転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
時系列的には本編の三章あたりを想定していますが、設定的に齟齬がある可能性もあるので、まあふわっと読んでください。
*追記
アヌビス川口!!!!!!!
【おっ、落ち着くのだ吉影ェ!!】
「いいや! 限界だッ!!」
吉良は絶望していた。どのくらい絶望しているかといえば、誤ってインクを倒して完成原稿を黒墨の海にしてしまった漫画家とか、洞窟の中で体が挟まり動けなくなってしまった探検家くらいには絶望していた。
今にも周囲の被害を考えず爆破させてしまいそうな息子に、吉廣は冷静になるよう叫ぶ。
二人がいる場所は吉良邸。吉良吉影の「平穏に生きる」モットーを考えれば、我が家に不穏分子を持ち込むことはまずないはずだ。
しかし実際、吉影の平穏は脅かされている。それも現在進行形で。
その理由はキッチンにあった。
カサカサカサ────。
この音でお分かりいただけただろう。吉良の前には、名を言ってはならない例の『あのひと』がいる。
なぜ名を言ってはならないかに関しては、名前を言うと「おや、私を呼んだかね?」と『あのひと』が増殖してしまう気がするので、頑なに名を呼ばないようにしている。
「ハァ……ハァ……ッ」
吉良の手には丸めた新聞紙が握られていた。その手はひどく震え、顔には汗がぐっしょりと浮かんでいる。
彼はこれまで生きてきた中で、奴を倒したことがなかった。そもそも、家に出現する機会がほとんどない。まめに掃除されており、清潔な状態が保たれているからだ。それでも“奴”は気づけば魔の手を忍ばせている。
【大丈夫だ吉影、ここはわしがなんとかするッ!!】
「死んだ人間がどの口でほざいてるんだッ!? あんたは今まで母さんに任せっきりだったろ!!」
【ぐ、ぐぬう……そ、そうだが…】
今まで例のあのひとは出た際は母親が退治していた。ハエ叩きでスタープラチナの如く精密な動作と速度でスパァンと、それは見事に捕らえていた。
しかし肝心の母親は吉廣と同じく亡くなっている。
吉良は爪を噛みながら壁を我が物顔で這うゴ……例のあのひとを睨みつけた。
(いったい、どうすればいい…!?)
母親はおらず、父の吉廣も新聞紙で叩こうとしているが例のあのひとの速度に追いつけない。
奴を退治しなければこの家に平穏は訪れない。吉良が始末するしかなかった。
だが生理的な嫌悪で近づくことさえ吐きそうだというのに、いったいどうすればいいのか?
キラークイーンで爆破させたいところだが、始末するには奴本体に触れる必要がある。この時点で無理ゲーだ。
ならば物を爆弾に変えて、奴がそこを通りがかったところで爆破する?
いや、これも却下だ。奴を巻き込むように爆破する場合、物的な被害が大きくなってしまう。しかも場所はキッチン。爆破の仕方をミスれば最悪、ガスに引火して…なんてことも考えられる。
なら、尚更どうすればよいのか。
【吉影、逃げなさい!!】
「えっ?」
指を血まみれにしていた彼は、父親に叫ばれたところで我に返った。
目前にはこちら向かって飛んでくる例のあのひとの姿がある。
世界がスローモーションになる中、吉良はとっさに
直後、爆風。
吉影も吉廣も、思わず目をつむった。生じた風圧はテーブルのコップや醤油入れを倒す。
食器棚に立てかけておいたフローリングワイパーが倒れた直後、キュルキュルと奇妙な音が響いた。
『コッチヲ見ロォ~』
これがキラークイーンの第二の爆弾、『シアーハートアタック』が目覚めた瞬間である。
それから時は流れ、現代。杜王町の平穏が虹村形兆がもたらした一本の矢により危ぶまれていた折のこと。
吉良は依然変わらず、平穏な日々を送っていた。しかしその平穏はある存在によって奪われることになる。
「〜♩」
鼻歌を交えながら朝食を作り、できあがったら料理を卓に運んで、そのあとは日課の爪を切る。
縁側でパチンパチンと音を響かせていたところ、右手に鳥肌が立つ感覚があった。爪切りを落とした吉良は先とは一転して表情を歪ませる。
手に違和感を感じた時はだいたい我がスタンドの仕業だ。年々猫化が進行しているキラークイーンは、鳥だったり蜂だったりを捕まえては、ドヤ! という顔で“猟果”を見せつけてくる。どれだけ叱ってもこの悪癖は治らなかった。
今朝もその類だろうと、吉良はキラークイーンを探した。
「キラーク……」
肝心のビッグキャットは、キッチンでうずくまっていた。ブワッと吉良の顔からいやな汗が吹き出す。
(まさ、か……)
キッチンという『食べ物が集まる』場所。
そして、今感じる手の感触。
卒倒しかけた吉良は、10年近くにも及ぶこれまでの例のあのひととの戦いが走馬灯のように過ぎった。が、壁に手をついてなんとか堪える。今すぐに右手に感じるこのうごめく感触から逃れたい。もはや右手を切り落とす他ないと、フラつきながら包丁を手に取る。
『ニャッ?』
キラークイーンは獲物から視線をそらし、虫の息な本体へ目をやった。
それからいつものように己の手柄を見せるべく、右手を差し向けながら吉良に近寄る。
「わた…」
『ニャン(ドヤッ)』
「わたしの側に近寄るなァ────ッ!!!」
スイッチが入り、キラークイーンはとっさにゴキ…例のあのひとを投げ捨て、本体の吉良を抱え込む。そしてそのまま床を転がった。
【なっ、何じゃ!?】
爆発音が生じると、リビングで朝の情報番組を見ていた吉廣も駆けつける。
煙が上がる中、キラークイーンは顔面蒼白な本体をのぞき込んだ。若干過呼吸まで起こしている。どんだけゴキブリが嫌いなんだ。
【どうした、吉……なっ!!】
「ハァ、ハ……………あっ」
煙が消えた後、二人が見たのはシステムキッチンの残骸。キラークイーンが投げた先にあったそれは見事に壊れていた。
【だ……大丈夫かい、吉影や?】
「ふざけるなよッ、このクソ猫が……!!」
【ま、まあ、キラークイーンも悪気があってやったわけじゃないだろう。吉影を助けたようだし…】
『ニャー』
キラークイーンは吉廣に擦り寄った。この猫は吉影の分身的存在だ。ゆえに、吉廣はキラークイーンにも甘かった。
一方で呼吸が落ち着いた吉良は、手を洗おうとしたがシンクも壊れていたため、仕方なく風呂場に向かう。
念入りに洗い終えた後は再びキッチンに戻り、壊れた残骸に頭を抱えた。
「まったく、今日はなんて災難な日なんだ……」
○
キッチンを新しく取り替えることになったため、数日は料理ができない。その間は外食、または中食で済ませることになる。幸い警察に通報されるほどの大事にはならなかった。
一瞬ここ何年も会っていない仗助の顔が浮かんだが、奴に修理を頼むと「なぜ壊れたのか?」と問われるだろう。奴が業者にも話した「電子レンジに卵を入れたら…」で納得したとして、それが回り回ってわたしの能力に気づく原因になるかもしれない。懸念点はひとつでも減らした方がいい。ゆえに奴には頼らなかった。
あと一応、わたしにも矜持がある。子どもに頼ってばかりではいられんだろう。
「とは言ったものの…」
家に業者が入るため、取り付けが終わるまでは仕事に集中できない。そのためその間は執筆を休むことにする。平日でも家にいる家主に業者が職業を尋ねてきた無粋な場面もあったが、プライベートなことを理由に黙らせた。あいにくと機嫌が悪いんだ、こちらは。
それで、問題は食事だ。
普段は自分で作っているため外食をとる習慣があまりない。あっても編集と青空をバックにカフェで打ち合わせをするとか、そのくらいだ。
飲食店だけでも杜王町にはそこそこの数がある。特に人の行き来が多い駅周辺は店が密集している。
「さて、どの店にするか」
コンビニの選択肢は
あまり重たいものは食べたくないと考えていた折、『サンジェルマン』の名前が目に入った。あそこはパン屋だ。ふんわりとしたパンの香ばしい匂いが漂ってくる。
(パンならば米よりも胃に軽いか)
ひとまず今日の昼食はこのサンジェルマンのパンにしよう。
時間帯は昼時ということもあり、中にはOLの姿もチラホラと見受けられる。ついと
それなりに種類は多い。トングを持ったままどれにしようか悩んでいると、後ろから声がかかった。
「この店のパンは午前11時に焼きたてのものを並べるんだ。店内から香る匂いについ足を取られる客も多い。人気なこともあって午後1時には売り切れちまうことが多いんだぜ?」
店員にしてはやたらと距離が近いというか、客には敬語を使え、敬語を。
「えっと……おすすめのパンはありますか?」
「俺のおすすめはやっぱりこの『カツサンド』だな。パンの柔らかさに対し、カツのサクサクさが癖になる。ソースもバランスがよくて、まさに食指が動く一品ってやつだな」
「はぁ……勧めていただいたところ恐縮ですが、今はあまり胃に重たいものは…」
「ああ、そういやお前は大学時代もそんなに食べる方じゃなかったな」
「ハ?」
振り返ると、そこには見覚えのある男がいた。
てっきり店員が後ろから話しかけていると思ったが、相手はスーツ姿。この店の店員はエプロンを付けているため違う。
「まさかこんなところでお前に偶然出会えるとはなあ。何年ぶり…いや、何十年ぶりだ?」
「ハ、ハハ……」
「あら、
この男を「同僚」と呼んだ女たちが店に入ってきた。彼らが身につけている制服はカメユーデパートのものである。
「紹介するよ。この男は『吉良吉影』、33歳、D大学文学部出身。俺も同じ大学の出だが、こうして会ったのは久しぶりなんだ。同窓会にも出席していなかったからな。
勉強は真面目で文化祭の準備も卒なくこなしていたが、今ひとつ情熱のない男……。
雰囲気はいかにも陰気っぽいやつだが、人は見かけに寄らないものだ。俺はてっきりこいつが同じ地味仲間だと思っていたが……そう、アレはモテない仲間数人で温泉旅行に行った時のことだった。こいつは普段は前髪と時代錯誤の丸ぶちメガネで隠していたが、その素顔はなんっ────フゴ!?」
わたしはこの男の口を塞がねばならなかった。もっと早く塞ぐべきだったが、虚を突かれたせいで隙を作ってしまった。
「申し訳ないね、君たち。彼と久しぶりに会ったことだし、積もる話もあるんだ。ここは行かせてもらうよ」
「え〜〜っ! あの『同僚』さんのお友だちなんですよね!? せっかくだしみんなでお昼ごはん食べましょうよ〜」
「ちょうど外で食べるののいい場所知ってるんですよ、私たちィ」
「いや、ぼくは…」
「何だよ、水くさいじゃないか、吉良。俺たちの仲だろ?」
歯を見せてにこやかに笑う『同僚』の男。
そもそも貴様はなぜ「同僚」と呼ばれているんだ? 誰の同僚なんだ? なぜ会社仲間に「同僚」と呼ばれているのにスルーしているんだ? 会社ぐるみで嫌がらせを受けているのか? 受けていたところでわたしには関係ないが。
「も……申し訳ないが、ほかの人と待ち合わせしているのでね。もしまた今度会った時にでも誘ってくれたら嬉しいかな……」
わたしがそう言うと、「なら仕方ないですねぇ」「ちょっと残念だけど」と女たちはあっさり下がった。
「なんだ、そうだったのか。無理に誘って悪かったな」
「いや………構わないよ」
「お言葉どおり今度会った時は、お前に紹介したいやつもいるし、三人で飯を食いに行こうか!」
「………ああ」
この男に新しいパンを勧められて店を出る頃には、わたしはすっかり疲れ切っていた。
こいつはカメユーデパートに勤務しており、その立地も駅に近い。社員が昼休憩を取るにはもってこいの場所というわけだ。
(その『次』が二度とないことを切実に願うさ…)
駅に地雷があるとわかった以上、ここに食べに来るのは得策ではない。
ならば場所を変える必要がある。
なぜこうも不幸は立て続けに起こるのか。自分の運をほとほと呪いたくなった。