矢留です。
10,000UAありがとうございます。
「ソライシ夫人のフリをしてあなたたちを油断させる作戦だったけど…。フフ。まさか二人で勝手に潰し合ってくれるとはね!」
ソライシ博士の奥さんだと名乗っていた女性の正体は、ブスジマ組の幹部の女だった。
シクラメンと名乗るその女は、どうやら僕らを油断させたうえで襲撃し、ソライシ博士救出を遅らせる算段だったようだ。
僕らはまさに、相手の掌で踊らされていたのだ。
「あなた、ヒイラギくんね?マツブサとかいう男があなたを潰してこいってうるさくてね…。そしたらなんて偶然かしら!まさかカノジョまで連れてるなんて!!」
この女。
カイナで出くわしたカブトという男とは比べ物にならない禍々しさを感じる。
人を蝕み、絶望させ、苦悩を与えることに一片の躊躇もない。
それどころか他人の不幸を蜜とし、狂気をすすり快楽を得る。
こいつはそういう人間だとすぐにわかった。
「ねえ、ヒイラギくん。私ね、あなたにこの上ない苦しみを与えるように言われてるの。何をしてあげよっかなあ…って考えてたんだけど…今思いついちゃった。」
寒気がする。
なんだ。
ナニカが起ころうとしている。
「ねえ、あなたのカノジョ。
動いた。
マツリカさんの背後。
『ナニカ』は彼女の後ろから魔手を伸ばす。
「マツリカさん!!!!!」
「え…?」
マツリカさんには、その姿は見えていなかった。
何をされたのかわからないまま、彼女はドサリと倒れる。
でも僕には見えていた。
その柔らかな背中に深々と刺さる毒の棘を。
「そんな…マツリカさん!!ねえ!ねえってば!!」
マツリカさんは呼びかけに反応することはなかった。
その優し気な目は閉じられ、意識は固く閉ざされている。
「テメエ…やりやがったな!!よくも…!よくも!!」
動かないマツリカさんを腕に抱きながら、そいつらをにらみつけた。
シクラメンの隣には、マツリカさんを刺した張本人が妖艶に
色違いのロズレイド。
左側の黒い薔薇は、闇に紛れて不可視のダガーと化す。
そいつは、殺し屋として優秀すぎた。
「アハハ!動かなくなっちゃったわねえ!あなたのカノジョ、動かない方がカワイイわ。ねえ、あなたもそっちに行きたい?ねえ?」
「許さない…!許さない!サーナイト!サイコキネシス!」
「どくどく」
サーナイトはサイコパワーを充填して解き放つ。
だが、怒りに身をまかせた闇雲な指示では、サイコキネシスを当てることはできなかった。
逆に、ロズレイドが放った猛毒の煙を浴びてしまう。
「惨めねえ。そんなにあの子のこと好きだったのかしら。カワイクしてあげたんだから感謝してほしいのだけれど。」
ヒイラギにはもう何も見えていなかった。
ただ声のする方へ吸い寄せられているだけ。
どうやって歩いているのかもわからない。
「もういいわ。動いてるあなた、飽きちゃった。ねむりごな。」
世界が反転した。
天地が入れ替わり、ヒイラギは墜ちていく。
墜ちて、墜ちて、墜ちて…。
「動かない方がカワイイわね。あなたも。」
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夢を見ていた。
真夜中の海。
音の無い世界。
水紋。
不自然に白い、巨大な月。
全てがあの夢と同じだった。
ヤシの葉。
泣き声。
笑い声。
砂城の崩壊。
そこはあまりにもリアルだった。
僕はどこから来て何をしていたのか、しばらく思い出すことができない。
そうだ。僕はシクラメンに遭遇したんだ。
そして、マツリカさんが…
ひどく頭が痛かった。
目の奥がつぶれそうに疼く。
思わず、手元にあったピンク色の石を握りしめた。
ピンク色の石?
これ、僕のポケットに入ってたアレと同じものだ。
突如。声が響く。
『ムスベ。』
待ってくれ。
これは何なんだ。
あんたは誰なんだ。
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「いってえ…」
天井から滴る水滴で目を覚ました。
身体を捩ると、打撲したのであろう脚が痛む。
かつてないほど最悪な目覚めだった。
「どこだ…ここ。」
灰暗い洞窟。天井から牙をむく鍾乳石。どこかから響く滝の音。
どうやら、石室のような場所に閉じ込められているようだった。
「おお、君。目を覚ましたか。」
声がする方を向くと、白衣を着た男性と若い女性が並んで座っていた。
…誰?
状況がうまくつかめない。
「私はソライシ博士だ。そしてこちらは私の妻。今は疲れて眠っているがね…。」
「ソライシ…。あ、マグマ団にさらわれた博士か。ということは、ここは流星の滝の中…?」
「いかにも。さらわれたうえに大事ないんせきまで奪われてしまったがね…。君はあのマグマ団と一緒にいた女にここに連れてこられた。金髪のおんなのこと一緒にね。」
金髪の女の子!?
それってもしかして…!
「あの!その女の子って、髪とか顔に絵の具がついてませんでしたか!?」
「ああ、そう言えばそうだった。変わった格好をしていたね…。」
間違いない。マツリカさんだ。
だが、この部屋にマツリカさんの姿は見当たらない。
「その女の子、どこに連れていかれたかわかりますか?あと、どんな様子だったか、とか。」
「どこに連れていかれたかはわからないな。ただ安心したまえ。ちゃんと息はあった。」
「そう、ですか…。よかった…。」
思わず、涙があふれた。
マツリカさんは毒の棘で刺されてはいたが、まだ生きている。
毒の影響で仮死状態になっていたのだろう。
「だが…。」
「だが、どうしたんですか?」
ソライシ博士は下を向き、言葉に詰まりながら言った。
「その女が女の子を連れだすときに言っていた。『あと二時間』と。あと二時間で注入された毒は彼女の身体を完全に蝕み、死に至るだろうと。」
「そんな…。」
「そしてこうも言っていた。『一番カワイイ死に方をさせてあげる。私たちを見つけ出すことができたら、いいことがあるかも。そこの男の子に伝えなさい。』とな。」
状況がつかめてきた。
シクラメンは、マツリカさんを流星の滝のどこかに隠した。
奴はおそらく、泣きながらその場所を探し出そうとする僕の姿を想像しながら、マツリカさんが毒に侵されて死んでいくところを楽しむつもりなのだろう。
カワイイ死に方だと…?
そんな死に方あるわけねえだろ!!
「くそ…あの女!今すぐ探し出して(自主規制)に(自主規制)してやる!!」
「…聞かなかったことにしておいてあげるよ。そもそも君、どうやってここから脱出するつもりなんだい?」
あっ…。
そういえば閉じ込められてるんだった。
石室の入り口と思われる場所は巨大な石でふさがれていて、人力では動かせそうにない。
「F*ck!!この毒タイプ!
「いったいどんな環境で生活したらそんなに悪口のバリエーションが増えるんだい!?」
極道です。
フェアリーヤ〇ザです。
「まあいい。君の大事な人なんだろう?その女の子は。特別にコレを使わせてあげよう。」
ソライシ博士は自分のバッグから、『それ』を取り出す。
「コレ…なんで博士が持ってるんですか?」
「おや、知らないのかね?コレはね、鉱物学者の必需品なのだよ。」
『それ』はものものしい空気をまとって、自らの危険さを周知しているように見える。
「君が目覚めるまでとっておいたのさ。存分に使いたまえ。狭い場所でも使えるように威力は抑えてある。」
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流星の滝はいわゆる鍾乳洞という地形で、天井から無数の鍾乳石が垂れ下がっている。その鋭利な切っ先は猛獣の牙のように暴力的で、悪意をもって僕を飲み込もうとしているようだ。
スニーカーが地面を蹴る音が洞窟に響く。
太古の昔から眠り続ける岩壁が、僕の焦りを反響させて増幅させているようにも思える。
時間がない。
何としても、時間内にシクラメンとマツリカさんを見つけ出し、解毒させなければならない。
そうしなければ、僕は最も大事な人を失い、一生をもってしても償いきれない罪と後悔を抱えることになる。
しかし、僕は今まで流星の滝に入ったこともなければ、近づいたことすらもなかった。
だからこの洞窟の構造を理解しているわけもなく、ただしらみつぶしに通路を駆け抜けることしかできない。
くそ…どうすればいい?
なにか、少しでも手掛かりになるような情報があれば…
何個目かの角を曲がったとき、僕はナニカとぶつかって体制を崩した。
ヘドロのような、獣のような、そして血が混ざったような臭い。
ぶつかってきたナニカはやわらかく身を翻すと、耳障りな羽音を響かせながら襲い掛かってくる。
ゴルバットだった。
流星の滝にはもちろん野生のポケモンも住み着いている。
だがこうした洞窟に多いのは、こいつのように闇に紛れて人やポケモンの生き血をすする陰湿なヤツラだ。
しかも僕の手元には戦えるポケモンがいない。
マツリカさんとのバトルの直後、ポケモンの回復をする間もなくシクラメンの襲撃を受けたからだ。
それに加えて、バッグに入れていた緊急用の回復アイテムも、ひとつ残らず奪い取られていた。どこまでも抜かりのない奴らだ。
「ほんと、嫌になっちゃうよ。毒タイプなんかリアルファイトで勝てるわけないって。」
ポケモンを持たない僕に、できることは一つだった。
そう。
逃げるしかない!
タイムリミットまで、あと一時間。
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「ようやくあきらめてくれたか…。」
執拗に僕を追い回すゴルバットをどうにか振り切って梯子を上ると、開けたフロアに出た。
そこで少し足を止め、息を整える。
ほんとうは一刻も早く捜索を再開してマツリカさんを救出したいところではあるが、さっきのデッドヒートで体力を持っていかれたようだ。
肺が酸素を求めて、胸郭を激しく上下させていた。
神秘的な場所だった。
辺りは水を打ったようにしんと静まり返り、砂の段丘に溜まったコバルトブルーの水面だけが、朝方に見る夢のように鮮明に輝いている。
時間と空間は剥製にされたように連続性を失い、人の営みから寸断されたように静止して命あるものを拒んでいた。
聖域だ、と僕は思った。
ここは僕らが生きている世界とは隔絶された別の世界なのだと。
ポケットに入れていたピンクの石が、輝きだす。
「石が…光ってる?」
洞窟の奥に向かって続く段丘のふもとまで歩いてみると、石はさらに輝きを増したようだ。
この頂点に、何かがある。
石はそう告げている。
僕をあそこに誘おうとしているのだ。
砂でできた段丘は想像以上にもろかった。少し体重をかけただけで湿った砂が塊となって落ち、コバルトブルーの水面を濁らせる。
それでも僕は一段ずつ、確実に段丘を登っていった。
石はもう目を細めなければ直視できないほどに輝きを放っている。
そして頂点に達した時。
僕は彼女を見つけた。
「マツリカさん!!」
マツリカさんは最後の段丘の上に寝かされていた。
目は閉じられ、意識はない。
でも胸は上下していた。
生きている。
生きている…!
「ごめんなさいマツリカさん。こんなことに巻き込んでしまって…。最低ですよね。僕。」
頬に手を触れる。
その指に確かな体温を感じて、うれしさと罪悪感が同時に沸き起こった。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
僕はシクラメンを探し出して、解毒剤を奪い取らなくてはならないのだ。
だけど、そうする必要はなかった。
そいつはもう僕の目の前にやって来ていたからだ。
「よくあの石室から抜け出してここまでやって来たわね。」
シクラメン。
マツリカさんに毒を打ち込み、僕らをここまで連れて来た張本人だ。
長髪が顔の半分を覆い隠していても、満面の笑みを浮かべているのがわかる。
「当たり前だろ。マツリカさんをテメエなんかに奪われてたまるか、この半分女。」
強がってそう言ったはいいものの、僕は内心では動揺していた。
おいおい、まじかよ。
洞窟の暗がりから不意を突いて急襲するつもりだったのに…。
正面から来られたら勝ち目ないじゃん!!
「ふーん。あなたほんとにカワイクないわね。やっぱり動いてる人間はダメね…。動かなくなった人間が一番カワイイわ。」
「ホント趣味悪いなテメエ。アローラの有名なジョーイさん紹介してやるよ。医師免許持ってねえみたいだけどな。」
精一杯の強がり。
でももう無意味だった。
「あなた、なぜお見舞いにシクラメンの花を持って行ってはいけないか、知ってる?」
「知らねえな。臭くて患者が排便したかどうかわからないからか?」
口の端が歪められる。
黒薔薇が
「シぬほどクるしむからよ。」
だめだ。
よけられない…!
迫りくるロズレイドと黒い花弁が、悲しいほど美しく映えた。
瞬間。
「く…っ!なんなのこれ…眩し…。」
「これは…!」
光はピンク色の石から放たれていた。
その小さなつくりからは想像もできぬほどに、圧倒的な彩光があふれ出している。
その眩しさを、僕はずっと昔に経験したことがあった。
今思い出した。
光の鱗粉。
そうか。
お前だったのか。
あの真夏の夜に、月面を横切ったのは。
夢を通して語りかけてきたのは。
この石を、
そして今、マツリカさんと僕が再び結び合わさったことによって、お前は夢の中からここに顕れようとしているのか…!
「力を貸してくれ…!カプ・テテフ!!!」
石が砕け散り、そこに守り神は顕れる。
とちがみポケモン、カプ・テテフの神体が。
桃色の髪が、堅牢な殻が神々しくオーラを放つ。
「なんなのよ…そのポケモン…!!なんなのよあなた!カワイクナイ…カワイクナイ!!」
「テメエのカワイさなんざ知ったこっちゃねえ。ほんものの
シクラメンは発狂したように奇声をあげながら、ロズレイドをけしかけてくる。
だが。
ロズレイドは気付いていた。
その足元に張り巡らされた不思議なフィールドに。
「サイコキネシス」
「ひゅう!」
なぜだろう。
一度も一緒に戦ったことはないのに、どう戦えばいいかすぐにわかった。
カプ・テテフと僕の間に秘密の経路が発現したように、何かが共有されているのを感じる。
強大なパワーを秘めた守り神の御業は不思議な地場を縫ってロズレイドを直撃し、
だが、ロズレイドは身体に巻き付けられたタスキの力によって立ち上がってみせる。
大した執念だな。ほんと。
そのガッツだけは認めてやるよ。
「あなたたちはカワイクない…!認めないわ…絶対に!!」
シクラメンは長髪を振り乱し、顔をすべてさらけ出しながら絶叫していた。
もうかつての妖艶さは消え失せていた。
「かわいいよ。俺ら。テメエのカワイさ押し付けてくんな。」
かがやく鱗粉が、巨大なムーンフォースに反射して降り注いだ。
色違いロズレイドめっちゃかっこいいよね。
あとソライシ博士はこんなにかっこよくなかったと思うの。