転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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110話 GREEN DAY【後編】

 夏だ。

 

 学校が長期休暇に入り、家にいたくない身としては行く場所は限られる。

 ぼくがよく訪れるのは図書館か学校の自習室だった。今日は図書館に足を運び読書をしている。

 

 子どもの頃からゲームやテレビを禁止されていたため、必然と読書が唯一の趣味になった。

 

(と言っても、夏休みの今じゃあガキどもが多いがな……)

 

 やつらの多くは『館内(かんない)(しず)かにしましょう』のルールを守らない。あの子ども特有の甲高い声は、ちょっとでも声を出すと静かな空間に響きわたる。アレさえなければ図書館での読書もストレスが減るのだ。

 

 ならば家で読書をしていろと? 否、そちらの方がストレスが溜まる。

 

 

 手に取る本はその時の気分や状況によって変わる。ミステリーものを読んだその次に料理本に目を通すとかな。

 

 まぁ最近は純文学を読み漁っている。その著者のどれもが現代文学で押さえておくべき文豪だ。一度読んでおけば後々アドバンテージになる。

 

 有名どころはすでに読んだことがあったが改めて読み返し、だんだんとマイナーな作品へ移っていく。なかなか膨大な量だが、苦ではない。

 

「今回はこれにするか…」

 

 数冊手に取り、読書スペースへ向かった。読みきれなかった分は借りてあとで家で読む。

 

(今日は比較的静かだな)

 

 いつも訪れるとガキの一人や二人いるが、今日はシンとしている。実に素晴らしい空間だった。いつもこのくらい静寂に満ちていればいいんだが。

 

「…ん?」

 

 ちょっとした感動まで覚えていた矢先、新刊コーナーが目に入った。そこは人目につきやすいよう、出入り口の近くにある。ぼくも訪れた時はよく目を通す。

 

 その場所に見覚えのある姿があった。

 

「うーん……」

 

 その人物は子ども向けの本が並ぶ場所で小難しい顔をしている。

 いったい何を見ているのか。少し気になり視線を凝らすと、『自由研究』の文字が目についた。

 どうやら小学生向けのハウツー本のようだ。

 

「……うん?」

 

 ぼくの視線に気づいたらしい子どもが後ろを振り返った。向こうはこちらを見るなり肩を揺らし、目を丸くする。一応挨拶しておくべきかと思い近づく。

 

「久しぶりだね、ぼくのこと覚えているかな?」

 

「えっと……吉良さん、でしたよね?」

 

「そう、吉良吉影だ。ぶどうヶ丘高校一年の」

 

 向こうは手に取った本を抱きしめるようにしながら視線を左右へさまよわせる。ここは蒸し暑い外と違ってクーラーが効いているにも関わらず、この子どもは額に汗を滲ませている。

 

「お久し…ぶりです。ゴミ拾いの時はお世話になりました」

 

「いやいや、こちらこそ。他の子どもたちと違って君は真面目に頑張っていたから、印象的だったんだ」

 

「い、いえ」

 

「あぁ、その、ところで……」

 

 気まずげな表情を繕い、少し視線を伏せながらカラスに襲われた子どもがあの後どうなったか尋ねる。

 

「あの子はしばらく包帯を巻いていましたが、夏休み前には頭の糸も取れたらしいです」

 

「そうか…。やはり縫うほどのケガにはなってしまったんだね……」

 

「はい。………あの、僕もう行きますね」

 

 最初に目が合ってから、少年は不自然にぼくから目を逸らす。

 こいつは()()をやらかしたかもしれない。所詮小学生やろくに子どもの躾もできない女どもしかいないからと、侮るべきではなかったか。

 

 

「君、ちょっと待ち────ッ!?」

 

 

 肩をつかみ振りかせようとしたその瞬間、体が動かなくなった。

 

(何ッ、だ……!?)

 

 まるで──そう、まるで()()()()()()()()()()()ような。

 

 視線を動かしても自分の体には何も巻きついていない。しかし現に体の節々に『何か』の感触を感じる。

 

「………」

 

 ぼくに背を向けていた少年はゆっくりと振り返った。その瞬間、小さなその体の背後に緑の何かが視えた気がした。

 

 (違う!これは幽霊だとか未確認生物だとか、ぼくが真っ向から存在を否定しているものじゃあない…!!)

 

 もっと別の、得体の知れない『何か』。

 それがぼくの体を拘束している。

 

 

「……お兄さん、僕は見たんです。お兄さんが僕とあの子たちのところに走ってきた時、トングが土で汚れていたのを」

 

「トングが土で? トングで埋まっている空き缶を掘り出したりしていたから、それで汚れたのかもしれないかな」

 

「空き缶はだいたい、僕の拳一個ぶんくらいだ。でも…お兄さんのトングは二個分以上は汚れていましたよ?」

 

「……フフッ、頑張って掘りすぎたのかもしれないな」

 

「それに、あの後気になって公園にもう一度行ったけど、落ち葉に隠れるようにして穴があったんです。ちょうど僕の拳二個分くらいの……」

 

 この少年は観察眼が鋭いようだ。まさかトングに付着していた土で犯行がバレてしまうとはな。ぼくもまだまだツメが甘い。

 

「君、少しぼくと話をしないかい? ここは『私語厳禁』だから、場所を変えて……さ」

 

「………」

 

「そう警戒するなよ。何もしないさ。…いや、何もできない、が正しいかな」

 

「…わかりました」

 

 体の拘束は足のみ解けた。未だ本を抱えたままの手は動かせそうにない。

 

 ぼくはそのまま小さな背に続く形で歩き出した。

 

「あっ」

 

 と、その時、思い出したように少年が振り返る。

 

 

「『君』じゃあなくて………

 

 

 僕の名前は、花京院典明です」

 

 

 

 

 

 ⬜︎

 

 

 はじめは小さな発見だった。

 あの高校生が持っていたトングの汚れ。

 

 それから少年の一人が頭から流血する事件が起こり、彼──花京院は拭いきれない違和感を感じた。

 

 トングの汚れ然り、あの青年が()()()()()()()()()()()件然り。

 

 よぎった違和感は帰りに母ともう一度あの公園に寄り、そして落ち葉の下に隠れていた穴に足を取られ彼自身が転んだことで、確信に変わった。

 

 この穴が偶然この位置にあったと言えばそれまでだ。

 

 しかしあの少年たちが話していた内容が事実なら、石が落ちてきた後にカラスの巣が落ちてきたという。

 

 石が落ちてきた部分については巣にあったものか──あるいは、カラスが巣に近づいた彼らを威嚇するために落としたものだろうと考えられた。

 

 ただ、そんな偶然にカラスの巣が落ちてくるだろうか? しかも少年たちが転んだタイミングで。

 

 あれが、石が巣にぶつかって、落ちてくるように作られたトラップだとしたら?

 

 

 そこまで考えた花京院は、あの高校生がほぼ間違いなく『犯人』だと確信した。

 と同時に、ずっと足の下から這い上がっていた恐怖が顕在化した。ブルリと背筋が震える。

 

 

 他者を平然と傷つけられる恐怖。小さい命をトラップの道具に使うことのできる精神。

 

 あの青年はどのような感情でケガをした母親に「すみません」と謝っていたのだろうか?

 

 何度も頭を下げて、表情をつらそうに歪めて。

 

「僕のせいです」と。

 

 

 いったい、何なんだ?

 

 あの男はいったい、()()()()

 

 

 

 以上が、花京院典明(あともうちょっとで10歳)が吉良吉影という青年に感じた漠然とした恐怖の正体である。

 

 

 

 

 

 場所は移り、図書館のエントランスから入り込んだ場所にある自販機の一角。休憩場所としてベンチも備え付けられているそこに二人は腰かけた。本については一旦中に置いてきている。

 

 本が保管されている場所と違い、自動ドアを隔てた先は外の蒸し暑さが侵入している。

 

「君……あぁ、花京院くん、だったね。暑いからジュースでも奢ってあげるよ」

 

「知らない人からもらった食べ物は口にするなと言われているので、いりません」

 

「赤の他人ってほど、まったく知らない関係ではないと思うんだけどね…」

 

 この自分を拘束する『何か』は解いてもらえないと判断した吉良は、仕方なくベンチに背を預けた。

 

 花京院はその様子を見ながら、別のことが気になりだす。

 

 花京院の『力』を使われているはずだが、当の男は最初に驚きこそすれ、微塵も恐怖は感じ取れない。

 

(僕のこの『力』を体験したやつらは、必ず怖がったのに)

 

 まさか──いや、まさか、この高校生も同じような『力』を持っているから、恐怖を感じないのだろうか?

 身震いする寒気とは別の感情が押し寄せてきた彼は、吉良の前に『その姿』を現してみせる。

 

「にしても、本当に暑いな……」

 

 ────が、吉良は自販機の方を見つめるばかりで、『それ』に気づく様子はなかった。

 

 

「花京院くん、ぼくとしてはこのまま君に内緒にしてほしいんだ」

 

「………」

 

「ぼくはお願い、しているんだよ」

 

「……僕、は」

 

 

 この一件は吉良が犯行を認めた。

 花京院の中でこれまで恐怖の裏にあった「もしかしたら勘違いかもしれない」という可能性も無くなった。

 あの子どもを故意に傷つけた犯人が、今隣にいるこの男。

 

 思わずごくりと、喉が鳴る。

 

「………僕は正直に話して、ケガをした子どもに謝るべきだと思います」

 

「謝罪ならもうしたよ。「()()()()()、ごめんね」とね」

 

「違うッ! 自分が悪かったって、ちゃんと謝って欲しいんだ!!」

 

 学校で子ども同士でケガをした時だって、上部だけ取り繕っただけの「ごめんなさい」は許されない。誠心誠意、自分の非を認めて謝罪する。それができなきゃ、先生の拳が降ってくる。

 

「ハァー………心の底から「ごめんなさい」と?」

 

「そうです」

 

「参ったな……」

 

 吉良はため息をつく。前髪が張りついたこめかみから汗が流れた。

 

「ぼくは自分の行いが『悪い』とは思えないんだ」

 

「…………えっ?」

 

「あれはね、ぼくなりの教育なんだよ」

 

 ゴミ掃除をサボっていても、年上に生意気な口を利いても一切注意しなかった彼らの親。

 子どもの好きなようにさせ、自分たちは談笑という名の悪口に花を咲かせる。

 

「あの手は調子に乗らせておくとね、いつか取り返しのつかない大ポカをやらかす。その前に一度は痛い目に遭わせておいた方がいいんだ」

 

「でもっ」

 

「それに彼らの身勝手さの被害を被るのは、ぼくや花京院くんのような真面目にやっている連中だ。実際ぼくは掃除中にあいつらが飛ばした靴が頭に当たっているんだよ?」

 

「………」

 

「彼らは迷惑をかけておきながら一切謝罪もせず、「自分たちは悪くない」と考え……いや、それどころか自分の非すら抱くことのないまま日々を過ごしているんだ」

 

 それでもぼくが──ぼくだけが悪いのかい? と、吉良は続ける。

 

 それにどう答えていいかわからない花京院は、俯いてしまう。その拍子に、吉良を縛っていた拘束が緩んだ。

 

「それに……それにぼくだって、まさか流血騒ぎになるとは思っていなかったんだ。あの生意気なガキどもがカラスに追われて、ちょっとは痛い目を味わえばいいって……」

 

 吉良は瞳を伏せた。表情に少しの罪悪感を滲ませながら。

 

 小さな拳がズボンの上で強く握られる。

 左右均等ではない前髪が花京院の顔を隠した。

 

 

「それでも……それでも、謝るべきですよ」

 

 

 花京院が顔をあげる。まっすぐに、実直に。

 

「彼らの親のかわりに教育したっていうなら、あなたは実の両親に「やられたらやり返せ」と教わったんですか? それも、自分より幼い子どもに」

 

「いや?」

 

「……ならお兄さんは、自分で学びを得なくちゃあならないんです。自分で謝って」

 

「うーん……そうかぁ」

 

 立ち上がった花京院は吉良の前に立つ。

 

「きっと事情を話せば、あの子たちも、彼らの両親もわかってくれますよ」

 

「花京院くん」

 

「…はい?」

 

「謝る時は、誠心誠意「ぼくが悪かった」って言わなきゃならないんだよね?」

 

「……はい」

 

「なら、ぼくにはできないかな。さっきも言ったけれどね」

 

 

 

 ────ぼくは自分の行いが、()()()()()()()()んだ。

 

 

 

 花京院の額に、暑さによるものとは違う汗が流れる。吉良は依然とベンチに座ったまま、視線だけ目の前の少年に向ける。彼の眼は前髪とメガネに覆い隠されている。

 

「悪いと思えないんじゃあそもそも、謝ることができなくなってしまうね」

 

「……っ、え?」

 

「わからない? ここまで言ったのに? 君は聡いから気づくと思ったんだが」

 

「…言っている、意味が……」

 

「例えばぼくが君から何かを借りたとして、それを壊してしまったとするだろう?」

 

「………うん」

 

「ぼくは君に謝るわけだけれど、ぼくは心の底から「壊して悪かった」と思えないんだ」

 

「……??」

 

「人はこの感情を『罪悪感』と言うそうだ。ぼくはね、今まで生きてきた中でこの『罪悪感』というものを感じたことがない」

 

 頭では理解できるんだけれどね、と笑いながら言う男に、花京院は一歩二歩と後ずさる。

 

「っ」

 

 背中が自販機にぶつかった。

 

「大丈夫かい?」と伸ばしかけた吉良の手が、空中で止まる。ミシリと音を立てる体に、吉良は息を詰まらせた。

 

「ぐっ……聞きたかったんだが、()()、本当に何なんだ? 君に取り憑いている『何か』だと仮定しても、君の意思で操作しているようだし…」

 

「僕に触るなッ!!」

 

「質問をしているのはぼくだ。質問と違う答えで返したらテストで×(ペケ)を食らうよ」

 

「……知らない。僕が生まれた時からあるものとしか」

 

「ヘェー、そう。君は特別な人間ってやつなのかもね」

 

 でもまぁ、その分じゃ結構苦労してそうだなぁ──と、吉良は呟いた。

 

 花京院の脳裏でこれまで体験してきた、自分へ向く恐怖の視線がフラッシュバックのように過ぎる。

 

「人によっては君にこう言った人間もいるんじゃないかい?」

 

「うるさい…」

 

「ハハッ……バケモノ、ってさ」

 

 吉良を拘束していた『何か』が、首にまで行き着いた。体の軋みに追随して気道が塞がれる。

 視界がだんだん白くなっていく中でなおも笑っていれば、涙を必死に堪えようとする少年の顔が見えた。

 

 視界がさらに白くなる。

 

 意識が一瞬遠くなった直後、浮遊感とともに体が地面に倒れた。

 

 

「────ゲホッ!!」

 

 

 吉良は喉を押さえながら何度か咳き込む。生理的な涙を目尻に浮かべつつ、少年の方を見た。

 自販機に寄りかかるように尻餅をついている少年は顔が真っ青になっている。

 

 吉良が手を伸ばすと小さな体がビクリと震える。彼は気にせず花京院の肩に手を置いた。

 

「ひどいじゃあないか、典明くん。いきなり人の首を絞めるだなんてさ」

 

「ッ……ハッ」

 

「ほおら、ゆっくりと息を吸いたまえ。過呼吸にでもなられたら困る」

 

 吉良に促されるようにして、花京院はゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 そして呼吸が落ち着くと、吉良の姿を見てまた肩をビクつかせた。彼の『力』で強く絞めつけたところに痕ができてしまっている。

 

 いっそ哀れなほど体を震わせる少年の耳元に、吉良は顔を近づけた。

 

 

「さぁ、話を最初に戻そうか。君はぼくの『おねがい』を聞いてくれるかな?」

 

 

 花京院の目前には首を一周するように残る赤い痕がある。

 

 彼は唇を振るわせながら小さく頷いた。

 

 頷かざる、を得なかった。

 

 

 

 花京院の返答に微笑んだ吉良は、一度肩に手を置いてから立ち上がる。

 そのまま自分の服の汚れをはらい、自販機の前に立った。

 

「それで、君は何が飲みたい?」

 

「……………ハ?」

 

「何が飲みたいかと聞いているんだ」

 

「………???」

 

 吉良はため息をつき、先に自分の飲みたいものを買った。

 それからまた硬貨を入れ、花京院を顎で指す。

 

「……い、意味がわからない。なっ、何で……?」

 

「なぜって? 日射病は油断ならないからだよ。水分はきちんと取った方がいい」

 

「……??」

 

 なおも理解が追いつかない花京院は、吉良に睨まれ仕方なくりんごジュースを指さす。こんな状況でも一瞬、さくらんぼジュースを探してしまった。

 

「はい」

 

 受け取り口から出てきたジュースを吉良が差し出す。

 花京院は受け取ると、「ありがとう……ございます?」と頭を下げた。

 

 訳がわからなかった。本当にこの吉良吉影という男はどんな思考回路をしているんだろうか? 本当にわからない。

 

 それが顔に出まくっているのだろう。吉良は半目でジュースを飲む花京院を見る。そして言った。

 

 

「何か納得できる理由が欲しいなら、ごみ拾いを頑張ったご褒美だとでも思えばいいんじゃないのかい?」

 

 

 花京院典明はますます、この得体の知れない男に恐怖を覚えたのだった。

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