転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
夢の国に来た一行は、自然と吉良と鈴美、そして露伴と佐藤に別れていた。
鈴美に手を引かれてアトラクションを回っている吉良は、すでに死にかけている。
暑さと彼女の上がったテンションに、付いていけないのだ。
一方露伴は乗り物には乗らず、ひたすら人間や景色をスケッチしている。一日で全ページが埋まりそうだと、ふと佐藤は思った。
「岸辺くんは乗り物に乗らなくていいの?」
「ぼくはうわさのネズミの国の中がどうなっているか、ちょーさにきたんだ」
「……なんか、変わってるね。クレープ食べる?」
「たべる!」
食欲は相応に子どものようだ。彼女は4つ分買い、一つを露伴に渡す。
そして帰ってきた二人にも渡したが、吉良の方は首を横に振った。残された一つは、鈴美の口の中へ吸い込まれていく。
「キミ太るよ……痛たたた!」
「何か、言った?吉影くん?」
「何もッ、何も言ってないから、脇腹をつねるな!」
気の収まらない鈴美は、付けていた猫耳カチューシャを彼の頭に付けた。そして写真を撮ると、満足げにカチューシャを戻す。
「ふふ、仲良さそうだね、あの二人」
「………」
「んー?んー…あぁ、そういうことねぇ」
手を止めブスくれた表情の露伴に、佐藤は愉快げに口角を上げる。
中学生くらいであればからかいの一つでも言うのだが、相手はまだ子ども。ゆえに優しく肩を押すだけに留めて、鈴美を指差した。
「鈴美お姉ちゃんに、遠慮してるんでしょ?」
「…!……べ、べつに、きょうみがないだけだし」
「一緒に回りたいものがあったら、ちゃんと言った方がいいよ。きっと彼女も岸辺くんと一緒に回りたいって思ってるから」
「………」
「さ、行ってらっしゃい」
露伴はベンチから降りておずおずと、二人の方向に歩いて行った。
途中、談笑に気を取られ、子どもに気づかぬ高校生の波に巻き込まれそうになったが、寸前で鈴美が少年を抱きとめる。
それから少年が上手く場に馴染めたのを見届け、佐藤は麦わら帽子を目深にかぶり、サングラスをかけたまま足を組み、寛いだ。
周囲の男の視線を鬱陶しく感じつつ、自動販売機で買ったジュースを、一口飲む。
「若いっていいわね」
彼女も子どもであったならはしゃげたかもしれないが、童心に帰れるほど若くはなく、純粋でもない。
「その点吉良くんは結構、楽しんでるみたいだけど」
青年は殺人欲求と平穏を望む中で、精神を極端にすり減らしながら生きている。
佐藤との関係がなければ騙し騙し、もう少し平和に生きられただろうが。
「欲」に奔放な彼女からしてみれば、自分を騙してまで己の欲を隠す青年の生き方が、不思議でならなかった。
男と体を重ねて快楽を貪る。その生き方はどこまでも人間的だが、穢らわしい。
「ふーん…そういう純粋な顔、彼女の前じゃするんだ。私には冷たいクセに」
鈴美と接する時の青年は、本人も知らない内に柔らかく微笑んでいることが多い。
その点佐藤の前では快楽に溺れきり、あるいは今にも殺しそうな冷えた目を向ける。
好きな相手に様々な表情を向けられたいと思うのは、おかしなことだろうか。
「いいや、おかしくない」
彼女は自分の快楽に忠実だ。妖艶に笑む様を目にした男や女までも、ついと見入ってしまう妖しさが覗く。
「佐藤先生」
不意にその時、声がかけられた。目深にかぶっていた麦わら帽を上げれば、先まで彼女が見ていた青年が立っている。
どうしたのか──と尋ねれば、バトンタッチを要求された。
「もう…限界なんです」
「えー、アッキーこういう場所でキャッキャできるほど若くない〜」
「バスの中じゃ、あんたが一番テンションが上がってただろうが」
「ここのクレープ美味しいって聞いてたから、楽しみにしてたの。もう食べたし用はないのよね」
「……とりあえず、行ってきてください」
無理やり腕を引っ張って立たされ、背中を押される。
彼女が文句を言っていれば、相手は大きくため息を吐いた。
「ぼくのためだと思って」
「そう言えば私が了承すると思ってる?貸しは利子付きで高くつくわよ?」
「………わかりました、いってらっしゃい」
「ふぉっふぉ、お主も悪よのう」
はよ行けと、蹴り出される勢いで押され、佐藤は体勢を崩した。
彼女は自身の麦わら帽を吉良に被せると、口角を上げた。相手は客層が若いこともあって、大分参っているのだ。
「私のフェチのこと散々言ってるけど、君のも大概だね」
「……うっさい」
手で追い払う動作をされ、彼女は笑いながら遠くのアトラクションに並んでいる二人の元へと向かった。
◻︎◻︎◻︎
時刻はあっという間に過ぎ、夕方になった。あとはパレードを見て土産屋に寄り、帰るだけである。
露伴少年は遊び疲れ、鈴美の背中で眠っている。ぼくは荷物持ちだ。
本当に疲れた。どこぞのバランを付けた小僧がネズミの着ぐるみを剥ごうとしたり、興味のあるものに突進して迷子──本人曰く、迷子になったのはぼくらの方だそうだ──になったり、過激なアトラクションのせいでグロッキーになったり、3分の2ぐらい覚醒した小僧のせいで疲れた。
「露伴ちゃん見てみて、パレード始まったよ!」
「……すぅ…」
「ダメだ、起きないや」
着ぐるみを着た人間たちや派手な催しものが、前方を練り歩いていく。
場所を取っていた(というより疲れて死んでいた)ぼくのおかげもあり、前を取れたのは幸いだった。
「先生もお化粧直しに行ってから、ぜんぜん戻ってこないし…」
「放っておけよ。ほら、一番デカいのが来るぞ」
この夏の暑さだ、女性は色々大変なのだろう。
しかし保健医と違って、鈴美は化粧をしていない。白いきめ細やかな手の肌を見てわかる通り綺麗なのだから、若さは得だ。
「わぁ…」
彼女が小さく感嘆の息を溢す。
城を模した乗り物の上で、キャラクターたちが観客に手を振っていた。その周囲では踊り子たちが華麗に舞っている。
ぼんやりと眺めていたら、突如花火が四方に上がり、眠気が一気に吹き飛んだ。
周囲の人間の声が騒音となって耳に届く。よくバラン小僧はこの中で眠れるな。
「キレイだね、吉影くん」
「…まぁ、それなりにね」
今日は本当に大変な一日だった。
暑いわ、小僧の面倒が疲れるわ……それでも、悪くない時間だったと思う。
それは一時でも、両親のストレスから解放されたからだ。
ただ、離れていても、
だから保健医の手助けもあったが、鈴美に甘えた少年が羨ましく思えた。
この場を楽しめたことはぼくにとって、いいものである。反面美しい手にばかり目がいってしまい、早々に精神的に参ってしまったが。
「今日はみんなと来れて、すごく楽しかった。誘ってくれてありがとね」
「別に、父さんがチケットをくれたから来れたんだよ。ぼくは何も…」
「でも、一番最初に私を誘ってくれたでしょ?」
「君が「一緒に行きたいなぁ…」って、前に言ってたからね」
「覚えてくれてたの?」
「覚えてなくとも、ぼくも一度は訪れてみたかったから、その時は君を誘ったよ」
花火の光が幻想的に世界を彩って、観客を照らす。
彼女の笑顔はとても綺麗で、しかしやはりどこか燻っている。
「…どうしたんだい?前から少し変だよ?」
「……別に」
花火を見ていた横顔が視線を合わせないまま、少しだけこちらに向く。
「…吉影くん、明日は何の日か覚えてるよね」
「8月13日、君の誕生日だね」
「そうです。ついでに前に行ったことも覚えてる?」
「何か一つ欲しいものを買う…だったかな?」
「そう、私の欲しいものを一つ吉影くんが与える」
少し改ざんされている気がする。大きいぬいぐるみを催促されそうだと、親に渡された分とは別で自分の現金を持ってきたが、いったい何を買わされるのだろうか。
「
クレープを頬張ったりアトラクションを見てはしゃいでいた彼女は、少女から、
思わず目を見開いたぼくに、彼女はゆっくりと、顔を近付ける。
「…吉影くん」
「そ、そうだね……そうだね。約束、してたね」
「受験で忙しいと思うけど、全く時間が取れない……ってことはないでしょ?」
「……うん、難しいけど、何かしら都合は作れると思う」
そもぼくに「受験勉強は必要ないのでは?」と、鈴美は言った。
思った以上に彼女は、ぼくを見ているみたいだ。…いや、好きなのだから、見ていて当然なのか。やはりどうにも恋愛のハウツーは掴みにくい。
「本当に、ぼくでいいのか?」
「男に二言はないものよ」
「……ぼくは」
ぼくは、欲にまみれた人間だ。女の手が好きで、命を奪う行為を罪悪感もなく行えてしまう人間だ。
そんなぼくと穢れのない真っ白な彼女が、交わってもいいのだろうか。
その考えを思い浮かべたこと自体不思議で、頭の糸がこんがらがる。
いいよ、と言えばそれで済む。
しかし言うことができないのは、ぼくが彼女を好きになることができたからじゃないか?大切に思うから傷付けまいとして、避けようとしているんだ。
現に彼女に触れようとして──
「吉影くん」
綺麗な桃の目が、真っ直ぐにこちらを見つめる。なぜかぼくを咎めているように感じられた。
「ぼくは、君のことが………好き、だよ」
「吉影…くん」
「…ごめん、ぼくは…」
肉欲を晒したら、きっとぼくは歯止めが利かなくなる。
今まで隠していた手の欲や、恐ろしい衝動を彼女にぶつける。
ぼくの本性を知って、純粋な彼女が耐えられるわけがない。
まだ異常に理解がある保健医だからこそ、自分の欲を見せられた。しかし
ぼくの本性を知ってその上で周囲に知らされたら、平穏には暮らせない。
少しでも害になり得るのなら、彼女の手だけを残して、手にかけてしまうかもしれない。
「………」
少なからず鈴美に死んで欲しくないという気持ちはある。
彼女の手が美しいと思うが、浮かべる笑みも可愛らしいと思う。
この感情が「恋」に準じる好きなのか、やはりわからない。
普通を求める思考と、狂気に満ちた思考に板挟みにされて、精神がぐらついた気がした。
喉の渇きに、無意識に温くなったお茶を口に入れる。
しかし、約束したのだ。一度だけなら耐えられるはず。
言葉にしようとしたと同時に、花火の音にかき消された。
「おっまた〜、戻ってくるの遅くなっちゃってごめんに〜!小腹空いたと思って、ポップコーン買ってきたよ」
花火の色が、空気の中に溶け込んでいく。
ポップコーンの、それもバケット付きを4つ装備して保健医は戻ってきた。
匂いに釣られて起きた露伴少年は、自分と鈴美の分を奪っていく。味は全てキャラメルのようだ。
「………」
「露伴ちゃん、どこ行くの?」
「…ついてくるな」
「あ、ちょっと!」
バケットを首に提げた少年は、少し駆け足で走っていく。鈴美も慌ててその跡を追った。どうやらお手洗いらしい。
遊びっぱなしの後に寝てしまったので、行く時間がなかったのだろう。
「あの、私行ってくるね。迷子になったら大変だから」
「わかった、気を付けるんだよ」
「うん……あと
「……あぁ」
そのまま彼女は少年の跡をついて行った。
残されたのは、ぼくと保健医の二人。パレードはまだ続いており、人混みの多さに嫌気が差してきた。
「吉良くんもどうぞ」
「バケットってかなり高くなかったですか?」
「まぁ、これくらいは奢ってもいいじゃない。サービスサービスぅ!」
アラサーに指を立ててウインクされても、何もときめかない。
無理やり提げられたバケットの紐は、重力に沿って首元に落ちた。
「ねぇ、さっきイイ雰囲気だったみたいだけど、杉本さんと何話してたの?」
「他愛もないことですよ」
「ふーん、それにしては距離が近いみたいだったけど」
「寝ているガキがいたとはいえ、カップル二人並んでいるんですから、甘い雰囲気になってもいいでしょう」
「ふふ、青春ねぇ」
サングラスに彼女の瞳は隠されており、いつものように感情を窺うことができない。
抱くならば嫉妬や怒りだろうか。どことなく儚げに見えるのは、なぜだろう。
「……私こういうところ、初めて来たのよね」
「かなり遊んでいそうなイメージがあるのにですか?」
「男の人とはね。人がいっぱいいるところは、あんまり得意じゃないの」
「意外ですね」
「きっと子どもの頃に来ていたら、もっといっぱい楽しめたと思うわ」
その視線の先に映し出されているのは、親子連れの三人の姿。
ぼくの場合、子どもの頃は情操教育だと、よく親に連れられ色んな場所に行った。
家族が一緒な時点で疲労にしかならないが、経験としてはいいものだった。
父は気遣いばかりするぼくの様子を見ていたから、受験前の気晴らしも兼ねて粋なことを考えてくれたのだと思う。
「私母子家庭で、子どもの頃はいつも一人だった。友だちとかも作れなくて…」
「そうだったんですか?普段のあなたはコミュ力お化けに見えますが」
「ふふ、そう?大学で心理学を学んだのが大きいわ。人という生き物を知りたくて専攻したのだけれど、苦学生だったから大変だったな。こっそり水商売もしてたし」
過去に浸る彼女は、目の前の快楽を貪るいつもの姿とは違う。
ただの弱い────、人間のようだ。
「…あなたらしくないですね」
「私らしいって何かしら?君だって自分らしさが何なのか、わかってないでしょう?」
「………」
「自分らしさもそうだけど、君が大好きな
「普通は普通ですよ。一般人として生きることが普通で……」
「じゃあ例えば、事故で足を失った人間は?先天性の障害で、重度の知的障がいを持った人間は?彼らは「普通」じゃないっていうの?彼らは足りないなりに自分たちの生き方を模索して、懸命に生きている。そんな彼らを君は否定できるの?」
「別に、否定はしてないですよ」
「否定しないというなら、私や君のように異常性癖を持つ人間を否定しないわよね?どうして
「…否定はしていない。だが一般から見たら、何かしら疾患を持っている人間や、ぼくらのような人間が異質に見えるのは、避けられないことだ。その好奇の目を避けるためにも
「君が「普通」に固執するのは、それが理由?」
「ぼくの、理由……?」
幼い頃からぼくは「普通」に執着していた。誰に問われるでもなく、ずっと当たり前のこととして認識していた。
敢えて、考えないようにしていた。否、忘れてしまった幼少期の疑問がぶり返す。
まるで誰かの意識を引き継いでいるような、自分とは違う別の人間の思考のような、得体の知れない恐怖。
ぼくが、ぼくじゃないみたいじゃないか。ぼくは「吉良吉影」で、それ以外の何者でもない。
「「普通」を目指す君と本能のままに生きたい君、私はどちらが本当の君なのか知りたい」
「どっちも…ぼくだ。いや、面倒な本能なんか、本当はいらない……普通に生きられれば、それだけでいい」
「君そのままだと、いつか精神の方が保たなくなるよ」
そんなのわかってる。もう限界が近いのはわかっている。
ただ、人を殺しちゃダメなんだ。耐え切れずに衝動のまま動物を殺してしまったことはあるが、人を殺したらお終いだ。
どうにかして自分の欲望を制御しなければ、きっと近いうちに誰かを殺す。それも恐らく、手の綺麗な女を。
ぼくを真の意味で満たしてくれるのは、美しい
「楽になればいいのに」
「黙れ…」
「ふふ、人がいっぱいいるから、前みたいに首を絞めることはできないわね」
「………」
「そんな怖い目しちゃって、ドキドキしちゃう」
突如保健医が顔を近づけてきたと思ったら、頰にキスをされた。
自然と眉間に、皺が寄る。
「何すんだ、この変態教師…」
「このくらいいいじゃない。それに岸辺くんの面倒を私が見てた時、こっそり杉本さんとちゅーしてたの、知ってるんだから。一応譲歩はしてるのよ」
「……ハァ」
やはりこの女は連れてくるべきじゃなかった。鈴美に見られてたら腹パン待ったなしだ。後から視線を探らせて姿がなかったのは、不幸中の幸いだ。
「…そう言えば、あなたはなぜ人間の目なんか、好きになったんですか?」
「えー、聞きたい?」
「教えてくれないなら別にいいです」
「あははー、ウソウソ、教えるって」
耳を近付けるよう促され、一瞬さっきのことを思い出し警戒したが、特に何もされることはなさそうだ。
「幼い時に私をレイプした男の目が、忘れられないから」
彼女は笑って、そう言った。