ふぇありーヤ〇ザ!   作:矢留

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 矢留です。

 ウマ娘にはまりまして更新が少し遅れました。


 最終話です。ここまで読んでくれた方、どうもありがとう。







最終話 手を伸べてつかめ

 

 日曜日の朝はいつだって清々しい。

 

 たった今できたばかりのように真新しい世界が、夜の向こう側からやってくる。

 風は東へと流れて季節を運び、雨は透明な糸となって地面に差し込む。

 雲は忘れかけていたまどろみの続きみたいに空を旅して、次の大陸の、会ったこともない誰かへと想像を運んでゆく…。

 

 

 秋晴れの日曜日。午前八時。

 私が一番好きな時間だった。

 

 

「そろそろ焼けたかしら、マツリカちゃん?」

「もう五分くらいですね。あ、でも粉砂糖をまぶしてからさらに三分焼くので、やっぱりもうちょっとかかりそうです。」

 

 

 オーブンの中から、バターの香ばしい匂いが漂ってくる。

 バターの香りは幸せの香りだと言った人がいるらしいけれど、その通りだと思う。

 

 人は、幸せでなければバターなんか食べない。

 

 

「そう。それじゃ、焼けるまでお茶でもしましょうか。」

「そうですね。私、紅茶入れてきます。おばさんは座って待っててください。」

 

 

 私はそう言うと、魔法使いの弟子みたいにせっせと仕事をするオーブンから目を離してダイニングの方へ向かった。

 

 

 今日は、彼が帰ってくる日だ。

 

 

 

「それにしても」とおばさんが言った。

「ヒイラギの好物、ちゃんと覚えてるのね。バタースコッチシナモンパイ。」

 

「ブラウンシュガーは少し焦がして苦めに。」

 

 私はそう付け足した。

 

 バタースコッチはブラウンシュガーをキャラメリゼして、ブラウンバターと牛乳、卵と混ぜて作るお菓子。

 彼は少しほろ苦い味が好みで、イッシュ地方を旅した時には理想のバタースコッチシナモンパイを探してカフェ巡りをしていた。私も何件か付き合ったっけ。

 

 

「そうですね。二人でカフェに行くときはいつも頼んでましたから。一度シンオウ地方のカフェでそれを頼んで、店員さんにびっくりされたことがあって、余計に覚えてるんです。そのようなメニューは当地方にはございませんって。それで私たち、バタースコッチシナモンパイは世界共通の食べ物じゃないんだ、って初めて気づいて。」

 

「ふふ。そうね。自分の地元のローカルフードって、外に出てみるまで気づかないものよね。」

 

 

 ジャスミンの香りが少しだけする紅茶を、おばさんはいとおしそうに口に運ぶ。

 それに合わせて、部屋の空気がサンゴ礁の光みたいに揺れてカーテンをはためかせた。

 

 素敵な朝だった。

 

 

 

「ねえ、マツリカちゃん。」

 

 

 かたん、と小さな音が鳴って、カップがソーサーの上に置かれた。

 小さく風が吹く。

 

 

「ありがとうね。ヒイラギのそばにいてくれて。」

 

 

 おばさんはそう言うと、鯨のように穏やかな目で私を見た。

 思わず、その視線に吸い込まれる。

 

「こちらこそ、ですよ。」

 

 私は少し笑って、光の窓辺に目を移した。

 そこから見えるマリンブルーの箱庭に、思わず彼の姿を探した。

 

 まだ帰ってくる時間じゃないのに。

 

 

 

「ヒイラギくんが私のそばにいてくれたからこそ見えたものが、いっぱいあったんです。もし彼が私の前に現れなかったら、私はずっと自分の作った想像の世界をあてもなくさまよっていた。ずっと孤独に絵を描き続けていた。」

 

 

 そう言うと、おばさんは「そう。」と優し気に微笑んで、またジャスミンの紅茶を口に含んだ。

 

 彼にとっての私が救いだったように、私にとっても彼は救いだった。

 小さいころから絵ばかりを描いていた私に、初めてできた友達。

 閉じられたイメージの海底から、私を引き上げてくれた人。

 

 そして、今となっては、私の恋人。

 

 

 

 焼きあがったバタースコッチシナモンパイを少し冷ましてから冷蔵庫に入れると、私は描きかけのキャンバスと絵具を持って外に出た。

 

 彼が帰ってくるまで、あと数時間。

 それまでに、この絵を完成させておきたかった。

 

 

 

 

 

 

 マリエ庭園は、すべてが終わった後の世界のようにひっそりと、秋の静けさの中に溶け出していた。

 空は見上げるほど高く突き抜けて、飛行機雲が手に取れそうなほど鮮明に橋をかけ、辺りには金木犀の花が甘くさわやかな香りを漂わせながら一面に咲き誇っていた。

 

 

 私は筆を手に取り、あの日見た景色を再現してゆく。

 

 

 記憶の中はいつも曖昧で、それがほんとうに起こったことなのか、それとも私が作り上げた妄想なのかわからなくなる時がある。

 

 それでも、私が「それは確かに起こったことなのだ」と思えば、それは私にとっての真実になる。絶対的な正しい現実というものは存在しなくて、そもそも私たちが作り出した映像を現実だと名付けているだけだからだ。

 

 そう。すべてのものは、想像されることによってはじめて意味を持つ。

 

 大昔のえらい人は、これをイデアと呼んだ。

 

 

 

 

 どれほど時間が経ったのだろう。

 

 気付けば日は南の空に高く張り付き、小さな朝の世界は息を潜めていた。

 秋の大気は相変わらず透き通るように軽やかで、静かな午後が始まろうとしている。

 

 

 ふと、風に乗って懐かしい匂いがした。

 

 

 

 

 きれいな絵ですね、と誰かが言う。

 

 うん。大事な人と一緒に見た景色だから。どうしても描いておきたくて。

 

 

 アローラの海。八月の真夜中のことでしたね。あれは。

 

 

 うんうん。そのとき私たちはまだ子供で。

 

 

 そうですね。傷つきやすくて、わがままで。何も知らなくて。

 

 

 でも今は、そうじゃない。私も、君も。

 

 

 どうでしょう。まだまだ僕が求めるほどは、強くはなっていないかもしれない。

 

 

 

 

 もう一度、風が吹いた。

 

 今度は確かな重みをもって、楡の葉を揺らしながら。

 最後の木の葉を散らすように、決定的に。

 

 

 そして一番近くに、彼の匂いがする。

 

 

「待ってたんだから。何か言うことくらいあるでしょ?」

 

 

 最後に会ったときよりもさらにたくましくなった身体に、思わず顔をうずめてしまう。肺の奥深くまでその匂いを送り込みたくて、深く深く、息をした。

 

 

 そっか。全部終わったんだね。全部…。

 

 

「ただいま。遅くなって、ごめん。」

 

 

 世界で一番安心する声が、私の耳に届く。

 

 なんて言おうか、私はちょっとだけ迷った。

 お疲れ様。

 大変だったね。

 無事でよかった。

 

 いや、一言でいいんだ。シンプルに、たった一つの色で。

 

 

「うん。おかえり。」

 

 

 金木犀の花びらが、東の海へと吹き抜けてゆく。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 10月の海岸線に反射する銀色の光を、僕たちは眺めている。

 波のない入り江には風化した貝殻が夢のあとのように転がっていて、過ぎ去った季節が蘇るようだった。

 

 

 僕たちは、どちらともなく手をつないでいた。

 

 

「こうして手をつないでいると、なんだかすごく安心しますね。」

 

 

 指の隙間にぴったりと、マツリカさんの指が触れている。

 手をつなぐだけで、どうして人はこんなにもあたたかな気持ちになるのだろう。

 

 見えない何かが、知らず知らずのうちに共有されているからだろうか。

 

 

「そうだね。あたたかい何かが、身体の中に流れ込んでくる。」

 

 

 マツリカさんはそう言って、僕の手をさらに強く握った。

 その横顔がまぶしくて、僕は思わず泣きそうになる。

 

 波の音が、ささくれた心の外膜を洗い流してゆく。

 

 

「たぶん、あれからつらいこともあったんだよね。私の知らない場所で、君はたくさん傷ついて。それでも君はちゃんとここに戻ってきてくれて。」

 

 

 その声は、どこか遠くから聞こえてくるようで、僕の内側から聞こえてくるようでもあった。

 

 身体の内側に花が咲いてゆくように、何かが心からあふれそうになる。

 やっとここに帰って来れて安心したからだろうか。

 

 喉の奥で、声にならない感情が出口を求めている。

 

 

「何があったか、詳しくは聞いたりしないよ。ほんとうにつらいことは、無理に心の中から取り出さない方がいいから。でもね。」

 

 

 ふと、やわらかい体が僕を包んだ。

 新芽を愛でるように、優しく抱きしめられる。

 

 

「でも、私の前では、我慢しなくていいからね。大変だったよね。」

 

 

 そう言って、マツリカさんは僕の背中を叩いてくれる。

 

 そのリズムが心臓の鼓動と重なって、気付けば僕は涙を流していた。

 

 僕は失われたもののために泣いた。

 還って来たもののために泣いた。

 そして、誰かの、もう戻らない過去のために泣いた。

 これから僕が抱えていきてゆくもののために泣いた。

 

 だましだまし、その場しのぎで出したきた答えや感情が、泡となって空へ帰ってゆく。

 

 ほんとうは、ずっとこうして泣きたかったのに、今日を生きるためにと我慢してきた。泣いてなどいられないと自分を鼓舞して、一番傷つかない方へと舵を切って。

 

 

 でも、もう終わったのだ。

 

 グラードンは再び眠りにつき、ブスジマは逮捕された。

 僕たちぽかぽかフレンドクラブが追い求めていた敵は、打ち砕かれたのだ。

 そして世界は、こんなにも美しい秋の日曜日を取り戻したのだ。

 

 

 遠くで船の汽笛が聞こえてくる。

 それに合わせるようにあの痛々しい夏の時間が蒸発して、偏西風に乗ったままどこかの大陸へと流れていった。

 

 

 そうして僕は、マツリカさんに抱かれながら、凪の時間が訪れるまで泣き続けていた。

 

 

 

 

 

「ねえ、どうして人は絵を描くんだと思う?」

 

 ようやく僕が泣き止んだ頃、マツリカさんはそう言った。

 

 

「景色を閉じ込めておくため…でしょうか?」

 

 僕はハンカチで涙を拭きながら、そう答える。

 

 一番星が水平線の彼方に輝いている。

 

 

「ある意味では、そうだね。でもね、私は思うんだ。絵を描くことは、それを見てくれる誰かとの間に、秘密の地下通路を作り出すことなんじゃないかなって。私は通路を作って誰かに会いに行く。誰かは想像を膨らませて通路を作り、私に会いに来る。こうして私たちが手を握り合っているように、絵を通して私たちはお互いに手をのばしあい、言葉なき何かを分かち合おうとしているんだよ。」

 

 

 マツリカさんは、水平線を遠く見つめていた。

 染みわたってゆく夜を背に、丁寧に壁を塗るように言葉が生み出される。

 

 

 僕は目を閉じて、松明の灯った地下通路を歩くところを想像してみた。

 マツリカさんが歩く通路と、僕が歩く通路。

 

 

 マツリカさんの描いた絵を見ても、僕は彼女を100%知ることはできない。長年実際に会っていても、僕らはまだまだお互いに知らないことだらけなのだから、絵画を通してすべてが分かったとしたら何の苦労もいらないだろう。

 

 それでも、僕がその絵から想像を膨らませさえすれば、自分の中にその絵画が持つイメージや空気や感情が想起され、僕は限りなく彼女に近づくことができるのだ。

 

 

 そして、それって…。

 

 

「それって、なんだか僕たちとポケモンとの関係みたいですね。」

 

 

 僕は目を閉じて、まだ地下通路を歩いていた。

 遠くにマツリカさんの姿が見える。

 

 

「ポケモンの言葉は、僕らにはわからない。でも、想像の手を伸ばし、ポケモンたちが伸ばしてくれた手を取ることで初めて、僕たちは分かり合うことができる。絵画を通して画家と僕らがつながることができるのと一緒なのかもしれません。」

 

 

 そうだね。私もそうだと思う。すべての人がそう思えたら、きっと世界はもっと優しくなれるかもしれないね。

 

 マツリカさんはそう言った。

 

 

 そしてこれは、ポケモンに限った話じゃないとも思った。

 

 僕らはたくさんの人々に囲まれて、生きて、生かされている。

 それでも、僕たちが知ることのできる領域はあまりにも狭くて、ときどきそのことを忘れそうになるのだ。

 マツブサが過去に妄執してしまったことだって、ブスジマが排他的になってしまったことだって、それが原因で。

 

 

 だから僕たちは、手を伸ばし合うことが必要なのだ。

 自分の外側にあるはずの誰かが伸ばした手を取るために、想像の力を使って、懸命にその腕を伸ばして。

 

 そうやって誰かを理解し、愛することが『仁義』なのではないかと、僕は思うのだ。

 

 それが、ヤ〇ザという世界を通して感じた、僕なりの答えだ。

 

 

 

「やっぱり君は、大人になったね。ヒイラギくん。」

 

 

 頭が撫でられる。

 髪の隙間を涼しい風が吹き抜けて、心地よさに思わず身震いをした。

 

 

「比較的、ですけどね。でも、僕がヤ〇ザにならなければ、こういうことには気づけなかったと思います。」

「それでも、立派になったよ。」

 

 そう言って、僕の頭を撫でる力が強められる。

 空には南の島の鮮明な星々が、僕らの人生の背表紙を飾るように輝いていた。

 

 

 

 

 

「ねえ、今からいのちの遺跡に行かない?」

 

 しばらくした後で、マツリカさんは言った。

 

「お礼を言いに行かなきゃね。カプ・テテフ様に。」

 

「今から?」

 

「今じゃないと、伝えられない気がするから。夜にしか会えないものって、いっぱいあるんだよ。」

 

 そう言って、マツリカさんはすっと立ち上がった。

 僕の手を握ったまま、行こう、と優しく引き寄せる。

 

 それにつられて、重力を押し上げるように僕は立ち上がる。

 

 真夜中のお参りだ。

 

 

 

 

 いのちの遺跡の内部は、サンゴの環礁に差し込む光のように静かだった。

その静寂の中に、生命が還ってゆく。

 そして、僕らもそのうちのひとつで。

 

 

 ヤ〇ザとしての役割が僕の外側から剥がれ落ちて、生命体としての僕がむき出しになる感覚がした。

 ゲンシグラードンを目の前にして感じた、マテリアルな細胞の集合としての僕じゃない。無限の思いの集積を持ち、愛し愛される存在としての僕だ。

 

 

 いのちというまとまりのすべてが、浮き上がっては蛍日のように夜を旅している。

 

 

 

「カプ・テテフ様。流星の滝では僕たちを助けてくださって、ありがとうございました。」

 

 

 祭壇の前で、僕は祈りをささげた。

 マツリカさんが教えてくれたように、心の中に想像を広げて、カプ・テテフを想起する。

 

 手を伸べて、カプ・テテフが伸ばしてくれた手を取るように。

 

 僕を中心として、秘密の地下通路が放射状に広がってゆく。

 

 

「ありがとうございました。」

 

 少し後で、マツリカさんも同じように祈りをささげた。

 

 彼女も同じように、想像の通路を広げているのだろうか。

 いや、そうに違いないな。

 

 マツリカさんの中には、きっと僕がまだまだ知らないイメージが蝶の群れみたいに広がっているのだ。

 

 

 

 ずいぶん長い間、僕らは祈りをささげていた。

 

 流星の滝でのことだけじゃない。

 僕らはずっと昔から、生まれるずっと前から、彼らに見守られてきた。

 

 だからこそこうして僕らはいのちを結び、奇跡的に出会い、奇跡的にひとつになることができたのだ。脈々と受け継がれてきたアローラの恵み。人々の思い。歴史…。

 そのすべてが歯車のようにかみ合って、人生は回転している。

 

 

 

「僕らの感謝、届いたらいいですね。」

 

 目を開けて、隣のマツリカさんを見つめる。

 彼女もまた僕と同時に目を開けて、こちらを見つめていた。

 

 

「届いたよ。きっと。」

 

 真夜中の静けさに、その言葉が溶けてゆく。

 

 多くの言葉は語られなかった。

 それでも、僕らは確かに祈りを共有していた。

 

 

 僕らの祈りがカプ・テテフに届いたのかどうかは、わからない。

 わからないから、想像が必要なのだ。

 わからないから、手を伸べるのだ。

 

 そうして僕たちは、その先にある『仁』と『義』を掴んでゆく。

 

 

 

 

 いのちの遺跡を出たとき、向こう側から少女がやってくるのが見えた。

 

 花柄の服を着た活発そうな少女だった。

 頭には赤いニット帽をかぶっている。

 

 

「あー!あなたがマツリカさんですよね?島キャプテンの!」

 

 少女はマツリカさんに用があるようだった。

 島巡りの証を持っているところを見ると、どうやら試練についての話らしい。

 

 

「私、ミヅキって言います。島巡りをしていて、あなたのことを探していたんですけど、どうしても見つからなくて…。ここにいたんですね。」

 

「あー、そうだったんだ…。ごめんね、私この前まで忙しくて、試練の内容とか全然決めてなくて…。」

 

 

 マツリカさんは意味ありげにこちらを見てくる。

『忙しくて』というところを強調しているあたり、僕に対しての悪意がほんの少し含まれているのだろう。

 

 ほんとにごめんなさい…と、目線で伝えておいた。

 

 

「うーん、どうしようかなあ。フェアリーZをそのままあげてもいいんだけど、それだとフェアリータイプについて教えてあげられないなあ…。」

 

 マツリカさんはしばらく考えると、何かを思いついたように手を叩いた。

 

「お、そうだ。私の旦那さまと勝負してみたら? 」

 

「だ、旦那様!?」

 

 

 思わず、マツリカさんの方を向いた。

 

 ときどきマツリカさんは、そうやって赤くなる僕をからかうのだ。

 マツリカさんはいたずらっぽく笑ってみせる。

 

 

「で、どうする?ミヅキちゃん。言っておくけど、彼は強いよ?なんたってフェアリーひとすじで死線を潜り抜けて来た強者だからね。」

 

 

 ミヅキはまっすぐな視線でこちらを見ていた。

 その目が誰かに似ていて、思わずのぞき込んでしまう。

 

 なにかを全力で追い求める求心的な目だ。

 

 そしてミヅキは、屈託のない力強さで頷く。

 

 

「ハイ!ゼンリョクでお手合わせ願います!!」

 

 

 ああ、そうか。

 この目は、この確かさは、この心的バイタリティは。

 

 組長に、そっくりだ。

 

 

「わかった。それじゃあこっちも全力で行くよ!」

 

 

 久しぶりの、気分が高まるバトルだ。

 ヤ〇ザとヤ〇ザの血塗られた、負と負のバトルじゃない。

 トレーナーとしての真の強さを競う、正と正のバトル。

 

 僕は、こういうバトルをずっと望んでいたんだ。

 

 旅をしていたころの、ワクワクした思い出が蘇ってくる。

 思えばうちのポケモンたちにも、しばらくつらい戦いばかりさせてしまっていたな…。

 

 でも今日からは、君たちを表の世界で戦わせてあげられる。

 

「行こう!アブリボンちゃん!!」

「ぴゅい!!」

 

「ではこちらも!ゆけ!ガオガエン!!」

「ガオ!!」

 

 

 金色の月が、レースの帯のように柔らかく地上を照らす。

 

 さあ、始めよう。

 正しいバトルを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソつええ…」

 

 

 バトルの後。

 白み始めた東の空の下で、僕らはポケモンたちをケアしていた。

 

 

 ミヅキとのバトルは、僕の完敗だった。

 

 まず、育成が圧倒的にうまい。

 フェアリータイプで統一している僕とは違って、ミヅキはそれぞれ異なるタイプのポケモンでパーティーを構成している。それなのに、互いのポケモンの弱点を互いに補うように、なおかつ特異的に役割を持たせて最大の火力を出してくるのだ。

 これは、ポケモンの特徴を完全に理解し、どのような試合展開になるかを前もって計算していないと実現不可能な戦法だ。

 

 

 それに加えて…。

 

なんだろう、未来予知するのやめてもらっていいですか?と言いたくなるような、こちらの戦法を読んだ交換劇。

 自分のポケモンの被ダメージは最小限に抑え、こちらには確実に弱点を突いて攻撃してくる。これは簡単なようで、誰にでもできることじゃない。ポケモンを交換するという行為は、大きなリスクを伴うのだ。

 

 

 故にこの子は。

 ポケモントレーナーとして間違いなく、天賦の才を持っている。

 

 

「いやいや、ヒイラギさんも強かったですよ。私びっくりしました。今まで戦ってきたトレーナーの中では、間違いなく一番強かったです。」

 

 ミヅキは、感服して何度も呻く僕を見てそう言った。

 

「なんというか、愛と気迫が、すごかったです。」

「愛と、気迫…?」

「はい。」

 

 

 早朝の潮風に揺れるニット帽を抑えながら、彼女は言う。

 

 

「どんなにつらいことも、ヒイラギさんは自分のポケモンたちと一緒に乗り越えてきたんですよね。そういう、『負けられない!』っていう気迫というか、真剣さを他の人の何倍も感じました。」

 

「負けられない、か。」

 

「そうです。押す強さ、です。」

 

 ミヅキは、不思議なほど落ち着いてそう言った。

 僕よりもはるかに年下なのに、その言葉には説得力があって。

 

 朝日を背にしたその姿は、やけに大きく見えた。

 

 

 

 

 

「強かったでしょ、彼女。」

 

 

 ミヅキが行ってしまったあと、僕とマツリカさんは並んで家路についていた。

 ふたつめの朝が、もうやって来ている。

 

 

「その言い方だと、ミヅキのことを前から知ってたみたいに聞こえますね。」

「さあ、どうだろうね。」

 

 またしてもいたずらっぽく、マツリカさんは笑う。

 

「それでも」と僕は言った。

 

「ちょっと驚きました。アローラには、いや、世界にはあんなに強いトレーナーがまだまだいるんだって。僕が今まで戦っていた場所は、箱庭のような限られた領域でしかなかったことに気付かされました。」

 

 二人の歩幅がいつの間にか等しくなって、知らないうちに二人三脚になっている。

 マツリカさんは頷きながら、僕の手を握って離さなかった。

 

「あの抗争が終わったときから、ずっと考えていたんです。ブスジマ組なき今、僕は何のために戦えばいいんだろうって。そもそも戦う必要があるのかって。」

 

 

 僕らの足取りが止まって、さわさわと草が揺れる音が際立って聞こえた。

 

 電車を待つように、マツリカさんは優しく微笑んでいる。

 言葉は語られるのを待っている。

 

 

「でも、今日マツリカさんと話して、いのちの遺跡に行って、ミヅキと戦って、思ったんです。僕が想像の手を伸ばして、ポケモンを、あなたを、僕自身を愛するためには、もっとイメージの材料となる経験が必要だって。『仁』と『義』をつかむためには自分の領域を広げなければならない。人は、そのために強さを求めるんですね。」

 

 

 電車はやってきたようだ。

 次の行き先を告げながら、出発の時を待つ。

 

 

「それが、君なりの『強さ』なんだね?」

「今のところは。」

 

 

 そう。『今のところは』だ。

 

 僕はこれからいろいろな経験をするだろう。

 ブスジマ組のような奴らだっているかもしれないし、全く別の思想を持った人たちにだって出会う。

 バトルだってたくさんして、勝って、負けて。

 

 僕がホウエンに行ってから変わったように、これから行く先々で僕はまた違った価値観を手に入れることになるだろう。それでも、中心である僕が『仁』と『義』を持ってさえいれば、僕はいつだってここに帰って来れる。

 

 

 じゃあ、まずはどこに手を伸ばそうか。

 どうせなら、高い場所がいいな。

 

 今度は薄暗い裏の世界じゃなくて、太陽に一番近い場所へ。

 僕と共に歩んでくれたフェアリーちゃんたちが、一番輝ける場所へ。

 

 そこで僕は新たな想像を手に入れて、フェアリーの歌を聴こう。

 

 そう。アローラのすべてを見渡せる、あの場所で。

 

 

 

「マツリカさん。僕は、ここアローラでポケモンリーグを目指します。」

 

 

 僕の言葉を予期していたのだろうか。

 

 マツリカさんは一度目を閉じると、今度はハジツゲタウンでバトルをした時のような、覚悟を持った目で僕を見た。

 恋人としてではない。友人としての、僕を鼓舞するような瞳だ。

 

 

「そっか。それじゃあ、私たちはライバルだね。」

 

 

 そう言って、手が差し出される。

 様々な思いが込められた、さらなる旅路へと僕を導く手。

 

 その手を取れば、僕は新しい領域へと一歩を踏み出すことになるだろう。

 本当の強さと仁義が広がる、新しい領域。想像の大洋。

 

 

「はい。これからも、ライバルとして、友人として…末永くよろしくお願いします。お嫁さん。」

 

 

 

 手を伸べてその手を握り返すと、どこかで汽笛の音が鳴った。始発の定期船だ。

 

 辺りには金木犀の香りが立ち込めて(はなむけ)となり、航路を指し示すように列をなして僕らの脇を通り過ぎてゆく。

 

 

 そして僕らは歩き出す。

 

 

 伸ばすべき手がある限り、つかむべき愛がある限り、仁義を巡る冒険は終わらない。

 

 

 

 




 ふぇありーヤ〇ザ!をご覧いただきましてありがとうございました。
 気付けば多くの人に読んでいただき、感想や評価、お気に入りをいただくようになり。ランキング上位にも乗ったこともあったり。
 
 そして今日完結させることができたのは、ひとえに応援してくださった皆様のおかげです。良い春休みになりました。

 そしてぜひ、フェアリータイプのポケモンを使ってあげてくださいね。

 ではまたいつか、今度は別の小説でお会いしましょう。   矢留
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