転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
陰鬱な男に引きずられて来たのは、廃屋のかつてリビングであっただろう場所。
広い部屋の雰囲気や設置されている暖炉からして、洋館だったのだろう。壁には古い老婦人の絵が飾られ、一つのボロいソファーが隅に置いてある。
「おら」
乱雑に投げ捨てられ、落とされた拍子に長年積もったホコリが舞う。月夜に照らされ一見幻想的に見えなくもないが、やはり汚い。
どうにか身体をよじって、座る体勢になった。後ろ手に縛られた腕が軋む。
男は派手な音と共にソファーに腰かけた。ギシッと、不快な音が響く。
ソファーの側には保健医と、彼女の腕の中に手足を拘束された鈴美がいた。まだ眠っているようだ。
同じ量の睡眠薬を飲まされたのだろうが、効き目には個人差がある。そう考えるとぼくには効きにくかったのだろう。
「というか、何してんだあんた」
「何って…何が?」
平然と服の上から女子生徒の胸を揉んでるんだが、何してんだコイツ。
男は完全にスルーしている。保健医の奇行に慣れ切ってるとでもいうのか。嘘だろ、どういう神経してるんだ。
「先生ね、杉本さんだったら女の子でもいいかな──って」
「人の彼女にやめろ、手つきも親父くさい」
「ぴえーん、吉良くんがいじめるよぉ、安十郎くん!」
「………」
わざとらしく泣き、抱きつこうとした女を男は身体をズラして避けた。眉間に皺が寄ったのでムカついてはいるのか?
────というか待て、
頭の中で、点と点がつながっていく。
保健医が『少年K』の記事をぼくに勧めたのは、迷える生徒を導く鍵として助言したのだと思っていた。
いや──今考えればあれは、ぼくが自分の異常性に勘づかせるために投げた、ひとつの布石だったのだろう。
まるでぼくが「異常」になるのを促しているかのようだ。
薄々と感じていたもの。時折欲望にまみれた中で、保健医が覗かせていた羨望と畏怖の目。
彼女はぼくに何かを望んでいる。別の意図があるのかもしれないが、まるで
もし仮にそうだったら、幼い時にレイプされこの世に絶望しているのだとしたら、自分で勝手に死ねばいいものを。
「…先生が少年Kと関わりがあったなんて、初めて知りましたよ」
「あれ、今更気付いたの?てっきり吉良くんだったら記事を見るよう勧めた時にでも、可能性の一つとして気付くと思ってたのに」
「ぼくはそこまで疑り深くはないですよ」
「えー、本当?」
本当だ。この保健医は人を信頼させ、その心の隙に巧妙につけ込む。ぼくの場合、当時は精神不良でそこまで考えられなかったのもあるが。
ぼくの闇が依る場所として、彼女の懐は最適だった。疑心をゆるめてしまえるほどには、居心地がいい。
疑ってしまえば、保健医を信じられなくなる。人の肉の味を覚えた飢えた獣を放してしまえば、その後何が起こるのか容易に想像がつく。
だからこそぼくは無意識のうちに、「疑う」という選択肢を捨てた。これも彼女のねらいだったらすえ恐ろしい。
「悪女ですね、あなた。ぼくをこんなに壊すなんて」
「やだにゃあ壊してないよ。君は壊れてない。ただ少しヒトと違くて、生きづらいだけ。それは私も、
「………」
黙ったままの片桐は、いつの間にか取り出した折り畳み式のナイフを手持ち無沙汰にいじっている。市販で多く流通していそうな、安物のナイフだ。
「あっ、そういえば私たちの関係について話してなかったよね?腹違いの姉弟なのよ、私たち。片桐くんと会ったのは私が中学生ぐらいの頃で、たまたま彼の父親がママの家に金をたかりに来た時に会ったの」
曰く、片桐は赤ん坊の頃母親に捨てられ、父親の元に置いていかれたらしい。
当然父親が赤ん坊を育てることはなかった。生き延びられたのは、男と関係のある女たちが不憫に思い世話してくれたからだ。
だが世話をする女がいなくなり、泣くばかりの子どもが邪魔になった。ゆえに男は金をせびりにいくついでに、昔の女の元に置いていこうとしたのだという。
潔いまでの父親のクズさだ。
「ママは私一人で手いっぱいだったから、突っぱねちゃったけど。でも私は可哀想だと思ったから、偶にこっそりご飯をあげに行ってたのよ。ね、安十郎くん」
「………」
「やだ、反抗期?ふふ、それもまたいいけれど」
腹違いではあれど、この姉弟には確かな絆があるのだろうか。さながら暗がりの寂れた家に巣食うクモの糸のように、何重にも絡まりあって。
「ちなみに私をレイプしたのが、彼の父親ね」
一瞬、自分の顔が強張ったのを感じた。男に襲われたという事実を知った時も、かわいそうだと思っただけだが、今は無性な気持ち悪さを覚える。母への嫌悪感から来る吐き気と似ている。
“彼の父親”と表現しているが、ようは
文化的にあった時代はまだしも、現在では近親はご法度だ。
倫理はもちろん、同系統の交配は遺伝子疾患が起こりやすい。
インセスト・タブーを犯すべきではない。倫理のかけた殺人欲求が熱盛なぼくでもわかる。
“私の父親”と言わないあたり、彼女の中で自己防衛が働いているのか。無意識に第三者のように扱って、精神的負担を減らしているのだろう。
それでも、男にレイプされたという事実はなくならない。
「──ふふ、吉良くんの驚いた顔見れちゃった。言ってよかった」
「……気でも狂っているんですか?」
「
保健医は鈴美のスカートの下に手を潜らせ、太ももや膝、ふくらはぎに触れる。
こちらの表情を楽しそうに窺いながら、ついで剥き出しの肩に触れた。
透き通る手に向かったところで、ギシッと、歯軋りが鳴る。
「刺身を目の前でちらつかされて、我慢できない猫みたい」
「……ちょっと先生のこと抱きしめたくなったので、縄を外してもらってもいいですか?」
「だぁめ」
意地悪く笑い、鈴美の手を保健医は握った。
ぼくの
あぁ、ダメだ、本当に。
爪が伸びる感覚と喉の渇き、気持ち悪さと興奮が混ざって目頭が熱くなる。荒い息を吐いた直後、男の声が聞こえた。
「………正気かこの野郎」
「安十郎くんも人のこと言えないじゃない、私も言えないけど」
女の手に触れたい、頬擦りしたい、舐めたい、殺したい、殺したい、殺したい────!
「吉良くん、大丈夫?」
幼児にでも話しかけるように、鈴美の手に触れていた白い手がぼくの頰に触れる。
絶対今のぼくは人には見せられない顔になっている。しかし保健医は随分嬉しそうに見る。
「先生の手、ください」
「いいよ、その代わり君も私にちょうだいね」
欲望のまま言ってしまった言葉に、保健医は肯定を示す。
代わりに彼女が求めたのは肉欲ではなく、ぼくの平穏。ろくに頭が回らなくなってきた中、耳元で囁かれる。まるで、悪魔の誘いだ。
「君は私を殺す、もっと堕ちて、もっと欲望のままに生きて」
ゆっくりと脳に言葉が染み込んでいく。やはりこの女はぼくに殺してほしいのか。
手をくれるならいいかもしれない。しかし生身から切り離された手はいずれ、ただの腐った肉の塊になる。ゴミと大差ない。
なら多少ジャマな本体を我慢してでも、触れていた方がよっぽどいい。ぼくの欲求も手さえ身近にあれば薄れる。
「合理的じゃあない」
「そう?せっかくいい案だと思ったのに」
保健医は男の側に戻っていく。ちょうどその時、呻き声がした。
「……あ、れ、ここ……は?」
起きたのは鈴美だ。眠たげな目で周囲を見回し、保健医や見知らぬ男である片桐を見て驚き、ついでぼくを見る。
何か言いかけたみたいだが自分縛られていることに気づいて、ようやく事態を察したみたいだった。
「な、何が……何で私と吉影くんが縛られてるの、先生?それにその、男の人は……」
「遅いお目覚めだね杉本さん、もう君の誕生日になっちゃったよ」
「えっ……?」
状況がわからないのは仕方ない。ぼくとしても、なぜこのタイミングで向こうが事を起こしたのかわからない。
方や死ぬ気で、方や犯罪者なので、罪をなすことに抵抗はないのだろう。
考えるならタイミングか?ぼくに殺して欲しいのだったら、鈴美は必要ない。
片桐も普通姉が死ぬのに協力するのか?所詮強姦と強盗をなした男の頭の中など、わからないが。
今日…いや昨日は、四人で出かけた帰りだ。
鈴美もいることを踏まえると、目的は彼女の誕生日である今日か。しかし保健医が動く理由が今日である必要性を、イマイチ見出せない。
鈴美は16になり結婚できる歳になったが、それだけでは────、
────あぁ、そうか。
「その顔は、全部まるっとお見通しだ!──って顔だね。そう、先に手をつけちゃえばいいと思って。それも一番幸せなタイミングの時に」
「イイ気になってる奴の絶望した顔を見るのは、最高に気持ちいいからなァ」
学校の情報屋である保健医なら、知られていておかしくはなかった。…いや、流石に地獄耳すぎるだろ。
鈴美はまだ話の意味を理解できていないようだ。悪いがぼくの一言で眠気を吹っ飛ばさせてもらう。
「男に犯される屈辱を知っているくせに、同じことをするんですか?」
「前に言ったでしょ、嫉妬した女は怖いって。そうだな、例えばだけど────」
────中国の三大悪女の一人である皇后
そこには戚夫人が劉邦に彼女の息子を皇太子にするよう頼んだことが、恨まれる理由となっている。
劉邦は戚夫人の息子を皇太子に──と考え始めたが、結局周囲の反対意見もあり、皇太子は呂雉の息子となった。
「呂雉の息子はね、母親のひどい行いにショックを受けて、酒に溺れ早世してしまうの。呂雉は子どもの葬儀の時嘆きはすれど、泣きはしなかった。多分自分の地位を心配してたんじゃないかしら?まさか国を指導する者がいなくなり、民を憂えていたわけがない」
しかしそんな悪女でも呂雉が戚夫人を恨んだ理由に、皇帝の寵愛を受けていたことへの嫉妬があったはずだと、彼女は言った。
鈴美の笑顔がかわいらしいものならば、保健医は本当に綺麗に笑う。
「そう考えたら私って、すごく優しいでしょ。ね、杉本さん」
「……い、いや」
鈴美は自分が何をされるのかわかったのか、首を振って小さく震え出した。
絶望の色が瞳の中に浮かぶ。その色を愛おしそうに保健医は見つめた。片桐はソファーに座って鈴美を見て、舌なめずりをしている。
ぼくはぼくで、うっかり人を殺してしまいそうなくらいには昂っている。
本当に、マイノリティーな奴しかここにはいないな。
「足だけ縄を切っちゃうから、暴れないでね」
「いや、いやっ…やめて、……おねがい、せんせぇ…」
「暴れると、うっかり刺さっちゃうかもしれないわよ?」
「やだ……やだっ…!!」
保健医ならまだしも、鈴美がレイプされたら壊れるだろう。…いや、保健医も死を望むほどには相応に壊れている。
座った状態で見ていたら恐怖に引きつった目と合う。
普段つけているカチューシャは落ち、長い前髪が顔にかかっていた。
「吉良くんも動けないから無理だよ、諦めなって」
「やめ、やめて…おねがいします……おねがい……」
「ふふ、初めて犯された時って痛いのよ。私の時は気持ち悪くて気持ち悪くて、仕方がなかった。視界に映る男の顔も、息遣いも、匂いも、何もかもイヤだった。微塵でも「気持ちいい」と思った自分も気持ち悪かった。全てが────気持ち悪かった」
まぁその男ももういないんだけどねと、保健医は笑う。
その横に移動した男が、前でボタンを留めるタイプのピンクのトップスをはいだ。白い下着が露わになる。
最早悲鳴さえ聞こえない。ただ掠れた声が耳に届いた。
「たすけ、……て」
瞬間、
「なっ…!?」
片桐に勢いのままタックルし、驚いて固まっている保健医の手から縛られた手で器用にナイフを奪う。
口に咥えて縄を切った直後、男の拳が振りかぶった。頰をかすったがしゃがんで避け、そのまま足で顎に蹴りを食らわせた。白目を剥き男は倒れる。
「どう…やって…」
鈴美の縄を切ってからシャツで唾液や指紋を念入りに拭いて、片桐の手に握らせる。
何かあっても誘拐で片をつけられるようにしたい。なに、ぼくには暴力を受けた跡がある。
縄を解いた理由は、引きずられていた時に落ちていたガラスを拾ったとでも言えばいいだろう。逃げている最中、どこかに無くしたとも付け加えて。
「忘れたんですか?ぼく、爪伸びるの早いんですよ」
「……あっ」
呆然と口を開けて驚く保健医はけっこう、幼く見えた。
「鈴美」
「……よしかげ、く…」
震える身体を抱きしめてやり、立ち上がらせた。足取りはしっかりしているから大丈夫だ。むしろぼくの方がふらついてしまった。今になって腹を殴られたのが身体に出てきているのだろう。
ついでに落ちていた彼女の服も拾って、肩にかけさせる。
「……あの」
「今は喋らなくていいよ。おぶろうかい?」
「………」
小さく鈴美は首を振った。地べたに座り込んで下を向いてしまった保健医を背に、華奢な身体を支える形で歩き出す。
場所は途中車で見えた景色から、ある程度の位置は把握している。
杜王町は海と山がある高低差が大きい場所だ。なら下っていけばいい。
人がいるところまで今の状態だとだいぶ時間がかかりそうだが、片桐が復活する前にはお縄にかけられるはずだ。縄はボロボロになって、拘束は難しい。
そも逃げ出してきた設定なら、誘拐した相手を拘束できる余裕があるわけがない。
ギャンブルは好かないが、今は目覚めないことに賭けよう。運動音痴だが破壊力には自負がある。
「…吉良くん」
扉を出る際、保健医の掠れた声が聞こえた。
「あなたの手、好きでしたよ」
ぼくは彼女との関係に、