鋭い拳撃の連打が、千雨を叩きのめさんとする。だが千雨は、顔や剥き出しの部位に命中する物だけを的確に金属製の小手で防ぎ、いなし、他はあたるに任せた。いや、攻撃が鋭すぎて、その程度しか防げなかったと言うのもあるのだが。
ゴスッ!ドスドスドスッ!
鈍い、と言うか何かしら硬い物をバットで殴った様な、そんな音がした。千雨の対戦相手である古菲は、殴った感触に脅威を覚える。
「いったいどんな防具使ってるアル? ぜんぜん打撃が通らないアルね」
「済まんが、門外不出の秘密だ。悪いな」
「殴った手が痛いアルよ」
言いつつ古は上段の蹴りを繰り出す。千雨は戦闘プログラムにより、それを高く上げた脚に履いたブーツで受けた。しかし古はその動きを最初から予想していた様だ。彼女は蹴りを受けられた反動を利用し、身体を小さく屈めて素早く左回転、千雨の軸足を蹴り払う。
千雨は転倒しかける。しかし彼女は大地に手を着いて逆立ち状態になると、その手を軸にして回転し、まるで竹とんぼか何かの様に連続した回転蹴りを放った。慌てて後退する古。千雨はすかさず立ち上がり、古に向き直った。
「流石に素早いな。相打ち狙いですらも、こっちの攻撃があんまりあたらねえ」
「そのかわり、あたった攻撃は重くてかなりのダメージになってるアル。まるで、棍棒で殴られた気分アルよ。それにこっちの攻撃は、あたっても防具に防がれて、何の意味もなさそうアルね」
「あー。うん。そんなもんだろうな……」
そして古菲は、すっと全身から余計な力を抜くと構えを取る。千雨もまた、それに倣った。
古菲がニコニコと笑う。ただしその姿は、けっこうボロボロだ。一方の千雨は、信じられない物を見る視線で古を眺めている。千雨は己のみぞおちを、右手で撫でさすっていた。彼女は、手合わせ中は外していた伊達眼鏡をかけつつ、ぼやく。
「おま、こっちの防具
「済まないアルね。手合わせと言う事をついつい失念してしまったアルよ」
「まあ、それについてはわたしも、ついつい必死になっちまったしなあ。怪我、大丈夫か?」
まあ、そう言う事である。一応手合わせは引き分けと言う事で終わらせたが、千雨は正直驚いていた。彼女の身体は、表面……外装や装甲と、骨格……フレーム構造は超合金セイバートニューロンで出来ている。だが内部装置の類は、やはり超合金だけで造るわけにもいかず、強度的に劣るのは必定なのだ。
そこへ古が浸透勁と一般に呼ばれる技を、思い切り打ち込んで来たのである。千雨が知覚したところによれば、この技はいわゆる『気』とかに分類される技では無い。震脚から生み出された力学的エネルギーを足首、膝、股関節、腰、背骨、肩、肘、手首、掌へと順に伝えるうちに、螺旋の力として増幅し、相手に叩き込む技術だ。
それがどうして装甲……千雨の表皮を貫通して内部に叩き込まれたのかと言うと、最終的な衝撃の発生点である掌で、衝撃のエネルギーが何がしかの振動となり、千雨の胴体内で固有振動数が調律されて再現され、直接体内で爆発的な威力が発生したのだ。
何を言っているのかわからないと思うが、千雨も分かっていない。ただわかる事は、短距離ではあるが遠隔で空間を飛び越えて攻撃する手段がこの世の中には存在する、と言う事である。実際、自動的に修復中であるが、千雨の腹の中はけっこうなダメージを負っていた。
(……得られたデータを壊斗に渡して、対策を取ってもらう必要があるな。あと戦闘技術って面でも、相手の攻撃を素直に受けての相打ち戦法は、やっぱり危険だって事か)
そこへ古が、真面目な顔で話しかけて来る。
「……長谷川、でも大丈夫アルか?」
「む? まあ、なんとかな。どうした?」
「……春先に何かしら事件に出くわして、それ以来一生懸命鍛えたって言ってた、って聞いたアルよ。その事件で、怪我したアルか? ……さっき、長谷川の腹を打ったときの手ごたえ。いや、防具の話じゃないアルね。腹の中に、金属プレートとか入れてないアルか?」
「!!」
千雨の顔が引き攣る。古は心底心配そうな様子で語る。
「防具の向こうで、何やら金属がこすれるような感触が、技の手ごたえとして伝わってきたアルね。胴体の背骨とかアバラとか金属プレートで止めてるんだったら、ソレが外れたりしたらエラい事アル」
「……あー、いや平気だとは言わんが。だが大丈夫、ダメージも今まさに回復中だ」
「……。」
千雨はわしゃわしゃと自身の頭を掻いた。彼女は古菲をまだまだ見誤っていた、見くびっていたと言う物だろう。
「……古、その辺にはちょっとばかり秘密があるんだ。こないだちょっと話で触れた、格闘の師匠と相談してから、その辺教えるかどうか決めるからよ。ただ、心配はしないでいい。それだけは保証しとく」
「……わかったアル! それじゃあ、また機会があったら手合わせするアルよ! そろそろ中武研の時間アルから、ワタシ行くアルね!」
「一応保健室よってけ。見た目があまりに酷過ぎる」
「わかったアル!」
駆けて行く古菲を見送りつつ、千雨は溜息を吐いた。そして彼女は体内の通信装置を使い、壊斗に連絡を取る。色々と相談しなければならない事が、たくさんあった。
ようやくの事でみぞおち奥のダメージが消えた千雨は、寮へ帰る前に中等部図書室へ出向く。彼女は図書室を最近よく利用する様になっており、今日は借りた本を返すべくそちらへ向かったのだ。と、そこではネギが明日菜や図書館探検部の者たちと集まって、何やら話している。
「……何やってるんです? ネギ先生」
「あ、長谷川さん。いえ、先日修学旅行先の京都で手に入れた、麻帆良学園の地図の束なんですが。これ、僕の父が研究してた資料だと言う話なんですよ」
「……あー」
千雨は、ネギの父であるナギ・スプリングフィールドが死んだと聞かされている。だからこそ、エヴァンジェリンも封印の呪いを解くために、息子であるネギの血液を狙ったのだから。
「で、これの何処かに行方不明の父の手がかりがあるかもと言う話なので」
「えっ!?」
「……どうしました?」
「あ、ああいや、続けてください」
一瞬動揺を表に出してしまった千雨は、慌てて取り繕う。ナギ・スプリングフィールドは死んだのではなく、単に行方不明だったのだろうか。情報が交錯していて、良くはわからない。だが、ネギは父親がまだ生きていると確信している模様だ。
「まあ、そんなわけで図書館探検部の皆さんに、協力を依頼していたんですよ。暗号で書かれてるんで、けっこう大変で」
「ふうん……。ちょっと拝見していいでしょうか?」
「あ、はい」
千雨はその地図の山を、1枚1枚眺めて行く。と言うか、実は彼女は自身の眼であるカメラアイで、画像をスキャンし取り込んでいるのだ。ちなみに千雨が中等部図書室をよく利用する様になったのも、そこに置いてある本をスキャンし、頭脳回路のメモリーチップに取り込んでしまえる様になったためだ。
彼女は図書室に置いてある本を、興味の向くままどんどん丸ごとコピーしているのである。既に千雨は、興味の向かない類の本を除き、中等部図書室の蔵書の6割をメモリーチップに取り込んでいた。この調子であれば、近いうちに図書室の本をほぼ全てデータ化してしまうだろう。
ただし、彼女は中等部の図書室はともかく図書館島へはなかなか行こうと思わない。と言うか、かつて
まあそれはともかく、彼女は地図をスキャンし、それに書き込まれている文章の暗号を自身の電子頭脳で解析しようとした。千雨はトランスフォーマー化されてから、単純な暗記物や計算問題などは、物凄く得意なのである。そして暗号解読と言うのはぶっちゃけた話、単に莫大な計算を要する数学の問題であったりするのだ。
だが千雨は、思わず脱力して膝をつく。ネギや周囲の面々は、慌てた。
「わーーー!?長谷川さん、急に大丈夫ですか!?」
「貧血!?」
「どうしたのよ長谷川!」
「……いや、あまりの事に凄まじく脱力してしまっただけです。ネギ先生、地図の8枚目を良く見てください……」
「えっ……」
「ここです」
千雨は必死の努力で立ち上がり、ネギが図書室の机上に広げていた地図の1ヶ所を指差す。そこには……。
「えーっと。『オレノ テガカリ』……。手がかりだーーー!?」
「「「「ええーーーっ!?」」」」
そこには、デフォルメされた人の顔、おそらくはナギ・スプリングフィールドなのだろうが、そのイラストと、日本語で『オレノ テガカリ』と書かれてあった。暗号でもなんでもない。
「だとすると、ここに行けば父さんの手がかりが……」
「待ってください。その手前に、『DANGER』とあって、猛獣の様な絵が描かれてます。うかつには行けないのでは?」
「えっ!?」
千雨の指摘に、ネギは地図を見直す。確かに千雨が言った様な、危険を知らせる書き込みがしてあった。ちなみにネギは今現在、学園長によって封印処置を受け、魔法が使えない状況である。危険に立ち向かう事など、不可能だ。
「ど、どうしよう……」
「……学園の事を一番知ってるのは、学園長先生でしょう。あちらのお時間が空いている時を見計らって、ご相談してみては?」
なんなら、彼女からこっそり学園長に口添えしても良い、と千雨は考えていた。だがしかし、この場にはネギと千雨以外の者達が居るのを、彼女はつい考えから外していたのである。
「そうねー。ネギ、その方がいいわよ」
「はうう……。ネギせんせー、猛獣相手は……」
「何言ってるのよ! 危険溢れる地下探検! 前人未到の地を冒険するロマン! 恐れていては何も手に入らないよ!」
「パル、それは冒険じゃなく無謀と言う物です。それに地図があると言うことは、前人未到じゃ無いです」
「いやいやいや! 成功率なんてのは単なる目安よ! あとは勇気で補えばいい!」
「あんたソレ、かっこいい台詞だから使いたかっただけでしょ!」
大騒ぎになる中等部図書室。千雨は失敗したか、と頭を抱えた。特に早乙女ハルナがこの場に居たのがマズい。お祭り好きな性格をしているオタク女子と言う難儀な質であり、友人知人を巻き込んで騒ぎにする事を全く厭わないどころか好んでいる。いや、少しは他人の迷惑を考えて欲しいものだが。つまり考えようともしないのである……他人の迷惑を。
と、千雨のセンサーに、とある人物が図書室に近寄って来るのが感じられる。千雨は頭痛がしてきた。この後の展開は、容易に予想がつく。そしてその人物は、図書室へと入って来る。
「こらーーー!! 図書室で騒ぐんじゃない!! ……また3-Aの奴らか!! ネギ先生まで一緒になって!! 全員正座ーーーッ!!」
新田先生の怒声に、ある意味では助かったな、と思う千雨だった。彼女は超ロボット生命体であるが故、正座もさほど苦ではない。足が痺れるとか言う事も無いし。けれどほとんど巻き添えで、罰を受けるのはやはり何か釈然としなかった。
正座するトランスフォーマーと言うと、