ふぇありーヤ〇ザ!   作:矢留

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 矢留です。

 終わりが見えてきました。



 


第二十四話 殺め色

 

 遠い昔のことを思い出していた。

 

 緑を終わらせる優しい雨。

 白磁のようにつるりとした秋の風。

 いつか家族で眺めた星屑の残照。

 夢の続きを描いたような夕雲。

 夜の砂浜の焚火…。

 

 

 目を閉じると、いつか見たはずの景色が断片として還ってくる。

 連続性を失った、時間の剥製だ。

 

 

 あれはいつのことだったんだろうか。

 

 そうだ。きらきらと光るものすべてが宝物だった時代のことだ。

 チョコレートの銀紙すら、僕らにとっては大きな価値を持つ時代…。

 

 

 どうして今こんなことを思い出すのだろう。

 

 地上から切り離された海底の洞窟にいるからだろうか。

 

 それとも。

 

 誰かの死を、この目で初めて見てしまったからだろうか。

 

 

 

 

「ヒイラギ、ほんとにもう大丈夫?」

 

 組長の優しい声がさざ波と共に聞こえてくる。

 

 

 はい。もう大丈夫です。

 

 マツブサの死が僕にとって何をもたらして、僕という人間をどう変えてゆくのか、まだわかりません。でも、その疑問を抱えて生きることが、マツブサへの弔いになるんじゃないかと思います。

 

 

 

「お前、ちょっと大人になった?」

 

 そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。

 

 まだ社長みたいにいろんなことを割り切って、自分なりに納得しているわけじゃない。でも、少なくともここに来た当初よりは、マシな男になったと思います。たぶん。

 

 

 

「ヒイラギ、組長に頼まれたカバン、ちゃんと持ってきたか?」

 

 ちゃんと持ってきましたって。ゴンドーさん。あとカバンじゃなくて、ジュラルミンケースですから。

 

 今回の作戦では、これが一番大事なんですよね?

 昨日の夜から準備してますって。

 

 

 

「さあ、おしゃべりはそこらへんにして、中に入りますよ。気を引き締めていきましょう。」

 

 ホンジョ―さんは相変わらずクールだな…。

 

 でもたぶん、この人だっていろんな過去があって、いろんな想いを背負ってここに立っている。

 僕はこれから、どんな今を生きて、どんな過去を積み重ねてゆくんだろうか。

 

 首に下げた松雲母を、少しだけ撫でる。

 

 

 

 

 

 海鳴りが聞こえてきた。

 その音が船の汽笛のようにこだまして、僕らの細胞一つ一つをざわめかせる。

 

 それが合図となって、僕らは何も言わずに洞窟の中へと歩を進めた。

 

 

 海底洞窟。目指すはグラードンの眠る最奥。

 ぽかぽかフレンドクラブが背負ってきた15年間の暗い過去、そして最後の敵であるブスジマが、そこにいる。

 

 

 

 僕らの旅は、もうすぐ終わろうとしている。

 

 

 

 

 洞窟の中はじめじめとして肌寒かった。

 むき出しになった岩肌には海藻が宿命的に張り付いていて、荒磯のツンとするような潮の匂いがそこら中に立ち込めている。鄙びた漁港の、夕方の匂いだ。

 

 僕らはそんな匂いに避けがたく引き寄せられる猫のようにひっそりと、ただし大きな意志をもって奥へと向かう。

 

 

 光の届かない海底にいるはずなのに、岩壁はほのかな緑色に光っているおかげで、僕たちは『フラッシュ』を使用するまでもなく、ただ壁に沿って道を行くだけでよかった。

 

 ホンジョ―さんに何の光なのかを尋ねると、コケの一種だと教えてくれた。

 

「これは太古の昔から生息している珍しいコケです。なぜ光るのか、どのようにして光っているのかはわかっていませんが…。いずれにしても、このコケが生息しているということは、この洞窟ははるか昔、私たち人間が誕生するずっと前からここにあったということになる。」

 

 ホンジョ―さんはそう言うと、壁に張り付いたコケを少しだけむしり取って僕に見せてくれた。

 まるで明け方に光る人工衛星のように、コケは意志をもって儚げに光っている。

 触ってみるとコケはぬらぬらと湿っていて、かすかに甘い香りがした。

 

 

 海鳴りは遠ざかっている。

 

 

 

「やはりブスジマが言っていた通り、この奥にグラードンが眠っているというのは確かみたいね。」

 

 コケが姿を見せなくなり、光源が必要になり始めた頃。

 オーロンゲに道を塞ぐ大きな岩を押してもらいながら、組長が言った。

 

 

 グラードン。

 太古の昔に陸を作り、カイオーガとの激戦の果てに悠久の眠りについたとされている、ホウエンの伝説を形作るポケモンだ。

 

 

 僕は、原始の地球を想像してみた。

 

 赤く燃えるマグマの海に幾千の流星が降り注ぎ、錆びついた鉱物が宇宙から運ばれてくる。それらは灼熱の球に溶け出して混然一体となり、あらゆる生命の母となったのだ。大気すら存在せず、したがって音もない世界。絶対的な熱だけが意味を持つ、シンプルな世界…。

 

 けれど、僕らはそんな場所から始まったのだ。

 

 自分と他人。人間とポケモン。善と悪。

 そんなものに違いがなかったころ。

 

 僕らはそれから時の帯の上を歩き続け、洞窟を抜け、草原を歩き、道具を作り、言葉を生み出し…。

 そうやってこの場所から、進化の系統という枝を一心に広げたのだ。

 

 

 そう考えると、グラードンのもとへと急ぐ僕らは、太古に向かって時代を逆行しているように思えた。

 

 

 

 

「それにしても」と社長が言った。

 

 

「どうにも静かすぎねえか?」

 

 

 確かに、と僕らは思った。

 

 この洞窟に入ってから約一時間。僕らは着実に歩を進めて、歴史の核心へと迫っているはずだった。

 

 それなのに、奥へ進めば進むほど空間の濃度は薄くなり、静けさは増してゆく。

 無の中心へ近づいているようだ。

 

 

 

 アローラにはこういう状況を表現する言葉があったはずだ。

 

 

 何と言ったっけ…。

 

 

 夏の悲しい夢を濃縮したような、巨大な低気圧の真ん中にだけ現れる空白。

 世界中の怒りをかき集めたような暴風の中、突如として現れる静止。

 

 

 そうだ。

 思い出した。

 

 

「台風の目…!!」

 

 

 その瞬間。

 

 乳白色に霧がかった洞窟の奥から、何かが割れるような音がした。

 いや、正確には『ずれる』音だったかもしれない。

 

 突然道が立たれたような、身の浮き上がるような不連続さ。

 それでいて、何かが持ち上がるような、粘度を持ったエネルギー。

 

 

 そしてその音は、地面を伝染して波のように押し寄せてくる。

 

 

「おい、何だよこれ…!」

 

 

 ゴンドーさんはその不気味さを肌で感じたようだった。

 なにか、巨大なものが立ち沸こうとしている。

 

 人間たる前の、本能的な予感。

 

 

 

 そして、僕はこの音を聞いたことがあった。

 

 アローラの神山、ヴェラ火山に命が芽吹くとき。

 大陸の鼓動は瞬間的に高まり、激しく脈打って溶岩の血液を巡らす。

 

 

 そう。

 これは…!

 

 

「『じしん』だ…!!壁にしがみついて!はやく!!」

 

 

 僕は叫んでいた。

 その場にいた全員が僕の意図を察し、一斉に岩壁にしがみつく。

 

 

 そのコンマ数秒後。

 波動が地を走り、僕らは大きく縦に揺さぶられるかのように、『じしん』の直撃を受けた。

 

 しがみつく瀬があってもなお、立っていられないほどの揺れ。

 地形すら変えてしまいかねない、変革の意図。

 

 こんなに大きな地震は初めてだった。

 

 海底火山に乗って移動していると言っても過言ではないアローラの地形であっても、これほどまでに揺れたことはなかった。

 

 間違いない。

 

 グラードンが目を覚ましたんだ!!

 

 

 僕は必死に揺れに耐えながらも後方を向き、全員の無事を確認しようとした。

 

 だが。

 

 

「あぶないっ!!!」

 

 

 天井から、まるで僕たちを弾劾するかのように、巨大な火山岩が落下するのが見えた。数百トンの質量が地面に突き刺さり、砂漠の赤い砂嵐のように土ぼこりが舞う。

 

 そして僕たちは、その巨石によって分断されてしまったのだ。

 

 

「社長!ゴンドーさん!ホンジョ―さん!!」

 

 

 揺れはもう収まっていた。

 

 通路の出口側に残された僕と組長は、オーロンゲの力を借りながら、どうにかして通路を裁断した岩を動かそうとする。

 

 だけど、そのささくれ立った古代の天岩は動かない。

 啓示的なほどに、寡黙を貫いていた。

 

 

 

「組長!ヒイラギ!こっちは大丈夫だ!先に行け!!」

 

 

 奥から、社長の声がした。

 どのくらい分厚い岩なのだろうか。

 そこまで距離は離れていないのに、まるで水中で電話をしているようにくぐもって聞こえる。

 

 

「社長!!でも…。」

 

 今度は、ホンジョ―さんがこちらに向かって怒鳴った。

 

 

「でもじゃありません!!このじしんでわかったでしょう?グラードンはもう目を覚ましかけている。急がないと手遅れになりますよ!!」

 

「ホンジョ―さん…!」

 

 

 そうだ。

 グラードンは眠りを破り、現代の世界をその両目に映し出しているのだ。

 ひとりの理想の成就のために、歴史が誤った方法で掘り起こされたのだ。

 

 

 三人を置いて、僕たちは行かなければならない。

 

 人類としてブスジマを止めなければ。

 

 ヤ〇ザとしてブスジマを倒さなければ。

 

 

 すべては、僕と組長の二人に託されている。

 

 

 靴の先が、弧を描いて砂を払った。

 

 

 

「ヒイラギ、急ぎましょう。あの三人なら大丈夫。なんたって私がスカウトした最高の野郎どもなんだから。」

 

 

 組長は僕の肩を三度だけ叩くと、大きく息を吐いて壁を向いた。

 

 

「社長!ゴンドー!ホンジョ―!!」

 

 

 まっすぐ、直線的な声が浸透してゆく。

 

 組長の瞳が、光苔の蛍光を反射してエメラルド色に映えた。

 

 

「絶対ブスジマをぶっ飛ばしてくるから!!私の戦い、終わらせて来るから!!」

 

 

 そうか、と僕は思った。

 

 この先に待つのは、組長の決着なのだ。

 僕らの旅が終わるとき、組長の戦いも終わる。

 

 その小さな背中で背負い込んできた暗い過去が、間もなく赦されようとしているのだ。

 

 そうして組長は、いや、チャンピオンのアオイは前を向いて、大きく地を蹴った。

 

 ハジマリの場所ですべてを終わらせるために。

 

 僕らは最終列車のように駆け出してゆく。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ひどく体が熱かった。

 

 大きく窪んだ海底火山の火口からは絶えず熱風が吹きすさび、僕らの肉体を焼かんとばかりに渦を巻く。

 

 

 玉のような汗が背中を伝う。

 

 

 海底洞窟の最奥へと足を踏み入れた僕らは、ついに歴史の原点へと到達していた。

 

 

 

「ブスジマ!!」

 

 

 実際に姿を見るのは初めてだった。

 

 ガラルヤドランの意識の奥に見える不確かな虚像なんかじゃない。

 確かな肉体を持ち、現実に空気を震わせて、そいつは僕らを待っていたのだ。

 

 

「遅かったね。ドラミドロのランチにでもなったのかと思っていたよ。」

 

 

 

 

 日差しが、とても強い。

 

 

 

 

 その男は、想像以上に整った顔立ちをしていた。

 物腰が穏やかそうな見た目からは、とてもヤ〇ザの組長然とした威圧感は感じられない。老人施設でボランティアをしていると言われても疑わないだろう。

 

 だが。

 

 騙されてはいけない。

 こいつはブスジマ。

 

 そう。ブスジマなのだ。

 今は、目に見えるもの以上に、目に見えないものを見るべきだ。

 

 

「その偽善的なツラ…!!いつ見てもムカつくわね、ほんと!!」

 

 

 組長は強く床を踏み、靴底で固い岩肌を噛んで前に出た。

 

 その視線はひとつの到達点をつかんだように、けれど真剣にブスジマを貫いている。

 

 原始の朝を駆ける硫酸の風のように。

 永遠に降り注いだルビーの雨のように。

 

 ここは、歴史の原点なのだ。

 

 そう。すべてのひとにとって。

 

 

 

「そんなに私ばかりを見ないでくれよ。見せたいものはこっちなのだから。ホラ。」

 

 

 ブスジマは純白の絹手袋をはめた左手で、核を指した。

 

 そこには、まさに神話が蘇っていた。

 

 

 天雲を焼き切って原始の地球に姿を現し、海の底深くに眠っていた地脈に生命を与えたポケモン。

 造山の息吹を以て大陸を創造し、生きとし生けるすべての源となった神話的存在。

 

 深紅に融解した鉱山の残照が、その巨体を鱗のように包み込む。

 

 これが、太古の姿を取り戻した伝説のポケモン…!!

 

 

 ゲンシグラードンなのか…!!

 

 僕はブスジマの姿を忘れ、人類の祖に目を奪われていた

 

 

 僕たちのハジマリがそこに収束しているのだ。

 果てしなく茂った僕らの進化の系譜は、ここに回帰しているのだ。

 

 

 

「本当にグラードンを復活させたとはね…!これがどれほど冒涜的なことなのか、あんたわかってんの!?ブスジマ!!」

 

 

 組長は畏れを帯びた声で、ブスジマを糾弾した。

 

 宣言通り、ブスジマはグラードンを復活させてしまった。

 その行為が、系統樹の梢たる人間にとってどれほど畏れ多いものか、と。

 

 

 だが、ブスジマはゲンシグラードンを見上げたまま、毅然として言って見せた。

 

 

「冒涜的、か。」

 

 

 新聞の一行目を声に出して読むような、抑揚を欠いた言い方だった。

 リンゴを手に取ってちょっと眺めてみるように、なんとなく。

 

 

「なら聞くが、これは何に対する冒涜なんだい?グラードンに対する冒涜のことを言っているのならば、否定させてもらおう。なぜなら、私は彼を敬っている。敬っているからこそ、私は彼に協力してもらうことにしたのだ。そう…。」

 

 

 ブスジマの指が、はじけるような音を立てた。

 

 それに合わせるように、ゲンシグラードンが大きくいななく。

 

 

「私の新たな相棒としてな。」

 

 

 その一言に、僕たちは耳を疑った。

 

 まさか、ブスジマは…。

 

 

 グラードンをゲットしたっていうのか…!?

 

 

 

「新たな相棒だと…!?伝説のポケモンを…!」

 

「伝説のポケモンだから、どうした?」

 

「…っ?」

 

 

 まただ。

 夕飯の献立を聞くように。ドライバーをどこにしまった尋ねるように。

 

 この男には、倫理観というものがない。

 人道に外れるとか、社会的に、とか、そういった価値基準はこの男のシステム上には存在しないのだ。

 

 

 

 この男は、ホンモノだ。

 

 

 

「伝説だろうが何だろうが、ポケモンはポケモンだ。その力を借りることの何が冒涜なのだ。君たちがポケモンの力を借りて戦うことと何の違いがある?タマゴを生ませ、技マシンを使用して理想の個体を作る。何が違うんだろう。」

 

「理想の個体…?あんたまさか…!」

 

 

 その時。

 組長は気付いた。

 

 ブスジマの望む世界。

 ブスジマの望むポケモン。

 

 それらを結び合わせていった先には…!

 

 

「そうだよ。前に言っただろう?最強の毒タイプポケモンを作ると。最強のポケモンが毒タイプになったら、最強の毒ポケモンになるに決まっているとは思わないかい?」

 

 

 そんな!

 ポケモンのタイプを、人工的につくりかえる…!?

 

 

「何を…言って…?そんなことができるはず…。」

 

 

「ハア。一体何のためにマグマ団に面倒ごとを押し付けたと思っているんだ?研究するためだと言ったじゃないか。…そう。」

 

 

 不安定な大気が、ブスジマの動きひとつで揺らめいては止まる。

 陽炎だ。

 

 立ち眩みがする。

 

 

 

「この『あやめいろのたま』を作り出すために、ね。」

 

 

 紫色の宝玉が、日差しを屈折させる。

 

 その光が透き通って、僕らの足元を妖しく照らした。

 

 

 

 

「さあ。べにいろのたまを与えられて原始の力を取り戻し、巻き戻った進化の影響で揺らぎ始めたDNA。そこにこのあやめいろのたまを与えたら…。」

 

 

 ブスジマは揺らめく灼熱の大気の向こう側で、その透き通る宝玉を握りこみ、大きく振りかぶる!!

 

 

 だめだ。

 

 

 間違ったハジマリが訪れようとしている!!

 

 

「やめろ!!そのたまを今すぐ!!」

 

「もうおそい。」

 

 

 コマ送りのように、そのフォームが不連続に見える。

 

 輝く石は菖蒲色をそこら中にまき散らしながら、放物線を描いて坩堝へと飛び込んでゆく。

 

 

 

「さあ、君たちを殺める時間だ。」 

 

 

 

 

 

 

 




 筋トレ後は頭がよく回る。


 
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