ちゃぶ台を挟んで、千雨はあの球体が核となって再生、出現した男と向かい合っていた。いや、彼女は今にもちゃぶ台をひっくり返して怒鳴り散らしたい気持ちであったのだが。
とりあえず彼女は、インスタントのコーヒーを淹れて自分と男の前に置く。正直なところ、そのコーヒーをがぶがぶ飲んで落ち着きたいところであったが、いかんせんコーヒーはまだ熱い。がぶ飲みしたら、火傷間違いなしだ。
「これは恐縮」
「いや、恐縮しないでいいから飲めよ。それと事情説明しろ」
普通であれば、千雨は初対面の相手には猫を被った丁寧な口調を使う。だがしかし、あまりにも非常識な現象を前に、彼女は猫を被るだけの精神力が残っていなかった。少々はすっぱじみた口調になっても、責められはしまい。
男は、苦笑しつつコーヒーを口に運び、そして語りだす。
「自己紹介がまだだったな。俺は超ロボット生命体……。トランスフォーマーと言う種族で、その中でも悪の軍団と言われているデストロン軍団の兵士だ。軍団での役職と名前は、科学参謀サイコブラストと言う。
もっとも今やデストロンからは離反し、デストロンと敵対する正義の軍団サイバトロンにも入れず、両方から追われる立場だ」
「……なんか、SFだな。サイエンス・フィクションじゃなく、サイエンス・ファンタジーって方の。信じらんねー……。
って言うか、この世界にそんな正義と悪の軍団がいるのか? ロボット生命体……超ロボット生命体、だっけ?そんなのの軍団が?」
「あ、いや。たぶんこの世界にいる超ロボット生命体は、俺1人だ。まあ、もしかしたらこの世界にも、この世界のトランスフォーマーが存在しないとは言い切れないが、な」
「??? なんか、あんたがこの世界の住人じゃないみたいな言い方だな?」
男……サイコブラストは、頷いて言う。
「ああ。俺は悪のデストロン軍団に
時空に開けられた穴が直系10cmも無かったんで、自分の存在を圧縮してなんとかその穴を通り抜けたんだがな。次元転移中に次元乱流を乗り切るため、エネルギーを使い果たしてなあ」
「……それであの球っころ状態で、飢え死にしかけてたってわけか。あー……。なんか、もう頭がパニックになって、いっぱいいっぱいだ。
全部でまかせの大噓だって言うんなら、どんだけいいか。けど、目の前で見ちまったし……」
「くくく、済まんな」
「この世界に、そんな正義のロボット軍団や悪のロボット軍団がいないだけマシか……」
くすくすと笑った後、サイコブラストは居住まいを正す。
「さて、俺はお前さんをなんて呼べばいい?」
「あ、そっか。わたしも自己紹介してなかったもんな。わたしは長谷川千雨だ」
「ふむ、そこの本立てにある本のタイトルなどから見て、ここは日本、だな?となるとハセガワがファミリーネームか。
ハセガワ、お前は俺にとって、命の恩人だ。今は何の礼もできんが……。この恩義は忘れはしない。何時かかならず恩は返す」
サイコブラストの言葉に、千雨は面食らう。彼女は慌てて言った。
「い、いや。そんなに気にすんなよ。サイコ……ブラストだっけ?……日本で暮らすんなら、その名前はちょっと何だよな」
「おお、そう言えばそうかも知れないな。そうだな……。ならば、姓は適当に決めて……。名前は……。うん、『
「カイト……。歌でも歌って、アイス食うのか?それとも手品が得意で、夜ごと怪盗として宝石盗むのか?」
「よくわからんが、何か違う気がするぞ。」
そしてサイコブラスト……壊斗は立ち上がる。
「さて、あまり長居すると、誰かに見つかってしまうかも知れないな。俺はともかく、ハセガワは部屋に男を連れ込んでたとか言われるとマズいんじゃないか?」
「あ……。そう言やそうだな」
「とりあえず、そろそろお
そう言うと壊斗は窓際に歩み寄り、窓を開け放つ。冬の寒気が部屋に流れ込み、千雨は思わず身震いをした。と、次の瞬間彼女は己が目を疑い、そして更に次の瞬間には納得する。『ああ、こいつ超ロボットなんちゃらだったっけ』と。
何が起きたかと言うと、壊斗が変身したのである。壊斗は小さく叫んだ。
「スーツオン!」
壊斗の姿が変わった。まるでパワードスーツか何かの様だ。彼は窓から飛び出すと、空中にまるで足場があるかの様に立ちあがる。
「く、空中に立ってる? な、な……。い、いや。さっきの非常識な出現ぶりからすりゃ、この程度は……。いや、やっぱアレだろ、ナニがどうして……」
『ああ、重力/慣性制御のちょっとした応用だ。気にするな』
「あー、うん。は、ははは……」
『では……。プリテンダー!』
そして壊斗は、更に変身した。全高14mほどの、巨大ロボットがそこに存在していた。昼間じゃなく、深夜でほんとーに良かった、と千雨は内心独り言ちる。巨大ロボット・サイコブラストは千雨に話しかける。
『このロボットモードが、俺の本当の姿だ。この姿なら、この世界における大抵の戦力には負ける事は無いと思う。
そうだ、な。この腕時計型通信機をやろう。もし何か俺の力が必要な時が来たら、連絡してくれ。恩義は……借りは必ず返す』
「か、借りなんて思わなくていいって。と言うか、わたしを日常に帰してほしい……」
『くくく、わかった。だがな、本当にもしもの時は遠慮なしに頼れ、ハセガワ。
じゃあこれでひとまず、お別れだ。では、またな。トランスフォーム!』
「あげくに変形かよっ!?」
サイコブラストはギゴガゴと言う擬音と共にSFチックな宇宙戦闘機に姿を変えると、エンジンから噴射炎を噴かして空の彼方へと飛び去る。盛大な溜息を吐き、千雨は半ば無意識で窓を閉じると暖房の目盛りを上げ、ベッドに横になった。
「ふあああぁぁぁ……。変な夢見たな……。」
千雨は
(っと、メールチェックしておくか……)
千雨は登校前に、メールのチェックをしておこうと
(ありゃん?)
急ぎ千雨は、洗面所に再度駆け込む。洗面所の端には、昨夜に洗って干して置いたキーボードが立てかけてある。
(……い、いや。キーボード洗ったのは記憶にある。その後、ベッドに入ったはず。だから昨夜のアレは夢……)
キーボードを持って、パソコンデスクの所まで戻った千雨は、パソコンデスクの上に散乱しているプリントアウト等々を片付けてキーボードを置き、接続しようとした。だが彼女はプリントアウトの下から出て来た、ある物を見て崩れ落ちる。
「……夢じゃ、なかった」
プリントアウトの下から出て来たそれは、ちょっとばかりゴツい多機能型の腕時計……に見える、特殊な通信機だった。そう、超ロボット生命体トランスフォーマー・サイコブラストとの連絡用に渡された、腕時計型通信機だったのだ。
千雨は頭を抱えた。
と言う訳で、球体の正体は異世界からやってきたデストロン・プリテンダー(ただしデストロン軍団脱退済み)でした。