転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
「「岸辺露伴にストーカァ〜〜?」」
昼下がりのカフェで、イカつい身なりをした学生2人と気弱に見える男子生徒という、一見すると相容れない3名が同じテーブル席を共にしている。
髪の逆立った生徒の前方に座るのは強面の男、虹村億泰。そしてその隣で紅茶を飲んでいるのが整った見目のリーゼント男、東方仗助である。
「第二の山岸由花子現る……ってわけか。うへぇ、怖ッ」
「女ってのは恐ろしいトコあっからなあ」
「もうっ、二人とも他人事なんだから〜!」
逆立った髪の彼──広瀬康一は、付き合う前の恋人に肝が冷えるような体験をされた経緯がある。監禁からの、異常な愛の言動の数々。
ひとえに体験談があるからこそ、岸辺露伴のことが心配になっていた。
「別によぉ、そんなに心配することはねぇだろ。露伴にはヘブンズ・ドアーがあるんだし」
「たしかにスタンドで犯人に
「あのセンセイだったらむしろ、喜んでネタにするんじゃねぇか? 仗助にタコ殴りにされた時もネタにしてたしよォ」
「でも……露伴先生、結構気が立ってたんだよねぇ」
過去に
岸辺露伴にもトラウマがあるのだなあ、と康一は話を聞きながら思った。
「男に男のストーカー? ………ってことはよォ、ソレって…」
「あっ、正確にはその男の人の彼女さんのストーカーだったんだって。しかも女の人はストーカーと面識がなかったって」
「「………怖ェ〜…」」
仗助と億泰はそろって自分の腕をさすった。
なるほど、なまじストーカーの
「まあ万が一の時は手ェ貸すけどさ。露伴のやろう、俺じゃ絶対に断るだろうぜ」
「そうなんだよなぁ……」
仗助は論外で、億泰も「アイツはアホだから」で戦力外にしそうだ。
康一が思いつく限りで他に頼りになりそうな人物その1、空条承太郎はすでに帰国している。
その2も夏ごろに交通事故に遭って入院中である。
(もし露伴先生のストーカーなら、ファンの可能性が高いよね…)
いっそのこと、由花子にも相談してみるべきか。
──いやいや、ストーカー云々の言及は、もしかしたら由花子が過去の件を責められているように感じてしまうかもしれない。
結構彼女は繊細なところがある。康一は「うーん」と頭を悩ませた。
この相談から間もなくのことである。
病院で入院していた男──吉良吉影が消息を絶ったのは。
◇
『願い』とは等価交換である。
掲示された願いは「二人きりになりたい」だった。
その『願い』に対する等価交換の内容は、「わたしの最初の願いを叶えること」──である。
「吉良様は何を飲まれますか?」
「……温かいものを」
「分かりました!」
花が綻ぶように笑った女は、ペタペタと足音を立ててキッチンの方に向かう。彼女の機嫌に合わせてワンピースを押し上げる尾がゆらゆらと揺れた。その下には何も纏っていないのか、太ももの際どい部分が露わになっている。
時刻はすっかり朝になり、鳥のさえずりが聞こえる。
長時間抱えられたこともあり、吉良は疲れ切っていた。
女はキッチンにあったお茶を発見し、鍋に入れた水をコンロで沸かし始める。
(あの島にいたとはいえ、カセットコンロなんかはあったのかな…)
足の痛みと全体的な寒さのダブルパンチで思考がおぼつかない。
なぜこの少女がこの杜王町にいるのか。その頭と尻の物体は何なのかなど。考えるべきことは山のようにあるが、勝手に瞼が落ちる。
(雪山で眠るくらい、寝たらまずい……状況、だが………)
「吉良様?」
黒い耳が吉良の目前でピョコンと生えている。
「寝床にお運びしますか?」
「………」
「ふわぁ…!」
感触的に耳はどうやら本物のようだった。ならば実際に人間の耳がある場所はどうかと触れてみるが、そこには何もない。そこまできて、手がぐったりと力をなくす。
「おやすみなさいまし、吉良様」
おやすみと言えば──夜で。
吉良はそこでようやく、この女の名前を思い出した。
◇
吉良が行方をくらましたのは明け方のことで、巡回中の看護婦が部屋の違和感を感じ確認したところ、病室の窓が開きっぱなしのまま忽然と姿を消していたらしい。
本人に精神疾患の持病があるため、それが原因で逃走した可能性が高いと考えられた。
病室の窓は開放制限が施されていたが、そのストッパー部分が壊され全開になっていたとのこと。これは本来
早速捜索に出た仗助の後に康一も続く。億泰は別の予定があり不在だった。
「あの人病院嫌いなところあっからさぁ、脱走の常習犯なんだよ」
「あの常識人そうな吉良さんが…?」
「フツーな時はまだ大丈夫なんだけど、色々と悪い思考が重なると駄目っぽいんだわ」
脱走するとまず間違いなく家に帰ろうとする。仗助が思い出す限りで、受話器を持った看護婦が大声で「家にいましたァ!!」と叫んでいたおぼろげな記憶がある。
「っていうことは、僕らが今向かってる場所って…」
訪れたのは杜王町の別荘地帯。場所は康一が由花子に捕まっていた別荘に比較的近い。
「……誰もいなそうだね」
「写真のオヤジはいると思うから一応聞いてみようぜ。何か知ってるかもしんねーし」
中庭の方からはミャ〜と猫の鳴き声も聞こえる。
二人が猫草にかまっている間に現れた吉廣曰く、吉良は家に帰っていないとのことだった。
吉廣はあからさまに取り乱したが、息子が家にフラッと帰ってくる可能性もあるため、捜索については仗助たちに任せた。
「マージでどこぶらついてんだろうなぁ…」
仗助が他に思いつく場所としては本のある場所──例えば図書館。
一旦康一と別れて仗助は図書館を、康一が近場の本屋を探したが何の収穫もないまま、駅前で落ち合った。
「やっぱり何か、スタンド使いの事件に巻き込まれてるんじゃないかな」
「スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う、か…」
「そう言えば、吉良さんのキラークイーンってどんな能力だっけ?」
「能力? あー………猫っぽい能力?」
仗助の脳内でKQが「ニャー」と鳴くイメージがよぎった。
そうして二人で駄弁っていた折、「康一くんっ」とやけに弾む声が聞こえてきた。
その次の仗助を呼ぶ声は刺々しいものに変わる。
「あっ、露伴先生!」
一人とそのオマケ一人に声をかけた漫画家──岸辺露伴は駅近くの喫茶店で茶を飲んでいた。例の如く漫画のネタを考えていたのかもしれない。
康一はストーカーの件の近況を聞くついでに、吉良が行方をくらました件について何か知っていないか露伴に尋ねる。
「それが最近じゃあめっきり『視線』が無くなってね。──というかあの男、また病院を抜け出したのか?」
露伴は呆れた様子でため息を吐く。
「露伴先生は何か思い当たる節がないですか? 家にはさっき仗助くんと向かってみたんですけど、いなくて…」
「その後図書館とかにも行ってみたんですけど、空振りっス」
「………」
露伴は顎に手を当て、フム…と考え込む。
一つ思い当たる場所はあったが、吉良がまだ完治していない状態で行く理由が分からない。ついこの間会った時は精神の状態も安定していたし、だからこそ尚更分からなかった。
「ってか、チコっと待ってくださいよ?」
露伴の思考を遮るように、仗助が手を前に出す。何だこいつ、と漫画家の不躾な視線が突き刺さる。
「露伴のストーカーの気配が無くなって、そんで吉良さんが消えたってわけだよな?」
「え? ……あ、確かに!!」
「おい待てよ、その言い方じゃあまるで僕のストーカーじゃなく、奴の………」
「……露伴先生、黙ってどうしたんですか?」
露伴の脳裏によぎる、ストーカーの流れ弾を食らって血反吐を吐いていた男の記憶。
まさか露伴のストーカーに嫌な曲解をされた末に吉良が拉致られたのか?
そもそも吉良がスタンドを使って抜け出したのではないなら、一般人が誘拐できる部屋割りではなかった。
当該の病室は3階で、地面からは10m以上ある。
そんな場所に外から侵入できるとしたらスタンド使いの線が濃厚であるし、逆に内部から侵入した場合も同様である。
もしくは────、
(最初から
というかストーカーに家まで知られていたなら、電話番号も調べはついている可能性が高い。しかしそれらしきイタズラ電話はなく、決まって視線を感じるのは外に出た時だけだった。
(まさか………)
吉良が誘拐された原因は、もしかしたら露伴にあるのかもしれない。
だとしたらストーカーは露伴の──ではなく、吉良の──ということになる。
この場合星ノ桜花ではなく、純粋に吉良吉影のストーカーと考えられる。
「…
「「えっ」」
「あの男はさも「僕は人畜無害です」という見た目をしておいて、裏じゃあ女を食いつぶしてるぞ。さすがに未成年には手を出していないだろうが……」
──いや、あの島での一件を思い出すと未成年の少女に手を出していたので、食い物にしているかもしれなかった。
仗助と康一はまさかの情報にショックを受けた顔をしている。
そのリアクションにそう言えば康一くんとコイツはまだ高校生だったなあと、露伴は咳払いした。
「すでに山に埋められているか、海に捨てられちまってるかもしれないが……まあ奴もスタンド使いだ。どうにか切り抜けてるんじゃないか」
「でっ、でもあのケガじゃあきっと、自力で逃げられないですよ…!」
「フンッ、僕には関係のない話だね。探すなら君たちで頑張りたまえ」
露伴はさっさと行ってしまう。後ろからは仗助の「性格悪りぃ〜」という声が聞こえた。
(……しかし)
疑問はいくつか残る。
吉良のストーカーはなぜ岸辺露伴を尾行していたのか。
これについては吉良の居場所を知るためにつけ回していたのだろう。
なら、ストーカーはどこで吉良と露伴に面識があることを知ったのだろうか? 犯人が吉良の家に行っていないことも、ストーカーという生態を考えれば奇妙な話である。仮に家に行っていたなら、その異変を写真の幽霊が察知して然るべきだろう。
(僕が奴と一緒になったのはそれこそ星ノ先生に会いに行った時や、例の島での一件だしな……)
岸辺露伴がこれまで経験してきた中で一番恐ろしかった因習村。今でもネタにしたいという気持ちはあるが、著・星ノ桜花でタイトルが『犬』の本を出されたらすでに露伴イズバッドエンドである。
顔と名前が世間に知れている以上、いつ気づかれてもおかしくはな──、
「………………康一くん、クソッタレ仗助」
露伴のこめかみから冷や汗が流れた。らしくなく震えた声に、康一が心配の声をかける。
あの村の件は他言してはならない。あんな悍ましいものはさっさと歴史から消えてしまった方が良い。ネタにしたいという気持ちは別として。
ハク、と息が漏れて次に出す言葉を考える。
「
岸辺露伴はあの男が心底嫌いだったが、原作・岸辺露伴、タイトル『犬』の漫画を出したくはなかったので(いや、やっぱりネタにはしたいのだが)────、吉良吉影の捜索に協力することにした。
◇
「……寝てしまったか」
時間を確認したところ、すっかり深夜になっていた。さすがに空腹を覚えたが、あいにくとここに食べ物の類はなかった。
とりあえず水を一杯飲もうと体を起こ──そうとして、右腕に絡まる冷たい温度に気づいた。
腕にまたがるようにしてずっしりとした重さがかかっており、手が痺れを訴えている。
愛らしいカノジョは蔓のように絡みついていた。熟れた頬の、わずかに荒い寝息が首元にかかる。
(……キラークイーン)
現れた吉良の分身は興味津々な様子で女の耳やしっぽをつまんだり引っ張った後、キッチンから水の入ったコップを運んでくる。
(さて…)
少し頭が回ってきたところで現状整理をしていれば、女のまつ毛が震えて真っ黒な瞳が覗いた。
この少女は間違いなければ『ヨル』という仗助に近い年頃の少女で、原因は不明だが
いや、ここまでの変容ぶりは『混ざっている』と言うべきなのか?
ひとまず吉良は、彼女からここに来るまでに何があったのかを尋ねた。
語られた内容は老人の溺死と、そこから間もなく起こった集団殺害だった。
「その日は全員に豪勢な料理を振る舞うことになっていて……わっちは料理を担当する一人でした」
なかなか骨の折れる作業を終えた後、料理番は休憩に入った。厨房の外で休んでいた彼女は中から物音を聞き、不思議に思い格子窓をのぞいた。
「吉良様も白い……おくすり? というものを持たれていたでしょう? それをお上の方が料理に入れているのを見てしまって…」
何か怪しいと感じてしまった彼女は席で食べるフリをし、その場を過ごした。
そして眠った者たちは──といった流れである。
老人については自殺だろう。
あるいは隠していた秘密を明かしたことで殺されてしまったのか。
まあ吉良にとって、その死因は至極どうでもいい。
問題はこのお可愛らしい耳と尻尾である。
「あ、あまり触られるとこそばゆいゆえ……」
「こうなった原因に何か心当たりは?」
「──申しあげたとおり、『願』とは等価交換でありんす。私もですから、等価交換をしたのです。イリガミ様と」
「………ヘェ」
追っ手から逃げた先で彼女は海に落ち、不思議なものを目撃した。
語られたその長い髪というのは、もしかしたらイリガミに絡みつく女たちの執念なのかもしれない。
イリガミは「生まれたい」と願った。だから彼女はそれを受け入れた。
「吉良様の瞳は吸い込まれるような藤色ですね」
手を伸ばす彼女に、吉良は右手で体を引きずるようにして後ずさる。
それに対して、夜の女はフフッと悪戯した子どもにするように微笑した。
「吉良様にもう一度お会いしたい一心で、お探ししました。そうしましたら岸辺様が絵を描くお仕事をされていると知り──、ここに来るまで長い道のりでした」
目立つ耳と尻尾は隠しこの杜王町までやってきたわけであるが、幸運にも出会う男たちは皆親切で、家に泊まらせてくれたり車に乗せてくれた。
彼らの『願い』を叶えれば、彼女の『願い』は叶えてもらえた。
「もちろん、破った人には罰を受けてもらいましたよ」
すす…と伸びた生白い手が吉良の頬を包む。
吉良の顔はひどく引き攣っていた。体のあちこちをケガしているので、その部分が痛いのかもしれない。
「吉良様が『願』ってくださるなら、お体を治すこともできます。何でも構いませんよ? ──ああ、ただ、動かなくなった人間をまた動かすことは流石にできないと思います」
暗闇の中に浮かび上がる赤い口と白い歯はそこだけ異界のようである。
「わっちは、貴方との御子が欲しいです」
この世には、山岸由花子が霞んで見えるヤバい女がいた。