ある日の放課後、千雨とネギたち一同、そしてエヴァンジェリンと茶々丸に茶々丸妹の壱号から参号まで、更に高畑と近右衛門は、連れ立ってある場所へと向かっていた。その場所とは、図書館島の地下を通り抜けて到達できる、麻帆良学園地下空洞の最深部である。
番犬代わりの
その周囲は今、様々な科学装置で埋め尽くされ、そこかしこに太いパイプやケーブルが張り巡らされていた。千雨はそのド真ん中で作業をしている、白衣を羽織った2m超の細マッチョに声をかける。当然の事ながら、その相手は壊斗だ。
「壊斗、遅くなった。やる事残ってるか?」
「ああ、2,048番の力場投射器から先のチェックを頼む」
「わかった」
千雨は早速白衣を羽織り、指示された機器のチェックに向かう。何故平日の放課後にこの作業をやっているかと言うと、土日は彼らは火星へ向かい、そちらの仕事を優先していたためである。
千雨と壊斗、特に壊斗は殺人的なスケジュールで働いていた。まあ、彼は超ロボット生命体であるが故、エネルゴンキューブさえ食えれば、楽勝と言えば楽勝なのだが。2人はキビキビと働き続ける。
そして残されたネギたちのところへ、何処からともなく
「ネギ君、いよいよです」
「
「その通りです。ただし、貴方はこの『試練』に耐えられますか? 耐えていただかねば、困りますけれどね。
ネギ君は、今よりも幼い3歳のあの雪の日から追い続けて来た、『父親の背中』に届いてしまっても……。これまで目標としていた『何か』が手に入ってしまっても、あるいは絶対に届かないところへ逃げ去ってしまっても……。
そのどちらになるかは、壊斗さんの科学技術とナギの運しだいなのですが。そうなった時、ネギ君はこれまで通りに走り続けるだけの意志力が、残っていますか? 残せますか? この、ある意味これまでで最大の試練に、耐える事ができますか?」
「いえ、つい想いが口から出てしまいました。その様な事、本人にも分かるはずが無いのです。ですが……。ネギ君、これが終わっても、今まで通りにとまでは言いませんが、走り続けられる事を願っていますよ」
「
僕はその時でも、その『ぬるま湯の試練』に、立ち向かいます。そして……」
ネギは氷塊状の封印の、その中に封じられている存在を見遣る。彼の父親、ナギ・スプリングフィールドの肉体を乗っ取り、己が物としている最強にして最凶の、『始まりの魔法使い』……『
ネギに取って、父親を救い出せるか否かの戦いに手を出す事すら許されないのは、正直辛い事ではあった。しかし近い想いを、悔しい想いを抱いているもう1人の姿を見て、自分の心を全霊の意志力で落ち着かせた。
そのもう1人とは、エヴァンジェリンである。
「……キティ」
「キティ言うな、古本めが」
「やれやれ、しょうがないですねえ、このキティは。さて、エヴァンジェリン……」
「待て、何故わたしが悪い様に言われねばならん」
「エヴァンジェリン、いよいよ始まります。わたし個人としては、もしナギがこれで死んでしまっても、ナギが全てを賭して倒そうとした『
エヴァンジェリンはギロリと殺意のこもった眼で、
「わたしはそこまで思い切れん。わたしはそこまで割り切れん。悟り切れん」
「若いですね」
「貴様が歳を食いすぎなのだ、古本め。
……第一、そんな容易に振り切れる物であれば、最初から惚れたりはせぬわ。恋慕の情と言う物は、そんな簡単な物では無い」
「単純な物ではありますけれどね。単純な物ほど、強固で強く、簡単ではない」
「そうだな……。わたしは、ただ単純に、ナギが好きだ。ナギが欲しい。それが手に入らなくなる可能性がある事が、たまらなく辛い。恐ろしい。」
「エヴァンジェリン。もしナギの運命がこの最大の窮地を乗り切れたのであれば……。わたしは貴女を応援してもよろしいと思っております」
「……は?」
「ナギには何かしら、重しが必要だと思うのですよ。あの風船の様な人間には。ネギ君が弱いうちは、ネギ君でもいいかと思います。ですが、ネギ君は少々強くなり過ぎましたからね。能力的に、そして何より精神的に。
わたしは、貴女がナギの後添えでも一向に構わないと思っておりますよ」
「き、貴様!わたしをからかって……何?」
エヴァンジェリンは驚く。アルビレオ・イマの顔には、
「静かに。ネギ君に聞こえてしまいます。彼には母親の情報は、彼が一人前になるまで話さない約束になっているのですよ。『後添え』と言う言葉は、彼に取って母親の去就の情報になりかねませんからね。わたしはそろそろ教えてもいいかとも思うのですが」
「……つまりは、そう言う事か」
「そう言う事です。そんなわけで、ナギが生還したならば、わたしは貴女を全力で応援いたしましょう。もし貴女が望むのであれば、チアリーディングの真似事ですらもやってのけて、きっちり応援をば」
「やめんか」
結局ふざける
そして何重にも渡った全てのシステムチェックが終わる。壊斗が声を上げた。
「さて、始めるか。あー、一応言っておくが。魔法使いの面々は、かけらも魔法使わない様に。常時発動してある障壁とかの術も、いったん外しておいてくれ。不特定要素は、可能な限り潰しておきたい」
「む、了解したぞい」
「……わたしもこの姿で居るのは危険そうですね。ネギ君? わたしを持っていてください」
ボン! と煙を上げて、
「ならば、『気』もまずいね?」
「わかった、俺も『気』を消しとくわい」
「了解、わかったわ」
「委細承知です」
高畑と小太郎、明日菜、刹那も『気』を消してニュートラルな状態にする。そして緊張が消せないネギの肩に、のどかが掌を置いた。ネギの緊張が、溶けるように解けていく。
千雨の声が響く。
「動力回線接続。各力場投射器、暖気開始。エネルゴンキューブ、フレーム準備よし。霊的エネルギーのエネルゴンへの変換を開始。接続先選択、『
「0番から255番までの力場投射器、起動。ナギ・スプリングフィールド氏の肉体、霊魂、保護開始」
壊斗の声もまた、発せられる。封印の中の『
そう、壊斗は『
「壊斗! 『
「そうはさせるか。256番から4,096番までの全ての力場投射器、起動。複数の力場で複合力場を構成し、ナギ氏の肉体、霊体、魂魄を保護。同時に『
エネルゴンキューブはどんどんと、その数を増して行く。『
壊斗は体内の通信装置を用いて、千雨と内緒話をする。
『さて、とどめだ。『神木蟠桃』の幹や枝を媒介に使って『天超魂』のエネルギーを入手。根を媒介に使って『地超魂』エネルギーを。あとは……俺たちのスパークを媒介にして、疑似的に『人超魂』パワーを手にいれる。最後のが、一番難しいんだがな』
この『天超魂』『地超魂』『人超魂』と言うのは、トランスフォーマーたちの科学で存在が確認されている、神秘のパワーである。単純に用いても、攻撃の威力を増したり、それこそ魔法の様な効果を発揮する事もできる。しかし、決して魔法では無いのだ。
まあ、神秘の3つの『超魂パワー』のうち、普通のトランスフォーマーたちがまともに扱える可能性があるのは、宇宙空間に起源を持つ『天超魂』、惑星の大地に根源を持つ『地超魂』の2つだけだ。人の魂から湧き出す『人超魂』は、ゴッドマスターと呼ばれる『人間がトランステクターと呼ばれるボディに融合した、特殊なトランスフォーマー』でなければ使う事はできないのだ。
ちなみに千雨もまた、魂をトランスフォーマーのスパークに転換してしまっているため、普通では『人超魂』を使う事は叶わない。最初からトランスフォーマーである壊斗では、なおの事だ。だが、純正の物ではなく、疑似的な物であるならば、壊斗の研究成果によりなんとかなるのだ。
まあ、疑似的な物であるが故に不安定であり、壊斗の技術力をもってしてもナギ救出に失敗の可能性があるのは、そのせいだったりする。
『いいか、行くぞ!』
『わかった!』
見た目は千雨も壊斗も黙って作業に没頭している様に見える。ネギたちもエヴァンジェリンたちも、内心はともあれ息を飲んで状況を見つめる。投射されている力場は見えないが、副次的に発生する火花状のエネルギーの迸りなどは見えていた。今まさに、ナギ救出作戦は山場であると、誰もが理解していたのである。
タンクベッドに、ナギ・スプリングフィールドが突っ込まれている。酸素マスクを顔に着けられて、見た目重病人だ。いや彼は、本気で重篤患者ではあるのだが。だがしかし、それでも彼の意識は戻っていた。随分と朦朧状態ではあるが。けれどそれでも、タンクベッドの透明なカバーの向こうでソレに縋り付いている己の息子ネギと、かつてここ麻帆良に封じた吸血鬼の娘エヴァンジェリンに、ちょっと小さく頷きを返すぐらいは出来ていた。
やがてそれだけの動きで疲れ果てたナギは、眠りに落ちる。タンクベッドの計器でナギが眠った事を確認したネギは、ほっと息を吐いてタンクベッドから離れた。今なおタンクベッドから離れようとしないエヴァンジェリンに遠慮したとも言う。
のどかと明日菜が、ネギに問うた。
「ネギ
「あれだけ求めてた父親じゃないの。もっと一緒にいても、いいのよ?」
「いえ、大丈夫です。辛かったのは、僕だけじゃないですからね。それに、母になってくれるかも知れない人ですし」
「「え゛」」
ネギは硬直する2人に、笑って言う。
「僕最近、ちょっと余技として読唇術勉強してるんですよ。それで
「なるほど」
「そうだったんですかー」
「生母の事は、僕には秘密にしなきゃとか言ってましたからね。僕も知らないフリを……」
ドガン。
巨大なハンマーが床に振り下ろされる。ネギは避けた。
「駄目ですね、ネギ君。ここは素直に一撃受けて、記憶を失ってください」
「ちょ、ま、待ってください
「いえ、魔法で記憶を消すと、ネギ君の最大の利点である
「ハンマーは、それはそれでマズいでしょう!」
「フフフ、大丈夫です。伝統的な手法ですから。ギャグ漫画とかで」
「少しも安心できませんよ!?」
そしてネギの従者や木乃香、刹那、あげくに高畑まで巻き込んで大騒ぎになった。
近右衛門は千雨と壊斗に問う。
「『
「少なくとも、この世界線の中、この時空連続体からは消滅した。3種類の『超魂パワー』を結集したんだ。逃げられはせんよ。もっとも、二度とやりたくないな。『人超魂』の疑似的な生成は。
残る可能性としては、奴が複数の時空連続体に渡って存在をリンクさせている場合だが……。その場合でも、『外の時空』から『この時空』『この世界線』を選んで介入して来るのは、まあ不可能だろう。サハラ砂漠かどこかで、他の砂粒となんら変わりない1粒の砂を、間違わずに見つけ出すのに匹敵するかそれ以上の難事だと思えばいい」
「一応わたしは一歩引いた位置から観測してましたけど、間違いなく消滅しました。あと残る可能性は、壊斗が言ってた『他の時空連続体と存在をリンクしてる』場合だけですね」
「そうか……。君たちには、本当に感謝しかないわい。どうやって報いたら良いものかのう……」
千雨と壊斗は、顔を見合わせる。そして近右衛門の方を向くと、言った。
「「じゃあ、とりあえず貸しって事で」」
「む? じゃが既に借りが、たいそう積もっておるのじゃが?」
「だが、今回俺が用意した機材の代金だけでも、払えるのか? 仮にレンタルとしてもこれだけの、あんたからすればオーバーテクノロジーもいい所のコレの対価。はっきり言って、国家予算級だ」
千雨と壊斗は、にやりと笑って口を開いた。
「素直に借りといてください、学園長先生」
「何時か、きっと返してもらうから、安心しろ。たとえば将来、俺たちは必ず戸籍とか住民票とか、造り直して別人にならなきゃいけなくなる。その世話とか頼むかもな」
「ふうむ……。諸君らとのコネクションを、後継者にきっちり引き継いでおかねばならぬのう。わしも歳じゃて」
そう言いつつ、近右衛門は笑みを漏らす。本当に、ほっとした様に。
何にせよ、これで問題は1つ片付いた。ナギ・スプリングフィールドは救出された。次は本格的に、
そんなわけで、あっさり、さっくりと。本来山場とも言える場所を、もうあっさり風味で(笑)。心配事が無くなった
さて、次回は多分また火星ですかねー。