ふぇありーヤ〇ザ!   作:矢留

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 矢留です。

 今回、だいぶ苦戦しました。






 


第二十一話 フタリシズカの朝

 

 

古来より月には不思議な力が宿っていると考えられてきた。

 

誰かの夢のように青白く降り注ぐ光は、潮の満干や植物たちの生育にさえ手を伸ばし、自然界に暮らす僕たちの本能を目覚めさせる。

月の力を借りて技を放つポケモンだって少なくないし、それによって進化するポケモンだっている。

 

 

僕たちが人間としてこの地球に存在するずっと前から、あの白い巨石はそこにあったのだ。

 僕たちはその不思議な力に育てられてきたと言っていいかもしれない。

 

 好むと好まざるとにかかわらず。

 

 

 

 

 

「どうして、ここに…。」

 

 月の粒子が埃のように降り積もってくる。

 雲間に隠れて散乱した光の束が、僕の胸を詰まらせる。

 

 ひどく息苦しかった。

 

 

 

「ヒイラギくん…。」

 

 

 向こう側に立つ人影が、瞼の奥の幻影に重なった。

 

 マツリカさん。

 僕が遠ざけたはずの人が、今僕の目の前に立っている。

 

 もう会わないと決めたはずだった。

 なのに、まるで地球と月が引力でひかれあうように、僕たちはまた出会ってしまったのだ。

 

 

「ヒイラギ…。あの子って、あんたが言ってた…。」

「そうです、組長。前にお話した、シクラメンの時の。」

 

 組長はマツリカさんをじっと見つめていた。

 井戸の底に水を探すように注意深く、彼女の瞳の奥に何かを探している。

 

 

「ふーん。カノジョ?」

「違います…。うん。違うと、思う」

「でしょうね。なんかアリアリなんでしょ。あんたら。」

 

 組長は巨大なため息をつくと、マツリカさんに話しかけた。

 

 ヤ〇ザ同士の棘めいた話し方じゃない。

 ひとりの大人の女性としての話し方だった。

 

 

「ねえあなた、ここにマグマ団が来なかった?」

 

 マツリカさんは少しだけ僕から目線を外して、組長の方を向いた。

 白金色の風が、彼女の髪をなびかせる。

 

 

「はい。来ました。それでマツブサとかいう人を私が倒したんですけど…。べにいろのたまという石を奪われてしまいました。」

「そう…。やっぱりこの空気の変化はあいいろのたまとべにいろのたまのバランスが崩れたことによるものみたいね。」

 

 

 あいいろのたまとべにいろのたま。

 ここに来るまでに組長は教えてくれた。

 

 このおくりび山の頂上には二つの宝玉が祀られていて、互いのパワーが反発し合うことによって世界のバランスを維持しているのだと。

 その一つが奪われたとなると、片方の宝玉のパワーが偏極し、オーバーフローを起こす。

 

 それこそが、今ここに起きている空気の変化の原因なのだ。

 

 またしても僕はマツリカさんをこちら側に巻き込んでしまったわけだ。

 

 

 

 

 僕は頂上へと延びる石段を登り始めた。

 ひび割れた石のかけらがかたかたと音を立て、急峻な崖を下へ下へとくだってゆく。

 

 

「どうして…。どうして来ちゃったんですか。僕言いましたよね?マグマ団は危ないって。ブスジマ組はヤバい奴らだって。あなたを巻き込みたくなかった。それなのに…。」

 

 

 会いたくなかった。

 

 マツリカさんと僕を結んでいたものを切断することによって、僕はケジメをつけたはずだった。

 それが正しい別れ方だったと思えるようになるまで、僕は何度も夜をさまよい続けた。

 

 散っていったマングローブの葉に優しく手を振る練習を、僕は何度だってやってきたのだ。

 それでも、枕元に飛び散った後悔の鋭い破片が僕を傷つけない夜はなかったというのに。

 

 

 今こうしてマツリカさんと会ってしまえば、すべてが流星の滝に回帰してしまう気がした。

 時計の針は逆回転を続けている。

 

 

 ひどく胸が苦しかった。

 

 今、マツリカさんの顔を見て気づいてしまった。

 会いたくなかったのに、僕は確かに会いたいと思ってしまっていたんだ。

 

 

「どうして?そんなのひとつしかないでしょ。」

 

 その目が、僕の目の中に何かを探している。

 反射的に、目を逸らした。

 

「君が何かを勘違いしているようだったから。言いに来たの。」

「勘違い…?」

「そう。私がシクラメンに襲われたのは、君のせいなんかじゃない。むしろ私のせいだよ。君はその責任を一人で背負おうとしているんだよね。それにさ…。」

 

 

 声が僕の耳に収束して、新しい振動を生み出す。

 

 

「いきなりいなくなったりしたら、心配になるじゃん。もう会えないのかなってさ。私、そんなの…。」

「マツリカさん。」

 

 

 彼女の語りを止めてしまった。

 

 僕らは会うべきじゃないんだ。

 僕らは一緒にいるべきじゃないんだ。

 

 それが僕の住む世界のルールなんだ。

 

 だから許してください。

 こんなやり方しかできない僕を。

 

 

「僕は、あなたに会いたくはなかった。」

「…え…?」

 

 

 マツリカさんの目が見開かれる。

 さっきよりも多くの月光を反射した水晶が、悲しいほど美しく輝いて見える。

 

 

 雫の音がする。

 

 

「僕は、マツリカさんにもう会わないつもりで流星の滝を出たんです。もうあなたをこんなことに巻き込みたくないと。それが僕のケジメなんです。」

「なんで…どうして?」

 

 

 今度は二粒。

 地面に落ちたのは片方だけ。

 

 

「ごめんなさい、半分は僕自身のためです。でも半分はマツリカさんのためなんです。」

「私の…ため?」

「そうです。」

 

 

 今度はもう、一筋の流れとなって柔肌を駆けた。

 大罪的な気分だった。

 

 

「マツリカさん、あなたは僕みたいな汚い社会に生きる人間と関わっちゃだめだ。アローラに戻って、島キャプテンの仕事をして、フェアリーポケモンたちとお日様の下を歩く。そうやってまっとうに生きていくべき人なんです。僕なんか忘れて、幸せになるべきなんだ。」

 

「どうして…。どうしてそんなこと言うの!?」

「言ったでしょう。あなたのためでもあるって。あなたの幸せのために…。」

「そんなの嘘!!」

 

 

 マツリカさんは石段を駆け下りて僕のそばまでやって来ていた。

 その両手が、僕のスーツの襟をつかむ。

 

 

「そうやって私のためだって言って、自分の気持ちごまかさないでよ!」

 

 激しく揺さぶられる。

 

 それでも、僕の頭は使い古したセーターみたいに縮こまって、まともな返答のひとつもできやしなかった。

 初めからまともなんかじゃなかったのかもしれない。

 

 

「私の気持ちも知らずに、私の幸せなんて簡単に言わないで!!」

 

 その直後。

 胸に衝撃が走って、僕は後ろへ突き飛ばされる。

 

 虚ろな目であたりを見渡せば、マツリカさんが顔を覆って、洞窟の中へ駆け出してゆくところが目に映った。

 

 

 マツリカさんとこんなふうに口論をしたのは初めてだった。

 

 

 

「ごめんなさい組長。個人的なごたごたに巻き込んでしまって。」

 

 僕はスーツに付いた土ぼこりを払うと、組長に頭を下げた。

 仕事に私情を持ち込んでしまったことに対する謝罪のつもりだった。

 

 組長はまっすぐに僕を見ているだけだった。

 

 

「あんたさ、ほんとにこれでいいと思ってる?」

「こうするしか…なかったと思います。」

 

 そう。これでよかったのだ。

 僕らは一緒にいるべきじゃない。

 

 いつかこうなる日が来ることはわかっていたんだ。

 なら、いっそ自らの手で早めに済ませた方が、傷は浅くて済む。

 

 

 そう自分に言い聞かせて前を向いた時だった。

 僕は眼前に、脚を認めた。

 

 

 え、脚!?

 

 

「乙女キーーック!!!!」

「ギャッッ!!!」

 

 地面にたたきつけられる。

 本気の、ガチの蹴りだった。

 

 仁義パンチじゃなくてキック!?

 乙女キック!?

 

 

「馬鹿野郎が!ほんとにホントにホントにバカ!バカヒイラギ!」

 

 

 組長は見たこともないくらい怒っていた。

 例えるならば、逆鱗状態のガブリアス。龍舞メガボーマンダ。

 

 

「いてて…でも仕方ないじゃないですか!!僕ヤ〇ザなんですよ!?マツリカさんと一緒にいることなんかできないじゃないですか!」

「ケジメとか仁義とか、そんなのあんたの都合でしょうが!!あの子に関係あると思ってるわけ!?」

「確かにそうですけど…。」

 

 そう。これは僕の都合だ。それは確かだった。

 でも、だからと言って…。

 

「だいたいね、あんた自分のことしか考えてないのよ。あの子のためとか言ってたけど、それ嘘だから!あの子があんたのことどう思ってるか、わかんないわけ?あの子がなんでわざわざここまで来たのか、気付かないわけ?」

「それは…。ただ昔なじみの友人として…。」

「乙女ラリアットォーーー!!!」

「グエ」

 

 

 再び、吹き飛ばされて地面にたたきつけられる。

 いったいどこからこのパワーが生み出されているのだろう。

 

 

 でも、そんなことがどうでもよくなるほど、僕は激しく動揺した。

 組長の一言が、僕の脳内を塗り替えたからだ。

 

 

「あんたのこと、好きだからに決まってんでしょうが!!」

 

「へ…?マツリカさんが?なんで…。」

 

 

 僕のことなんて、年下の男の子くらいにしか見ていないと思っていた。

 僕ばかりがマツリカさんを意識していて、そこに相互性なんて、存在しないと。

 

 

 だからこそ、お別れすることになったって、僕だけが我慢をすればいいと思っていたんだ。

 

 

 だが、次の一言で僕は目覚めた。

 

 組長が、本気になって僕に伝えようとしたこと。

 それが雪解け川のように、僕の内側へなだれ込んできたのだ。

 

 

 

「ヤ〇ザとかケジメとかどうでもいい!目の前の女の子をちゃんと見ろ!!」

 

 

 

 そうだ、と思った。

 

 僕はマツリカさんのことなんか考えていなかったんだと、初めて気づいた。

 僕がどう思うか、どう行動するかばかり気にして、後に残されたマツリカさんがどんな想いでいるかなんて、全く。

 

 いや、違うな。

 僕は自分のルールを考えるあまり、自分の気持ちすら見失っていたんだ。

 

 

「それでもまだケジメだなんだ言うなら、あんたのきんのたまソウルクラッシュしたろか!?」

 

 そうだ。僕は行かなくちゃならない。

 本当は、仁義だとかケジメだとか、マングローブだとか、『べきだ』とか『べきじゃない』とか、そんなものはどうでもよかったはずなんだ。

 

 大事なのは、たった一つのことで。

 

 そうだよ。

 たった一つ。

 

 それでよかったのに。

 

 

「組長、ありがとうございます。目が覚めました。」

「ん。ようやく漢の顔になったわね。」

 

 

 立ち上がって空を見上げると、月は雲間を抜けて白く咲き誇っていた。

 朧の時間は終わりだ。

 

 組長の掌が、僕の背中に加速度を与えた。

 白球が、投手の指から乖離してゆく、その一瞬のように。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「…また迷っちゃった。」

 

 私はまたしても、深い霧の中をさまよっていた。

 

 頂上で、ずっと探していたヒイラギくんの姿を見つけた時、私はとてもうれしかった。

 やっぱり彼は、こういう時にちゃんと来てくれるんだって。

 突き刺さった自分の影が解放されるのが分かった。

 

 ああ、私はやっぱり、ヒイラギくんのこと、って。

 

 でも、彼は私をはねのけた。

 僕らは一緒にいるべきじゃない。

 それがお互いのためなんだって。

 

 私は、そんなの間違ってるって思った。

 彼はたぶん、私の気持ちに気付いてない。

 それなのに、私のためだなんて。

 

 

 気付いたら私は、洞窟の中へ駆け出していた。

 何かに妄執してすべてを損ない続ける彼の姿を見ていたくなくて。

 

 

 墓地の中には不穏な空気が漏れ出して、床を踏みつける音の一つ一つまでもが、別の世界から聞こえてくるような響き方をした。

 

 そうだ。私は墓地の中からせりあがってくる何かを恐れていたんだった。

 なのに、我を失うあまりわざわざ敵の巣窟に出向いてしまったのだ。

 自分が方向音痴であることまで忘れて。

 

 ああ、もう。

 ほんとにバカ。

 私も、ヒイラギくんも。

 

 

 

 その時だった。

 

「マツ…リ…さ…」

 

 背後から、かすかな声が聞こえてきた。

 

 すりガラスを通して話しかけられているような、輪郭を欠いた声だ。

 それでも確かに、私の名前を呼んでいるのが分かる。

 

 ヒイラギくんが追いかけてきたのだろうか。

 そう思って、振り向いた。

 

 

 

 でも私は気付くべきだったんだ。

 

 ここは墓地で、べにいろのたまはもう失われていて、押しとどめられていたナニカが動き出している可能性が十分にあったことを。

 

 ここは、真夜中に(うごめ)く者たちのねじろなんだってことを。

 

 私はもう、ナニカの手中にあったのだ。

 

 

「ギギ…マツ…%&k*@…アァ…」

 

 『それ』は私のすぐ後ろに立って、こちらを見下ろしていた。

 

 真夜中を煮詰めたような悪意。

 この世にいてはならない、現実の崩壊。

 

 ヨノワールだ。

 

 身体が動かなかった。金縛りというものなのだろう。

 叫びたいのに、声が雲散してゆく。

 

 冥界へと続く大口が、手招きするように開かれる。

 

 

 

 ああ、もうだめだ。

 そう思えたかどうかわからなかった。

 

 

 私の描いてきたすべてが、色彩が、溶かされる。

 ここで、すべてが白紙の戻るの…?

 

 

 

 

 けれど、現世の声がこの部屋に響き渡った。

 

「アシレーヌ!ムーンフォースだ!!」

 

 

 夢の中でさえ何度も聞いた声。

 何度離れても、どこにいても、私の中にある声。

 

 

 ずるいよ。

 こういうとき、ちゃんと来てくれるんだから。

 

 何にもわかってないくせに。

 私の気持ちなんて気づいてないくせに。

 

 ときどき全部わかってるみたいに行動しちゃうんだから。

 

 ほんとうに、ずるくて…。

 

 

「ヒイラギくんの、ばか。」

 

「ほんとです。自分にも言ってやりたい。」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、マツリカさん。僕は勘違いをしていました。」

 

 おくりび山のふもと。

 過ぎ去った真夜中。

 

 消えかけた街灯。

 

「勝手にあなたの気持ちを決めつけて、僕にとって都合のいいように解釈してました。自分が納得できるように、いろんな言い訳まで考えて。」

 

 向かい合う僕ら。

 

 玲瓏(れいろう)の大気。

 滄溟(そうめい)の地平線。

 

 午前4時の鳥。

 

「でもね、わかったんです。『べきだ』とか『べきじゃない』とか、ケジメだとか仁義だとか、そんなかっこよく人間ってできてないんですよね。結局、僕らは一つの欲求から逃れることはできないというか。」

 

 そこまで言いかけて、僕は口をつぐんだ。

 もっと単純に、もっと純粋に伝えなきゃ。

 

 たった一言、自分でそう言っただろう。

 

「えーと、つまり。」

 

 マツリカさんの目を、まっすぐにのぞき込む。

 その中には、確かに僕の姿がある。

 

 もう、逸らしたりはしない。 

 そう確信できた。

 

 海風が草原を渡るように、彗星が尾を引くように。

 その一言で、朝の世界に軌跡が描かれる。

 

 

「マツリカさん、好きです。あなたのこと。」

 

 

 その目が、早朝の薄紫を取り込んで淡く光った。

 雫が落ちる。

 

 今度は、露のような雫だった。

 

 

「好きだから、一緒にいたい。ケジメとかどうでもいい。一人の男として、あなたが好きだ。」

 

 マツリカさんは掌で優しく涙を拭き取ると、再び僕の方を向いて言った。

 

「言葉じゃ、信用できない。」

 

 そっか。

 僕の言葉で、二人もだましてたんだもんな。

 この場所で、そんなものは意味を持たないよな。

 

 

 優しく近づいて、彼女を抱き寄せる。

 

 それが触れ合った瞬間、僕らはフタリシズカの花となって咲いた。

 夢の化身だった。

 

「これで、信用できた?」

「うん。…うん。」

 

 淀んでいたおくりび山の空気は、花の香りに馥郁(ふくいく)として吹き流れた。

 

 ずっとこうしたかったのに、遠回りばかりしてしまった。

 

 

「ホントにバカ。私の気持ち知らないで。私が君のこと好きだって、知らなかったでしょ?」

「…ハイ。お恥ずかしながら。」

 

 ほんとに。

 こうしてあなたと触れ合うまで、気付かなかった。

 

 

「…でもいい。こうして一緒になれたから。」

 

「いいんですか?僕ヤ〇ザですよ。マツリカさんの経歴にキズがついちゃいますよ。」

「キズは勲章って言うでしょ?ヒイラギくんにつけられたキズ、自慢して歩くから。」

「それは恥ずかしいな。いろいろと。」

 

 

 もう一度、金色の時が流れた。

 今度は、時計を順行させて。

 

 

 

 そうしていつまでも白い穂を揺蕩(たゆた)わせながら、フタリシズカの花はホウエンの朝に咲き続けていた。

 




 恋愛って難しいね。


 …きんのたまソウルクラッシュは過去一でヤバイと思います。


 
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