転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
鈴美がいなくなって数分。いつもよりノロく動く頭を動かし、倒れていた二台の自転車を起こした。
盗難されてはまずいと、可愛らしいデザインのバッグと土産袋を前カゴに入れ、自転車を漕ぎ出す。
「暑い…」
普段はタオルで拭う汗を、乱雑にシャツの袖で拭った。
一時間ほど周囲を探したが、彼女の姿は見つからなかった。
流石にこれ以上遅くなると、警察騒ぎにされる(というかもうなっているかもしれない)。
「どこに行ったんだ…」
彼女はやはり、ぼくの異質さに耐えきれなかったのだろう。
走り出した鈴美の後ろ姿をぼんやりと見つめるのみで、追えなかった自分がおかしく感じられる。
心のどこかでは、受け入れてもらえると思ったのかもしれない。彼女ならぼくを、
だが結論、彼女は逃げた。
逃げ出した彼女をどうするべきか。幸い知った秘密は手と、保健医の関係だけ。様子からしてどちらの秘密も以前から勘づいていたと思われる。
鈴美なら言わないか?…いや、流石に逃げ出したくらいだ、疑惑が確信になり、自分では抱えきれないほどのぼくの秘密を知った。心を軽くするために、他人に言う可能性がないとは言えない。ぼくの平穏が彼女によって壊されたら困る。
「……殺すか」
自然と出た言葉。
その内容に自分でもゾッとして、口を押さえた。
疲れもあるせいで、理性が焼き切られ、思考は本能の方へと引きずられている。
一先ず帰り、親に頼んででも探す人手を増やそう。ぼくが探している内に彼女が駅に戻って帰宅している可能性もあるので、杉本家への連絡も忘れず。
そして自転車を飛ばしあと15分ほどで着くというところで、前方からきたハイビームの眩しさに、思わず目を瞑る。
白い車は通り過ぎ、ハザードランプを出して少し前の路肩に止まった。
「およよー?吉良くんじゃない。まだ帰ってなかったの?」
「……佐藤先生ですか」
運転席から出てきたのは、佐藤保健医。乗っていた車と彼女の格好に違和感を感じた。
以前は白ではなく、黒の車に乗っていたはずだ。買い替えたならまぁ、納得がいく。
あと気になったのはグローブか。ぼくだったら気にして付けると思うが、大ざっぱな彼女がつけていると違和感しかない。
「車、買い替えたんですね」
「やだー気付いちゃった?黒って熱吸収すごいからもう夏なんか暑くって、だから買い替えたのよね〜」
「…そうですか」
彼女と話している暇はない。さっさと帰ろうとして、自転車に跨る。
「随分遅い帰りな割に焦ってるみたいだけど、何かあったの?」
「別に、なんでもないですよ」
「水くさいなぁ、先生と生徒な仲じゃない」
「ベタベタ触るな暑苦しい、轢きますよ」
わざとらしくベルを鳴らして、走り出そうとした。だが発進寸前いきなりハンドルを掴まれて、体勢を崩す。
咄嗟に自転車が倒れた方向と反対向きに身体を傾けた。受け身を上手く取れず、肩から地面に転ぶ。このクソ保健医何をするだ。
「あっ、ごめん…大丈夫?」
「…生徒を治療する立場の人間が、その対象をケガさせるなんていい度胸ですね」
「うわぁ、そのニッコリ顔もステキ…じゃなくて、どうして吉良くんが杉本さんが持っていたバッグを持ってるの?」
「単なる彼女の忘れ物ですよ、今から届けようと思っていたんです」
「……何かあったの?だから焦ってるんでしょ」
「………」
この保健医は観察眼があるから厄介だ。ぼくが手フェチであることもすぐに気付いたし、なんなら自分でさえ知らない「殺人欲求」についても、かなり前から気付いている。
「…もしかして、杉本さんと何かあった?」
「誰かさんが公衆の面前でキスなんてしなければ、こんなに面倒くさいことにはなってなかったですよ」
「……フラれたの?」
「その問いには、
少しふらついたぼくに彼女は歩み寄り、身体を支える。
しなやかな手がグローブに隠されているのが憎らしく、無理やり腕を掴み暴くと、闇夜に白い色が映える。不意に聞こえたのは、生唾を飲む音。
「……」
何かを羨望するような目に、じっとりとした気味の悪さを覚えた。
「よければ、何か手伝おうか?」
「あなたには関係のない話なので、結構」
「でも、私の行動も原因になっちゃったみたいだし…」
「そう思うなら今度から気をつけてください」
「あっ…」
ぼくの手が離れた瞬間、切なげな声が聞こえた。今日は本当に普段の保健医と違う。
まぁ、彼女に何かあったとしても、ぼくにはどうでもいい。
「うーん、仕方ないにゃあ」
バチッと、背を向けたと同時に、腹に太い針で刺されたような激痛が走った。
口からはカエルのつぶれた鳴き声のような悲鳴が漏れ、地面に倒れる。
衝撃を受けた左の脇腹の周囲に感覚がない。足が正座をして痺れた時のような、ジリジリとした痛みが押しては引く。
「な、にっ……」
「携帯用のスタンガンよ。私みたいなかわゆ〜い子が夜道を歩いてると、暴漢されちゃうから」
ピンクの小型のスタンガンを手に持ち、笑う保健医。
痛みの中「暴漢」という言葉を聞いて、今日彼女から聞いた言葉を思い出した。
「素直に「じゃあ鈴美を探すの手伝ってくれ」って言ってくれればよかったんだけど、中々言わないんだもん」
「この、クソカスがッ…!」
「よーちよち、先生がだっこちてあげまちゅからねぇ」
身動きが取れないぼくの身体は、正面合わせで抱える形で運ばれる。彼女よりもタッパのある身長により、足が地面に引きずられる。
また、わざとらしく顔面に胸を押し付けられるせいで、呼吸がマトモにできない。
「あん、やだぁ。暴れないでよえっち」
微かに動く手で抵抗したら喘がれた。殺してやろうかコイツ。
「ふふ、次はおくすりの時間よ、吉良くん」
車に運ばれ助手席に不恰好な形で座らされる。運転席に移動した彼女は、麻縄でぼくの両手を一括りにして縛った。
そして中身の半分ほど減ったオレンジジュースをドリンクホルダーから取り、フタを開けて飲もうとする。
次に何をされるのか、イヤでも想像がつく。
「やめろやめろやめろ!!」
「なんでよ〜キスなら何回かしたじゃない」
「それとこれとは別だッ!ただでさえキスなんぞ細菌を交換するだけの行為なのに…」
「…吉良くんって本当夢がないね。こんな美人にちゅーされるんだから、もっと興奮しなさいよ」
「黙れ痴女…クソッ、屈辱だ……絶対に殺してやる…」
「ふふ、
彼女は無邪気に笑い、睡眠薬入りであろう飲み物を口に含んだ。
「最高」に「最低」な時間を耐えたのち、意識は暗闇へと沈んでいった。
◻︎◻︎◻︎
ピチャン、という音がし、沈んでいた意識が浮上する。
そういえば昨日は雨が降っていた。
「……っ」
スタンガンを当てられた箇所の痛みがない。寝ている間に足も縛られたようで、さらに長時間横臥で寝ていたせいか、身体のあちこちが痛い。
室内は真っ暗で、窓から差す月明かりだけが頼りだ。朧げな闇しか見えないが、物などは置かれていない。
外はまだ薄暗く、眠ってから丸一日は経っていないと思われる。
器用に肘や膝を使い身体を起こし、壁にもたれかかった。
「何のつもりだ、あの保健医…」
あの女はぼくが鈴美を探しているのを知っていたようだし、こちらが「手伝ってくれ」と言うのを待っていた。
思い出すのは彼女の乗っていた白い車。あれは本人の物でない可能性が高い。恐らく盗難したものだろう。グローブは指紋を残さないためのもの。
あとは痕跡が残らないよう処理して、プレートを外し池や海にでも捨ててしまえば、証拠は残らない。
「オレンジジュースの中身は半分減っていた。と、すると…」
先に車に乗っていた先客がいたはず。それが鈴美か。
そうならば保健医が、ぼくが鈴美を探しているのを知っていたことに納得がいく。疑問はなぜぼくらを拉致したのか。
パレードでのキスの一件も彼女のねらいだ。わざと恋人が来るのを待って、頰にキスをしたと思われる。クソ、本当に覚えてろあのアマ…。
────いや、そもそもぼくと利害関係を結んだこと自体、何か裏があったのか?
不干渉──とは、一応こちらから言っておいた。
ぼくは都合がいい関係だと割り切っていたが、向こうには欲の関係以上に目的があった可能性がある。その目的まではわからない。
彼女の過去にはほぼ興味がない。一方で彼女はぼくの心理を知ろうとして、何度も自爆していた。ぼくに首を絞められた事件が最たるものだ。
そして自分の過去についても、時折女は言っていた。
「レイプされた」という言葉。美人だがどこか妖しい雰囲気をまとう彼女に、電光に群がる蛾のように男は集まる。
スタンガンは今回の件に使うため用意した物ではなく、自前のものだろう。
だが実際の中身は、欲をむさぼるケモノだ。快楽を享受し男に捕食され、時に被食側にも回る厄介な女。
「普通強姦されて、あんなに色欲に走れるか…?」
女性ならば男に無理やり犯された時、トラウマになるのが一般的だ。
場合によってはPTSDにもなり得るし、生涯暗い闇が付きまとうのかもしれない。所詮男のぼくが、その心中を理解するのは難しい。
彼女が「異常」であるから、その強姦さえも快楽に感じた────だったら、いいんだが。
「………」
ぼくが首を絞めた時、保健医の瞳の中には「恐怖」があった。
もし自分の恐怖を隠すために、あえて快楽を享受するようになったのだとしたら、事はより複雑になりそうだ。
こちらの考えが正しかった場合、彼女は異常者ではない。ただ内の恐怖を押し殺そうとする、
「…フフ、フフフ」
静寂な室内に、自分の笑い声だけが響く。
その音を蹴散らすように少し遠くからカツカツと、床を歩く音と、床の軋む音が響く。
暗闇に慣れてきた目は闇の輪郭を正確にとらえ出し、この家が思ったよりも古い廃屋であることを連想させた。
部屋の前で足音は止まり、耳障りな音を立てて扉が開く。床を踏んでいた音はたまに聞く保健医のものとは違う。
「なァーに笑ってんだ、テメェ」
ぼくよりも少し歳上の男はキャップをかぶっており、顔全体を窺い知ることはできない。体格はよく、身長も高い。
服は白いTシャツと長ズボンの上に作業員のようなつなぎを着て、土で少し汚れた運動靴を履いていた。
男は座っているぼくに近づき、乱雑に髪を掴んで顔を上げさせる。
間近で見た顔は陰鬱な印象を受けた。
「ここは森の奥だ、たとえ大声を出しても見つからねェ。例えばオレがお前をなぶって殺しちまっても、誰にも気付かれないってわけだ」
「それは、怖いな」
「……テメェ、調子に乗ってるな?そのおキレイな顔が歪んで、惨めに助けを乞うまでいたぶってやろうか」
立ち上がった男に間髪入れず腹を蹴られる。わざとつま先をめり込ませてくる蹴りに、肺の息がおかしな音を立てて漏れた。
床に転がって呻くぼくに、相手は卑しく笑う。
「やっぱりいい気になってる奴をいたぶるのは、
「ゲホッ……う、ぐっ」
加減のできない子供のように腹を重点的に蹴られ続ける。回数がわからなくなったところで、視界が回る感覚と共に床に嘔吐した。内臓が少々やられたのか、赤い血が混じっている。
その間上から聞こえた、「きったねぇ」という声。
「そういや答えてもらってねぇよな、何でテメェ笑ってたんだよ。怖さにチビっちまったのかァ?」
「……?言ってなかったか?…いや、言ってないか」
尾を引きずるように続く睡眠薬の思考の鈍りと、敏感に感じる痛みに相反して、口角が上がった。
「彼女が
ぼくと彼女は欲に忠実な者同士、お互いが似ていることを理解している。
彼女が「普通」だとわかった今、ぼくも普通なのだとわかったんだ。それって、すごく、喜ばしいことだろ?
「………」
先まで邪悪に笑っていた男の笑みが消え、気色悪いものを見るかのように歪んだ。
「オレでもわかる、テメェは