転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
今回は少し長めの4話構成。普段は書かない感じのジャンルを書けて楽しかったです。
視点がコロコロ変わる特殊な構成なので少しご注意。それとヒロイン4の新しいイメージ作りました…!もし興味がある方のみ後書きよりどうぞ。
「ハァ、ハァー……お前が、お前が悪いんだ…」
フローリングに血の海が広がっていく。ガラスの灰皿を握りしめたまま座り込んだ男は、乱れた呼吸が落ち着くにつれて、自分が生み出した光景に顔を青ざめさせる。
「俺は…俺は悪くないッ!!」
○
昼下がりの平日。場所はカフェ・ドゥ・マゴ。
サラリーマンのランチタイムを少し過ぎたこの時間帯、店先の客は談笑に花を咲かせる年配の客など少なく、落ち着いた様相を保っている。
そんな中で、ひときわ甲高い声が響き渡った。
「ロ・ハ・ン先生〜!」
「………」
その声に集中力を削がれた男は内心で舌打ちする。ノートと向き合っていた漫画家──岸辺露伴に声をかけてきたのは彼の担当編集、泉京香だった。
露伴の冷えた視線など気にせず、泉は手土産を渡す。
担当編集と漫画家がそろったということはつまり、打ち合わせということだ。
そして打ち合わせが終わった後、泉は「そういえばぁ」と切り出した。
「露伴先生は漫画以外にも、音楽や映画…多方面に博識じゃないですか」
「その手の専門家ほどの知識は持ち合わせていないけれどね」
「なら、この本もすでに読んでいらっしゃるかな〜って」
泉がカバンから取り出したのは一冊の小説だ。S英社が刊行しているものではない。
その本の内容がミステリーものであることを露伴は知っていた。
「去年デカい賞を取ったやつだろ? その感想を言い合いたいとかだったらy軸に沿うようにして180度回転し、すぐに帰れ」
「感想を交換するために持ち出したわけじゃないですよ!」
泉曰く、この小説家にまつわる
それまで微塵も話に意識を向ける気がなかった露伴は、そこでようやく泉へ視線を向けた。
「奇妙な話?」
「実は、この先生が出した新作の小説で不可思議なことがあったみたいで……」
その新作の小説はまだ未発表のもので、世には出ていない。
不可思議なことというのは、この小説を読んでいた編集の人間が突然消息を絶ってしまった事だという。
「伝え聞いた話ですけど、小説を閲覧していた時に「そういうことだったんですね!!」…って叫んで、そのまま外に出て行ってしまったらしいんです」
「過重な労働で頭がやられていた可能性は?」
「その可能性もなくはないですけどぉ…。結構うちの業界ってブラックなところありますし」
その消息を絶った編集の男は真面目な男だったそうだ。読んでいた小説を書いた作家の担当ではなかったらしい。
無断欠席が続いてから会社の仲間がその者のマンションを訪れたそうだが、郵便ポストの溜まり具合から数日帰っている様子がなく、念のため実家の方にも問い合わせてみたがこちらにも帰っていなかった。いよいよ事態は深刻となり、警察に捜索届けが出される事態となった。
「詳しい捜査状況は分からないですけど、現在進行形のお話です」
「無いの? その現物」
「……未発表の小説が、ってことですか?」
「そうだよ」
話の流れを鑑みれば、その編集の男が行方不明になったのは少なからず、その小説に何らかの原因があると考えるのは自然であろう。
この件に興味を持った岸辺露伴は、その未発表の小説とやらをぜひとも読みたくなった。たとえ──
ただこの漫画家とそこそこ付き合いを重ねてきた担当編集の泉は、露伴の性格を熟知していた。
「実は………コピーを入手してあります!!」
「君さぁ〜、たまにはよくやるね」
「たまには、は余計ですぅー」
しかしてこのコピーを彼女が持っているのもかなりグレーだったりする。グレーというか、かなりアウトというか。
そこを彼女は念入りに露伴に強調した。露伴は「分かってるよ」と、泉の方へは目もくれずに紙の束を受け取る。
「ちょっと! 言った側から、こんな誰の目が向くか分からない場所で読まないでくださいッ!!」
「だぁ、わかった! 分かったよ!!」
露伴は渋々と自分の荷物の中にそのコピーの小説を入れた。
その小説のタイトルは『
小説家の名前は、『
●
(俺は、俺はトクベツな人間なのにっ……!!)
鼻腔に入った血の匂いで思わず嘔吐いてしまう中、男は懸命に血を拭き取った。
こんな人生の土壇場で役に立ったのはミステリーの知識で、血痕の反応(ルミノール反応)が出ないようにする方法を用いた。
もちろん完全に反応が出ないようにすることは難しい。それでもやらないよりはマシだった。
「死体は見つからないように切断して………クソッ! クソッ!! なんで、なんで俺が……クソォ!!!」
ものを言わなくなった死体は、すでに冷たくなり始めていた。
◯
家に帰った岸辺露伴は早速、紙の束に目を通した。
露伴が手に取って最初に感じたのは、作家の個性とも呼ぶべきものである。
「漫画は原稿のフォーマットが決まっているが、この九十九乱という作家はまた変わった原稿の作り方をしてるんだな…」
日本の子どもなら誰もが一度は読書感想文で触れるような400字の原稿用紙ではなく、1枚におさまっている文字の総量はもっと多い。
読む前に少々気になり調べたが、この1行に収まる文字数は、ちょうど本になった時に同じように収まる文字数となっていた。
「フム……執筆する時は、あらかじめ作っていたフォーマットにパソコンで打ち込んでいるのか」
時はどこもデジタルに移り変わっている時代だ。小説家然り、漫画家然り。
肝心の小説の内容はというと、まあ面白くはあった。タイトルにもなっていた『
──が、露伴としては以前に読んだ、この小説家のデビュウ作の方が面白かった。
『九十九乱』という人物はメディア媒体に露出する機会も多く、その顔は露伴も知っていた。
歳は40代で、遅咲きの作家としてテレビに取り上げられていたのが記憶に新しい。
「……気に食わんな」
九十九乱はその『遅咲き』の特異性(漫画で例えるならキャラクター性)が一般にウケ、情報番組やバラエティ番組にも出ている。
明らかに本人が周囲からもてはやされて有頂天になっているのが、画面越しでも伝わる。
露伴はこういう人間が嫌いだった。
小説家ならば、『読んでもらう』ために小説を書くべきで。
チヤホヤされたり、金や名誉のために書くべきではないし、そもそもこういった私利私欲が働いている作品はほぼ間違いなく面白くない。
だからこそ疑問であるし、いっそ屈辱である。鼻で笑う類の作者が書いた作品を、この岸辺露伴が「面白くはあった」と思った事実が。
しかも九十九乱のデビュウ作は普通に面白かった。読むんじゃなくて、自発的に
「…まあ、それより謎解きが先か……」
考えれどもしかし、謎は一向に解けない。編集の男がその謎にたどり着いたなら、何かヒントのようなものがあるのかもしれない。
「多分、ヒントになるなら……」
露伴が目をつけたのは、タイトルにもなっている『
本の内容的に、『
「この、謎を解かされる感じは久しぶりだな…」
彼の知る作家にも、読者に「??」と疑問符ばかり与えてくる奴がいた。意味深過ぎる意味深な内容だが、人間の言語化が難しい感情をその意味深さを通してぶつけてきたりする奴だ。ああいうのは文章をつくる技術とはまた別の、その人間が持った天性の感性とか、才能から来ているんだろう。
まあ、その『奴』はすでにポックリ逝っちまってるんだが。トラックと熱いベーゼを交わして。
「……ッチ、コーヒーでも飲むか…」
奴のことを考え無性に腹立たしさを覚えてきた露伴は、一度休憩を取ることにした。
●
多くの人間が人生で一度は通る無敵時間。
JKが我が物顔で道路を歩いたり、特殊な趣味や嗜好を持つ自分に「俺は特別な人間だ」なんて思ったり。
無敵時間はそのうち人生を考える上で自然と淘汰されたり、あるいは自分が特別な人間だと世界に証明できずに終わって、心まで一般人の一匹になり果てる。
その少年はしかし、子どもの頃から普通の人間とは明確に違う点があった。
それがいつしか中学生の頃にハマった江戸川乱歩に大きく影響を受けつつ、肥大化していく。
そして将来、乱歩のようなミステリー作家になろうと決めた。
自分は『トクベツ』な人間であったし、書いた作文を全校生徒の前で読むくらいには物書きだって得意だった。テストの点だっていつも上位。間違いなくなれる。
だが気づけば彼は30代になり、アルバイト漬けの生活を送っていた。
もの書きの仕事も細々と行なっているといっても、官能小説ばかりで書いたミステリーが賞を取ったことも一度もない。
自分には『書ける』才能があるはずだった。あるはずだったのに。
彼の前には、志半ばで死に絶えていった夢の残骸たちが山のように積もっている。
今さら普通に働く? アルバイトばかりしてきた身でまともな職に就けるのか? そんなことを考えていると、ろくに眠ることもできない。
現実から目をそらすには夢を追うしかない。彼は残骸を踏み越えていき、さらにズブズブと深みにハマっていった。
「クソッ、今回もかよ…!!」
それなりに自信のあった作品だった。これまでの中で一番時間をかけ制作し、投稿した。
だが結果は惨敗。小さな賞だって取れちゃいない。目を通していた雑誌を投げ捨てた彼は頭を抱えた。
そろそろ40代になる。夢を諦めるならギリギリの段階だ。
「どうすればいいんだよ…っ」
いっそのこと死んでしまおうか、なんて。
自分の蔵書の一つには、昔買った自殺マニュアルの本がある。どんな死に方が一番ラクなのかとか、この自殺方法は男性の割合が多いとか、そういった細かい情報が網羅されている。
「………」
試しに彼はロープと脚立を購入した。
それから遺書も書いて、脚立に乗りロープを握りしめる。荒い自分の呼気が時計の秒針の音をかき消し、顔じゅうから汗が吹き出た。
「〜〜〜ハァ…ッ!!」
そして結局死ねなかった。異音を聞きつけた隣人が駆けつけて病院に運ばれたから助かった──というわけではなく、自分から輪っかに入れていた首を引っこめて畳の上に倒れた。
そもそも彼の住むアパートにはとある理由で彼以外住人がいない。自分が首をくくったところで、救急車を呼んでくれる人間などいなかった。
静まり返った空間の中で彼は転がった脚立を蹴り、飲みかけの缶ビールに口をつけた。
○
漫画を描く上でリアリティはもちろん大切であるが、岸辺露伴は「このキャラクターだったらこの時、どう考えるか?」というのも大切にしている。
いくらリアリティがあったところで、しっかりとキャラクターに感情移入できる道筋を作らなければ、読者は途中で手を止めてしまう。
そして、なぜいきなりキャラクターの感情移入の話をしたかといえば、岸辺露伴が謎を解く上で編集の男の目線に立つ必要があると考えたからだ。
ヒントの前段階の謎は解けた。彼が最初に「作家の個性」と思った原稿用紙のつくり。ただ色々と調べていると、作家本人が「売れる前はどのような生活を送っていたのか?」という質問に、アナログ方式で執筆していたことを明かしていた。
いきなりスタイルを変えた可能性もあるが、露伴にはこの字数の決まった原稿に何か意図があるように思えて仕方なかった。
それと『
「……なるほど、そういうことか」
解けてみると、存外この最初の部分は簡単だった。
この小説は章を細かく分けて書かれており、その数は「12章」に及ぶ。
そして『『
12時の前は11時。つまり、11章に謎が隠されていることになる。章のあからさまな数を考えても、露伴の予想は間違っていないだろう。
ただし問題はそこから。その隠されている謎がまったくわからない。何かヒントになりそうなものがないか原稿を何度も読んでみたが分からなかった。
「この謎を解くには、僕自身が編集の男の目線に立って考える必要がある」
そしてその目線に立つには、その編集の男について知る必要がある。
露伴はヘブンズ・ドアーを使いつつ、その男の情報を集めていった。