転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
露伴少年が何故か一人で戻ってきて、『杉本鈴美ちゃん』の迷子のお知らせがあったのは、その10分後だった。
聞いた瞬間三人が三人仲良くそろって浮かべた、豆鉄砲を食らったような顔。
どうやら少年を追っていたものの、人の混雑に呑まれて見失ってしまったらしい。迷子センターにいた彼女は憔悴した様子で、顔には泣き腫らした跡があった。
「んもぉ──!心配したんだからね、露伴ちゃん!!」
「だから、ぼくはついてこなくてもいいって言った」
係の人曰く、ギャン泣きしていた彼女を見かねて保護したらしい。高校生にもなって、こっちの方が恥ずかしくなる。
鈴美の抱きまくら状態の少年はというと、彼女を心配と呆れが混ざった表情で見ていた。
「とりあえず早く行くぞ。買い物時間は誰かさんのせいで、少ししか残ってないからな」
「露伴ちゃんも冷たいけど、吉影くんも冷たい…グスン」
「大丈夫よ杉本さん、私が慰めてあげるから。いくらでもこの先生のおっぱいに飛び込んでおいで!」
「せんせぇ〜〜!」
「うげっ!」
茶番に巻き込まれた少年は女性二人に挟まれている。思春期男子ならハンカチを噛んで妬む光景だ。うらやましい限りだ、あんな綺麗な手に両サイドから触れられて。
それから土産を買い、新幹線と電車を乗り継いで、夕日が沈みきる前に杜王駅に着いた。
保健医は駅付近の駐車場に向かい、少年は迎えにきていた親御さんに回収されていった。
鈴美も少年と一緒に帰るのかと思ったが、こちらと同じ自転車らしい。ここまで来ると、全て運命に仕組まれている気さえする。
「………」
土産はリュックの中で、その他の荷物が入ったバッグを後ろの荷台に固定している最中、ずっと視線が突き刺さる。重苦しい空気に耐えかねて、口を開いた。
「えっと…送っていくよ」
「彼氏なら当たり前です」
「……ハハ、これならバイクの免許でも取ればよかったかな」
車の免許は大学の間に時間をみて取る。行動範囲が広がるのは純粋に助かる。
「それで答え、出た?」
「…あ、あぁ、そうだったね」
あからさまに肩を跳ねさせてしまった。隣にいる彼女の顔を見ることができない。
これじゃあ、このぼくがまるで、怯えているみたいじゃないか。
「…一歩、進むことはできる」
「できるけど、何?」
「………」
「吉影くん、何か隠してる」
それは、断定した物言いだった。
確かにしょっちゅう彼女の手に視線がいく。
手フェチとまではいかずとも、ぼくが鈴美の手を好きということをわかっているのだろう。殺人衝動は絶対に他言できないが、手のことはこれ以上隠せまい。
「あのね、鈴美、ぼくは…」
腹を決めて横に視線を向けた時、彼女は────、
「……っ、う」
────泣いていた。
「え、どうしっ……」
「さわらないで!!」
ぼくが伸ばした手は、悲痛な声と共に振り払われた。自身が体勢を崩した拍子に、自転車が派手な音を立てて倒れる。あぁ、荷物が汚れた。
「ずっと、なんとなく…思ってた。もしかしたら、
「鈴美…ぼくは、その」
「聞きたくない!!」
彼女は蹲り、さらに泣き出してしまった。
こんな時に、何を考えているんだろうか、ぼくは。
今考えるべきは手のことではなく、彼女のことだろう。付き合っているのなら尚更。
「その…ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ。ただ、言い出しづらくて…」
「………」
「けど知ったらぼくのこと気味悪がるんじゃないかって、ずっと言い出せなかったんだ」
「……それ、本気で言ってるの?」
「?本気も何も……」
パシンと、乾いた音が鳴った。
突然起きた頬の衝撃に、一瞬理解が遅れる。
アスファルトに落ちた眼鏡と、だんだんその存在感を主張していく頬の痛みに、叩かれたのだと自覚した。
このぼくが、女に叩かれた──。
地面に手をついて、呆然と頰を抑えるこちらの前に立つ彼女。
怒っているが、悲しそうで、辛そうで。なぜ泣いているのかわからない。そんな疑問と、沸々と増していく自尊心を傷つけられた怒りが、腹の奥で溜まっていく。
しかし空気の読めない──脳内でガンダムの主人公に扮した金髪アフロヘアーにサングラスをかけた──アフロ・レイが、「親父にもぶたれたことないのにッ!」と悲痛な心中を語った。誰だ貴様は。
「先生と、付き合ってるんでしょ?」
「付き合っては、いないが…」
「嘘つかないで!!」
保健医と利害関係はあるが、恋愛関係はない。肉体関係が利害関係にプラスされたが、それまでの話だ。
「見たの、露伴ちゃんを見失って一度戻った時、吉影くんと先生が……キス、してるの」
「あれは…先生の戯れみたいなやつだよ。実際された場所は頰だし、向こうがいきなりしてきたんだ」
「………嘘つき」
「鈴美、一回落ち着こう、お願いだ。きっと疲れてるんだよ」
「嘘つき!!!」
立ち上がったぼくから逃げるように、彼女は距離を置く。
その拍子に今度は彼女の自転車が倒れて、カゴに入れていた土産やバッグが散乱する。
ここまで感情的になった彼女は、今まで見たことがない。
「……じゃあなんで、たまに先生と同じ香水の匂いがしてたの?気のせいかもしれないって、思うようにしてたわ。でも今日先生に抱きついた時、やっぱり同じなんだって思った。ずっと、泣きたかった。まださっき聞いた時に本当のこと言ってくれたなら、こんなに……傷付かなかったよ…!!」
あぁ、なるほど。ぼくとしたことが、香水の匂いとは失念していた。
女性は男性以上に匂いに敏感だと聞く。肉体関係ができたのだから、余計に配慮して然るべきだったか。
まぁ、入浴して一晩立っても取れないのだから、仕方ないか。同じ考えだと母にもバレていそうだが、年齢で五感が衰えていることを考えると、気づいていないだろう。
むしろ最近付ける香水の匂いが強まって苦手だ。家で付ける理由なんて、ないはずなのに。
もうここまできたら佐藤のことは隠せない。必然的に彼女と利害関係を結ぶに至ったぼくの性癖のことも、話さねばならない。
隠そうとすればするほど、余計に相手の気分を害してしまう。
そしてこちらの精神もまた、街灯のない暗闇に引きずり込まれる。
「…うんわかった、言うよ。保健医から言わせてみると、ぼくと彼女の関係は「セフレ」らしい。ぼくからすると、お互いの欲を満たすだけの関係なんだが」
「……っ」
「ぼくが君の手を好きなのは、薄々わかってるんじゃないかな?訂正するとしたら
そして、お互い異質なフェチを持つ者同士の関係ができた。
「……先生のことは、抱いたの?」
「うん。といっても君と付き合う前のことで、確か中二の時だったかな。君と付き合ってからは長らくなかったけど、中三の時に肉体関係を求められた。あの時は仕方なかったというか…まぁ結局、受け入れたのはぼくだ」
「………」
「ぼくは女性の手を前にすると…フフ、なんていうのか、すごく、ドキドキするんだ。手のこと以外考えられなくなって、どうしようもなくなる」
殺したくなる、の部分は省く。
「どうして、私と付き合ってくれたの?私の手が……好きだったから?」
「君の手は好きだよ。かわいらしくて、今も触れたい。ぼくはね、一般にいう「恋」がよくわからないんだ。鈴美と付き合えば何かわかるかもしれないと思った、だから付き合った」
「………わたしのこと好きに、なった?」
「それ、は……正直、わからない」
鈴美の笑顔は好きだ。何も知らない無垢な笑顔とでもいうのか。
ぼくのように穢れてはおらず、本当に幸せそうに笑う。
そんな表情が羨ましくて、彼女の元にいれば何か自分が
ぼくはどうしようもなく、エゴイストだ。
「もっと早くに気付けばよかったんだと思う。君とぼくは別れるべきだった」
「………」
ぼくはどう足掻いたところで、己の欲望から逃れられない。片足を泥に突っ込みながら、強要される人生。
しかし異常者であるとわかりつつ、「普通」でありたい。
そんな人間が彼女のような一般の人間と付き合い続ければ、相手を壊してしまう。
ぼくのような奴が平穏な幸福なんて、掴めるわけがない。
タチの悪い性癖や衝動に悩まされない周囲の人間が、羨ましくて妬ましくて────殺したい。
「他人のあるべき「幸福」を害する資格は、ぼくにはないんだよ…鈴美」
小さく呟いた言葉は、誰にも届くことはなく。
辺りにはセミのかしましい声、散乱した荷物と倒れた二台の自転車、平穏を望む愚か者。この三つだけが残されていた。
汗で張りついた前髪がとても、気持ち悪い。