千雨は呆然と、今自分の目の前で繰り広げられている戦いを見つめていた。彼女は壊斗を疑うつもりは無く、この麻帆良学園都市の裏に魔法使いたちの組織があるという事実は、しっかり納得していたつもりである。そう、『つもり』であったのだ。
しかし実際に目の前で、魔法使い連中が魔法を使って妖怪と戦っているのを見せつけられた時……。千雨は自分がソレを信じた『つもり』でいただけだったと、強制的に理解させられてしまったのである。
(……は、はは。ははは。なんてこったい……。やっぱり自分としては、半信半疑だったんだな……。)
灌木の陰にしゃがみ込み、千雨は息を飲んで戦いの様子を見つめる。魔法使いたちも、魔法使いたちと戦っている
ガオゥ!!
すると、炎の矢は
リーダー格と思しき黒人の魔法使いが舌打ちをする。
「ちぃっ。
グッドマン君! 佐倉君! 魔法を妨害するこの妖怪は、君たちとは相性が悪い、下がるんだ!」
「し、しかし……。いえ、わかりました……。」
「は、はい!」
千雨は、その場の魔法使いのうち2人に見覚えがあった。そのうち1人、リーダー格の黒人魔法使いはたしか他校の教師で、ガンドルフィーニとか言う名前だ。彼は四角四面で頭が固く、規則などに忠実過ぎて融通が利かない事で有名である。
そして残る1人はこれまた教師で、ガンドルフィーニ先生と見覚えの無い少女2人を色々と最後尾から補助している。おそらくは、サポート担当の魔法使いなんだろう。彼は麻帆良学園本校女子中等部の教諭で、瀬流彦と言う先生だったはずだ。
(信じらんねー……。こんな身近に魔法使いが……。しかも学校の先生って事は、それこそ麻帆良学園の組織そのものに深く、ふか~く魔法使いたちが食い込んでるってこったろ?)
そんな千雨の内心など知った事ではないとばかりに、ガンドルフィーニは拳銃とナイフによるCQCで必死に
「瀬流彦君!人払いの結界は!?」
「あと長くて10分しか保ちません!」
「結界を張りなおせないか!? このままでは、無関係な人間が巻き込まれかねない!」
「その
「く、この程度の妖怪なら、魔法さえ効けば大した事は無いんだが!」
千雨は理解する。彼女が持つ、意識誘導や認識阻害を防ぐ力……。それが『人払いの結界』とやらをうっかり無効化し、その結果として妖怪との戦闘の現場に出くわしてしまったのだ。
壊斗が言っていた、『千雨の場合、知らないとかえって危険』だと言う言葉の意味を、千雨はようやくの事ではっきりと認識した。既に手遅れではあったが。
彼女には『人払い』などの類が効かないか、少なくとも効きづらい。だから麻帆良で暮らす上では、可能な限り注意を怠らず、危険そうな場所には近寄らない様にしなければならなかったのだ。
(くっそ、ヤボ用で図書館島に行かにゃならんかったのは仕方ねえにせよ……。帰り道、近道なんかすんじゃなかった!もし妖怪や魔法使いに見つかったら……!いや、まだ魔法使い連中なら、正義を名乗ってるんだから酷い目には遭わないかもしれないけど!けど!でも!妖怪は絶対駄目だろ!)
なんとか見つからずに、撤退する方法はないか、と千雨は灌木の陰で左右を見回す。その動きが墓穴を掘った事になるとは、彼女はぎりぎりまで気付けなかった。
ぺきぺきっ!
知らぬ間に千雨の髪の毛が灌木の枝に絡んでいた。そして彼女が首を捻った際に枝が数本折れて、音を立てたのである。小さな、小さな音であった。しかし運悪く、本当に運が悪い事に、
「ひ……!!」
「馬鹿な! 何故一般女子生徒が!?」
「まだ人払いは効いているはずなのに!?
……まずい! 君、動くな!
瀬流彦の言葉は遅かった。千雨は恐怖にかられ、後ろを向いて必死に駆け出してしまったのだ。
グガオゥ!!
ドヂュッ!!
嫌な音がして、千雨の右脚がカっと熱くなる。彼女は派手に転倒した。必死に上体を起こした彼女は、思わず右脚に目を遣る。そして、見なければ良かったと思った。右脚は、膝から先が失せていたのだ。脚の切断面からどくどくと、鮮血があふれ出る。
「あ、あ、ああ……」
そのとき千雨は思い出した。彼女の左腕にある、腕時計の事を。腕時計型の、通信機の事を。彼女は必死で通話ボタンを押し込み、叫ぶ。
「か、壊斗!! 助けてくれ!! 助けて!! 死にたくない!!」
そして千雨の身体を、凄まじい炎が舐めた。
『フォース・バリアアアァァァ!!』
高らかに、電子音声じみた声が響く。恐るべき力を持った力場の壁が、
彼らの眼前には、全高14mほどもあろうかと言う巨大な人型ロボットが立ち尽くしていた。いったい何処から現れたのか、魔法使いたちにはまったくわからない。その姿は、黒をベースに赤と金でアクセントが入っており、極めて戦闘的に見える。ロボットは
『く、まずい……。大量の血液を失い、全身が焼かれて……。だが、まだ生命反応はある!』
そう言ってロボットは立ち上がると、右手に持った大型のライフル銃を
『おのれ、生かしては帰さん!』
巨大ロボットは、
『聞こえるか! 頑張れ! 命にしがみつけ!
くそ、間に合うか……。いや、間に合わせて見せる!』
「あ、ま、待……」
魔法使いたちのリーダー格、ガンドルフィーニが巨大ロボットに声をかけようとする。だがそれは間に合わない。巨大ロボットは、突然燐光に包まれたかと思うと次の瞬間、その場から姿を消していたのである。
「な、魔力を何も感じませんでしたよ?」
「で、ですが転移魔法以外にどうやって急に現れて、急に消えるなんてこと……」
少女の魔法使い2名が、あたふたと慌てふためく。その2人を、ガンドルフィーニが怒鳴り飛ばした。
「それは今の問題じゃない! 今大事なのは、巻き込まれた一般女子生徒だ!」
「「!! す、すみません!!」」
「……わかればいい。あのロボットが、どうやって現れてどうやって消えたかは重要じゃない。だが、あのロボットがあの女子生徒を連れて行ったのは確かだ。
瀬流彦君! わたしは大学部のロボット工学研を当たってみる! 君は学園長に報告を頼む!」
「わかりました! それとあの一般女子生徒、何処かで見覚えが……。たしか高畑先生、いえ、今はネギ先生のクラスの生徒だった気がします。報告後に、あのクラスの名簿を借りて来ます」
「頼む!」
そして麻帆良学園都市の裏に潜む、魔法使いたちは動き出した。巻き込まれた女子生徒が、子供先生ネギ・スプリングフィールドが担任するクラスの長谷川千雨である事は、すぐに判明する。だが……その行方は杳として知れなかった。当然、彼女を連れ去った巨大ロボットについても、何も分からなかったのである。
麻帆良の山中に建てられた一軒家、その地下深くに設えられた建設中の秘密基地で、巨大ロボット……超ロボット生命体トランスフォーマーであるサイコブラストは、必死で千雨の救命作業を行っていた。強化ガラス製のポッドに培養液を満たし、その中にズタズタになった千雨を浮かべる。電気刺激で、止まりそうになる心臓を無理矢理に動かす。血管に直接カテーテルを挿入し、人工血液を流し込む。
『くそ……。俺はお前にまだ恩を返し終わっちゃいないんだ。死ぬな……。死ぬんじゃない……!!』
彼の必死の手当てが功を奏するか否か、それはまだ分からない。だが彼は僅かな可能性にかけて、自身の全能力を注ぎ込んで救命措置を続けたのだった。
と言う訳で、千雨は大ピンチです。はたして彼女は生き延びられるのか!?生き延びたとして、この先も普通の生活を送れるのか!?