3-A修学旅行における班分けの3班に、千雨は含まれている。そしてその3班には、朝倉和美も含まれていたりした。そんなわけで、この班の修学旅行三日目自由行動日は、さぞかしギスギスした雰囲気になるかと思いきや……実はそうでも無かったのである。
千雨は見た目普通に行動していたし、和美もまたいつも通り明るく振る舞っている様に見せていた。少なくとも、班の雰囲気が悪くならない程度には。ただし、見るべき者が見れば、千雨も和美も互いの接触を可能な限り避けている事は見て取れる。
そんなわけで、班長である雪広あやかいいんちょはネギと共に行動できない事を嘆いているのでとりあえず置いといて、動いたのは那波千鶴である。彼女は班メンバーの村上夏美に頼んで他の面々を引き離してもらい、千雨に話しかけて来た。
「ねえ千雨ちゃん。和美ちゃんと何かあったの?」
「あったよ?」
「……あらあら、まあ」
千鶴は真正直に答えられるとは思わなかった模様で、手を頬にあてて驚きの声を上げる。驚いている様には見えないが。
「何があったかは、聞いていいかしら?」
「駄目だ。わたしと奴だけじゃない、第三者が深く関係した事だし。そっちのプライバシーとかも大きく関わって来るからな」
「あら、そう……。それは難しいわねえ」
うーん、と小首を
「仲直りはできない? 千雨ちゃん、そんなに怒ってるの?」
「怒ってる……って言うのとは違うな。いや、朝倉と話すまでは怒ってたと思う。物凄く、物凄く。ただ、奴と話してからは怒るんじゃなく、なんて言うのかな……。あまりの言い草に、そこを通り抜けちまった」
「……もしかしたら、見限った?」
「ああ、それだ。なんて言うのかね。もう腹も立たないし、かと言って仲直りしようとか言う気持ちにもならない……違うな、『なれない』んだ。関わり合いになりたくない」
千鶴は滅多に見せない悲し気な顔で、呟く様に言う。
「……それは、物凄く悲しい、寂しい事よ?」
「わかってるつもりだけどさ。そこまで行き着いちまったのは、わたしのせいなのかな? それはわたしが言われないとならない事なのかな? たぶん違うと思うが」
「そう、ね……」
小さく千鶴は頷く。それは悲しそうに。それを見た千雨は申し訳なく思うが、しかし自分の情動はそう制御できるものではない。そうこうしているうちに、他の面々が戻って来た。
そして千雨たち3班は、京都の観光スポットであるシネマ村へと向かう。道中で千雨は、自身の電子頭脳に転送されてくるドロイド群からの情報を、物思いに沈んでいるフリをして整理していた。
(ネギ先生に付けてた小鳥型ドロイドからは、なんとかネギ先生が敵の狼男っぽいガキを退けて勝利したって情報が送られて来たか。けど、こっそり後を付いて来てた宮崎と綾瀬に、魔法がバレちまった……。どうしたもんだろうな。どうしようも無いな。
しかし、もう一方の近衛と桜咲に付けてた野ネズミ型ドロイドは、桜咲の高機動力で振り切られちまった。何かしら、暗器を使って来る隠密状態の敵と交戦してたみたいだが。シネマ村へ向かってたみたいなのが、不幸中の幸いか)
そこへ壊斗からの通信が入る。壊斗の声が、千雨の脳裏に響いた。
『あの近衛とか言う娘と、桜咲とか言う娘が、シネマ村に入ったぞ』
『助かる、壊斗。場所は?』
『西にある『忍者の里のみやげもの屋』で、甘食を買って食ってる』
『……のん気だな。近くに近衛たちを追ってる奴は居なかったか?』
『一応居場所はチェックしてるが、近場にドロイドが無いんだ。向かわせている』
『了解』
そして千雨は3班の面々と共に、シネマ村へ入場する。実は彼女は中で3班とはぐれたフリをして、木乃香と刹那の近場に行こうとしていたのだ。しかしはぐれたフリをしたまでは良かったが、3班の残りの面々も木乃香と刹那を発見して寄って来てしまい、芋づる式に千雨まで発見されてしまったのである。
千雨は頭を抱えた。
千雨は頭を抱えていた。彼女は体内の通信装置で、壊徒に向かい愚痴る。
『なあ壊斗……。近衛を攫おうとしてる、この女……。何考えてんだろう。こんな風に妖怪あからさまに出現させていいのかよ』
そう、木乃香を誘拐しようとしている敵の一人である月詠と言う少女……。神鳴流の一員らしいのだが、そいつはシネマ村でよく観客を巻き込んで行われる即興劇に
そしてその決闘の場で、刹那に味方する3-Aは3班の面々の相手をさせるため、多数の妖怪を呪符から呼び出したのである。ぶっちゃけ観衆や3班の面々は、何かの手品だと思っている。あれがおそらく本物の妖怪だ、と理解して引き攣っているのは、和美だけであった。
『フン、朝倉もようやく少しは理解したか』
『周囲の人間は皆、何らかのトリックか、着ぐるみだとでも思い込んでる様だな。それよりも本命のその少女、そこそこできるぞ。注意しておいた方がいい』
『げ。マジかよ……。わかった、サンキュ』
壊斗の言葉に、千雨は注意を月詠へと向ける。月詠は今のところ、刹那にのみ集中している模様だ。
『しかしこんな真昼間から、あまり派手にやるわけにもいかんな。俺は基本、陰からサポートする。まあ……仕方ない時は直接介入するが』
『わかった、頼むな』
激しい戦闘が始まる。ちなみにこの場の一同は、貸衣装で仮装していた。木乃香が江戸時代の御姫様風、刹那が新撰組風の姿に何時もの野太刀『夕凪』を佩いている。なお千雨の姿は明治から大正の書生風であるが、何故かゴツい小手とブーツを身に着けていた。
そして千雨は月詠が呼び出した妖怪を叩き伏せて行く。なおちょっとばかり力が入り過ぎたのは、人間としての千雨を殺しかけた
更に言えば、ネギが突然シネマ村に来て木乃香を連れてこの場から逃げ出したりしたが、千雨はセンサーでそのネギが実体でない事に気づいていたりする。ネギは刹那との連絡用にしていた式神を逆用し、それをこちらに飛ばして来たのだ。そうやってこちらの様子を知ろうとしていたらしい。
ちなみに千雨は自身のボディに内蔵されている戦闘プログラムを駆使し、妖怪共を次から次へと倒していたが、他の一般人の面々はそうも行かない。武術の腕前でなんとか拮抗していたいいんちょも、ついに巨大招き猫の下敷きになった。
「あ。いいんちょが潰された。まあ、一般人殺す気は無いっぽいが……。
む……!?」
ここでシネマ村内にある城の天守に、ネギの式神と木乃香が追い詰められていた。巨大な使い魔と思しき怪物が、弓矢を構えて木乃香を狙っている。そして黒い長髪の眼鏡の女……天ヶ崎千草と白髪の少年が、大きなサルの着ぐるみの式神と共に、怪物の脇に立っていた。
そして千草は嘲笑混じりに大声を張り上げる。
「
(鬼、っつーか悪魔だよなアレ。顔に貼られてる呪符も、和風のじゃなくて西洋風だし)
千雨がのん気な事を考えて平然としているのには、理由がある。千草、白髪の少年、サルの着ぐるみの式神、そして矢を構えた怪物のその更に後ろに、1人の人影があったからだ。それは神主風の着衣を身に着け、のっぺりとした凹凸の無い真っ白い仮面を被っている。
見た目で怪しさが大爆発しているのに、誰も彼の事に気付かない。と言うか、観衆やネギ、木乃香、刹那、3班の面々はこの神主姿の人物が敵の一員だと思っているに違いなかった。そして神主姿は腰に佩いている大刀を抜き放ち、居合い斬りを放つ。
シュッ……。チィン……。ビンッ!!
使い魔の怪物が構えていた弓の、弓弦が切断される。当然つがえてあった矢は、明後日の方向へショボい速度で飛んだ。
「あーーーっ!? なんで弓弦が切れるんや……な、なんやアンタ!? 何者や! いつからそこに!」
「……天呼ぶ、地呼ぶ、人が呼ぶ。悪を倒せと、俺を呼ぶ」
千草の言葉に答えてか否か、何処ぞの往年の特撮ヒーロー登場台詞を呟く神主姿。当然ながら、この神主姿は壊斗である。壊斗の実力に脅威を感じたか、白髪の少年が中国拳法の構えで殴りかかる。壊斗は『うねりっ』とした動きでそれを躱すと、その少年と丁々発止の戦いを繰り広げた。
一方千雨は、刹那と月詠の戦いに強引に割り込む。
「にと~れんげき、ざんがんけん~。……あら?」
ガギィ!!
鈍い音と共に、千雨の小手は二刀による神鳴流奥義、斬岩剣を確と受け止めた。千雨は刹那に叫ぶ。
「桜咲! おまえは城の天守閣、近衛のところに急げ! こいつはわたしが引き受けた!
……躊躇してんじゃねえ! 優先順位を間違えんな!」
「……! お願いします、長谷川さん!」
月詠は、二刀連撃斬岩剣を受け止めた千雨の右腕に目を遣る。そこには黒光りする金属製の小手が、鈍い輝きを放っている。
「あら~? いけずですわ~。せっかくの心躍るセンパイとの戦いでしたのに~。
けれどその小手、斬岩剣の2刀を受け止めて無事と言うのは、不思議どすえなあ?」
「業物だからな」
「そんないけずな小手は、こうさせてもらいますえ~。腕まで斬れてしまうかもしれまへんけど、切り口は綺麗なはずやから、お医者で繋いでもらうとよろしゅおすえ~」
物騒な台詞と共に、月詠は剣技を繰り出す。千雨はその二刀を、左右の小手で一刀ずつ受けた。
「にと~れんげき、ざんてつせん~。……あ、あら~?」
「斬鉄閃って言うからには、鉄でも斬れる斬撃なんだろうけどよ。超合金……セイバートニューロンは流石に無理だったッポイな」
セイバートニューロンは、トランスフォーマーの中でも特別な者が自らのボディに用いている超合金……超硬合金である。その強度は見ての通り、折り紙付きだ。……いや、実はこの小手とブーツは、千雨が人間形態に変身する際にちょっとどころじゃなく必死の苦労をして、手や足を小手やブーツの形状にしていただけなのである。
そう、この小手とブーツは、実は千雨の手足そのものなのだ。つまり見た目は小手やブーツなのだが、強度的には超ロボット生命体である千雨の手足そのものの頑丈さを持っている。当然ながら超合金セイバートニューロン製だ。つまり千雨はその気になれば、素手で神鳴流の奥義を受け止める事もできたりするのだ。小手やブーツの形にしていたのは、単に言い訳のためでしかない。
閑話休題、千雨は一瞬
「この手ごたえ……。胴体にも、なんや防具を仕込んでますのん?」
「当たり前だろ。そうでなきゃ、技量で劣るわたしが桜咲の代わりなんか申し出るかよ」
まあ、嘘である。胴体に突き刺さった暗器は、千雨の表皮で防がれたのだ。ちなみに血液検査などの際は、千雨が針が刺さる様に念じると刺さる上に、偽装用の血液が注射器に送られるので、便利としか言いようが無い。
何にせよ、身体能力的には人間形態とは言え、トランスフォーマーである千雨の方が上だ。また戦闘技能も、戦闘プログラムと言う形で身体に刻まれていた。しかし戦闘経験、実戦経験では大きく相手に後れを取っている。ただし相手の攻撃が千雨になかなか通用しないので、千雨の優位は動かない。
一方城の天守閣では、どうやら刹那が参戦して天ヶ崎千草とサル着ぐるみの式神を相手取った事で、戦いのバランスが味方側に傾いた模様だ。敵の数が減って余裕の出来た壊斗が、懐から単筒を取り出して使い魔の怪物に発砲する。弾丸は、過たず命中。すると使い魔の怪物の胴体には、まるで大砲でもくらったかの様に大穴が開く。使い魔の怪物は、一瞬で消滅した。
「なー! なんやその鉄砲は!」
「……千草さん。静かに。……興味深いね、その単筒」
「いい出来だろう? と言うか、単筒に見せてはいるがね。構造は現代式の拳銃さ。単発式だがね。
そして実際の所、大事なのは単筒じゃない。装填されている弾丸だ。周辺魔力を喰らって、破壊力に転換する、俺の最新の研究成果さ。つまりは、君の張っていた曼陀羅の障壁もね? 魔力を喰らわれてそのまんま君の胴体に破壊力として叩き込まれるわけだ、コレが」
そう言った壊斗は、懐から2丁目の単筒を引っ張り出す。
「……で、同じ弾丸を装填している銃が、これ以外にあと2つあるんだがね」
「……千草さん。退くよ」
「な、なんやてー!?」
「あの銃弾は、まずい。彼の言葉が本当であるなら、僕にとっても千草さんにとっても、天敵だ。残りの数は嘘かもしれないが、本当だったらこちらが詰む」
「そ、そやかて! せっかくここまでやったんに!」
天ヶ崎千草のその台詞を最後に、天守から敵影は消えた。白髪の少年がこっそり撒いていた水を媒介にして、転移魔法を使って逃げたのだ。
天守閣の様子を横目で見た月詠は、ずざっと後ずさると千雨に向かって言う。
「どうやら今回はここまでのようどすな~。それではごきげんよう~。」
「2度と会いたくないもんだな。」
「そんなこと言わんと、またやりましょうや~。今度はそちらさんも刃物で、がよろしおますな~。今日はとっても楽しかったどすえ~。
ではまた~。」
月詠は疾風の速さで逃げ去って行く。千雨は溜息を吐いた。そこへ3班の中でも一番一般人の、村上夏美が話しかけて来る。
「長谷川さん、すっごい強いんだねー。知らなかったよー」
「ん? ああ、いや……。ちょっとばかり春先に、事件に巻き込まれてな。それから思う所あって、必死に鍛えてた。内緒にしてたんだが、バレちまったな」
「……」
ここで『春先の事件』と言う台詞を聞き、和美が唇を噛んだ。視界の端でそれを見た千雨だったが、あえて気にせずに城の天守の壊斗へ手を振る。壊斗も手を振り返し、そして瞬時に姿を消した。
「あ、仮面の神主さん消えちゃった」
「お知り合い? 千雨ちゃん」
「ああ」
千鶴に頷きを返し、彼女は周辺を見回す。そして溜息を深々と吐いた。そこには気絶した妖怪どもと、気絶したいいんちょが倒れ伏している。後始末を考えて、彼女は再度大きく溜息を吐いた。
というわけで、魔改造ちうたん実は強いです。通常形態でも、基本構造に超合金使ってますので、刃物とか通りませんし。