転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
尚ネズミーの件は実際にあった猟奇殺人参照(閲覧の際は注意)
母の接触が増え、鈴美と談笑しながら他愛のない日常を過ごし、佐藤保健医と互いの欲望を満たし合う。
月日はいつの間にか2年が過ぎ、高二になった。来年は受験を控えており、D学院の文学部にする予定である。今のところ【B】判定だが、調整しなければ現在の学力でも受かるだろう。
これは慢心ではない、正確に自分の能力を把握した上で述べている。
かといって難関大学を受ける気はない、エリートコースに興味はないのだ。
ぼくは「普通」に生きたいだけだ。
そう────普通に。
「大丈夫、吉影くん?」
「……あぁ、少し眠いだけだ」
中等部と高等部の違いはあるものの、ぼくと鈴美は昼食時は二人で過ごしている。屋上は難しいため、使うのは外にある校舎横の目立たないベンチである。
箸の進みが遅いぼくに、彼女は自分の弁当の卵焼きを近づけてきた。
「はい、あーん」
「食べる気分じゃないんだが」
「むぅ、本当は私が手作りしてあげたいのに」
「……ハァ、わかった、3分の1にしてくれたら食べるよ」
「…吉影くんはダイエット中の女子か何かなの?」
そうは言いつつ、切り分けた卵焼きを口に押し込まれた。最初は他人の箸に抵抗感しかなかったが、流石に慣れる。
あと誰がダイエット中の女子だ。
「だってその…親のストレスもあって、あんまり食べられなくなっちゃったでしょ?」
「君といる時は割りかし食べられる方だよ」
「それはっ、嬉しいけど…栄養剤ばっかじゃ早死にするよ?裏で『
「嘘だッ」
「嘘だよ」
コイツ…さらっとぼくのことをからかっている。最近かなり性悪女になった。
「…来年のそのまた来年になったら、吉影くんとは離ればなれになっちゃうのか」
「仕方ないだろう、二歳離れているんだ。君はまた同じ場所に通いそうだが」
「うーん、それなんだけどね。大学は違う場所にしようかな、って思ってるの」
「ホォー…ぼくと同じ学校がいいからって、勉強を頑張った君が?」
「あの時はまだ子どもだったの!…なんかね、露伴ちゃんの面倒とか見てて、子どもって可愛いなって思うようになったの。だから保育士の資格が取れる大学にしようかなーって考えてる」
落ち葉が舞う少し肌寒い陽気の中、日の下に照らされた彼女は柔く笑んだ。
その表情が眩しく感じられ、つい顔を逸らす。
「それにたまに露伴ちゃんの面倒見るの手伝ってもらった時、吉影くん、「子供の世話が上手だね」って言ってくれたでしょ」
「…それだと目指すきっかけが、ぼくの一言みたいじゃないか」
「そうよ、結構嬉しかったんだから」
彼女は顔を赤らめて、人の肩を叩く。そのまま腕を絡ませて、肩に頭を乗せてきた。
大人しく瞳を細めて、こちらを窺ってくる。
「私は次の誕生日が来たら、吉影くんは次の次が来たら、もう結婚できるんだよ」
「……な、中々ぶっ込んできたな」
「だってまだ、その……(ゴニョゴニュ)…は、したことないでしょ」
「セックス?」
「ぼかしたのに声に出さないで!!」
茹で上がったタコのような顔になった彼女の一撃が、脇腹にヒットする。内臓はダメだ、内臓は。
「鈴美はぼくとしたいのかい?」
「それ、は……」
顔は相変わらずりんごのように赤いが、瞳の奥に潜んでいる「欲」が、桃色の中に浮かんだ。
ぼくよりはよっぽど欲に疎いものの、彼女も一人の快楽を享受する人間なのだと思い至る。不浄とは対極に位置しているはずの、彼女が。
「…そうだね、君が16歳になったらいいかな」
「……ほ、本当?」
「あぁ、フフ、それまで我慢できるかい?」
意地悪く笑ってやれば、彼女は小さく唸ったのち頷く。その後上目遣いで催促されたので、軽く唇に触れる。薄い唇は幸せそうに弧を描いた。
「吉影くんは…」
「何だい?」
「……ううん、何でもない」
彼女の瞳はどこか、寂しそうだった。
◻︎◻︎◻︎
『欲にきりなし、地獄に底なし』──ということわざがある。
人の欲には際限などなく、次から次へと増大していくという意味だ。
まるでそれは、互いの肉を食らい合っているぼくらのようだ。ふと、そう思った。
「何考えてるの?」
「………」
休日の昼下がり。保健医の部屋でぼくはぼんやりと、彼女が最近飼い始めたペットを眺めていた。
顔の部分は黄色っぽく、その他の部分は緑がかった色をしている。
「ふふ、なんか鳥を狙ってる猫みたい」
「………」
「待って待って!!もしかして私のぴーちゃんを本気で
テーブルに置いてあったハサミを手に取ったぼくに、下着姿のまま保健医は慌てて止めに入る。
「違うさ、飛べないようにするだけだ」
「そう言って頭をちょん切る気なんでしょ、私知ってるんだから」
「風切羽を切る『クリッピング』ってあるだろ。自由に飛べないように、ペットショップや動物園の一部の鳥に行われてる方法だ。されてないみたいだから、ぼくがやろうと思って」
「ダメです」
持ったハサミは没収された。
被害を免れた鳥はかごの中で首を左右に振りながら、木の上をうろうろしている。
飛べる「自由」がありながら閉じ込められているよりは、飛べる「自由」がなく閉じ込められている方が、よっぽど幸せだろうに。
確か、このペットで何匹目だったか。
一人暮らしの彼女が寂しいからと、最初飼われたのは犬で、次はウサギ。あとはネズミもいた気がする。全部すでに死んだ。
彼女はどうも、ペットを飼うのが苦手らしい。掃除は綺麗にするようになったが。
「ポチは首輪が締まって。うーたんは寒さに耐えきれず。ハム次郎は脱走からの踏んづけ。これを全部
「ネズミを踏んづけたのはあなたじゃないですか」
「「ケージを閉め忘れた」って言ったのは、吉良くんよね…?それにネズミじゃなくて、ハムスターだから。まさかスリッパの中にいるとは思わないじゃない」
「先生はさぞ重かっただろうね」
「…意地悪言うなら、今度イタズラしちゃうから」
生き物の命が消える瞬間は不思議なものだ。先ほどまで動いていた物体が、時間が経つにれて筋肉が硬直していくと共に、体温を失っていく。
その「熱」がどこへ行ってしまったのか、生物の「死」を体感すると感じる時がある。
一概に言えるのは、死体はこの女のように口喧しく喋らないということ。
静かな
「きーらーくん?」
「はい、何ですか」
「ハァ…人の話聞いてるようで、聞いてないわね」
保健医が何か宣っていたようだが、水中から外の音を聞くような感じで、意味が曖昧にしか捉えられない。
欲に溺れすぎて普通と異常の境界が曖昧になっている今、脳裏に過ったのは母胎と、へその緒で繋がった胎児のイメージ。
「あなたはもうすぐで30になるんだったか」
「女性に年齢を聞くなんて失礼よ。まぁ、来年で30にはなるけど……私が望んだら、受け入れてくれるっていうの?」
「子ども、ね」
ぼくも一応まだ子どもだ。普通ならあり得ない赤ん坊の頃からの記憶があっても、子ども。
肉体差はあれど精神年齢がなぜか近いのは、付き合いの長くなったこの女も感じている。
そう言えば子供らしいといえば、ネズミのアレがあった。
来年の春ごろにネズミの楽園ができる。杜王町からは遠いが、鈴美がねだっていたので、一度は行くべきか。
「もしできたら、ぼくが取り出そう」
「……本気にするけどいいの?」
「生産期になったら、包丁で…割いて、取り出して、子供は夢の国のネズミが好きだから、お祝いにそのオモチャをお腹に入れてあげないとね」
「うわぁ……気色悪」
結構いい案だと思ったが、珍しく彼女に本気で引かれた。
彼女の手の美しさと他の命を奪う
「…大丈夫?」
「………」
頭の中では何度も彼女の首を絞めた感触がリフレインされ、ついで動物たちの濁った無数の目が、頭の中を回る。
人間も動物もあっけなく死ぬし、殺すことができる。
爪の伸びるぼくの手を、彼女は優しく触った。
「この感情は、どうやったらなくなるんだ」
「無理じゃないかな。諦めて、その感情を受け入れたらラクになれるのに」
「…嫌だ。受け入れたらぼくは、本当に異常者になる。誤魔化してきた努力も何もかも、水の泡だ」
「きっと人を殺したら、
「………」
もしぼくが人を殺すなら、一番最初はこの女だろうと、不意にしなやかな手を見て思った。
「ぼくは………何をッ、考えて……!!」
無意識に噛んでしまった爪からは血が溢れ出ていた。
◻︎◻︎◻︎
高三にもなって親と寝ているのは、もはやどう考えてもおかしい。
だが母が「家族なのだから、一緒に寝るのは普通」と言うのだから、普通なんだ。
受験生ということで部活には偶にしか行かず、基本毎日家で勉強だ。
「人と一緒じゃ勉強の質が落ちるでしょう?」と、これまた母が。
塾の代わりに家庭教師になり、完全に家に囚われている。大学も家から通うように言われている。
殆ど毎日母の気色の悪い目に晒され、過剰なスキンシップを受ける。
救いになる
「吉影や、ちょっといいかい?」
母が買い物に行っている間、勉強に使っている部屋に入ってきたのは父。
「どうしたの、父さん。何か頼みたいことでもあるの?」
「…いや、まぁ、ちょっとな」
「?」
父がポケットから取り出したのは、数枚の紙。
それがネズミの描かれたチケットだとわかると、思わず目を見開く。
「お前も頑張っとるじゃろう、もうすぐ夏休みになるんだし、一日くらい友人と楽しんできてもバチは当たらんと思うてな」
「……父さんは、いいのかい?」
「お前のことだ、ワシや母さんと行っても自由に羽を伸ばせんじゃろう」
「父さん……」
父はわざとらしく咳払いをして、顔を背ける。
「まぁ、友人が難しければ、彼女でもいいと思うがの。ワシは一応男友だち前提で用意したから、母さんには「彼女と」なんて言わないぞい」
「
二枚だときっと母の目が厳しくなる。場合によっては「家族で行きましょう」となる。
だから複数枚用意し、「男友だちと」と付け足して用意した。父は妻に従順で嘘を吐かないため、母は信じ込む。
恐らく人生初の父の粋な計らいに、かつてあの警官に頭を撫でられた時のような、温かさを感じた。
どんな表情をしていいかわからないぼくに、父は何故か涙ぐんでいた。怖。
「う、うぅ…吉影がワシを「父さん」じゃなく、「親父」と初めて呼んでくれたわい…!」
「いや、そんなことで泣かれても…」
「今日は赤飯じゃ〜〜!!」
「と、父さん…」
結局本当に夕飯は赤飯になった。ついでにネズミーの件も無事通ったのは、幸いだった。
翌日、手元にある四枚のチケットを、手持ち無沙汰に見つめる。
指定日は夏休みと重なっているので、早めに人を選ばねばならない。ぼくと鈴美は確定で、残りは二人分。
父の協力もあり両親の見送りは家までなので、共に来る人物についてはバレない。
当日は朝早くに出て、電車と新幹線を乗り継ぎ向かう予定だ。
「じゃあ露伴ちゃんを連れて行こうよ!」
「言うと思った」
鈴美に相談したところ、案の定あの小僧が選ばれた。薄々予想していたので、まぁいいだろう。
残り一人──考えていたら、彼女が保健医はどうかと尋ねてくる。なぜここであの女が出てくるんだ。
「だって吉影くん、しょっちゅう体調崩しては佐藤先生にお世話になってるじゃない。こういう時にお礼として誘うのもいいと思って」
「人選が謎すぎる…それにあの先生がいると、絶対に面倒なことになる」
「佐藤先生って面倒見がいいから、きっと露伴ちゃんの面倒も見てくれると思うし」
「さりげなく黒い一面を見せたな、君」
「そ、そういう意味で言ったんじゃないよ!もしいざって時に大人がいた方が、安心だろうと思ったの」
小僧を押し付けるための生け贄じゃないのか。話の中一瞬鋭い視線を向けた彼女に違和感を覚えたが、何だろう。
…あぁ、確かネズミーの翌日は彼女の誕生日だったか。
「何か一つ欲しいものがあるなら、買ってあげるよ」
「そういうことじゃないんだけど……まぁくれるっていうなら、考えとく」
「……?そ、そうかい」
結局彼女の真意はわからないまま時間は過ぎて、ネズミー当日になった。
電車から乗り換え新幹線に乗り、通路を挟んだ向かいで年甲斐もなくはしゃぐ三十路間近と、かわいらしくテンションの上がっている彼女。
そして左で黙々と絵を描いている少年を見ながら、小さくため息を吐いた。
「というか君、上手すぎないかその絵」
「フン、あたりまえだ」
「手持ち無沙汰でね、見てもいいかい?」
「ぼくの絵が見たいの?あぁもちろん────だがことわる」
「………」
殴ってやりたかったが抑えた。このガキ、年々生意気度が上がっている気がする。