転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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112話 吉良吉影、昼飯の流儀【後編】

 翌日、駅を通りすぎたわたしは飯屋を探していた。

 

 やはり昼時ということもあってか、どこも一定の客がいる。マズい飯がいいというわけではないが、多少味が落ちても構わんので、なるべくなら静かに食べられる場所で食事を取りたい。

 

「…ん?」

 

 車を走らせていると、一軒の洋風の建物を発見した。距離があるため店の名前は読めないが、看板らしきものがドアの側に立てかけてある。

 車を側に停めて確認したが、どうやらイタリアンレストランのようだ。看板には『3500yenより』と書かれている。

 

 3500yen()()ということは、最低金額が3500円ということ。

 

 平日の日中の、それも昼間。そんな時間帯に昼食のひとつにかけようと思える値段ではないだろう。一般的にこのくらいの金額を払うなら、彼女とのデートなど特別な場面になるはずだ。チラリと窓から中の様子をうかがったが、やはり店内に客はいない。

 

(どうするかな…)

 

 空腹を感じてきたため、さっさと昼飯にしたい。条件としてこの店は申し分ないのだ。

 

 だが、看板にある『お客様次第』という文字がどうも気にかかる。

 

 お客様次第というのは、客がメニューを選ぶことを「お客様次第」と言っているのだろうか?

 いや、メニューから客が料理を選ぶのは当たり前のことだろう。わざわざ『お客様次第』なんて書く必要がない。

 

 ならばもっと、違う意味を指すはずだ。それか店主が日本人ではないため、本来書こうとした言葉が『お客様次第』という突飛な言葉に変わったのかもしれない。

 

 

「もしや、アナタはお客様デスカ?」

 

 

 看板の前に立ち往生していると、ベルの音が鳴り扉が開いた。

 中から出てきたのはコックハットをかぶった男。顔の彫りや目や髪の色から外国人であることが分かる。

 

「…少し迷っていたんだ。この看板に書かれた『お客様次第』という言葉が気になってしまってね」

 

「文字通りの意味でス。この店はワタシがお客様を()て、お出しする料理を決めます」

 

「あなたが……?」

 

 店員が客のメニューを決める一風変わった店がある話は聞いたことがある。しかし、この店がそうだとは思わなかった。

 

 微笑む店主もふつうの料理人のようだ。これも何かの機会だろう。昼飯はここにするか。

 

「先ほどは店の前に居座ってしまって申し訳なかったね」

 

「いえいえ、トンデモないデス! ワタシももしかしたらお客様かもしれなイと思って、つい出てきてしまいましタから」

 

 聞けば本当に最近店を出したばかりのようだ。客も休日はともかく、平日はまったく来ないらしい。立地的にもここは駅から少し離れた場所だからな。仮に人の出入りが多い場所だったとしても、サラリーマンやOLが気軽に食べられるような値段ではないが。

 

「では、中へどうぞ」

 

「ああ、失礼するよ」

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 青年──トニオ・トラサルディーと名乗ったシェフに案内された吉良は、席に着いた。店内も個人経営のようだが非常に衛生的で印象が良い。

 

「お客様、少しお手をよろしいですカ?」

 

「……………なぜ手を?」

 

「失礼、ヘンな意味ではないのデス。ワタシは基本的にお客様の手を見てカラダの調子を判断します」

 

「…手相占いのようなものかい?」

 

ええ()、それに非常に近いと思いマス」

 

 トニオ曰く、母国のイタリアで修行していた際にある占い師から助言を受けたことがあるらしい。その人物もトニオのように手を見ていたと。

 

「彼は悩めるワタシに、『日の出づる国へ赴けば、朝日とともに其方の道も切り開けよう』とおっしゃいましタ」

 

 トニオはその話を頭の片隅に置いていた。占い師が「貴方には生まれもっての特別なチカラがあるようだ」と言い当てたことも衝撃的だった。

 

「実際、ワタシが新天地として選んだこの場所はとてもイイ場所です! 新鮮な海の幸、山の幸を手に入れることができマスから」

 

「その占いの部分は懐疑的だが、この杜王町が素晴らしい場所というのは肯定できるよ」

 

「お客様ももしイタリアのサルディニアに行く機会があれば、ぜひ占ってもらうとイイですヨ」

 

「イタリア………イタリアねえ。あそこはギャングが多いだろう?」

 

「ええ、治安はあまりよろしいとは言えまセンが……、もしや行かれたことがあるのですか? 我が母国、イタリア(Italia)に」

 

「ああ、まあ…昔少し用事があってね」

 

 イタリアへは仕事の都合──すなわち取材目的で吉良は訪れた。ただその目的は建前で、ルーブル美術館に行くことが本題になっていた。

 

 そこで絶対に人殺し経験があるギャングに絡まれたことは嫌な思い出である。まあ、それをすべて吹き飛ばす出会いがルーブルにはあった。このために自分は生まれたんだと思うほどの。

 

「料理は思わず舌鼓を打つものが多かった。…が、しかし、やはり治安の悪さがね」

 

「良い面もあるのですがネ、悪い面もあるのは悲しい話デス」

 

「それで……手を見るのはもういいかな?」

 

「ええ、もうダイジョウブですよ。ありがとうございます(Grazie)

 

 吉良は所在なげに手首を揺らした。

 自分が手を眺めるならともかく、他人にじっくりと見られたのははじめてだったかもしれない。

 

「お客様はとても健康的な体でいらっしゃいマスネ。日頃から食にも気を遣っているのがよく分かります」

 

 ついでにトニオは男にしては手がやたらと手入れされていると感じたが、その部分には切り込まなかった。

 

「ただし!」

 

「…何だい?」

 

「アナタ、慢性的に腰が凝っていマスね? おそらくデスクワークを仕事にしているからでしょう」

 

「……よく分かったね」

 

「お客様の手を見れば、だいたいのことは分かりますから」

 

 ニコリと笑ったトニオに、吉良は引きつった笑みを返した。自分は店の選択を間違ったかもしれない。店主も店の雰囲気も好ましいが、この店主にはおそらく“何か”ある。それを第六感あたりが感じ始めていた。

 

 

「では、料理を始めましょうか」

 

 

 

 

 

 はじめに出てきたのは水だ。吉良は少々の怪しさを感じつつ、口に含んだ。この店主から吐き気を催すような悪意は一切感じられない。ゆえに自分を害すことはないと判断した。

 

「……たまげた。水なのに『美味い』と感じるとはな」

 

 まるで塩素くささのある水道の水とミネラルウォーターの違いがはっきりとわかるように、この水は明確に普通の水とは違うとわかる。

 吉良は思わずほぉ、と感嘆の息をついた。

 

「この水はキリマンジェロの雪解け水を使ったものです」

 

「確か水はサービス料じゃなかったかい? 下手したらこの水だけで3500円を超えそうだが」

 

 この世には数万、数十万…あるいはもっと高級な水もある。吉良も引くような世界だ。

 

「嬉しいお言葉です。ただ、水はあくまでサーヴィス。本番はここからデスよ」

 

 そう言い、トニオは厨房へと戻って行った。

 

 

 イタリア料理は日本料理と違って一気に料理が来るのではなく、順番に出されていく。

 

 基本的にフルコースの場合、

 

 ①アンティパスト(前菜)

 ②プリモ・ピアット(第一の皿)

 ③セコンド・ピアット(第二の皿)

 ④ドルチェ(デザート)

 ⑤カフェ(飲み物)

 

 ────と、このような順序になる。

 

 吉良はあらかじめ小食であることを伝え、食事の量を減らすように頼んだ。トニオはそれに頷き、「わかりました(fatto)」と返している。吉良がドカ食い気絶部になることはまずない。

 

 

 最初に出てきた前菜は『プロシュート(生ハム)とメロンのサラダ』。

 

 薄くスライスした生ハムにメロンという異色な組み合わせである。そこにオリーブオイルとバルサミコスが、鏡に映ったように綺麗な左右対象の細い線を描いている。

 

 ただ生ハムにメロンだ。刺身にスパゲッティを合わせるようなものかもしれない。

 

 はたしてお味はどうだろうか。

 

 

「……!」

 

 

 プロシュートのまろやかな塩味が、メロンの甘さと絶妙にマッチしている。実に美味い。

 

 内心では昼飯でドラマを繰り広げるどこぞのおじさんのように感想を述べる吉良であるが、側から見れば黙々と手を進めている。

 

「喜んでいただけたようで何よりデス」

 

 ただ、料理を作ったシェフ本人にはしっかりと伝わっており、トニオは満面の笑みをこぼした。

 

 

 前菜の次は第一の皿である。

 

 料理は『きのこリゾット』。

 

 アルボリオ米をブイヨンで煮込み、ポルチーニ茸やシイタケなどのきのこをふんだんに加え、パルメザンソースで仕上げた一品だ。

 ちなみにこのアルボリオ米はイタリア原産の短米だ。リゾットを作るのに適した米である。日本で栽培されている米も一般的には短米だ。

 

「リゾットにきのこの旨味が凝縮されていて……アクセントのチーズのコクとハーブの香りもいい」

 

 吉良の事情に考慮されて量も少なめである。

 この店を選んだのはマズったかと思っていた吉良だが、蓋を開ければ大当たりの料理の数々。これならば週一で通いたいくらいだ。本当に美味い。

 

「そういえば、お客様はテーブルマナーがおキレイですね」

 

「社会人としてマナーを学ぶのは当然だからね」

 

 トニオとしては、高級なイタリアンレストランと違いガチガチにテーブルマナーを守る必要はなかった。

 だが、こうしてマナーを守り料理を食べてくれる客は彼としても好意的である。

 

 

「お次はメイン料理。『豚ロースのバルサミコソース煮込み』です」

 

 

 第二の皿、豚ロースのバルサミコスソース煮込み。実際に言うと噛みそうな名前だ。

 

 よく煮込まれた豚ロースは柔らかく、口の中でたちまちとろける。バルサミコスの甘酸っぱいソースも豚ロースの旨さを最大限に引き出している。

 

 

 本当に『うまい』。

 

 それ以外の言葉が見つからない。

 

 

「わたしが大富豪だったら、君を自分のシェフにしていただろうな…」

 

「ありがたいお言葉ですが、ワタシはより多くの人にワタシの料理を食べてもらい、幸せになってもらいたいですヨ」

 

「なに、ちょっとした冗談だよ」

 

 次の料理が楽しみになっていた吉良はそこで、背中に違和感を感じた。

 いや、背中というより腰あたり? そこに感じていた違和感が次第に痛みへと変わり、座ることさえままならなくなっていく。その拍子に椅子を倒した。

 

(なんッ……何なんだ、この痛みは……!!?)

 

 まさかこんなところで床に寝転がるわけにもいかず、拳を握りしめ気力でテーブルにしがみつく。

 顔には玉のような汗が浮かんだ。

 

 

「お客様は背骨の少しの歪みが腰全体の筋肉に影響を及ぼしていましタので、そこを改善させる料理がこのメインディッシュになりマス」

 

 

 背骨の歪み? 改善?

 

 何を言っているのだろうかこのシェフは? 吉良が痛みでのたうち回りそうになっているのに、トニオは平然とした顔をしている。これがもしかしてサイコパスってやつなのか? 人の苦しみを前にして平然としていられるやつ。

 吉良はそこまで思ったが、完全にブーメランだった。

 

 

「背中から明らかにヤバい音がしたんだが!? ────ぐおあああああっ!!!」

 

 

 ちょっと失礼しマスね、とトニオは吉良のサスペンダーを外し締めつけをゆるくした。シャツの上からでもわかる吉良の背中の部分。バキボキとまるで漫画でしか見ないような効果音を立てて治っているのは背骨だ。

 

「腰の具合はいかがですか?」

 

「………」

 

「…お客様?」

 

「………」

 

「お客さ……………し、死んデいるッ!?」

 

 

 吉良は白目を剥き失神していた。割とこれまで生きてきた中でトップを争う痛みだったと、のちに本人は語る。吉廣あたりに。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 幸い、吉良は数分後には目を覚ました。受話器を持って今まさに110番しそうだったトニオに、吉良はかすれた声で「問題ないよ」と答えた。現に慢性的な腰痛を抱えていた腰は10代に戻ったかのように柔軟に動く。

 

「大変申し訳ございまセン……ワタシの不手際です」

 

「…………君ってまさか、料理で人体実験でもしているのか?」

 

「いえ、違イマス! ただ……信じてもらえないかもしれないデスが、ワタシの作る料理には食べた人を健康にする力があるのです」

 

「……ああ、それは信じるよ。本当に健康になった。なった……が」

 

「お客様はどうやら料理と相性が()()()()ようです。あらかじめ料理を出す際はこちらで試してはいるのですが……」

 

 トニオは見るからに落ち込んでいた。

 

 そんな彼を見ながら、吉良は壮絶な痛みによる殺意と腰が治ったことに対する清々しさに挟まれていた。その二つが合体すると、結果として無心になる。

 

 その状態で目に入ったのは空になっている皿。

 

 

 実に不思議である。

 

 無になった心には、別の感情が浮かび上がったのだから。

 

 

 

「料理の続きをお願いしてもいいかな?」

 

 

 

 吉良がそう言うと、トニオは目を丸くしたのち、「喜んで(volentieri)!」と答えた。

 

 

 

 

 

 デザートは桃を使ったデザートである。同じ素材でも二種類の食べ方を楽しめるようにと、『桃のソルベ&ジェラート』が出された。

 この冷たさが食後にはちょうど良い。

 

 そして最後の締めはコーヒー。

 

「ハァー………」

 

 それを飲みひと息ついた吉良は、窓の外に覗く杜王町の青空を眺めた。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 それからさらに数日が経ち、吉良の家に新しいシステムキッチンが取り付けられた。

 

 家を一時的に留守にする間業者が金目のものを盗む可能性も考えていたが、それもなく。

 

 約一週間ぶりに立つキッチン。エプロンを身につけた吉良は、慣れた手つきで昼食の用意を始めた。

 

 そしてできあがった料理を卓に運ぶ。

 

 

「いただきます」

 

 

 昼食を取りながら、彼はこう思うわけだ。

 

 どんなに食指が動く料理があっても、たまに食べるからこういうのは『特別』になるわけであって──。

 

 

 

「やはり自分の家で食べる昼飯が一番だな」

 

 

 

 これが、吉良吉影の昼飯の流儀である。




【探してみようのコーナー】
だいぶ無理やり詰め込んだ暗チの要素があるよ!数独で暇潰すくらい時間があったら探してみるといいカモ!

答え合わせは多分いつか投稿する次話で。
(※ホルマジオとペッシは特に無理やり詰め込んでる)
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