千雨は昨夜の事を思い出していた。彼女が『まほら武道会』予選が終わった会場から帰ろうとしたら、そこを佐倉愛衣に見つかって、高音・D・グッドマンと愛衣が彼女に謝りに来たのである。彼女たちは春先に、千雨が
千雨は毎回恒例の如く、気にされ無いのは腹が立つが、気にされ過ぎるとこちらの気が重いので、謝罪は受け取るから気にするな、と言った。瀬流彦先生とガンドルフィーニ先生は大人だった事もあり、当人たちも内心ではどうだったにせよ、これで話は済んだ。しかし高音と愛衣の場合は彼女らが若い事もあって、一夜明けた今なお済まなそうな様子を見せている。
「やれやれ……」
そして今、彼女は『まほら武道会』本選当日である今日、朝からその観戦に来ていたのだが……。選手席の方から、ちらちらと視線を感じる。いや一般席からも彼女を見遣るその視線は存在していた。当然ながら、高音と愛衣である。やり辛くて仕方が無かった。
(グッドマン先輩は、しかし超の企みを知るための囮要員としての任務か。危ういかも知れない実際の調査は魔法先生に任せて、魔法生徒である彼女には超らの目を惹き付ける役目、か)
昨晩の高音の様子が、あまりに出場が不本意そうだったため、学園長である近右衛門に電話で聞いてみたのである。そうしたら超が何がしかの騒ぎを起こすべく企んでいる可能性があるらしく、学園側はとりあえず予防的に動いている様だ。そして高音の『まほら武道会』参戦は、その一環だったのである。
(超、何やってやがんだ……。だから頭超絶に良いのに問題生徒だって目ぇ付けられるんだよ)
「お、始まるぞ」
「あ、うん」
考え事をしていると、隣にいる壊斗が声をかけて来る。千雨は試合場の方に意識を向けた。
第一試合は犬上小太郎と、一般人のキックボクサー薩摩四郎とか言う人物の対戦だ。何と言うか、見どころの無い試合と言うか、小太郎がさっくり勝った。小太郎は気弾も分身も、瞬動すら使わないで、貫録勝ちと言えばいいのか、ちょっと面白味の無い試合であった。
しかし特筆すべきは、小太郎が『技』を何一つ使わずに詰将棋の様に相手を倒した事だろう。格下相手であっても油断の1つせずに、そして観戦している他のライバルたちに自分の技を明かさずに、勝利したのだ。まあ他の面々、ことに長瀬楓あたりは、小太郎が瞬動術はおろか分身や狗神を使う事も知ってはいるが。
その楓は、選手席でぽつりと呟いたものだ。
「む……。小太郎、通常技や普通の動きが以前とは段違いでござるな。これはおそらく他の『技』の練度も……」
「ほう? あの子供、何やら隠し技でもあるのか」
「いや、真名。聞かなかった事にして欲しいでござれば。ネギ坊主の友人が必死に隠し通したものを拙者がバラしたとなれば、ネギ坊主から怒られてしまうでござるよ。
……ことに最近のネギ坊主は、怖いでござるからに」
「……確かに怖いな。小さな新田先生かと思う時が、わたしもあるよ」
「それでも嫌われたりせずに、時折は生徒たちの玩具にされている……否、『玩具になってくれている』のが、ネギ坊主なんでござるがな。
……聞かれてないでござるよね?」
「だ、大丈夫だと思うが?」
楓と真名は、あくまで小太郎の応援のネギが居るはずも無い選手席で、思わずきょろきょろと左右を見遣る。いや、一瞬あの笑顔と、その背後に響く『ゴゴゴゴゴゴ……』と言う擬音が、見えて聞こえた気がしたのだ。幸いにも気のせいであったらしい。
第二試合は、大豪院ポチと言う一般の格闘家と、これも麻帆良のちょっと『気』を練れるだけの逸般人気味な一般人、光明寺三郎と言う人物の対戦だった。一見地味で面白味の無い戦いだった第一試合と異なり、この対戦は
単に見ものとしては、第一試合よりもこちらの方が華があっただろう。まあ、見るべき者が見れば、どちらの試合が高度な内容だったのかははっきりしていたが。結局勝ち残ったのは、大豪院ポチであった。
第三試合は、甲賀中忍……ソレはヒミツなのだがその長瀬楓と、空手着を着た学生格闘家である中村達也選手との闘いである。
「
「ほいっと」
中村は、大振りな動きで空を裂く様に手を振る。するとその掌が光り輝き、光弾が発射される。だが残念ながら予備動作が大きすぎる。楓はあっさりと見切り、その光弾を躱した。
千雨は口笛を吹く。
「ひゅう……。あれが『気』って奴か。古のは見せてもらったけど、本気でああやって体外にも飛ばせるんだな」
「まあ俺たちも、『生き物』ではあるから使えるが……。ちょっと体質的に、技として使うのは相性が悪いな」
そして中村は、ならば躱せない様に撃ってやるとばかりに、両手を輝かせた。
「もらったぜ!
「なかなかの『気』の練りでござれど……」
2つの気弾の間にあった、ほんの僅かな隙間を潜り抜けて、楓は中村のすぐ傍に立った。いや、瞬動を使えば中村に
「く……」
「……接近戦、格闘の修練ももっと積むべきでござったな」
首筋を一撃。それだけで楓は中村の意識を断ち切る。この試合は、知る者にとっては順当に、楓の勝利で終わった。
第四試合は、龍宮真名と古菲の戦いである。優勝候補の最右翼、前評判No.1の古の登場に、会場は沸く。誰もが古の圧倒的な勝利を疑っていなかった。ごく一部の者たちを除いては。
そのごく一部、千雨と壊斗は一般席からこの試合を観戦していた。千雨は心底心配そうに言う。
「古の奴……。無事で済むといいんだが。たぶん龍宮の奴の武器は、アレだろ?」
「センサー……金属探知機が、大量の金属塊……。たぶん、これはコインだな。それの存在を捉えている。何故わざわざそんな物を持っているかと考えると、靴下にでも詰めて促成のブラックジャックでも作るか、でなければ……」
そして真名が右手の親指で弾き出した500円硬貨が、古を吹き飛ばす。会場は一瞬静まり返り、直後悲鳴のような声に包まれた。千雨と壊斗のセンサーには、真名の右手に魔力が結集しているのが感じられる。
「でなければ、アレだ。魔力を補助に使っているとは言え、恐ろしい威力だな。魔力を使わなくとも、段ボールに穴をあけるぐらいの威力は出せるだろうな」
「龍宮がフツーの人間でなさそうなのは、以前から理解してたけどよ……。古、自分で後ろに飛んでダメージ殺してたけど、それでもアレはなあ……」
カウント9までたっぷり休んだ古は、試合場の舞台に立ち上がる。その瞳は、強敵との戦いに対する喜びで、爛々と輝いていた。一方の真名は、ただただ冷徹な瞳で機械的にコインを放ち続ける。
古はまるで雑技団の様な動きで必死に躱しまくる。だが躱しているだけでは勝てないと、八極拳の活歩をもって真名の懐へ潜り込んだ。しかし真名は、ゼロ距離射撃をもってして、その古を撃墜する。更に真名は追い打ちの連打を叩き込み、古は瞬時にズタボロになった。
だが古は、必死に立ち上がる。真名はその古に対し、とどめとばかりにコインの連打を叩きつけた。
「!?」
「ムン!!」
古に殺到していたコインの弾丸が、明後日の方向へと弾かれる。古は真名の方向へと疾走した。真名は焦る様子も見せずにコインを連射するが、古が手刀をかざすとそれに触れたコインはことごとく軌道を変えられ、彼方へと飛んで行った。
千雨と壊斗の目には、その技の正体が見えている。
「なるほど、化勁か」
「ああ、それも古が元々やってた形意拳系統の化勁じゃなく、太極拳系統の奴」
「え、それってどう言う?」
「来ましたか、ネギ先生。犬上もいるのか。神楽坂に宮崎も。選手席に行って無くていいのか、犬上」
「次の試合までに時間ありすぎるし、向こうヒマやから、ええやろが」
千雨はネギと彼の従者たちに、古の技について説明してやった。まあ、選手である小太郎とか居るから秘密にしてようかとも思ったが、もう目の前で技を使ってしまっている事だし、仕方ないと言う面もある。
「あー、簡単に言えば古は、手刀を回転させる事で、手刀にぶつかったコイン投擲の威力を受け流してるんですよ。手刀に溜め込んだ纏絲の力、捻れの力で、敵の攻撃の威力ベクトルを、見当違いの方向へ変化させてやってるんです。
たぶん、生半可な相手が、いやそれどころか、かなりの達人が古を殴っても、あの技で威力の方向を逸らされてしまって、古自身にはまずダメージを与えられないでしょうね」
「けど、なんであないになるまで、その技を使わなかったんや?」
「そりゃ、アイツがあの技に成功したのが今あの瞬間だったからだな。と言うか、今の今まで奴がわたしとの手合わせで、あの技に挑戦はしてたものの、成功したのは見た事なかったし」
そう、古菲は千雨との手合わせにおいて、ハンマーか
再度真名の零距離に立った古は、フッと息を吐くと、右足を床に強く踏み込む。震脚によって生まれた力が右足首、右膝、右股関節、腰椎、背骨、右肩、右肘、右手首と伝わって行く。だがこの瞬間を、真名も待っていたのだ。今ならば古の右手には捻れの力はこもっていない。真名の右手から放たれたコインが、古の右腕を襲った。いや、襲おうとした。
「!!」
「これは!!」
古の左手が、腰の後ろに足れ下げていた布を引き抜き、振るう。そして放たれたコインは、布にはじき飛ばされる。壊斗は叫んだ。
「マスターク□ス!?」
『あんたこの世界に来て、実はオタにすっかり染まってるだろ!?』
千雨は思わず体内の通信装置で怒鳴る。まあ『この世界に来て』とか言う危ない台詞を、口に出す事なく無線の通信で言っただけ、まだ冷静さを保っていたのだろう。
ドギャッ!!
「やれやれ……。詫びて置こう、古。ちょっと侮ってたよ。わたしの負けだ」
「置き土産キッチリくれて、何言ってるアルね」
古の渾身の拳撃をみぞおちに受け、真名はその場に崩れ落ちる。そして10カウント。審判のいいんちょが、古の右腕を高々と上げた。
『古菲選手、勝利です! 強敵、龍宮選手を破り、2回戦に進しゅ……あら? 古菲選手? 古菲さん!? ちょっと、誰か! 衛生兵、衛生兵ーーー!!』
そしていいんちょに右手を上げられたまま、古菲もまた意識を失い、ぐんにゃりとぶら下がる。
「あー、龍宮の奴が最後の瞬間に、左手で5発連続で古の胴体に直撃くらわしてたからなあ……」
「ええっ!? 見えたんですか、長谷川さん!」
「なんやネギ、見えなかったんか? 俺は見えたで? ……ちょこっとだけやけど」
「い、いや僕も、龍宮隊長の左手が古菲さんのお腹に行って、何かしらやったってのは見えたけど……。目に魔力通してなかったし」
「あかんなあネギ。せっかくの観取り稽古にいい状況なんやし、こう言う時こそ目に魔力通して強化して見とかんと」
溜息を吐いた千雨は、首を左右に振る。
「やれやれ、んじゃ行こうぜ壊斗」
「ああ、わかった」
「すいませんネギ先生、ちょっと救護室に古の様子を見に行って……」
と、そこでネギが口を開く。
「あ、そう言えばさっき言ってましたね。長谷川さんが古菲さんと手合わせしてるって……。ええっ!? 長谷川さんって、そんなに強かったんですか!?」
「おお、なんやネギのクラスには武道四天王がいるそうやないか。楓姉ちゃんと、刹那と、菲部長と、さっきの龍宮姉ちゃんか? でもその長谷川って姉ちゃんは入っとらんなあ?
……なんでや? 動きの端々を見るに、菲部長か下手すれば刹那と、もしかしたら互角ちゃうんか?」
「あー、そう言われれば。四天王じゃなく、
「マテ、ネギ。それなんか、ちゃうで?」
千雨はネギに平身低頭して、
ううん、古菲と龍宮の闘いは、ちょっと微妙に変わりましたけど、結果としてあまり原作と変わりませんでしたねー。ただ、地力自体は古は上がっております。ネギの応援により奮起しなくても勝てましたし。化勁(太極拳系の)を物にしましたし。ちゃんと意識して『気』も使える様になってもおります。
でもって小太郎。面白くない戦い方も、できる様になっております。地味な基本技もしっかりと。あと必殺技名は、発するときに叫ばずに、相手にちゃんと一撃が決まってからその後で渋く「必殺……○○拳!」とか言う様にしております。これなら、必殺技が決まらなかったり躱されたり、あるいは技に失敗して出なかった時とか、何も言わずに次の攻撃に移ればバレませんからね!