転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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126話 わんわんお④

 外はまだ薄暗かったが、明かりなしでも歩けるほどの光量があった。

 

「ぐ、うっ……」

 

 体を起こした吉良は足首の痛みを噛み殺しながら時間をかけてベッドの縁に腰かけた。

 

 丸くなっていた犬は姿を消している。何か考えようにも思考が上手くまとまらず、時計の秒針が動く様をぼんやりと眺めた。

 

 それから糖が足りていないのだと気づき、起きあがろうとして走った激痛に床を転がることになる。

 

「クソッタレが…!!」

 

 吉良の爪はすでにネコ科動物のそれになっていて、見かねたKQが「こうやってしまうんだよ」と手をグーパーさせる。

 

 舌打ちを溢した吉良は分身に命令し、キッチンにまで運ばせた。

 

 寝室にいなかった女の気配はリビングにもなく、おそらく外に出ているらしいということが分かった。

 

(どうやって逃げるか……)

 

 昨日は逃走に失敗し、右足の腱を切られることになった。

 痛みもそうだが何より肝が冷えたのは、包丁を扱う女の手さばき。

 右足の腱のすぐ近くには動脈や神経が通っている。それを傷つけずに腱だけ切るのは至難の業である。

 

 自分が異常(アブノーマル)だという自覚がある彼からしても、あの少女はもっと人間を構成する根本的な部分から間違っていて、狂っていた。

 

「………おにぎりか」

 

 伸ばした手がテーブルを探ると三角形のものに触れる。普段ならコンビニ飯などごめんだが、今は少しでも思考に回す分の糖が必要だった。

 

 中央の細いツマミを咥えて下に引き、両サイドを引っ張る。至近距離で見つめるキラークイーンを吉良は一瞬だけチラ見してから口に入れた。

 

 数日ぶりの食事は口内を刺激して、じんわりとした痺れが襲う。唾液を飲み込んでからまたひと口食べ、また食べるを繰り返した。

 

 

「吉良様ぁ」

 

 

 出かけていたわんこは吉良が最後のひとかけらを口に入れた時に帰還した。

 

「……真っ赤じゃないか」

 

「滋養のあるものを食べてもらおうと思って!」

 

 夜の女は犬歯を覗かせて笑う。彼女の手には首根っこをつかまれたキジがいた。

 それをまさか今から調理して食わす気なのか? 誰に………キラークイーンに?

 

「2〜3時間はかかると思うので、吉良様はお休みになられていてください」

 

「君が……食べるんだよな?」

 

「…? 吉良様に食べてもらうんですよ」

 

「その鳥をわたしが…?」

 

「大丈夫です。ちゃんと食べられるよう処理しますから!」

 

 ヨルは一度着替えてから吉良をソファーまで運び、キジの調理を始めた。

 血抜きはすでに終えているようで淡々と包丁の音が聞こえてくる。

 

 下処理は随分と丁寧で、あっという間に煮込み作業に入った。

 

 吉良はその間落ち落ち休めるはずもなく、爪切りを手に取った。

 

 

(キジは狩猟目的で、非分布図に放鳥され野生化した話を聞いたことはあるが…)

 

 

 爪を切り終えた後はキッチンの方を見つめながらゆるやかに思考を回した。

 

 時折目が合うと、ヨルは嬉しそうに笑う。「もう少し待っていてくださいね」と言う様は息子か夫を宥める母親のようで、ついこの異常な空間が日常のワンシーンなのではないかと幻覚を見せてくる。

 

 だが痛む右足がこれは夢物語ではないことを教えていた。

 

 これが吊り橋効果なのかもしれない。この少女は自分の妻でも娘でもないし、恋人でもない。

 

 

「吉良様、できましたよ」

 

「……ん」

 

 

 眠るつもりはなかったが、窓から差し込んだ陽の温もりと胃の消化とでいつの間にか眠りの世界に誘われていたようで、揺り起こされた吉良は瞳を開ける。

 

 目と鼻の先にあった顔はじっと彼の顔を見つめている。夜の女から香るのは血の匂いだった。

 

「キジはちゃんと調理すると、お肉がとっても美味しいんですよ」

 

「密猟で獲るのはアウトなんだけどなぁ…」

 

「……吉良様の元気がないから、食べてもらいたくて…」

 

「それは君がぼくに食べて欲しいって、お願いするってこと?」

 

「………あっ! えっと…」

 

 ヨルは俯き、しっぽをだらんと下げた。

 

「──冗談だよ。その代わり、この通りな体だからさあ……きみが手ずから食べさせてくれないかい?」

 

「え、ええ、もちろん!」

 

 耳がピンと立ち、しっぽも元気を取り戻す。

 ヨルは早速椀に肉をよそい、箸を手に取った。料理は塩で味付けされていて、素朴ながらキジの味が引き立つようにしている。

 はたして喜んでもらえるだろうかと肉を箸でつまみ、差し出した。

 

「……吉良様?」

 

「わたしは君にさっき、何と言ったかな?」

 

「ええと……」

 

 彼女は脳内で吉良の言葉をリフレインする。

 彼は手ずから食べさせてくれと言った。だから今、こうして箸で……。

 

 

 

「おっと……食事の前はまず、『いただきます』からだったね」

 

 

 

 赤い口が開いて、白い肌ごと迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 時間は緩やかにも忙しなくも流れていくようで、現実の1秒は決まった速度で歩を進める。

 

 シーツから覗く黒い耳がピクリと動き、そのままモゾモゾとうごめく。

 それからすんすんと匂いを嗅いで、勢いよくシーツが舞った。

 

 彼女は周囲を見渡し男の姿を探す。温もりはまだわずかに残っており、ヨルは寒さに耐えきれず落ちた毛布に包まった。

 

「吉良様…?」

 

 どうしようもなく寒い。それは衣服を身にまとっていないから寒いのか。

 

 寝室を出て廊下を通り、息づかいのする場所へ向かう。

 

 吉良はリビングにいた。下は着込んでいるが上はシャツを引っかけただけの姿で、差し込む夕暮れの灯火を頼りにテーブルに向かって何かを書いている。

 

 金髪が赤い色と混ざり合って、温かいグラデーションを作り上げていた。

 だのになぜか瞳に映る色は冷たく、それがアンバランスである。

 

「………何を書かれているのですか?」

 

 ヨルは横から顔を出し、吉良の手元を覗き込む。

 

「…お勉強ですか?」

 

「………」

 

 吉良は口元に人さし指を持っていき、Sとiの間にhを挟む。

 ヨルは虚を突かれたように目を丸くし、小さく頷いた。

 

 フローリングに座ったり、椅子を持ってきて隣に座ったり、金色の髪を弄んだり。

 

 次第に辺りが暗くなり始めると、フゥーと息を吐く音がした。

 

「吉良様は何のお勉強をされていたのですか?」

 

「仕事……ではないから、趣味かな」

 

「シュミでお勉強?」

 

「そうだよ」

 

「ヘェー…」

 

 吉良の背後から手を回したヨルは、その手を抱きしめるように絡めて髪に頬ずりする。

 ブンブンと揺れるしっぽに、暗闇から現れたニャンコの亡霊が爛々と目を輝かせた。

 

「大好きです、吉良様」

 

「それはありがとう」

 

「吉良様はわっちのことが大好きですか?」

 

「君の手は心から愛しているよ」

 

「……私のことは?」

 

「君のこと?」

 

「………吉良様は、私のことを温めてくれたでしょう?」

 

「そうだね」

 

「だから吉良様は、私の『願い』を受け入れてくれたんでしょう?」

 

 部屋じゅうに伸びる黒い影が家具をカタカタと揺らし、それに生じてホコリが落ちる。

 彼女から伸びる影は吉良の足元を這い、絡みついていった。

 

「体温を共有するだけじゃあ人間に『愛』は生まれない。ヒトはもっと複雑(面倒)にできていて、だがしかし────時には驚くほど単純に愛情なんてものが生まれているんだよ」

 

「わっちは、吉良様のことを愛しております」

 

「愛してくれるのはありがとう」

 

「吉良様はッ……吉良様は?」

 

「わたしが君の手ではなく、君のことを愛しているか知りたいのかい?」

 

「そう……っ、です」

 

 吉良は動かせる手を伸ばし、震えている彼女の拳を撫でた。力の抜けたそれに指を絡ませて引っ張り、陶磁器のような甲に唇を落とす。

 

 唇を噛みしめていたヨルの耳がその時、ピクリと動いた。

 

「最近は希望を持ったりもしたんだが、やはり空いたこの穴はそう簡単に埋まりそうになくてね」

 

「………」

 

「いつだって救いの手を求めている。もしかしたら君がぼくの救いの手になることだってあり得るよ。でもね、その未来は絶対に訪れない」

 

 細い手から離れた吉良の手が、彼女の頭に伸びやさしく撫でる。

 ヨルは唇を震わせた。

 

「ヨル、わたしは君に『願い』を言っただろう?」

 

「……? はい」

 

「ならばお前は、わたしの()()()()()を叶えなければならないのだよ」

 

 

 

 ────願わくば二度とわたしの前に現れるな。わたしの──平穏のために。

 

 

 

 これが、吉良が消えゆくイリガミに告げた最後のセリフ(願い)で。

 

 直後彼女は白目を剥き、絶叫した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 時は少し遡り、ヘブンズ・ドアーで別荘の場所を入手した露伴は後から面倒なことが起こらぬよう林に書き込んでからすぐさま杜王町に戻った。

 

 電話で仗助と康一に先に伝えなかったのは、二人が最悪トラウマ待ったなしの光景を目撃する可能性があったからだ。康一はともかく仗助のことは毛嫌いしているが、露伴は(一応)大人である。ガキにそのような凄惨な現場を見せる気はなかった。

 

 

 そして夕方ごろに杜王町に着いてから2名+億泰と合流し、急いで現場に向かった。

 

 詳細な説明は省き、ひとまず露伴が先行する形で3人を納得させ家に近づく。

 

 辺りは森に包まれているが、電線は張られているようだった。

 

「明かりは点いていないな……」

 

「周囲に高い塀があるっスね。ここは俺のクレイジー・ダイヤモンドで…」

 

「おい虹村億泰、ちょっとそこに立て」

 

「エッ、オレェ?」

 

 ザ・ハンドを出した億泰は、「違う」と露伴にピシャリと言われ渋々塀の側に立った。

 

「そうだ、少し背中を丸めていろ」

 

「……先生、まさかよォ〜〜うげっ!!」

 

 助走をつけ億泰の背中を踏みつけた岸辺露伴は、見事内部に侵入した。

 塀の外から億泰のブチ切れている声が聞こえるが、自身は土汚れをはらってさっさと向かう。

 

「嫌に静かだな…ン?」

 

 庭を歩いていた露伴は、途中で赤い血溜まりを発見した。駆け寄って確かめたが、周囲には鳥の羽──おそらく色や形状からしてキジと思しき鳥の羽が落ちている。

 

(人間のものではなくこの鳥の血と考えるのが妥当か。……血液自体はすでに冷たいな)

 

 ここで血抜きでも行ったのだろうか? 仮にあの男が行ったのだとしても、性格的にこのような場所でやるとは思えない。

 

 ならばこれは犯人のものである可能性が高い。

 

 あるいは鳥の羽は偶然あるだけで、この血は吉良の……。

 

「……吐きそうだ」

 

 露伴は青白い顔でまた屋敷の周囲を回りだし、もう一つの異変を発見する。

 

「何だ…?」

 

 ベランダの窓が他の窓と違い真っ黒に染まっている。

 目を凝らしてみると、それは単純に部屋の中が真っ暗というわけではなく、一面を何かが覆っているようで、それが生き物のように蠢いていた。

 

 思わず喉がひきつる。

 

 露伴は警戒心を高めながらゆっくりと近づき、窓に耳を当てた。中からは人の声も聞こえる。

 

 一方は聞き馴染んだ男の声で、もう一方もどこかで聞いたことのある女性の声だった。

 

 

「いつだって救いの手を──」

 

 

 はっきりと認識した最初の声がそれで。状況は分からないが露伴は思わず舌打ちをこぼしたい衝動に駆られる。

 

 それから空気が一変し女の絶叫が聞こえた後、黒い物体に吹き飛ばされるようにして吉良が窓ガラスをブチ破り吹っ飛んできた。

 

 

「チィッ!!!」

 

 

 露伴は今度こそ盛大に舌打ちをこぼして吉良の体をつかみ、ネタを集める上で習得していた見事な受け身を披露した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 仗助たちが異変に気づき駆けつけた時にはすでに黒いものが屋敷をビッシリと覆い、派手な音を立てて破壊していった。

 

 康一は見覚えのあるそれに言葉を無くす。

 

 

「アレ、髪の毛だ……」

 

 

 吹っ飛ばされた露伴の方は軽傷だったが、腹に一撃を食らった吉良はその場で血の混じった胃の内容物を戻した。

 

 暴れ狂っていた髪はしばらくすると収束していき、辺りには静寂が訪れる。虫の鳴き声が鬱蒼とする森の中に響き渡った。

 

「…大丈夫っスか?」

 

「………」

 

 吉良は虫の息で首を横に振る。仗助は地を這う不自然な動きに右足の包帯に気づき、完全に血の気を失った。

 

 

 一方で漫画家の方は汚れた上着を投げ捨て、シャツの袖をまくりガレキへと近づいていく。どかせる範囲でガレキを除去すると、途中でノートを見つけた。

 一度パラ見してから脇に抱え、再度探していくと女のものと思しき足を発見する。

 

「……おい、仗助! その死にかけを治したらこっちに来いッ!!」

 

「アンタもう少し言い方ってモンがあるだろ!!」

 

 仗助はスタンドで吉良の右足と、ついでに治す予定だった事故の傷も修復し、露伴の元に向かう。

 促されるままクレイジー・ダイヤモンドを使うと、ガレキが組み上がっていきその周囲が元の姿を取り戻した。

 

「ギ、ギニャァ〜〜〜ッ!!」

 

「何だ貴様、その愉快なリアクションは」

 

 仗助は両手で顔を覆いその場から逃走する。真っ赤な彼の耳に察した露伴は鼻で笑いつつ、床に横たわる女の脈を確認する。

 

「………死んでいるか」

 

 髪の絡まったその体は青白く、間違いなく死体のそれである。

 体はまるで先ほどまで水に浸かっていたかのように全身びしょ濡れで、その場に水たまりを作っていた。

 

 

「……ナァ」

 

 露伴は横に来た男へ視線を向ける。

 

「上着を汚した弁償はするよ」

 

「それは当たり前だッ! この少女は……」

 

「あの島の少女だよ」

 

「………何があったんだ?」

 

「それについて…は、あとっ……」

 

 吉良の体がグラッと傾き、その場で崩れ落ちる。肉体的にはとうに限界を超えていたのだろう。

 露伴が状態を確認した時にはすでに気を失っていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 後日談というか、今回のオチ。

 

 吉良はメンタルの方の病院にしばらく入院することになった。

 

 

 

 幸いSPW系列の病院のため、ある程度の自由は約束されていた。早速脱走しようと──いや、()()()()()()()()()衝動に駆られていた彼は見舞いにきた仗助に首根っこをつかまれ引きずられていった。

 

 それから少し落ち着いたタイミングで岸辺露伴がやって来た。事情を吉良から聞くためである。

 

 ちなみに今回の事件については、学生たちには以前ダブル先生コンビで遭遇した悪霊的なものが原因だったと説明したらしい。

 

 

「あれは本来のイリガミではないとわたしは思うよ」

 

「…根拠は何だ?」

 

 

 吉良曰く、あの犬の少女は彼のスタンド──キラークイーンが見えていなかったらしい。

 

「イリガミ本人の「生まれたい」願望をなぜ知っていたかは分からないが、あれの根幹にあるものはまったく異なるもののはずだよ」

 

「……影の如き物体は髪だったな。それもおそらく…女の」

 

「髪が呪いと結びつくのは結構ベターな話らしいしね」

 

「………どの道あの少女を誑かした貴様の責任というわけだろ」

 

「返す言葉もないよ」

 

 露伴は舌打ちをこぼし吉良を睨む。

 吉良の方も今回の件でだいぶ反省していた。床を這いずる屈辱は二度とごめんである。

 

「あの老人が命を絶ったのも貴様が真相を語ったからだろう…!」

 

「そこは五分じゃあないかな。何せ島民を供物にしちまう()かれた思考回路をしているんだぞ? 神を逃し、さらに裏切られていたことによる怒りで殺めてしまったのかもしれない」

 

「………」

 

「まあ、曰くつきの場所は消滅してくれたんだ。わたしも君もこれから平穏に暮らせるということだよ」

 

「……このクズがッ」

 

 吐き捨てるように言った露伴に、吉良は肩をすくめる。

 

「貴様には他にも追及しなくちゃあならんことがあるが…………ん?」

 

「………なんだい?」

 

 カバンからよれたノートとレオナルド・ダ・ヴィンチの画集を取り出そうとした岸辺露伴はそこでふと、先ほどまで話していた因習村の部分で引っかかった。

 

 

「……お前が語った内容が確かなら、村の女たちが生贄にされる前にごちそうが振る舞われたんだよな?」

 

「ああ、そうだが…………あっ」

 

 

 顔を蒼白にした二人は、仲良く口を押さえた。 

誰が一番恐ろしいか

  • 入髪の少女(ヨル)
  • 林さん
  • 吉良
  • お上の者たち
  • その他
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