千雨たち麻帆良学園本校女子中等部3-Aの面々は、多少の騒ぎはあったものの無事京都へと到着した。京都観光最初の目的地は、清水寺である。
千雨はクラスメートたちのテンションの高さに疲れていた。肉体的には超ロボット生命体であるが故、全然余裕なのだが、精神的にはかなり疲労感を感じている。
(テンションたけーな、こいつら……)
いや、清水寺の名所である清水の舞台で、そこから本気で飛び降りようとする某長瀬楓とか、清水寺の歴史や成り立ちを事細かに説明し出す神社仏閣マニアの某綾瀬夕映とか、その他にも色々、色々……。3-A生徒の能天気さに、千雨は何時もの事ながら既に疲れ果てていたのである。
付け加えて言えば、ここは麻帆良ではない。そんなところで恥を晒せば、麻帆良ならサラっと流される事でも、文字通りの大恥となる。千雨の文字通り鋼鉄の胃が、しくしくと痛みを訴えた。
更に3-Aの面々は、地主神社へと向かう。そこで恋占いにはまる少女たち。20mの間隔を空けて置かれた岩から岩へ、目を瞑ったまま歩いて渡る事ができれば、恋が成就すると言われている。
「で、では早速クラス委員長のわたしから……」
「あーずるい、私もいく!」
「わ、私もー……」
クラス委員長である雪広あやか、そして佐々木まき絵、宮崎のどかの3名が、『恋占いの石』に挑戦しようとする。だがそれに待ったをかけた者がいた。当然の事ながら千雨である。
「待て、いいんちょ! 危ない!」
「えっ、なんですか千雨さん? ま、まさか貴女もネギ先生を!?」
「ちげーよ!」
千雨はツカツカと、岩と岩の中間の10m地点あたりに歩いて行くと、地面に蹴りを入れる。するとそこに、ドカっと深さ1.5mほどの落とし穴が口を開けた。更にその中には、多数のカエルが蠢いている。
「なっ!?」
「ま、またカエルー!?」
「こ、これは……!!」
「なんか地面の色がおかしかったんでな。何かしら、イタズラが仕掛けてあると思ったんだ」
嘘である。千雨は体内の魔力や『気』を探知するセンサーを使い、油断せずに周辺状況を調べていただけなのだ。そして地下に呪術で創られたカエル(偽)の反応を見つけ、その辺の状況を別のセンサーで詳しく調査、落とし穴を発見したのだ。
落とし穴を仕掛けた者は、余計な事をしたものである。式神のカエルを落とし穴の中に仕込んでいなければ、千雨は多分落とし穴に気付かなかっただろう。
「ネギ先生、すいませんが神社の管理者、神職か巫女さんか誰か知りませんが、イタズラが仕掛けられてた事を伝えて来てくれませんか」
「あ、はい。わかりました長谷川さん」
急ぎ本殿の方に向かうネギを見つつ、千雨は左手を額に当てて首を左右に振る。彼女は体内の通信装置で壊斗に愚痴った。
『関西呪術協会とやらの過激派は、一体何考えてんだろうな……』
『わからん。だが程度の低い嫌がらせを連発して、慣れたころにズドンと本命を仕掛ける可能性もあるな』
『うっわ……。今後とも注意を怠れないってわけか。めんどくせえ……』
千雨は両手で顔を覆った。で、つい伊達眼鏡のガラスに手で触れてしまい、溜息を吐きつつ伊達眼鏡を拭いた。そこで壊斗の心底困った様な声が、彼女の脳裏に響く。
『……ところで俺は今、駐車場にいるんだが。周りに人だかりができてしまっている。どうしたもんだろうな……。
何の変哲もない宇宙戦車にトランスフォームしていると言うのに』
『ちょっと待てーーー!!
地球には宇宙戦車や宇宙戦闘機は無いッ!! 人間形態になって、観光客のフリしてろよ!!』
『む、そうか。それは失敗したな。しかし、どうやってこの人だかりを逃げ出そう……』
『……どうしたもんだろうな。とりあえず、クラクションでも鳴らして発車しろよ。そうすれば、相手の方で避けてくれるんじゃね?』
敵ばかりか、味方も非常識だった。いや、壊斗からすれば未だこの時代、この世界の地球での常識に疎いのは、仕方の無い事だ。責められはしない。千雨はそう考え、全身を襲う脱力感に必死で耐えた。
そして3-A連中は、音羽の滝へ向かう。そこで縁結びの水を飲もうと、女生徒たちは一斉に押し寄せた。
「むっ……」
「う、うまい!? もう一杯!!」
「た、確かに効きそうな……。霊験あらたかなこの味」
「いっぱい飲めば、いっぱい効くかもー!!」
音羽の滝は、3筋の滝の水を飲めばそれぞれ健康、学業、縁結びが成就すると言う物である。3-A連中は、縁結びの滝に集い、他の観光客の迷惑も顧みずに滝の水を飲み続ける。神社の事務局から戻って来たネギですら、注意喚起するほどだ。
「あのー、皆さん。他の人の迷惑にならな……あ、あれ?」
「……何か、みんな酔いつぶれてしまった様ですが」
一人水筒に健康の滝の水を汲んでいた夕映が、ぽつりと呟く。学業の水を飲んでいた千雨は、ちょいと縁結びの滝の水をひしゃくで掬い、舐めて見た。
「なっ!? ネギ先生、これは酒です!」
「ええっ!?」
ネギは慌てて音羽の滝を流している上へ飛びあがる。無意識に魔力で身体強化している様だ。千雨は、おいやめろバカ、魔法バレたらどうすると頭を抱えた。
「なっ! 滝の上にお酒の樽が! いったい誰が!」
「ネギ先生! 酒を止めてください! ただし下手にベタベタ触らない様に! 証拠品ですから!」
「な、は、はいっ!」
「それと、他の先生とも情報共有をした方がいいです!」
その台詞に、夕映が慌てて抗弁する。
「待つです! 新田先生に飲酒が知られでもしたら、修学旅行中止の上、飲酒者の皆さん停学に……」
「んなこと言ってる場合か、綾瀬! 酔いつぶれた奴ら、きちんと手当しねえと万一急性アルコール中毒にでもなったりしたら、そっちの方が大変だ! きちんとした手当てしねえと、アルコールに弱い体質の奴とか命に関わるんだぞ!?」
「……!!」
「えうっ!? 命の危険に!?」
滝の上から降りて来たネギも、顔色が真っ青になる。千雨は噛んで言い含める様に言葉を紡ぐ。
「それに新田先生だったら、誰かの心無いイタズラにより不可抗力で酒を飲まされた、ってきちんと説明すれば分かってくれると思います。あの人は、立派な先生です。厳しいですが、話がわからない人じゃありません」
「……はい!」
そこへ当の新田先生と瀬流彦先生が現れる。そして千雨を始めとする3-Aの残りの生徒たち、およびネギの誠心誠意の説明を受けて、新田先生も生徒たちに責任が無い事を納得した。その分、心無いイタズラをした犯人に対する激怒っぷりは凄まじかったが。
幸いに酔いつぶれた連中は、急性アルコール中毒になった者はいなかった。一同は彼女らをバスに押し込んで、嵐山の旅館へ向かう。なお新田先生は、音羽の滝に酒が流されていたイタズラの件を、現場の事務局や警察などに説明するために1人残ったりした。新田先生は、苦労人なのである。
その晩千雨は温泉に入った後、さっさと就寝しようとする。超ロボット生命体である彼女は、本来であれば睡眠は決して必要不可欠では無い。だが電子頭脳内のデータのデフラグとかを行うために、睡眠状態になる事は全く不要とも言い難いのだ。それに、それが無くとも一応生命体ではあるので、睡眠欲が無いわけでも無いのである。
そんなわけで、彼女は自班である3班に割り当てられた部屋で、布団に
ちなみにこのドロイドは、麻帆良の秘密を探るのに使ったスパイ用ドロイドの流用品である。小鳥型、野ネズミ型、昆虫型等々用途に応じ、色々と取り揃えてあるのだ。閑話休題、千雨は苛立ちを噛み潰して起き上がる。
「うん……むぅ? 千雨さん、どちらへ……?」
「お花摘みだ、いいんちょ」
「ああ、了解ですわスヤァ……」
そして千雨は宿の廊下を駆ける。
(ちっ! 近衛が攫われたっ! 桜咲は何してやがるんだ!?)
刹那はその頃、トイレの前で木乃香が出てくるのを待っていたりする。と言うか、トイレの中には木乃香はおらず、関西呪術協会の過激派……天ヶ崎千草に攫われていたのであるが。
とりあえず千雨は、体内の通信装置で壊斗に連絡を取ると同時に、旅館から飛び出す。
『壊斗! 近衛が攫われた!』
『ああ、こちらにも緊急コールが入ったから知ってる。長谷川、結局は直接介入するのか?』
『気は進まないけど、見捨てるのも後味悪いからな』
『とりあえずバトルスーツ姿になっておけ。俺もバトルスーツ姿で空から追跡する。』
『わかった! わたしも空から行く!』
千雨は物陰で、バトルスーツ姿へ変身する。
「スーツオン!」
そして千雨改めサウザンドレインは、人目が無い事を確認すると重力/慣性制御装置を駆動、大空へと飛翔した。やがて北の空から、壊斗改めサイコブラストのバトルスーツ姿が接近して来る。
合流したサウザンドレインとサイコブラストは、見るからに阿呆臭い標的を発見する。それは大きなサルの着ぐるみを着た、眼鏡の女性……。2人は知らないが、その名前を天ヶ崎千草と言う。
『……何でサル?』
『いや、俺に訊かんでくれ』
『だよなあ……。ん? ああ、やっと気づいて追いかけて来たか』
見遣ると、千草の後方からネギ、明日菜、刹那が追って来ている。サル女、天ヶ崎千草は人払いをしてある駅に逃げ込んだ。どうやら電車で逃げる模様である。
『誘拐しておいて、逃走ルートに電車を組み込む……。マジかよ……。頭痛え……。
って言うか、頭悪いだろ、あのサル女……』
『お。電車に乗り込んだな。じゃあ電車止めるか』
『何やるんだ?』
『架線事故』
サイコブラストが撃った多機能ライフルから放たれた荷電粒子ビームは、電車の架線を断ち切った。これにより、当然ながら電車はストップする。木乃香を抱えたサル女、千草は必死で電車から離脱、逃走を図った。
サウザンドレインとサイコブラストが知る由も無い事だが、千草は本来降りる予定だった駅の周辺に伏兵を置いており、彼等の行いは知らずして千草の思惑を潰していたのである。
『お、ネギ先生たちが誘拐犯を追い詰めたな』
『ふむ、あまり表に出るのも何だな。とりあえず窮地にでもならない限りは……』
『だな。様子見に専念しとくか』
そしてネギたちと天ヶ崎千草は見た目派手な魔法戦闘を繰り広げた後、ネギたちが木乃香を奪還、千草が逃走を図った。またも巨大なサルの着ぐるみ状式神を術で出現させ、空を飛べるそれにしがみ付く様にして、である。何かしら、サルに対する脅迫観念でもあるのか、とサウザンドレインは疑問に思う。
『……とりあえず、麻痺光線で撃っておくか』
『それがいいだろ』
サウザンドレインは天ヶ崎千草を、こっそり超上空の雲間から、麻痺光線で撃っておく。そうしたら天ヶ崎千草は川に落ちて行方不明になった。
『結局逃げられた事になるのか?』
『だろうな』
『失敗したかな……。やれやれ、この騒ぎがまだ続くって事か……』
『とにかく、今日はお互い旅館へ帰るとしよう。色々あって、疲れてるだろ?』
『まあ、な』
サウザンドレインは旅館へ帰り、千雨に戻る事にする。サイコブラストすなわち壊斗は、彼は彼で千雨たち修学旅行生が泊まっている宿の近くの、別の旅館に宿泊しているとの事。お互いに大空でお休みを言うと、彼等は上空で別れた。
千雨は旅館に戻り、こっそりと中へ入る。そしてそっと自分たち3班に割り当てられた部屋へ戻ろうとした。と、彼女は旅館の入り口から入って来る初老の男性に気付く。
「む? 長谷川か? こんな夜中に出歩いてないで、さっさと就寝しなさい」
「あ、いえ。ちょっと小用でして。部屋のトイレが埋まってたもので、外のトイレに」
「そんな理由なら、仕方ないか。だが、早目に部屋に戻りなさい」
その人物は、新田先生である。おそらく警察や神社他との事情聴取や話し合いで、今の今までかかったのであろう。流石に彼の顔には、疲労の色が濃かった。千雨は小さく頭を下げると、口の中だけでご苦労様です、と呟く。新田先生は、生徒の為なら人知れず、どんな苦労でも買って出てくれる、尊敬できる先生なのだ。
尊敬できる大人:新田先生
尊敬できない大人:天ヶ崎千草
……と言うお話でした。