転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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120話 --・・- -・・- --・-・ ・・ ・-・-・ ・・-- -・・-- ・・- --- ・-【Ⅲ】

「もう次で最後にするか……」

 

 これで賞を取れなければ、ミステリー作家の夢を諦めよう。無敵時間は終わりだ。現実を見て、それに打ちのめされながら生きていこう。

 

 腹を括った彼は、そうして最後になるかもしれない小説の執筆を始めた。

 

 

 執筆をする際は自宅のアパートだと集中できないので、ファミリーレストランを利用することが多い。

 図書館でもいいかもしれないが、あいにくと彼は夜型の人間だった。

 

 深夜の時間はレストランを利用する客はとんと少ない。それに、何時間居座っても店員から露骨な視線をもらうことも少なかった。

 

 いつも座るのは指定席である隅の二人席で、そこに腰かけたら注文を頼み、ドリンクを用意して執筆を始める。

 

 彼は小説家と言えば! ──な、アナログのやり方を愛していた。江戸川乱歩だけではない。昔の文豪は万年筆を使い紙に物語を紡ぎ出していたのだ。その姿を自分の姿に投影する。あいにくと手のお供は万年筆ではなく、シャーペンではあるが…。

 

 

 静かな空間に響くのは黒煙が紙に擦れる音や、消しゴムがテーブルをかすかに揺らす音。時折店員の雑談も奥の方から聞こえてくる。

 

 もしここにほかの客の喋り声がないなら、彼の空間は完璧なものとなる。家ではこうもいかない。

 

 

「やっぱりそうだ、コイツ……何か書き物をしているのか」

 

 

 ただ、残念ながら本日は()()()は書けないようだった。

 店内には彼以外の他に、もう一人男の客がいる。いや、この場合客と言うのは正しいのか?

 

 その男は好奇心を浮かべながら彼の原稿へ顔を近づけた。そして、「へー…」と言った後、彼の前の席に座る。

 

 客は彼とこの男しかいないというのに、わざわざ目の前に座る必要なんてないだろう。しかも二人は友人ではない。ほんの数十秒前は顔も知らないような赤の他人であるというのに。

 

 彼は必死に叫びたくなるのを堪え、一度わざとらしく咳払いをして、「新しい飲み物でも入れて来ちゃお〜」と席を立つ。

 

 次戻った時にはその男が消えていてくれるよう願って。しかし答えは③の『現実は非情である』。

 

 

(何で俺の席に移動して、勝手に人が書いたものを読んでんだよォ…!!)

 

 

 戻ると事態はさらに悪化していた。彼は外ヅラは平静さを保ちながら、また独り言を漏らしてトイレに向かう。個室に入るとたばこに火をつけ、盛大に貧乏揺すりした。頼むから次戻る時は消えていてくれ。

 

(………ダメだ)

 

 男は彼の席から移動していたが、いまだに目の前の席にいる。どうしようか悩んだ彼は()()()に出るしかないと拳を握りしめた。この攻撃をすると気力が削がれる感覚がするし、視覚的にもよろしくないのでなるべくなら避けたかった。

 

 

 

「なあ」

 

 

 一歩踏み出そうとした彼の足が止まる。

 

 その男はトイレから出てきた彼へ視線を向けると、ニヤリと笑った。漫画の悪役とかが浮かべそうな悪どい笑みだったが、その男の顔が整っていることもあり妙な色気を匂わせる。

 

「『乱太郎』っていうのはさすがにペンネームだと思うけどさぁ、『乱』が苗字で『太郎』が名前なのか? それとも『乱太郎』で一つの名前?」

 

「………」

 

「まあ、突っ立ってないで座りなよ。なに、ほんの10分前は見ず知らずな仲だったが、夜のファミリーレストランにわざわざ足を運ぶ稀有な仲間同士じゃあないか。仲良くしようぜ」

 

「………」

 

 彼は無言のまま席に着いた。ああ、すでにコイツにはバレていたのだ。彼が『トクベツ』な人間であることが──。

 

 

「わたしを『視』える人間は滅多なことじゃいないものでね。経験上、過去に一度や二度、生死を彷徨ったことのある人間が『視』えやすくなる」

 

「勝手に……人の書いてるもの読むなよ…」

 

「おっと、先程の質問の回答がまだのはずだが?」

 

「別にそんなの…………『乱』が苗字で、『太郎』が名前だよ」

 

「なるほど。内容はミステリーものみたいだが、少し読んでもわかる。面白くない」

 

「ハッキリ言うなよ!!」

 

 彼が顔を赤くし叫ぶと、その声を聞きつけた店員が眉を顰めながら「どうされましたか…?」と裏から出てきた。

 彼は先ほどとは別の意味で顔を赤くし、小さく謝る。店員はそうですか、と淡白な返事をして戻っていった。

 

「お前のせいで俺がヘンな目で見られただろ…!!」

 

「そりゃあ客が君しかいないからって、突然デカい声を出したらどうなるか容易に想像できるだろう」

 

「クソッ……」

 

 彼はシワになるのも構わず、原稿を鞄の中に押し込む。コイツがいる以上、執筆の続行は不可能だ。

 

「気を悪くしたなら謝るよ。詫びと言ってはなんだが、奢るしさ」

 

「ハァ? 幽霊のお前が奢るゥ?」

 

「金なら、ほら」

 

 いったいどこから取り出したのか、幽霊の男は万札をテーブルの上に置いた。しばらく呆けていた彼はその金を手に取り確認する。たしかに本物だった。

 

「金を持ってる幽霊なんて初めて見た……」

 

「こういったものを持ち運ぶにもコツがあるんだが…まあ、生者の君に死者の『死に方』のコツを教えたところで意味はないか」

 

「興味はあるっちゃあるが……つーか、『死に方』?」

 

「わたしは死んでいる存在なのだから、『生き方』と言うのはおかしいだろう」

 

「………な、なるほど」

 

「それより君、名前は何と言うのかね? わたしは『デッドマンQ』だ」

 

「それ絶対本名じゃないだろ」

 

「フフッ、生前の記憶はほとんどないのでね。それで、君の名前は何かと聞いているんだが」

 

 幽霊にしては妙に圧の強い幽霊だった。押されてはなるものかと意地を張った彼は、相手が本名を名乗らないのだからと、自分のこともペンネームで呼ぶよう告げる。

 幽霊はそれをあっさりと引き受けた。

 

 

「乱太郎の名前は何かモチーフがあるのかい? わたしは死んでいる人間(dead man)であるから、己を『デッドマン』と名乗っている」

 

「……お前に記憶がないなら分からないと思うが、元ネタは江戸川乱歩の『乱』だ。『太郎』は『乱』に続けた後の語呂がいいからそれにした」

 

「落第忍者の方ではなかったのか」

 

「…………お前絶対生前の記憶あるだろッ!!!」

 

 直後、彼は本日2回目の店員の冷えた視線をもらうことになった。

 もう今すぐこの店から去りたい。彼は顔を覆った。でもコイツは絶対に満足するまで付いてくる、幽霊でも面倒くさいタイプだ。経験で分かる。

 

「江戸川乱歩は結構好きだよ。太宰あたりも好きだが」

 

「……へ、ヘェ?」

 

「江戸川乱歩はミステリーものももちろん面白いが、『人間椅子』だったり、背筋を虫が這うような話を書かせたら有名どころの文豪の中じゃ一番じゃないかな」

 

「そう、そうなんだよ!」

 

 この幽霊は幽霊でありながら彼の敬愛する江戸川乱歩の良さをわかっている。

 一般的にはミステリーものに目が向きがちだが、気持ち悪さのある話も面白いのだ。

 

「察するに、江戸川乱歩に憧憬の念を抱いて作家を目指しているクチか」

 

「……一応作家の仕事はしてるさ」

 

「へぇ、ぜひとも読みたいな」

 

「ゼッッッテー、嫌だ」

 

「………ああ、なるほど。そういう」

 

「黙れ…! 俺は絶対ミステリーもので食っていくんだ……!!」

 

 

 ──と、そこまで言った彼はそこで、そもそも今書いている作品で最後の博打を打とうとしていたのだと思い出した。

 

 この幽霊の登場で頭からすっぽ抜けていたが、思い出すと一気に体が重くなる。

 

 

「やっぱ……俺の書くミステリーものって面白くねェのか…」

 

「そう落ち込むなよ。何なら一読者として、オレがアドバイスをやろうか?」

 

「……妙に俺に親切なのは何なんだ? 同情でもしてるのか?」

 

「話し相手がいるのが暇つぶしになるからだよ。最初に言っただろう、わたしを『視』える人間が少ないと。本当に死んでいると暇でね。人間のように働かなくとも困らない。死んでいるからね」

 

「…そうだよな。お前らの方が哀れだよな」

 

 彼は幼い頃から幽霊が視えていたため、人間や動物など『生者』と接触した幽霊がどうなるか知っている。その触れた部分からバラバラになるのだ。だから幽霊の大半は人間と接触しにくい場所に隠れている。

 

 それを踏まえると、この幽霊は四肢全てが残っている。こういった幽霊はメタルスライム以下の遭遇率である。その大半が何かしら厄介な幽霊なので、基本的には決して近寄りたくない。

 

 この幽霊は……まあ、『害意』は感じられない。

 

「……じゃあ、頼んでもいいか?」

 

「よしっ! ならばわたしは見返りを求めよう」

 

「…ハイ?」

 

 幽霊はアドバイスする等価交換として、家に招くよう命じた。書き物を生業にしているなら、家に小説がたくさんあるだろうと。それを読ませろと。この幽霊は相当娯楽に飢えているらしい。

 

「この身だと図書館で本を読むのも一苦労するんだ。無性に活字に飢えた時に、新聞ではどうも物足りない」

 

「はぁ……」

 

「おそらく生前、わたしの趣味は読書だったんだ。幽霊にさして驚きもしないのだから、家に一人いたところで構わんだろ?」

 

「まぁ、別にいいけど……うるさいぞ?」

 

「うるさい…?」

 

 

 

 彼が言ったその「うるさい」の意味を、ボロアパートの中に訪れたデッドマンは理解することになる。

 

 幽霊がとにかく多い。丸焦げになっているものが多く、モンスターハウスのような状況だった。

 

 

「で……どうすんの?」

 

「…わかった。3分で片す」

 

「ハ?」

 

 

 モンスターハウスだったボロアパートは、デッドマンの宣言どおり3分ジャストで静かな様相を取り戻した(と言っても、その違いは霊感のある彼にしか分からないが)。

 

「なんか、……えっ? どんどん破裂するように消えていったんだけど…??」

 

「ゲームの裏ワザみたいなものだ。当てにはしない方がいい」

 

 何が何だか分からぬまま、とりあえず彼は幽霊の男を家に招いたのだった。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 それから幽霊と人間の奇妙な共同生活が始まった。

 

 幽霊は時折フラッと消えることもあるが、彼の家にいる大半は読書に費やしている。朝バイトに出かけ、夜帰った時にまだ同じ場所で本を読んでいた時は驚きより呆れの方が勝った。

 

 本当に本の虫な男らしい。ついでに、「わたしが生きていたら、きっとその汚さのあまり発狂していた」と称された部屋を勝手に掃除してくれるので助かっている。自動掃除機みたいなものだ。ゴースト掃除機はしかも電力要らず。さらに料理まで作ることがあるので、コイツが本当に幽霊なのか脳みそがバグってくる。

 

 小姑のようにネチネチとああだこうだと言って来なければ、100点満点だった。

 

 

 肝心のアドバイスの方はというと。

 

「トリックが杜撰すぎる」

「ここ、誤字。ここも……ここもだ。…………ここもかッ」

「主人公はなぜここで犯人のために涙を流したんだ? シリアルキラーをソシオパスとして描いてその過去に憐れませようとしてるんだろうが、そのシリアルキラーの過去に読者が感情移入する過程がまったく描けていないぞ」

「ミステリーよりかはまだ官能小説の方が読めるが……」

「ん? どこからこれを見つけたって? 君のとっ散らかった汚部屋を掃除したのが誰だと思ってるんだ」

「官能小説の感想? ない」

「だからさぁ、このトリックの──」

 

 

 幽霊のアドバイスという名のサンドバッグは強烈だった。

 

 昔ミステリーものの原稿を見せていた編集の男と違い、こちらはオブラートに包まず淡々とダメ出しをしてくる。良いところもほぼない。

 

 ただボコボコにされながら反骨精神で書いていると、自分でも作品がより向上していくのがわかった。デッドマンはダメ出しをした後に改善案も出してくれるので、それを参考により面白いものを書こうという気概が出てくる。

 

 

「君は客観的に見るのが苦手なようだから、他人に意見をもらった方がいい」

 

 

 その通りだと彼は思った。編集の男に意見をもらっていた時も、その時の方がより面白い作品を書けていた。

 

 今はこうして小説を見せられる人間は幽霊しかいなかった。虚しい話だ。

 

 

 

 

 

「俺さ……自分が『トクベツ』な人間だと思ってたけど………そんな事ないんだろうな。…ああ、分かってたさ…………そんなこたぁよぉ」

 

 

 浴びるように酒を飲む彼に、幽霊は本に目を通しながら「ふーん」と聞いているんだか、聞いていないんだか曖昧な返事をこぼす。

 彼としては別にどちらでもよかった。これは独り言の延長戦に過ぎないのだ。

 

「俺はただ幽霊が視えるだけの、一般人だ……凡人だ………!!」

 

「一般人の何が悪いっていうんだ?」

 

「……アァ?」

 

 幽霊は本を閉じ、彼へ視線を向ける。真っ黒な、光を反射しない瞳孔は、底なし沼のようでもある。

 

「『トクベツ』なんてものはね、存外簡単になれるよ」

 

「……例えば?」

 

「ヒトを殺せばいい。日本の法律は人殺しを「否」としているのだから、それに触れた君は立派な『トクベツ』になれるよ」

 

「…ン、なこと、できるわけないだろ……」

 

「そもそも君の言う『トクベツ』の尺度は君が勝手に考えているもので、周囲の考える『トクベツ』は大きく違うかもしれない。何を根っこに置くかでそんなもの、如何様にも変わるし、変えられる」

 

「………」

 

「まあそれは、『普通』を考えた時にも同様のことが言える話だ」

 

「……結局は、その人間の考え方次第でどうにでもなるってことか」

 

『トクベツ』に悩む彼は、新しい本に手を取る幽霊を見つめた。

 この男は彼と違って死んでいるし、さらには記憶を失っている。縛られるものなんて何もないのだ。

 それが羨ましいと感じたし、同時に悍ましくもあった。

 何の目的もないまま社会の中を漂い、生きていくことが恐ろしく感ぜられるように、この幽霊は指標のないまま生きている。あるいは死んでいる?

 

 この男は空に飛んで、割れることなくさまよい続ける風船なのだろう。

 

 

「…お前は俺の家の本を読み尽くしたら、どこかへ行くのか?」

 

「わたしはさまよう幽霊でもあるからね」

 

「……そうか」

 

 妙に寂しいと感じてしまうのは、一人暮らしが長いせいに違いない。この小姑のような幽霊がどこへ行こうと自分には関係ないのだ。そう、関係ない。

 

「ああ、そうそう」

 

「何だ小姑(デッドマン)

 

「オイ、今わたしに妙な呼び方をしなかったか? ……まあ、いい」

 

 幽霊は「トリックの〇〇のところ、意外性が感じられてよかったよ」と言った。

 

 彼は幽霊から顔をそらし、酒を煽ってプハーッと、アルコールくさい息をこぼす。どうも顔の表情筋が緩んでしょうがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 でもまぁ、結局世の中っていうのは才能があるかないかで決まるんだなあ、と彼は実感する。

 

 幽霊が()()()()に書いていたであろう、小説を見たことによって。

 

 

 俺には才能がない? 彼は『トクベツ』な人間ではない。

 

 唇から血が滲むほど歯を噛み締めた彼は、血以外の水滴を自分が書いていた原稿の上に落とす。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()!!!」

 

 

 

 握りつぶされた原稿は灰皿の中で一緒に混ざり合って、彼らは仲良く死んでいった。

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