転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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125話 わんわんお③

 露伴は現在都心に来ていた。某ビルの会議室で待ち合わせしているのは顔見知りの女性である。

 

「お待たせしました、岸辺先生」

 

 そう言って、フォーマルな出立ちで現れたのは、髪の先が緩くウエーブになっている女性──KO談社に勤める泉飛鳥であった。

 彼女の隣には節目がちの女性もいる。こちらはパーカーにスウェット姿で、ちょいとコンビニへ買い物に行くような装いで、整然とした場に相応しくない姿である。髪もボサボサで、目には隈があった。

 

「紹介いたします。こちらが星ノ桜花先生の前任の編集を務めていらした林さんです。現在は諸事情でKO談社を退職なされています」

 

「……林です。あなたがあの、『ピンクダークの少年』の岸辺露伴先生…」

 

「本日はよろしくお願いします」

 

 露伴が笑顔を浮かべて手を差し出すと、デスク越しに対面に座る泉が驚愕の表情を向けた。

 

 林はおずおずといった様子で露伴の手を握り返す。林の手に触れた露伴はふと、着の身着のままな見た目の割には、この女の手がやたらと手入れされていることに気づく。シミひとつなく、爪も綺麗な丸みを帯びている。

 

「岸辺先生がお聞きしたいのは……彼の別荘の件ですよね」

 

「ええ、そうです」

 

 

 

 

 

 吉良の居場所を探るとなったあとで、岸辺露伴の脳裏によぎったのは吉良のある言葉だった。

 

 

 ────あとは万が一の時用に、避難できる()()でも持っておくとか。

 

 

 答えは本人が言っていたというわけだ。

 

 これを頼りに吉良が身を潜めているかもしれない別荘の場所を探すことになった。

 仗助と康一は半信半疑だったが、あの男のことだ。実際に身を潜める場所を用意している可能性が高い。

 

 問題はその場所であるが、写真のオヤジの証言では「必ず杜王町にあるはずだ」とのこと。

 

 吉良吉影は生まれ故郷を心底愛しているらしい。杜王町が素晴らしい街だ──という部分に関してだけは、露伴も同意見だった。

 

 だがしかし、重要な書類は銀行に預けているようで、別荘の住所などが記載されている権利証も家にはないだろうと吉廣は告げた。

 

 念のため家を捜索しようとした漫画家は、仗助と康一に捕獲された。

 

 別荘の存在すら知らなかった吉廣は「なぜだい吉影…」とダメージを負いつつ、一応権利証を探してみると語っていた。

 

 

 本人でなければ銀行での手続きは難しく、赤の他人な露伴や仗助たちはもちろん、幽霊のオヤジも親族とはいえ死んでいるので論外だった。

 

 

 ここで捜査は一旦行き詰まり、「もしかしたら!」とアイディアを出したのが康一である。

 

「担当編集だったら、何か知っている可能性があるんじゃないですか?」

 

 編集者は漫画家や作家に『ネタ集め』の手伝いを任されることがある。

 その流れで何か手頃な別荘がないか探すのを手伝っているかもしれないと。

 

 さすがだ康一くんは機転が利く! 一方で仗助は──などとひと言多い漫画家に仗助が辟易するなどして、現状へとつながる。

 

 

 一応現担当の泉編集は何も知らなかったようで、彼女はそもそも吉良が病院から消えた事実を知ってビックリ仰天した。ただでさえついこの間事故に遭ったと聞いたばかりだというのに。

 

 この彼女との会話で岸辺露伴は『作家・星ノ桜花』の引退を知っちまったワケだが……これはツケの領収書である。

 

 まず第一は吉良の発見。

 

 泉が情報を知っている可能性のある前編集に連絡を取り、話し合いの場が設けられた。

 

 

 

「先に……場所についてはお話しします。ただ、その代わり私も捜索に…を、手伝わせて欲しいんです……」

 

「…失礼ですが理由を伺っても? アナタのその『諸事情で辞めた』というのは、おそらくあの男が原因になってるんでしょう?」

 

「………」

 

「なっ、なぜそれを岸辺先生がご存知なんですかッ!?」

 

「あー………前にKO談社に用事があった時に、偶然噂話を聞きましてねぇ。何でも、浮気が原因で旦那と別れることになった女性がいたとか」

 

「本人が目の前にいるのに、あなたにはデリカシーってものがないんですね……」

 

「…泉さん、いいんです。私が全部悪いんですから……」

 

 林は袖越しに爪で自分の手首をかきながら、ポツポツと続ける。

 

「か……彼に夫がいるのを黙って、関係を持ちましたし…」

 

「言葉巧みに女の懐につけ込むのはあの男の常套手段だぞ。旦那がいるのもまず間違いなく気づいていたはずだ」

 

「岸部先生ッ、もうちょっとその威圧的な態度をどうにかしてください!」

 

「そういう君もサァ、手を出されてたんじゃないの?」

 

「うぐっ……!」

 

「…………マジかあの男」

 

 露伴は天を仰いだ。マジでどの口で杉本鈴美を「愛してるよずっと」なんて言っていたんだろう?

 今、岸辺露伴は知り合いの男をナチュラルに「クズ」の烙印を押している。元々押しまくってその下の文字が読み取れなくなっているその場所に、別のインクでデカデカと、念入りに押している。

 

「あ、飛鳥ちゃんも彼と……?」

 

「えっ? …………どわああああっ、これはそのっ!!」

 

 一方で、バレたらまずい情報が露見してしまった泉は目を回した。

 林はしかし、なぜか泉の手に自身の手を重ねて微笑む。

 

「飛鳥ちゃんも私と同じで、彼に触れてもらったのね」

 

「え……あうっ…………はい」

 

「そう、そうだったの…」

 

 フフ、と林は小さく笑う。まるで恋する乙女のように頬を赤らめ、目をうっとりさせる。

 一連の様子を見ていた露伴は眉を寄せており、手を握られている泉も困惑を隠せなかった。

 

「彼ね、あの人なんかよりよっぽど優しく触れてくれるの。壊れ物を扱うみたいに。

 でもねぇ、飛鳥ちゃんなら分かるでしょ? ガラスでできているのは彼の方なのに。

 冷たくてねぇ、どこまでも優しくて………

 

 怖いのよ」

 

 林はどこか遠くを見つめ、ゆっくりと泉から手を離した。

 

「露伴先生、先ほども申し上げましたが、別荘の場所を教える代わりに私にもお手伝いさせてください。話を聞いた時から彼のことが心配で心配で……構いませんよね?」

 

「…林さんは恨んでいないんですか? 吉良吉影のことを」

 

「恨む?」

 

「自分の人生が滅茶苦茶にされたら、人ってのはその原因を恨みたくなるのが自然でしょう」

 

「恨んでなんかいませんよ」

 

 林が関係を持つことになる前から、吉良が不特定多数の女性と関わりがあることを知っていた。

 自分はそのうちの一人に過ぎない。

 

「だぁれもね、彼の欠けた部分を埋めることはできないんですよ。それは私だって、飛鳥ちゃんだって」

 

「………」

 

「だからこそ……っ、だからこそ私許せなくて…!!」

 

 林の握られた拳が震え、真っ白になる。

 

「埋められないものを無理やり埋めようとする女は、傲慢だと思いますよね?露伴先生も」

 

「…同意はしかねる」

 

「先生、『YES』とおっしゃってくだされば、別荘の場所を教えるっ()ってるんです」

 

「は、林さん……?」

 

 立ち上がった林に、泉は思わずキャスターを転がして距離を置く。

 どうも聞き出すのは難しそうだと判断した露伴は、スタンドを出し能力を使った。

 

「林さんが本になった!!?」

 

「悪いがアンタも『ヘブンズ・ドアー』」

 

「へっ? ────」

 

 パサッと乾いた音がマットの上に落ちる。

 静かになった露伴は林のページに手を伸ばし、別荘の場所を確認する。──が、思わず紙の中にあった一文を見て目を見開く。

 とっさに立ち上がり、彼は林が持ってきたカバンを漁った。

 

 

「………マジかよ」

 

 

 中から出てきたのは、先が布に包まれた刃渡り20センチの包丁だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

「コンビニ、っていうのは便利ですね。…っあ! 「便利」ってイングリッシュで「こんびにえんす」って言うそうですよ。トラックの田中さんが教えてくれました」

 

 腹が減ったと言った吉良に食料の調達を買って出たのはヨルで、彼女は袋から適当に選んだものを取り出していく。

 

「コンビニは、「便利(コンビニエンス)」だからコンビニって名前なんですね。吉良様は何を召し上がりますか?」

 

「………ハハッ」

 

 吉良は脂汗をかき、フローリングのマットを握りしめている。顔面は蒼白で、呼吸のリズムも不規則だった。

 

「食べる気分じゃあ……っ、ない…」

 

「…大丈夫ですか?」

 

「涙がッ、出るほど痛いよ…」

 

 マットには血が染み込んでできた血溜まりがある。

 ヨルは同じくコンビニで買ってきた包帯を持ち出し、吉良の右の足首に慣れた手つきで巻き始めた。

 

「ぎっ、い゛……!!」

 

「今、ふくらはぎがピクリとしましたね。動かそうとすると余計に痛みますよ」

 

「………」

 

 伸びる爪がガリッとフローリングに傷を作った直後、ヨルの背後からキラークイーンが細い首に手を伸ばす。

 

(フゥー………抑えろ)

 

 腱を切られた足首は動かすと激痛が走るし、骨折している方の足も痛い。なぜこのわたしがこんな災難な目に遭わなくちゃあならないんだという怒りで一周回って冷静になるが、現状は女を食い物にしてきたツケが回ってきているので何も言えない。

 

 視界も白んでいるし、吐き気もするわで人生でワースト5に入る最低な気分だった。

 

 

「『願い』ますか、吉良様?」

 

 

 上からひょっこりとヨルの顔が覗き込む。

 

 吉良は焦点の合わない目で彼女の顔を見つめ、ハハァと笑う。

 

「はこんでくれぇ、キラークイーン」

 

 首を傾げるヨルの肩口から顔を覗かせたKQは、「ニャー」と鳴いた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 ひとしきり吐いた吉良は、水だけ飲んでそのまま気を失うように寝てしまった。

 

 ヨルは床に倒れ込んだ男を慎重にベッドまで運び、横にする。

 

 顔色は悪く死人のようである。寝息はしかしわずかに聞こえ、胸板も上下している。

 毛布をかぶせた彼女は自身もそこに潜り込み、吉良の右手に手足を絡ませた。

 

「……冷たい」

 

 相変わらずこの人間の体温は冷たい。親鳥が雛の卵を温めるように抱きしめても、一向に温もりが生まれることはなかった。

 

 寒いなあと思い、彼女は肩に額を押し当てる。

 

 そうしているうちに温めようとしたから抱きついたのか、自分が寒くて仕方ないから抱きついたのか──それとももっと見えない温もりが欲しかったから抱きついたのか、すべての境界が曖昧になり、彼女という個は形を無くしていく。

 

「ッ」

 

 ふと意識が浮上すると、冷たい手が彼女の顔にかかった髪をはらっていた。

 泣いているのかい、と掠れた声で聞かれる。

 

「……わっちは、泣いてたんですね」

 

 伸びた手が頬をくすぐって、首筋を爪がうっすらとひっかき肌をなぞって手にたどり着く。

 日本人にしては彫りの深い鼻筋が彼女の手に触れた。

 

「…おいで、寒いだろう」

 

 吉良は足を動かさないようにしながら横臥し、スペースを空ける。

 

 ヨルは不安げな顔で空いたスペースと重たげなまぶたを交互に見る。

 それからのっそりとそのスペースに体を丸めた。

 

「……吉良様」

 

 彼女の手が吉良の襟首を引っかく。吉良はその手をつかみ自身の手を絡め、「ダメだよ」と注意した。

 

「さあ、おやすみ」

 

「………」

 

 不思議と心音を聞いているうちに、彼女の境界線が再び曖昧模糊として、彼女の自我は休眠の時を得た。

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