ふぇありーヤ〇ザ!   作:矢留

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 矢留です。

 15000UAありがとうございます。

 なんとなく始めた投稿がここまで…
 自分でも驚きです。


 


第十九話 あの日選ばなかったもの

 

 

 

 

 

 雀荘の空気は汚れている。

 

 同卓の雀士は平気で煙草をふかし、インクを煮詰めたような缶コーヒーをすする。

 空気清浄器などという子供だましの機械はあれど、麻雀で心の隙間を満たさんとする欲求不満な人間が放つ麻薬的な空気を祓うことなどできないのだ。

 脳内は選択肢と後悔と苛立ちに支配され、快感という終着点を目指して電気信号を生み出し続ける。

 

 麻雀は、考えたくない何かを頭から追い出すには最適なゲームだった。

 

 

 

 夏が終わりに近づいた八月の下旬になっても、僕はえんとつ山での一件を忘れられずにいた。

 

『君は自分の仁義とケジメを守るために、マツリカとかいう娘を切り離した。それが全体の利益を守るために組員を切ることとどう違うのか。』

 

 その言葉はまるで炊飯器の底のデンプン質のように僕の心にこびりつき、呪詛のように付きまとっては精神を蝕んだ。

 

 

 僕は何かから逃れるように、カイナシティの雀荘に入り浸って行きずりの対局をした。

 ぽかぽかフレンドクラブがケツ持ちをしている店だ。

 

 事務所での仕事が終わるとまっすぐに雀荘に向かい、朝まで打ち続けることだって少なくなかった。

 

 

 

「ロン。リーチ一発ドラドラ。5200は5500。」

 牌を持つ方が、ボールを持つよりも落ち着く。

 

「ツモ。ホンイツドラ。1300オール。」

 煙草の毒粒子が肺を溺れさせる。

 

「ロン。リーチメンホンチートイドラドラ。跳満。18000。」

 脳のキャパシティは捨て牌読みに捧げられている。

 

「ロン。ジュンチャン三色。3900。」

 時間と思考は14個の四角いプラスチックに食べられた。

 

 

 不毛なことをしている自覚はあった。こんなことをしていたって、僕はどこにも行けやしない。

 ペン七索待ちでリーチをかけるかどうか悩んだところで、僕が抱えている問題が少しでも解決に向かうわけがないのだ。

 

 当たり前だ。

 

 そんな風にして何週間かが過ぎた。

 組長も社長も、そんな僕を見ても何も言わなかった。

 

 

 

 ある日の夕方のことだった。

 

「ちょっと!!こんなのおかしいですよ!!」

 

 近くの卓で、誰かが叫ぶ声が聞こえた。

 何やらトラブルがあったみたいだ。

 

 牌が散らばる音が耳に障った。

 

 

「なにがおかしいんだよ!言ってみろよ。」

「あなたさっきから天和しか和了ってないじゃないですか!!絶対何か仕込んでますよね!?」

「運が良かっただけだろ。俺『ぜったいれいど』と『じわれ』と『つのドリル』と『ハサミギロチン』外したことないし。勝てないからって言いがかりも大概にしてもらえる?」

 

 

 天和は配牌の時点で親が和了しているときに成立する役満。つまり牌が最初に配られた時点で和了できるような形にならなければならないという、天文学的な確率でしか発生しない現象である。

 

 そんなことが連続で起こるなど、はどうだんやスピードスターが外れることくらいありえないのだ。

 

 それが起こり得たということは、間違いない。

 

 イカサマだ。

 

 

「お兄さん、だいぶツイてるみたいだね。ちょっと見せてよ。」

 

 同卓の雀士にことわりを入れて、問題の卓に向かう。

 うちの組のシマでイカサマとか、しばかれたいんですか?

 

 

「へえ、天和・緑一色・四暗刻。トリプル役満かあ。お兄さん、これ発生率何パーセントか知ってる?」

「はあ?なんだお前。知ったこっちゃねえよ。なんなんだこの雀荘…。」

 

 少年は不快そうにこちらをにらみつけて来た。

 

 白いバンダナに動きやすそうな服装の少年。

 おそらく旅の途中のポケモントレーナーだろう。

 

 だが、僕はその少年よりも、言い争っていた同卓の少女に目が釘付けになってしまった。

 その特徴的な服装には見覚えがあったからだ。

 

 …主に頭を飾る赤いデカリボンに。

 

 

「お前、こんなとこで何してんの。ハルカ。」

「あ!ジュンサーさんに逮捕された犯罪者お兄さん!」

「誰が犯罪者だコラ。」

 

 オイオイ犯罪者呼ばわりはやめてくれよ。

 だが悲しいかな、僕は前科持ちで、犯罪者であることは事実だった

 

 

 

 それにしても、縁というものは不思議なものである。

 

 ハルカとバンダナ少年はポケモン旅道中でたまたまこの雀荘を見つけ、景品として技マシンがもらえるとわかると即座にルールを覚えて打ち始めたらしい。

 技マシンのためとなるとなんでもできちゃう廃人トレーナー怖い。

 

 

「んでさ、バンダナ少年。ここうちの組がケツ持ちやってるわけ。そんなところで、僕の目の前でイカサマやろうなんてさ、いい度胸だと思わない?」

「お、俺はイカサマなんかしてねえよ!」

「嘘だ!絶対嘘!!」

 

 ハルカは涙目になりながら抗議している。

 何万負けたんだろうか…。

 

 雀鬼として許しておけねえな。

 

 

「わかった。バンダナ少年、僕と公正に勝負しよう。僕と君とハルカと店主で半荘勝負だ。負けたらどうなるかわかってるよなァ!?イカサマしようなんて考えるなよ?僕の目はごまかせないからね?」

「いいぜ。ボコボコにしてやる!」

 

 少年は意気揚々と卓に向かった。

 悪いが大人の怖さってものを味わってもらうよ。

 

 東一局。親はハルカ。ドラは西。

 対局スタートだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「クソ負けたわ。」

「負けましたね…。」

 

 ほんとにバカみたいに運いいだけだったよアイツ。

 なんなの?主人公なのあなた?

 

 

「ツモ!大三元。8000-16000。」

「ロン!国士無双。32000は32600。」

「ツモ!九蓮宝燈。16000オール。」

「ツモ!四暗刻単騎。32000オール。」

 

 

 バンダナ少年は文字通り、確定で役満を和了するやべーやつだった。

 

 イカサマをしていないか監視していたが、怪しい動きをしているそぶりもない。ただ単純に運で役満を和了する。しかもほとんどが一巡目・二巡目での早すぎる聴牌。

 

 神様的な誰かに何かしらの特典を与えられているとしか思えなかった。

 

 

 

 僕とハルカはすっからかんになった財布を握りしめて雀荘を逃げ出し、なけなしの金をはたいて実質うん万円のサイコソーダを飲んでいた。

 

 カイナシティから見る海が、夕陽を反射して悲しく輝く。

 キャモメの鳴き声が、余計に哀愁を漂わせていた。

 

 

「あーあ、何してんだろうな、僕。麻雀のひとつも満足にできないのか…。」

「そうですか?私はあれはあれで楽しかったですけど。」

「ほんとかよお前。いくら負けたと思ってんの?」

「うっ…確かにお金は無くなっちゃいましたけど…。」

 

 

 ハルカはシュンとして肩を落とした。

 大きなリボンが潮風に揺れている。

 

 そりゃ落ち込むよなあと、同情した。

 僕だって初めての麻雀であそこまで一方的に負けたとしたら、二度と牌を握らないと誓うかもしれない。

 

 

「でも、後悔はしてないかな。新しい経験ができたし。やってみるまでわからないことってあるじゃないですか。」

「ん、まあ確かにな。」

 

 

 陽が沈み始めた。

 

 葉脈さえ透けて見えるほどまぶしい西陽が木の葉を照らし、枝の隙間にいくつもの金色のモザイクを作っている。

 僕らが座っている石段には、晩夏の風に揺れる影が寂しく踊っていた。

 

 ぽとり、と胡桃の実が落ちる。

 季節は確かに前進しているみたいだった。

 

 

「えっと、ヒイラギさんでしたよね。」

「ああ、僕?そうだよ。」

 

 ハルカは何かを決意したように口を開いた。

 紙飛行機に最後の一押しを加えるような、加速度を持った切り出し方だった。

 

「ヒイラギさん、なんかつらいことがあったんですか?」

「え…?」

 

 

 彼女はまっすぐにこちらを見ていた。

 この少女は僕のことを何も知らないはずなのに、その視線が身体を内側から裏打ちするように浸透する。

 

 不思議な目をする奴だと思った。

 

 

「なんでそう思う?」

「前に会ったときは、そんなに自信のなさそうな顔をしていなかったからです。もっと自分のやっていることは正しいことなんだ!って、そういう顔をしてました。」

「一回しか会ってないのに?」

 

 

 そう。彼女と僕は、トウカの森での事件以来一度も顔を合わせていない。

 なのにどうして、僕の顔の変化に気付いたのだろうか。

 

 

「そりゃ、覚えてますよ。女の子ですから。」

「…それ、答えになってる?」

「さて、どうでしょう。」

 

 

 もうふたつ、胡桃の実が落ちた。

 

 

「それで、何があったんですか?言ってみれば楽になるかもですよ。」

 

 ハルカはリボンを触りながら海を眺めている。

 その姿を見ていると、僕の悩みを打ち明けてもいい気がした。

 

 その目が、僕にそう思わせるのだろうか。

 

 

「マングローブっていう植物、知ってる?」

「マングローブ…トクサネシティのシンボルですよね。」

「そう。マングローブってさ…。」

 

 

 僕はブスジマが言っていたことをハルカに説明した。

 

 マングローブは海水の上でも生きていけること。

 海水を薄めるために、一枚の葉には犠牲になってもらわなければならないこと。

 

 それと同じ理由だからと言って、仲間を簡単に切ったやつがいたこと。

 それを咎めた僕だって、実は同じようなことをしていたことも。

 

 

 

「全体のために誰かの犠牲を良しとして簡単に切り捨てることって、正しいことなのかなって思っちゃったんだ。たとえ大事な人だろうと、自分を守るためには別れなきゃならないように。」

 

 

 ハルカはしばらく口を閉ざして考えていた。

 心地よい九月の午後の潮風が僕らの間を吹き抜けてゆく。

 

 不意に口が開かれた。

 

 

「ヒイラギさんがその大事な人と会わないように決めたのって、本当に自分のためなんですか?その人のためを思ってのことなら、ヒイラギさんは切り落とした側じゃなくて自ら切り落とされた側になると思いますけど…。」

「半分はあの人のためかな。でも半分は自己保身のためだったと思う。だからその仲間を切ったやつの姿に自分の姿が重なって見えたんだ。」

 

 

 マツリカさんのために身を退いたと考えるのは簡単だった。

 そうすれば僕は、しょうがなかったんだと自分に言い訳をして、負い目を感じずに済むだろう。

 

 だけど、僕は心のどこかで思ってしまったんだ。

 これ以上マツリカさんのそばにいると、いつか動きたいときに動けなくなる日が来ると。

 

 僕がもっと強ければ、ブスジマ組との抗争を続けながらもマツリカさんと過ごす道を選べたのだろうけど、その時は誰かを守りながら戦うことに不安を感じてしまったんだ。

 

 

「うーん。それって難しい問題だと思います。100%誰かのために生きることはできないから、ある程度は自分のためって割り切ることも時には必要だとは思いますけど…。でもそんなに簡単に割り切れる話ではないというか。」

「そうだよね…。」

 

 

 ハルカは渋い顔をして頭を掻いた。

 首がかすかに傾いて、リボンが左右に揺れた。

 

 

 

「なあ。さっきさ、麻雀で負けたこと、後悔してないって言ったじゃん?」

「はい。言いましたね。」

「それさ、相手があのバンダナ少年じゃなかったらなー、とか考えないの?僕は思ったよ。なんであんな奴が雀荘来るんだよって。」

 

 

 遠い波の音が空気を震わせている。

 二人の沈黙を埋め合わせるように、絶え間なく。

 

 無音の世界に生まれなかったことをありがたく思った。

 

 

「うーん、でも起こってしまったことは起こってしまったことで、今になってそんなことを言っても変わらないというか。だから私は、今を生きるしかないというか…。うう、何が言いたいのかわからなくなってきた…。」

「なるほどなあ…意外と達観してるんだな。年齢の割に。」

「それどういう意味ですか…。」

 

 

 ハルカの言わんとしていることはわからないでもなかった。

 あの雀荘にバンダナ少年が来てしまったという事実は変わらない。だから今そのことについて文句を言ったところで、僕とハルカの点数が復活することはない。

 

 

 僕がマツリカさんとの関係を切ったことだってそうだ。

 僕はもうその選択を済ませてしまっていて、その時点に戻る方法など持ち合わせていない。雀荘の状況と一緒だ。

 

 僕はその時、そうするしかないと思ったのだ。

 誰かのためであろうとなかろうと。

 

 そういった意味では、僕らは常に選べなかった選択肢を抱えながら生きている。

 

 

 

 

「あ、そうだ。私のお母さんが良いこと言ってたの、今思い出しました。」

 

 

 僕が沈黙したまま考えていると、ハルカは脳天に電球が灯ったように明るくなって、嬉々として口を開いた。

 

 

「『選ばなかった未来の分だけ、今を愛しなさい。』この一言で、私はあんまり後悔しないようになったかも。」

 

 

 その一言は、僕のおなかを優しく温めながら降り積もった。

 

 うっすら。ほんのうっすらだけど、何かをつかめた気がした。

 僕は僕の選んだ選択肢を愛し、それでも人生を歩んでゆく。

 それが、選べなかったマツリカさんとの未来への供養になるのかもしれないと思った。

 

 確かにブスジマの言う通り、行為としては彼らと何も違わなかったかもしれない。

 でも、僕がその行為についてどう感じて、どう行動してゆくのかを決めるのは、誰のものでもない僕だけの権利だ。

 

 いらないものを切り捨てるのではなく、選べなかったものに対して優しく別れを告げながら、それでも今を愛して生きてゆく。

 散っていったマングローブの葉に手を振り、ときには思い出しながらも、それでも立派な緑を誇ってみせる。

 

 

 それが正しい別れのやり方なんだろうか。

 

 

 

 大地へと手を伸ばす雲は絹のカーテンとなって地球を包み込み、沈みかけた陽光は航海士の夢のようにいつまでも輝いていた。

 





 主人公補正ってすごい。

 
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