転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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119話 ---- ・・ ・--・- ---・- ・・-・・ ・・・ ・- -・ ・--・-【Ⅱ】

『九十九乱』としてデビュウすることになった彼は、出版社との話し合いで本社に足を運ぶことになった。そこは大手の出版社で、この日のためにスーツまで用意した。

 

(どうしよう。1時間も早く来ちまった…)

 

 部屋には通されたものの、編集も多忙のためまだ来れそうにないとのこと。椅子には座って無意味に背筋をピンと伸ばしてみたが、そわついた気持ちは晴れない。普段つけ慣れていないネクタイも息苦しさを感じる。

 

 居た堪れなくなった彼は、ひとまずトイレに逃げこむことにした。

 

(おっ、喫煙所じゃん)

 

 その途中、彼の目に喫煙スペースが入った。フロアの隅にあるそこは出入り口以外の三方が曇りガラスで覆われており、スタンド型の灰皿が黒く佇んで見える。ちょうど今は人もいない。

 

 話し合う前に、少しでも気分を落ち着かせたかった。

 自然と足は喫煙スペースに向かい、懐に入れていたたばこを取り出す。近頃はひと昔前と違って、喫煙者に対する風当たりが強くなってきた。この先はさらに彼らの生活圏が脅かされていくことになるだろう。

 

 ハァーと息を吐くと、慣れ親しんだ味がからだの中に染み込む。

 

「あれっ…?」

 

 そんな折だった。ちょうどたばこを吸いに来たらしい人物が、彼の顔を見て固まったのは。彼もまた見覚えのある男の顔を見て目を丸くした。

 

 

「『乱太郎』先生じゃないですか!」

 

 

『乱太郎』とは、彼が官能小説を書く時に使っていた名義である。食いぶちを稼ぐ上で官能小説を書いていたことはまだ、担当にも明かしていなかった。

 

 乱太郎の名を知っているこの男は、以前彼が別の出版社とやりとりをしていた時に担当についていた男だ。

 

 相手も同じ江戸川乱歩好きで、吸うたばこの銘柄も同じ。ともに居酒屋へ飲みに行くような間柄だった。

 それも、この男が別の出版社へ異動することになってからは関わりがめっきりなくなっていたのだが。

 

 

「お久しぶりです。あれからまたすぐに異動することになりまして……今はこの出版社に勤めているんですよ」

 

「着ているスーツも上等そうだな…」

 

「まあ、身なりは大切ですからね。乱太郎先生は何用でここに?」

 

「その…お願いなんだが、そのペンネームは内緒にしてくれないか? 新しいペンネームは『九十九乱』なんだ……」

 

「それなら、分かり………えっ、貴方が九十九乱ッ!? あの、今回KO談社で行ったミステリー新人賞を取った九十九乱!!?」

 

「あ、あぁ……」

 

「あなたが本当に、九十九乱………?」

 

 

 呆然としていた男の顔は、みるみるうちに歪んでいく。瞳からは涙が溢れ、鼻を啜る音も聞こえる。

 彼は困惑した表情で男の背をさすった。

 

 鼻水を啜った編集の男は今度は満面の笑みを浮かべ、心から祝辞の言葉を述べる。

 

「乱太郎先生、ずっと頑張っていらっしゃいましたもんねッ!!」

 

「あの…君、だから名前をさ」

 

「あっ、へへっ、すみません」

 

「………俺、君には感謝してるんだ。仕事以外の原稿を見てくれてさ、アドバイスをくれたから…」

 

「いえいえ、すべては先生が頑張った『結果』ですよ!」

 

 二人は本当に親交が深かった。彼はファミリーレストランで原稿を見てもらっていた時代を思い出し、唇を噛む。

 

 

「本当に、おめでとうございます!! こうして出会ったのも何かの縁だと思いますし、今度飲みに行きませんか?」

 

「……そ、そうだね」

 

 

 彼は肩に手を置く男に、曖昧な笑みを返した。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 行方不明中の編集の男はKO談社に勤める前は、別の出版社にいたらしい。

 

 元々彼自身も小説家を目指していたようだが、自分の才能と折り合いをつけ編集の側にまわったようだ。少なくとも、露伴がヘブンズ・ドアーくんを使って調べた限りでは。

 

 ちなみにこの手の話は漫画業界でもそれなりにあったりする。

 

「こいつは書く才能よりも、『書かせる』才能の方があったみたいだな…」

 

 大手のKO談社に異動したのも、その才能が見込まれてのことだった。

 

 仕事には常に熱心で、周囲からの人望も厚かった。

 

 彼の人物像を知った露伴は、まるでジグソーパズルを組み立てるようにその『キャラ』を作り上げていく。

 

 だがまだパズルは足りない。

 

 

 そのパズルを埋めるには、さらに彼の経歴を探っていく必要がある。小さい頃は何かの習い事をしていたのかとか、していたならどんな習い事をしていたのか、とか。そういった細部を辿っていく中で、岸辺露伴は謎解きの手がかりになりうるピースを見つけた。

 

 それは男の大学時代に所属していた、サークルにある。

 

 彼は『文学研究会』の他に、もう一つのサークルに所属していた。

 

 

「『アマチュア無線同好会』────ね」

 

 

 活動内容はさまざまだが、メインはやはり無線機を使ったモールス信号のやり取りだろう。

 

 モールス信号とはそもそも「短点((トン))」と「長点((ツー))」の2種類の短い電気信号等の組み合わせで文字を表現する通信方式だ。かつて日本が戦時中だった時にもこのモールス信号が使われ、散りゆく者たちの最期の言葉を残した。

 

 まさしくこのモールス信号は、「謎解き」を行うならぴったりの方法である。

 

 

 そろったパズルを頼りに、露伴は再度謎解きを進めた。

 

 その執念ぶりといったら凄まじいもので、次の編集との打ち合わせの直前にもノートと睨めっこを続けていた。

 

「センセェ、どうです? 謎解きの方は」

 

「あともう少しで解けそうな感じなんだが……」

 

 11章にモールス信号にまつわる謎があると睨んでいるのだが、例えば文の上や下を横に読んでみたり、伸ばし棒の「ー」や「…」がモールス信号になっているのではないかと探ってはいる。が、意味のある単語は浮き上がってこない。

 

「ヘェー、『(れい)時』は12時を指していて、その前は11時ってことだから11章を探してるんですかぁ〜〜」

 

「ちょっと黙れ、気が散る」

 

「まあまあ、そうおっしゃらず。私も何かお力になれるかもしれませんし!」

 

 露伴の隣に椅子を引っ張ってきた泉は、嫌そうな顔をする露伴を無視して謎解きを始めた。

 そうして数分「うーん」「えぇー」と唸って、顔を上げる。

 

「さっぱり分かりません」

 

「………」

 

 真顔になった露伴は、テーブルを叩いて「か・え・れ」のモールス信号を送った。気づかない泉は微笑んだままこてんと首を傾げる。露伴は舌打ちした。

 

「露伴先生がここまで悩んで解けないなら、そもそも前提が間違ってるって可能性はないですか?」

 

「ハァ?」

 

「ですから……うーん、例えばですよ」

 

 泉はペンを手に取り、少し間を置いてからノートにタイトルを書き込んだ。

 彼女は書き込んだ『(れい)時の前、沈黙の告白』の部分の『時』のところに丸をつける。

 

「例えばこの『時』が、『字』の意味もかけてある……とかどうでしょう? そうすると『11字の前』ってことになるので…………何かこう、いい感じに…」

 

「それで?」

 

「………あとは任せました!」

 

 泉は椅子を戻し、露伴の対面に戻った。

 心の底からため息をついた露伴はコーヒーを飲みつつ、追加された文字に視線を向ける。

 

 まあ、考えとしては悪くない。

 

 他人の意見が入っていたことで、傾倒していた見方が一新された心地になった。

 深く息を吐いた露伴はそこでふと考える。

 

「11………」

 

 章の数は12個で、露伴が目をつけていたのはそのうちの『11章』。

 ただ、もしタイトルに別の意味がかけられていたのだとしたら? 例えば──例えば………。

 

 

 男にしてはしなやかな形の指が、カバンから取り出された紙の束をめくる。泉の「ちょっと!」という声は右から左へ通り抜けていった。

 

「〇時の前……〇時の…………()?」

 

 章の構成は12。露伴は章ごとの最初となるページを抜き出していき、その一番最初となる文字に着目する。

 

「……そうか、やっぱりそうだ…!」

 

「えっ!? まさか謎が解けたんですか!!?」

 

「………」

 

「露伴センセェ〜〜!!」

 

「この場合長点の『(ツー)』を小説で多用される『(ダッシュ)』に置き換えたとして、短点の『(トン)』は『(3点リーダー)』………いや、これは3つあっても1つカウントか? それで……『(読点)』や『(句点)』の句読点も1つにカウントされそうだな……。読みはひらがな………いや…?」

 

「で、──でっ!? 暗号の方は!!?」

 

「………」

 

「露伴先生ッ!!」

 

 露伴は別紙に用意していたモールス信号の一覧をテーブルに広げる。

 そうして小説とモールス信号を重ね合わせ、ノートに『トン・ツー』を書き込んでいった。泉は固唾を飲んでその様子を見守る。

 

 

「……わかったぞ、泉くん」

 

「本当ですかッ!!!」

 

「なるほどな……君の『字』も合っていたみたいだぜ」

 

 

 露伴は書いたモールス信号の上に、1()1()()の文字を書く。

 

 それを見た泉は、「あっ」と声をあげた。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 時刻は0時を過ぎ、終電も無くなった。

 

 久しぶりに会った編集の男とはしご酒を決めた彼は、フラつきながら家に帰っていた。男の家を知っていた編集の男は、住まいを変えたのかと尋ねる。

 

「心機一転のつもりで、つい最近マンションに引っ越したんだよ」

 

「前はオンボロなアパートに住んでいましたもんねぇ……冬は寒いのなんのって」

 

「まあ、住んでたのは俺だけだったけどな」

 

「あぁー…確かコレでしたね、コレ」

 

 編集の男は両腕を前にまっすぐ伸ばし、うつろな表情で飛び跳ね始めた。そりゃあキョンシーだろ、と彼はツッコむ。

 

「ははあ、冗談ですよ。事故物件って話でしたよね? 幽霊も出るとか」

 

「アパートが建つ前に昔、その場所で火災があったらしくてな。その影響かは知らないが、アパートで自殺者が出たらしい」

 

「先生の肝も据わってますよねぇ。僕だったらいくら格安だとしても、絶対に住めませんよ〜」

 

 編集の男はブルリと背筋を震わせた。そういえば、こういう話をしてくると本当に幽霊が寄ってくると聞いたことがある。編集の男は幽霊を自分の目で見なければ信じないタイプの人間だったが。

 

「先生、僕はそろそろこの辺で」

 

「俺の家はこの近くだけど、泊まっていっても構わないぞ?」

 

「いやあ、大丈夫です。今日のところはカプセルホテルにでも泊まることにします」

 

「分かった。ああ、その前にちょっと……」

 

 彼は編集の男の肩に手を伸ばした。そしてすぐさま手を戻す。

 

「ゴミがついていたぞ。上等なものなんだから、汚さないよう気をつけろよ」

 

「そうでしたか! 気をつけます」

 

 二人は別れの言葉を告げ、十字路で別れた。

 彼は遠ざかっていく背中を見つめてから一度視線を下へ向け、ため息を吐いてから顔を上げる。冬の夜空はなぜだか天上がいつもよりも高く見えた。

 

 彼は鼻歌を刻みながらフラフラと歩く。

 

 

「〜〜♫」

 

 

 随分と昔のことだったか。あの編集と今日のように飲んでいた席で、昔話をしたことがある。

 普段は髪で隠している頭の傷に、編集の男が気づいたのがきっかけだった。

 

 その部分は傷の影響で歪な形のハゲになってしまっている。何があったのか聞かれた時、彼は幼稚園の頃、調子に乗って登った木から落っこちたのだと話した。

 あの時からすでに彼は無敵時間の人だったのかもしれない。

 

 ともかく木から──しかも頭から落ちた後は、生死の縁をさまよった。

 

 今こうしてろくなことに思考を割いているのだから、彼は無事に意識を取り戻したのだ。

 

「〜〜〜♪」

 

 彼は自分を『トクベツ』な人間だと思っている。あるいはどうにもならない現実を目の当たりにして、自分の尊厳(プライド)を保つために自分で自分が特別であると自己暗示しているのかもしれない。

 

 しかし、彼には確かに人とは違う、『トクベツ』な点があるのだ。

 

 

「────♬」

 

 

 彼の鼻歌はあのメロディーに沿って奏でられる。

 

 オバケなんてないさ、の曲を。

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

「このモールス信号を並べると出来上がるのは────、

 

 

G H O S T W R I T E R(ゴーストライター)』だ」

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