麻帆良学園本校女子中等部の講堂で、千雨は自分を呼ぶ声を聞いていた。
『出席番号25番、長谷川千雨』
「はい!」
千雨は高らかに返事をすると、立ち上がり前へ進んだ。そう、今日は中等部の卒業式なのだ。この半年間、幸いにも大した問題は無かった。魔法世界における改革も順調に進んでいるし、火星圏での魔力源になるエネルギー供給元もどんどん着工し次々に完成している。
まあ、大き目の問題は無かったが、小さな問題はいくつも存在したけれども。ネギが同い年くらいの少女たちにモテていて、宮崎のどかがちょっと不安になったりとか。千雨は学園長たる近右衛門から卒業証書を受け取りつつ、感慨に
(さて、早えなあ……。もう、1年になるのか。この身体になってから)
本日めでたく卒業の日を迎えた千雨であったが、千雨の一生はここにいる『人間の』クラスメートたちとは異なり、はるかに長く続く。それだけではなく、彼女の今後の生活は、その本筋を社会と言うか世界の裏側に置き、表の日常生活はあくまでフェイクとならざるを得ない。
その事をなんとなく物悲しく感じながらも、千雨は壇上から降りる。普通に生きられる他の卒業生たちが、眩しく見えた。若干の寂しさを噛み潰し、千雨は歩き出す。
麻帆良学園は基本エスカレーター式で、普通はそのまま学生は、まほ高への持ち上がりになる。それ故に普通なら、中学卒業の寂しさはさほどではない。まあ教師陣との別れはあるから、まったく寂しくないわけでは無いのだが。それに、生徒側にも例外がある。
自席へと戻る千雨の目に、これも席に座っている朝倉和美の姿が映った。ふと千雨は朝倉が、早乙女ハルナが宮崎のどかや綾瀬夕映らを問い詰めていたのを
『やめなよ、早乙女。たとえ友達だからって、いや友達だからこそ話せない事だってあるだろうに』
『およ? 朝倉こそ、こういう場面だと秘密を探り出してさらけ出す側だとお姉さん思ってたけどな?』
『それで失敗したからね。考えもするよ』
『失敗? どんな?』
『言えるわけないだろ。他人の個人情報とかにも関わってくる事だよ。それとさ……。
宮崎と綾瀬の目、見てみなよ。本気で話せないって、本気で困ってるって、本気で嫌がってるって、わかんないかな?』
『えー? さすがにお姉さんも、そんなんだったら分かる……。あれ? マジ? のどかも夕映も?』
『おまえね。宮崎も綾瀬も、ここはとりあえず行きな。早乙女は駄目。もう少しわたしと話そう』
『あ、ちょっと……。え、え? ええー!?』
その朝倉だが、彼女は外部進学をする事に決めていた。彼女は麻帆良からも離れ、外部の有名進学校を受験。合格発表こそまだだが、自己採点では合格圏内であるらしい。朝倉はこの一年、その目標に向けて必死で勉強していたらしいのだ。
(ふ……む? 多少は変わったのか?)
変わったと言えば、千雨もそうだろう。少し以前であれば、朝倉がどうであれ気に留める事を完全にやめていたのだ。こうして僅かでも意識の隅に上らせるだけでも、大きな変化である。
自席に戻った千雨は、マルチタスクを停止して意識を卒業式に集中した。
卒業式後、3-Aの連中は女子寮近くの芝生で、1本桜で花見をしつつ宴会を行った。皆が盛大にバカ騒ぎをし、愉快なひと時を過ごした。そして楽しい時は瞬く間に過ぎ、宴会はお開きとなる。ネギがくしゃみをせずに、女生徒が脱げないと言うささやかな偉業を残して。
ちなみに千雨や明日菜は、この時ほど
「やれやれ……。終わった、か」
「長谷川……」
「?」
帰ろうとした千雨は、彼女を呼び止める声に振り向く。そこには、朝倉和美が立っていた。最近朝倉の傍らにいつも憑いている、幽霊の相坂さよも今は居ない。
「なんか用か?」
「うん」
「そうか」
「……あたし、まだアンタの前には、胸張って立てない。だから、この居心地のいい麻帆良から離れて、色々勉強して来る。きっちりいい大学出て、TV局の報道記者になる。そして経験を積んで、いつか本物の……。
正真正銘、アンタの前に胸張って立てる様な、ジャーナリストになる。……今までの様な、『ごっこ遊び』のまがい物じゃなくて。……それだけ」
千雨は後ろを向いた。別件で、やらねばならない事があったからだ。彼女は歩き出す。だがその瞬間、一言だけ、彼女は口に上らせる。
「がんばれ」
「……!!」
そして千雨は、その場を立ち去った。朝倉もまた、気配で感じたままならば、後ろを向いて立ち去った様だ。
「さあて……。いっちょやるか」
千雨はこの後、古や楓、明日菜や木乃香や刹那と協力し、ネギとのどかの後を尾行している連中を徹底的に排除して回った。ネギとのどかは、2人きりにしてやる必要がある。のどかは卒業まで、ネギからの返事保留のまま長い事待ったのだ。
そして尾行者たちは撲滅される。まあ、いいんちょは少々めんどくさかったが。しかし何故かしら心が軽くなった千雨にとっては、敵ではなかった模様だ。
翌日に、より一層仲良く歩いているネギとのどかの様子が目撃される。まあ卒業式が終わっても、3月31日が終わるまでは在校中だと言うのは、無粋だから言わないでおいた千雨だった。もはや麻帆良のパパラッチの心配もいらない事だし。その事が、千雨はちょっと嬉しかった。色んな意味で。
卒業式が終わった翌々日の事、千雨は寮の自室から引っ越し荷物を運び出していた。パソコン関係の品々が、最も重く最もかさばる。いや、超ロボット生命体である彼女にとっては、重さはどちらにせよたいした事は無いのだが、
そこへ大河内アキラが通りかかる。
「あれ?長谷川、もう引っ越し?」
「ああ。ちょっと早めにな」
「まだ、まほ高の寮は準備できてないんじゃないかな?」
「いや、わたしはちょっと事情があって、下宿に移るんだ。親と学園長からの了解は得てる」
ちなみに両親は、学園長である近右衛門からの電話を受けたら、二つ返事で了承を返した。ちょっとこの
それはともかく、大河内は驚く。
「ええ? そっか、それはちょっと残念。寮に入ってれば、また会えると思ったけど」
「クラス分けで別クラスになりゃ、寮内の位置も離れちまうだろ、どーせ。それに縁が切れるわけじゃねえだろ? こんだけ濃いクラスだったんだ。そんなに簡単に縁は切れねえよ」
「まあ、そうだね。ふふふ。しかし凄い荷物だね、手伝おうか?」
「……そうだな、頼むか。そっちの小さめの段ボール頼む。それけっこう重いからな?」
大河内は頷くと、さくっとその段ボールを持ち上げる。流石の力持ちであった。千雨もでかい段ボールを持ち上げると、寮の玄関へと運搬開始する。
そして寮の玄関では、中型の幌付きトラックが待っていた。その傍らでは、2m超の黒づくめの細マッチョが、今まで千雨が運び出していた荷物をトラックの荷台に積み込んでいる。
「壊斗、あと1~2往復で終わりそうだ」
「そうか。そっちは
「ああ。大河内アキラって言う、あのクラスだと珍しい常識人だ」
「め、珍しいかな」
「そうか。ありがとう、ハセガワが世話になった」
「いえ」
大河内は千雨に耳打ちする。
「この人は? 長谷川のお知り合いかい?」
「いや、耳打ちしなくてもいいって。今度から、わたしの大家さんになる水谷壊斗だ」
「ふうん」
「そして先日から、わたしの恋人だ」
「ほう。……え゛」
大河内は目を丸くする。そして隠れて聞いていた女生徒連中が、一斉に驚く。
「「「「「「えええぇぇぇーーー!! 恋人おおおぉぉぉーーー!?」」」」」」
「な? これがウチのクラスの普通だ」
「確かにあちらの娘は、常識人だな」
いや、千雨も壊斗も体内のセンサーで、隠れている女生徒には気付いていたのだが。ちなみに隠れていたのは明石祐奈、和泉亜子、春日美空、釘宮円、柿崎美砂、椎名桜子である。和泉などは普通なら常識人の部類に入る方なのだが、今回は周囲に流された模様。
ちなみに、この様な時にラブ臭とかなんとか言って高確率で話に絡もうとする早乙女ハルナは、幸いと言って良いのかどうなのか、春の某同人誌即売会イベント〆切間近であったため、部屋に缶詰であった。
千雨はにっこりと微笑みつつ言葉を発する。
「さて、お前ら。覗き見とはいい度胸だな?」
「あ、いや……」
「か、堪忍や」
「ところで先日から恋人って、具体的には何時からかにゃ?」
「あんた、あの視線の前で良くそんな事聞けるわね」
「でもまあ、興味津々と言えばそうねー」
「あはははー」
しばしの間、千雨は威圧感――と言ってもお遊びレベルだが――それを込めた視線で彼女らを睨み付けていたが、突然ふっと笑う。
「まあ、いいさ。お前ら、クッキーの小袋を1人1つずつで手伝わないか? お前ら全員居れば、1回で済むだろ」
「「「「「「やるー!」」」」」」
「大河内には今手伝ってもらったから、先に渡しておくな」
「あ、どうも。でも続きも手伝うよ? あれ? これ手作り?」
「壊斗のな。わたしも手伝ったが」
「「「「「「おおーーー!!」」」」」」
そしてさくっと荷物を運び終え、トラックに積み終えると、千雨と壊斗はクラスメートたちに別れを告げ、トラックを発車させた。行く先は壊斗の家の隣に建てられた、新築の家である。表向きは下宿だが、その家に入るのは千雨だけであった。
しかもその家は壊斗の家同様、地下で壊斗の地下基地に繋がっており、実際は1つの建物だったりする。まあ、千雨と壊斗は事実上の同棲と言うわけなのだ。
「ふう……」
「どうした?」
「いや、これであのクラスともお別れかと思うとなあ。あまりに濃いクラスだったし。ただ、一部の生徒……魔法生徒の類や人外連中は、まほ高でも1つのクラスに纏められるんだろうけどよ。
それ以外の奴ら、さっきあそこに居た連中とかは、お別れになる可能性が高い。あの中でも、春日だけは魔法生徒だけど」
壊斗は一瞬だけ左手をシフトレバーから離し、助手席の千雨の頭にポンと置いて撫でさする。千雨はされるがままになっていた。そして彼女は、一言漏らす。
「サンキュ」
「ん。……まあ、死なない限りこれから先の未来、ずっと俺がお前の傍にいる。だから、互いに死なん様に心がけよう」
「だな。これからの長い一生、よろしく頼むぜ」
「応。夏には火星の開発も一段落つくから、高1の夏休みは約束の太陽系一周旅行でも行くか」
「そりゃ楽しみだな」
そして2人のトランスフォーマーは、未来に向けて歩み出す。2人の前には、この先数百万年の未来が待っている。いや、数千万年、下手をすれば数億年、彼等は生き続けるのだ。ややもすれば、更にそれ以上も。
遠い未来に、彼らが何処へ行きつくのか、それは知るすべが無い。けれど彼らは歩み続ける。そしてまた、新たな一日が始まるのだ。
と言うわけで、最終話です。最後は派手に終わらせるのではなく、ふわっと軽く終わらせようと考えていたのですが、上手く行ったでしょうか。
ちなみに結末が語られなかったカモ。彼は
さて、残るはエピローグですねー。