転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
この世の終わりだ。空から隕石が降ってきて、それで人類が滅んだ方がまだマシだと思えるくらいには終わっている。
わたしの平穏ですばらしい日常に厄災を持ち込んでくる男、岸辺露伴。
コイツのせいで胃によろしくない生活が始まってしまった。
なぜわたしはこの男を爆死させてでも「NO」と断らなかったのか。
そもそも有事の際にヘブンズ・ドアーの力を当てにしていた自分の詰めが甘かったのだ。この力に頼らないようにしていれば……。
いや、億泰や仗助にストッパーをかけていなければ、特に前者のアホの方が口を滑らせてわたしの素性が暴かれることになっていただろう。
ゆえに二人への能力行使は必要なものだった。そこは仕方あるまい。
ならば女に刺されたあの件はどうなのだ? あの日は薬を飲み忘れていたこともあって要らぬ隙を作ってしまった。女の意識を刈り取り、血濡れたシーツを
この件も女の記憶を改ざんする上で岸辺露伴の力が必要だった。
クソッ! もとを辿れば自分のまいた種が原因ということになる。ならば女漁りをやめればいいのか?
いや、それも無理だ。やめればもれなく殺人衝動が抑えられなくなる。
結局のところ、厄介な“性”を抱えるわたしがこれからも平穏に暮らすには、どうしてもヘブンズ・ドアーの保険が必要だった。
そしてこの力の持ち主は変人漫画家である。
わたしがもし殺人鬼だったら、絶対にコイツを殺していただろう。絶対に。
○
吉良は露伴を家にあげる前に、保存している爪のビンやその長さを記録しているノートなど、見られたら明らかに『ヤバい』ものを吉廣の写真の中にぶち込んだ。吉廣の写真は限界量こそあるが、青ダヌキの4次元ポケットのような能力を兼ね備えている。
「あらかじめいくつか約束事を決めておくが、まずわたしの私室には入るなよ。書斎じゃあない、私室だからな」
「あぁ、わかったよ」
その「わかった」がこの世でもっとも信用ならないことを吉良は知っていた。岸辺露伴は「押すな」と言われたら絶対に押す人間。
だからこそ、先に見られてはならないものを隠す必要があった。
ヤバいものを持った父親については、家から追い出した。しばらくは(少なくとも岸辺露伴が家から消えるまでは)外にいてもらう。これは万が一露伴が吉廣にヘブンズ・ドアーを使い、自分の過去を知ってしまわないようにするためだ。
それから、具体的な滞在期間についても尋ねた。
露伴曰く、少なくとも一週間、長くて一か月くらいとのこと。
らしくなく、吉良は膝から崩れ落ちた。胃の痛みも追い打ちをかけた。
「まぁ世話になる以上は、僕も最低限お前の邪魔にならないようにするよ」
「貴様がわたしの家にいるだけで最高に邪魔なんだッ」
「おっと、今さら「YES」と言った内容を取り消すわけか?」
「……………ハァー……とっととあがれ」
廊下を歩く吉良は、靴を脱ぐ露伴の方を振り返る。とっちらかすなら早速小言の一つでも言ってやったが、靴は整然と並んでいた。
(コイツ、色々とぶっ飛んでいる割には、行儀作法がしっかりとしているんだよな…)
鈴美がちびっ子だった頃の露伴を根気よくしつけていた影響もあるのだろうか? あとは単純に、漫画のネタを探す上で得たさまざまな知識が生かされているのかもしれない。
ひとまず詳細な取り決めは夕食の後にした。衣食住を共にするということはアレだろうか? 岸辺露伴の夕食も自分が作らなければいけないということか? 吉良の疲れた脳がその事実に気づいたのはエプロンを付けて食材を卓に用意し始めてからである。今のところあの漫画家はリビングに放置している。吉廣を監視役に置けないため、自分がいないところで行っている内容を後から知れないのはネックだった。いっそ今からでも殺……追い出すべきじゃないのか?
グルグルと考えること数分。無意識に爪を噛んでいた。というか、「衣食住を共にする」って『食』と『住』の部分はともかく『衣』の部分はなんなんだ? 服まで共有しなくちゃあならないのか? 身長は確かにほぼ同じだが────ハ?
「岸辺露伴」
「ン? 何だ………うおっ!!」
リビングにいた露伴は、棚に飾られたトロフィーや賞状をマジマジと眺めている最中だった。
振り返った露伴の視線の先には、左手に大根、右手に包丁を握りしめている吉良の姿が映る。妙な
「衣食住……君は衣食住と言った」
「そっ……そうだが」
「わたしの服を借りて、わたしの出した飯を食べて、同じ屋根の下で暮らすってことか?」
「………ナァ、家の中だからって、包丁を持って出歩くのは非常識なんじゃあないか?」
「質問を質問で返すな」
「……ハァ、お前には僕の手荷物に衣類が入っているように見えたんだな」
「………」
吉良は包丁を持った手で頭を押さえ、フラつきながら台所へと戻っていった。
「何なんだ、あの圧は……」
一人残された露伴は無意識に入っていた肩の力を抜く。吉良が包丁を持って現れた時、確かな緊張感があった。マジで一瞬、自分が殺されるのではないかと錯覚するほどのリアリティがあった。
○
露伴が吉良宅に上がり込むこと数日。彼は泊まる上で破産した件は持ち出さなかった。言わなかったのはもし話せば、嫌いな男に嘲笑されるのが目に見えていたからだ。
建前上は『星ノ桜花の観察』と銘打っているため、最低限の観察は行っている。といっても、仕事中の様子をわざわざ覗くようなことはしていない。
実に
守っているのはひとえに、ルールを遵守しなければ…と語った男にスゴ味があったからだ。「漫画の描けない体になるかもね?」と。
今でもトラウマになっている例の島でのこの男の言動を思い出すと、人間として大きく欠如している部分があるのは薄々と理解している。ゆえに露伴は吉良吉影の『地雷』を踏まないよう注意した。
それと、露伴にも当然仕事がある。文無しとはいえ、商売道具の原稿用紙やGペンは持っていた。
吉良吉影を観察する中で、気づいたことはいくつかある。
まず、漫画を描く前に露伴が行う準備運動のようなルーティーンが細かくある。
起床時間や就寝時間。寝る前に何をするかまで決まっている。
毎日が同じ流れの繰り返しだった。
次に爪の伸びが早い。「コイツ昨日も爪を切ってなかったか?」と気づいた翌日の朝にもまた、爪を切っていた。
聞けば、昔から
この時も妙な緊迫感があった。もしやスタンドバトルが始まるのではないかと感じるような緊迫感が。
あとは趣味が
装飾品や服のセンスやら、ところどころで尖っている。
よそ行きは『普通』を取り繕っているが、家の中だとその尖った部分がより散見される。…いや? スーツのネクタイは外でも中々尖っていたかもしれない。
「猫草」なる生き物も露伴の興味を引いた。幽霊の父親に関してはまだ一度も見かけていないが。「幽霊の父親は成仏したのか?」と露伴が尋ねると、吉良は「幽霊はこの世にいない」と返した。
飯は意外過ぎるほど家庭的であるし、本人のこだわりなのかバランスもいい。
家の中も時折腹が減った猫草が騒いだ時や、『二匹』が遊んでいる時以外は静かだ。露伴は見間違いかと思ったが、間違いなく二匹がボール遊びをしていた。楽しそうだった。
既視感──そう、既視感。
嫌いな男の家にも関わらず感じる居心地の良さは、実家の空気感に似ていた。
「〇〇はするな」だとか口うるさい感じも親がとやかく言ってくるあの感じに似ている。
つまり吉良はおかんだった?
露伴は首を横に振る。ンなわけあるかと。
そんな日々が二週間近く続き、露伴の方も編集から原稿料の前借りの目処がついたことで、家を出る算段がついた。
世話になった謝礼は払うかと考えていた折、出かけていた吉良が帰ってきた。買い物袋を腕に提げた男は、露伴が使っている部屋のふすまを開けるなりシャツの襟首をつかむ。
「うぐっ……なんだよ」
「貴様ッ…!!」
吉良は怒り心頭だった。頭だけでなく首筋にも血管が浮かび上がっている。
息が詰まった露伴は腕をつかみ、力を入れて振りほどいた。この怒り心頭具合、まさか。
「破産していたのなら先に言えッ!!!」
どうやらとうとうバレちまったらしい。
○
店のスーパーで偶然出会ったカップルの姿を目に留めた吉良は、そこで雑談がてらに聞いた内容で岸辺露伴の破産を知ることになった。
あざ笑う気持ちよりも圧倒的に怒りが勝る。
あらかじめ言っていれば、ひとしきり笑った後に金だけ渡して追い払っていた。
それをッ! 露伴が破産の事実を隠したせいで二週間もの間ストレスフルな毎日を送るハメになった。精神も体調も絶不調なのに爪の伸びだけは絶好調である。
露伴が言わなかったのは吉良がバカにすると分かっていたからだろう。そりゃあ嫌いな相手が破産したと知ったら抱腹絶倒で笑うに決まっている。
もう本気で殺してしまいたい。でも殺せない。約束がある。
「二度とわたしの家の敷居は跨がせんからな!!」
まとめられた露伴の荷物が玄関の外に放り出される。露伴本体はキラークイーンが羽交締めにして運ぶ。
「痛ッ!」
露伴が投げ捨てられた直後、大きな音を立てて玄関の戸が閉まった。
○
作家同士の奇妙な共同生活はこうして幕を閉じた。
結果として、吉良のストレスが限界を迎えた。
細かいことに注意する回数も少なく意外と常識人だなと思ったりもしたが、蓋を開けてみればネタのために破産をしていたのだから、やはり岸辺露伴は真面な人間ではなかった。
仮に鈴美が生きていてこのことを知ったら、存分に叱っていただろう。
露伴がいなくなってから、吉良は数日寝込んだ。帰ってきた吉廣が早速心配したが、機嫌が悪かったため無視した。
呪詛を吐きながら寝入ると、夢を見た。昔の夢だ。鈴美が隣にいる。
杉本家によく露伴が泊まりにくるという話。吉良は家族ぐるみでの付き合いがなかったためその距離感というのはわからないが、杉本家と岸部家は相当親交が深かったのだろう。
露伴が鈴美の家に泊まっていた事実に少々嫉妬を覚える。彼は鈴美の家に泊まったことはなかった。逆はあったが。
鈴美の家に泊まっていたちびっ子は、今や成人して破産するような人間になっている。
ヤバいぞあの小僧は。夢の中の彼女に、吉良は話した。
鈴美はおかしそうに笑っていた。
目が覚めたら夢は夢で。
カレンダーを見た吉良は、8月13日に目を通す。
杉本鈴美の墓参りには毎年欠かさず行っている。墓はまめに手入れされているらしく、いつも綺麗な状態だった。
「あの小僧、破産したらしいぞ」
早速破産の件を報告した。他にもまぁ色々と世間話をする。
話していると時間はあっという間に流れていく。
墓の前で長話をしても意味はないとわかっているのに、一度口を開くと長々と語ってしまう。
そろそろ帰るかと立ち上がると、目の前を黒猫が通り過ぎた。
不吉だな、と吉良が思ったその時、体があらぬ方向へ引っ張られていく。
『ニャッ』
吉良は、うおおおっ!? とマヌケな声をあげて引きずられていった。近距離パワー型に生身の人間が勝てるはずもなく。彼の体は茂みの方へ入り込んでいく。
すっかり灰になった線香の上に、真新しい線香の煙が燻る。
風に吹かれて散り散りに。花瓶は随分と窮屈そうだ。
ボロボロになりながらも茂みから這い出て元の道を戻った吉良は、ついとそちらへ視線を向けた。
「あの男、とちって女に背中を刺されたんだぜ?」
人生で二回も刺されるなんて早々ないよなぁと語っていた青年は吉良を見るなり、「げっ」と表情を歪めた。
吉良も吉良で、心底嫌そうな表情をしたのだった。