ふぇありーヤ〇ザ!   作:矢留

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 矢留です。

 一話ごとの文章量が長くなってきてる…。

 今日も投稿できて飯がうまい。



 


第十七話 「社長」として

 

 

 

 

 記憶の中の八月はいつだって孤独だ。

 

 何年たとうが、目を閉じた時にふと蘇る。

 あのビルの群れに反射する執拗な陽光。

 海風に乗ってやってくるゴミの臭い。

 アタマが沸騰しそうになるほどの熱。

 うんざりするほどの人、人、人…。

 

 だが、どれだけ発展した街で、どれだけ人があふれていようと、俺に手を差し伸べてくれる奴なんかいやしない。

 

 

 

 ヒウンシティは最悪な街だった。

 この世の汚さを煮詰めて乾燥させたような場所だ。

 

 俺はそんな街の地下で育った。

 

 

 夏。アスファルトの上で揺れる陽炎は街の大気を根こそぎ集めて上空へと運び、夕立となって再び街へ降り注いでビルの窓を濡らす。その雨水は排水溝を通って地下へと流れ込み、俺が暮らしていた下水道を我が物顔で満たした。

 夏の雨は最悪だった。

 台風が近づく夏の終わりには雨水が時々あふれて、絢爛たる歓楽街を穢した。そんな日には、自分以外のすべての人間が泥水に穢れてしまえばいいと思いながら傘もささずに街を歩き、流れて来た残飯を貪った。

 

 

 俺には両親はいない。

 だから名前もない。

 

 

 どこかの施設に預けられていたが、ずっと昔に脱走した。あそこは、孤児の社会参加支援施設として国の認可をもらい、助成金を受け取りながら、孤児を虐待して飯もろくに食べさせない最低のクズが取り仕切る地獄だった。

 

 その施設では何と呼ばれていたんだっけな…。

 

 思い出せねえ。

 思い出したくもねえな…。

 

 

 俺はかりそめの名前とかりそめの居場所すら捨てて、新たな地獄で暮らし始めた。

 

 地獄から地獄へ。

 まるでサーカスの空中ブランコをしているような感覚だった。

 

 どこにも行けやしなかった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ホウエンの夏は暑い。

 

 全国の中でも南の方に位置するこの大陸は年中を通して温暖な気候であるが、夏はやはり特別に暑くなる。この時期に西から大きく張り出した高気圧と湿った海風の影響で、じめじめとした高温多湿の気候を形成しているからだ。

 

 日中には照りつける日差しが陽炎となって視界を捻じ曲げ、夕方にはすくすくと育った巨大な入道雲がスコールを運んできた。

 地上に送り届けられた天の恵みは人々の肌を焼き、大地を渡る潮風は真っ赤なハイビスカスを一面に咲かせた。

 

 ホウエンに存在するすべてが、夏の太陽を中心に回転していた。

 

 

 そんな真夏の日に、僕と社長はえんとつ山に向かっていた。

 

 フエンタウンに取り立てに来ていた僕らは、温泉の前でおばちゃんたちの世間話を偶然にも聞いた。『えんとつ山のロープウェイが、赤い服を着たやつらに占拠されている』と。

 以前から立ち入り禁止区域に人が出入りしていると噂になってはいたが、その人物こそがマグマ団だったのだろうか。

 

 

 奪われた隕石。

 えんとつ山。

 

 

 この二つに何らかの関係がありそうなことくらい、浅学な僕にも理解できた。

 

 

 

「社長、どうしたんですか?なんか体調が悪そうですけど。」

「あ?別に悪くねーよ。さっき温泉でモーモーミルク飲んだし。」

「そうですか…それならいいんですけど。」

 

 社長はそう言うと、乾いた土を強く蹴りだしてみせた。

 

 

 社長はいつも謎めいている。

 

 本名を明かさないことが僕にそう思わせる大きな要因であるにしても、それ以外のどこか、例えばちょっとした仕草や話し方なんかに、底の見えない暗いものが見えるときがある。

 このヤ〇ザ業界に関わる人物が往々にして組長のように重い過去を背負っているように、社長だってそうなのだろう。見なくていいものを見続け、聞きたくないものを聞き続ける。そうやって自分を損ないながら生きていくことがどれほどつらいものなのか、僕には想像すらできなかった。

 

 

 

 ロープウェイの乗り場に着くと、構内への入り口がマグマ団によって封鎖されていた。

 彼らは横一列になって入り口にたむろし、互いに冗談を言い合っている。誰も頂上に立ち入らせないように命令されているのだろう。

 

 

「なあなあお兄さんたち」

「あ?なんだお前。」

 

 

 社長がバリケードを作っているマグマ団に話しかけると、彼らは手を止めて一斉にこちらを見た。

 

 精いっぱいの威嚇なのだろうか。

 中指を立ててくる者もいる。

 

 

「おれ、一般人。えんとつ山にピクニックに行きてえんだけど。」

 

 いや嘘が下手!!

 

「あ?そんなわけねえだろ。お前のそのニンフィア。そして隣の男!お前ヒイラギだろ!この前ブスジマ組のシクラメン様をヤったとかいう!」

「…ヒトチガイデース。」

 

 やばい、有名人になっちゃったよ!

 カロスから戻って来てよかったの!?

 

 しかし、ここで戦闘になって体力消耗するのは避けたいところだった。

 おそらくえんとつ山の頂上にはマツブサとブスジマ組の幹部がいるだろう。そいつらとバトルをすることになるということを考えれば、少しでもベストに近い状態で頂上に登りたい。

 そう考えているのは社長もだったみたいで。

 

「いやホントっすよお兄さん。ちょっとこっちみて」

「お前の言うことなど信用するか!」

「いやいや、ホント。いいもの見せてあげるから。」

 

 社長は優し気な顔で手招きをしている。

 あなたそんな顔できるんですか…。

 

「ちょっとだけだぞ」

「ホラホラ、こっちこっち」

 

 マグマ団の青年たちが皆こっちを見つめていることを確認した瞬間。

 

「ニンフィアたん、マジカルシャイン」

「ふぃあ!!」

「うぎゃあああああ!!!!」

 

 マグマ団はそれを『間近に』見てしまった。

 これが、マーシュさんが言っていた奥義…!

 

「肉眼ゼロ距離マジカルシャインだ。相手の眼球は死ぬ。」

 

 本当にこの人たちには、フェアリー技の暴力的な使い方を考えつく才能がある。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ここが…えんとつ山頂上…!!」

「お前ここ初めて?死ぬほど熱いよねここ。」

「ええ、熱いのはもちろんなんですけど、それ以上に…」

 

 そう。熱いと感じる以上に、えんとつ山の頂上は荒廃的な趣に満ち満ちていた。

 

 大きく開いた火山の火口からは白煙が絶えず吹き出し、一帯に析出した硫黄が忘れ去られた粉薬のように沈着している。一切の丸みを持たない火山岩の路面は親密さを欠き、人類の侵略をかたくなに拒んでいるようにも見えた。

 

 ここは僕たちが立ち入ることを前提に存在する場所じゃないと思った。

 僕たちはこの荒廃を目にして何を思うのか、試されている。この地形が持つそうした挑戦的な空気が、冒険心というものをくすぐるのだろうか。

 

 

 

「社長、あそこの人…」

 

 火口に向かって張り出した岩の先端に、奴は立っていた。

 あの日、決して忘れぬように何度も目に焼き付けた赤髪の男。マツブサだ。

 彼は誰かと話しながら、不思議な色の石を撫でているように見える。

 

 

「誰かと話してますね。近づいてみますか?」

「…あの男…。」

「社長?あの男がどうかしたんですか?」

 

 社長はマツブサの隣の男を食い入るように見つめていた。

 その目は不愉快な真夏の午後を歩く時のように細められ、まごうことなき負の感情がトレースされている。

 

 間違いない。

 あの男は、ブスジマ組の幹部だ。

 それも、社長の過去に関わっている重要人物。

 

 

 

 

 

「おやおや、あなたでしたか。」

 

 気付かれた。

 向こうとこちらの距離はかなり離れていて、僕たちの話し声も聞こえなかったはずなのに、あの男は何らかの方法で僕らの気配を察したのだ。

 ブスジマ組というのは、とんでもない人物ばかりだとつくづく思わされる。

 

 マツブサとその男は持っていた石をポケットにしまうと、こちらへ歩いてきた。

 その足取りはまっすぐかつ刺突的で、靴先が向けられた時点で逃げられなくなるような圧力があった。

 

 

「フン。久しぶりだな。ヒイラギ少年。」

「こっちこそ久しぶりですね。しばらく見ないからマグマにでも落ちたのかと思いましたよ。ポケウッド映画、スターミネーターのキュワちゃんみたいに。」

 

 こいつ…。

 こいつがいなければ、マツリカさんはあんな目に合わずに済んだのに…!

 

 マツブサと僕のにらみ合いが続く。

 視線がぶつかり合う摩擦が、真夏の暑さと溶岩の熱さに埋もれることなく場を支配していた。

 

 

 だが、隣の男の参入によって、視線の火花は噴き出る天然ガスに引火することなく消沈させられることとなった。

 

 

 

「別に私はそこのガキなどどうでもいいのですよ。そこの名無しくんを始末できればね。」

 

 名無しくん。彼は確かにそういった。

 誰のことを言っているのかはすぐにわかった。

 

 この場にいる四人の中で、名前を隠している人間は一人しかいなかったからだ。

 

 

 

「よお。スズラン。相変わらず排水溝みたいなツラしてんな。美容クリニックは予約がいっぱいなのか?」

 

 

 

 

 

 真夏の日差しが一層強くなった。

 

 

 

 

 

 スズランは紫のスーツに身を包んだ細身の男だった。

 丸い眼鏡の奥には残忍な光が見え隠れし、狡猾な眼球は太陽の光を明後日の方向へ屈折させているように見える。

 ブスジマ組のやつらというのは、どうしてこうも不穏な見た目をしているのだろう。

 積み重ねてきた罪と罰が、人間をここまで陰険な色に染め上げるのだろうか。

 

 

 スズランは不気味な笑い声をあげると、スピードボールを放り投げて長い髪を掬い上げた。

 飛び出してくるのは、こうもりポケモン。クロバットだ。

 

 

「社長!」

「ダメだヒイラギ。来るんじゃねえ。」

 

 社長が、ポケモンを出そうとするのを制止した。

 その目はまっすぐにスズランを見ている。

 

 

「こいつは俺の因縁の相手だ。俺がやらなくちゃなんねえ。来い!エルフーン!」

 

 ヒールボールが上ってゆく陽炎に弧を描く。

 その桃色のエフェクトを突っ切って、モコモコの毛で覆われたポケモン、エルフーンが太陽の下へその身をさらした。

 

 

 

 日差しが強い。

 

 

 

 

「あなた…相変わらずおろかですねえ。あのヒウンシティのドブで暮らしていたころから何も変わっちゃいない。」

 

 スズランは不気味な笑みを浮かべてこちらに話しかけてくる。

 

 ドブで暮らしていた…?

 社長が?

 

 こいつは社長の過去を知っているのだろうか。

 

 

「親にも捨てられ、神にも見放され…。それでも飽き足らず、今度は自ら居場所と名前を捨てる。おろか。おろかですねえ。」

 

 

 社長が名前を名乗らない理由。

 

 こいつの言っていることが確かなのだとしたら…

 社長は名前を名乗らないのではなく、捨てざるを得なかったのか…!?

 

 そんなことって…。

 

 社長はうつむいて首を垂れた。

 過去の忘れたかった記憶を明るみに持ち出され、心血を流しているのだろうか。

 

 

 見ていられなかった。

 

 

「そしてそのエルフーン。私があの日、ヒウンシティのゴミ溜めにわざわざぶち込んでやったきっったないモンメンをずっと使っているとは…。とんだリサイクル精神ですねえ!!あなたはゴミポケモンを使い続けてるおろかな社会のゴミなんですよ!」

「キサマ!!社長を侮辱するな!!」

 

 

 いきり立ってそう反駁する。

 

許せなかった。

 過去の悲しみに沈む社長にさらに罵詈雑言を浴びせ、ひいてはフェアリーポケモンをゴミだと言い放った。

 

 来るんじゃねえと言われたが、もう限界だった。

 僕が代わりにヤってやる…!

 

 

「おやおや、言わせるだけ言わせて反論もなしですか!?やはりあなたはおろかな社会のクズ!おろか!おろかおろかおろかァ!!!」

 

 

 

 ふと、社長が顔を上げた。

 

 

 

「あ、話終わった?つまんねえから寝てたわ。」

 

 え?

 社長?

 

 もしかして…

 今寝てたんですか!?

 

 

「な…馬鹿にしているのですか!?」

「うん。がっつり馬鹿にしてるよ。だってつまんねえし長いんだもん。お前の話。昔話したいなら老人施設にボランティア行ってくれば?」

 

 社長はあくびをしながら飄々と話す。

 本当にスズランの話などどうでもいいみたいだった。

 

 社長…!

 あなたって人は!

 

 

「俺の昔話とか正直どうでもいんだわ。もう20年近く経ったっつーの。んで、やるの?やんないの?あっついからはやく帰ってかき氷食いたいんだけど?」

「あなた…本当にムカつきますねえ!またあのドブに沈めてあげましょうか!?クロバット!クロスポイズン!」

「キー!」

 

 ゴルバットは両翼に臭気を宿し、エルフーンに突進しようとする。

 しかし。

 

「エルフーンたん、コットンガードな。」

「ぷい!!」

「なに…!?」

 

 ゴルバットの進撃はエルフーンを直撃したが、ほとんどダメージを与えることはできなかったようだ。

 体積が3倍近くまで大きくなったエルフーンの毛皮によって威力が相殺されたからだ。

 

「ばかな…!4倍弱点ですよ!?それになぜ私のクロバットより早く動けて…?」

「あれ、お前知らねーの?」

 

驚嘆するスズランを前に、社長はいたずらっぽく笑ってみせた。

 

「うちのエルフーンたん、補助技は絶対先制で打てるんだわ。特性・いたずらごころって知ってる?」

 

「くっ…、クロバット!どくどく!」

「おっ、いいねえ。じゃあちょうはつで。」

 

 かわいくお尻をフリフリするエルフーンがクロバットの逆鱗に触れたのだろう。クロバットはどくどくのモーションをキャンセルし、怒り狂って声を上げた。

 

 

「ほんとうにイライラさせてくれますねえ…!クロバット!もう一度クロスポイズン!」

「あ、もう一発コットンガードで。」

「クロスポイズン!」

「やどりぎで。」

「…クロスポイズン!」

「みがわりで。」

「………クロス…ポイズン…」

 

 

 その後。

 クロバットは、防御が最大限まで上昇したエルフーンの体力を削りきることができず、逆に身体に埋め込まれたやどりぎのタネにミイラになるまで吸い尽くされた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「エルフーンたんがゴミポケモンで、俺が社会のゴミっつったっけ?お前。」

 

 スズランは放心したまま宙を見つめていた。

 なにひとつ自分の思いどおりに行かず、エルフーンに甘い汁をちゅうちゅう吸われて大敗したのだ。

 4倍弱点を突けるゴルバットに絶対の自信を持っていたのだろうが、そんなのはこのポケモンの前には通用しない。

 

 エルフーンというポケモンは対策をしないとしっかり詰む相手なのだ。

 

 

「あとさ、お前20年前のこと持ち出してくんなよ。もう関係ねーじゃん。今のことしか興味ねーんだわ、俺。」

 

 さっきの戦いで、僕は社長の過去を知った。

 

 孤児であること。

 名前がなかったこと。

 孤児院で虐待されたこと。

 

 …

 

 そして彼は出会ったのだろう。

 フェアリーポケモンに。

 そして彼を地上の世界へと連れ出してくれたのだ。

 

 彼はもうフェアリータイプと出会って、のちに組長と出会って、呪われた過去から救われた。新しい場所と名前を手に入れて、生まれ変わったのだ。

 

 そう。『社長』という新たな人格として。

 

 そんな彼の暗い過去を蒸し返そうとするなど、侮辱もいいところだ。

 

 

 

「今のことにしか…?こんな害悪戦法が今のあなたの仁義だとでも言うんですか?」

 

 スズランは空笑いをしながら最後の挑発をしてくる。

 

「お前、何言ってんの?」

 

 その声には力が入っていた。

 社長の手が、スズランの胸倉をつかむ。

 

 

「勘違いすんなよ。戦い方一つが仁義なんじゃねえぞ。俺に生きがいをくれたエルフーンたんとニンフィアたんを輝かせてやる。俺に居場所をくれたクミチョーのためにお前らを潰す。それが名無しの権兵衛としてじゃねえ、『社長』としての俺の仁義じゃ!!フェアリーポケモンの居場所を奪っておいて何が害悪じゃ!何が仁義じゃボケ!お前の方がドブに落ちて一生浮かび上がって来んな!」

 

 

 

『社長』は思い出していた。

 

 薄汚い下水道を抜けた先にあったヒウンシティの中庭を。

 そこで出会った相棒、モンメンの安らぎの姿を。

 

 

 そして思い出していた。

 

あの人との出会いを。

 

『あなた、私とヤ〇ザやらない?あなたとモンメンちゃんを痛めつけてくれたブスジマ組を、あのスズランとかいうクソ野郎を私と一緒に潰すの。』

『あなた、名前は?』

『そう。じゃああなたは今日から社長ね!』

『私たち、これから親子になるの。』

 

 

 

 

 そういえば、あの日もこんなクソアツい真夏の午後だったっけ。

 

 

 





 エルフーンにまつわる思い出。
 
 ホワイトプレイ中に相手の手持ちのエルフーンってポケモンかわええ~って思ってたら、ブラックでしか捕まえられませんでした。

 チクショー!!
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