼が地に這うことすら、私は許さなかった。
ノイトラは口元に微かな笑みを浮かべる。
一護やグリムジョー。
ここに居る全ての者が。
満足げに逝った、ノイトラの最期を見届けた。
引用元:【ネリエル表紙のBLEACH単行本34巻、巻頭ポエム】
※以下原文
私に翼をくれるなら
私はあなたのために飛ぼう
たとえば この 大地のすべてが
水に沈んでしまうとしても
私に剣をくれるなら
私はあなたのために立ち向かおう
たとえば この 空のすべてが