転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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二章
18話 ねこはいるよのび太くん


 大学生になり二ヶ月近い夏休み期間中に吉良は車の免許を取った。

 そして読書系のサークルに入った彼は一部の横暴な先輩のパワハラを受け、肝試しに強制参加させられていた。

 

 幸い誘拐の件や、小学校時代の不名誉な異名を知る者はいない。

 平穏に過ごせてはいる。ただ作ったネクラ(、、、)なイメージに拍車がかかり、なめられやすくなっていた。

 

 四人乗りの車に何人もの一年生が押し込まれる地獄絵図。冷房をつけたところで蒸し暑さは余計に増すばかり。

 後部座席の窓側で潰されていた吉良の脳内では、終始物騒な言葉が飛び交っていた。

 

 

 県境にある寂れた廃墟に着いたのは、日もすっかり沈んだ夜。

 

 ここではかつて一家心中が起きたという噂がある。

 先輩からのパワハラと道中の蒸し風呂地獄で、一年生はすでに疲れ切っていた。

 

 吉良は周囲に合わせ怖がりつつ、内心「アホか」とため息をつく。幽霊などいるわけがない。

 

 家に見知らぬ少女がいて二度見した時にはいなかったり、学校で読書中に誰もいないはずの後ろから女性に声をかけられたこともあるが、所詮科学で根拠づけられる。いや、根拠などなくとも信じない。

 

 

「うわぁぁぁ!!」

 

「ヒィィィ!!」

 

 

 廃墟探索中、突然誰もいないはずの部屋から物音がしたり、ライトを照らした先に一瞬黒い人影が見える都度、メンバーの恐怖が高まっていく。

 

 吉良は一団の後方で右足にしがみつく血まみれの少女を引きずりながら歩いた。

 霊感があるらしい気弱そうな先輩の男が、そんな彼を見て蒼白する。

 

「お、お前、み、みみ、右足平気か……?」

 

「右足ですか?スキップできるくらいには軽快に歩けますよ」

 

 ほら、と吉良が右足を上げて見せると、呻き声を上げる少女が釣れる。その瞬間先輩の引きつった悲鳴が漏れた。

 霊感があるこの先輩からすれば、笑みを浮かべて幽霊を引きずっている後輩は二重の意味で恐怖である。

 

「…そ、そうか、ならいいんだ……」

 

 そそくさと、男は前方へ早足で去って行った。

 吉良は掴まれていない足で少女の頭を踏み抜く動作をし、軽くなった右足でまた歩き出す。

 

 

 肝試しが終わると、メンバーは近くにある安めの旅館に泊まった。この肝試しはサークル合宿行事の一つとして組み込まれている。

 あとは各自好きな文豪について調べるなり、遊ぶなり自由だ。かくいう吉良は帰る気満々だった。

 

 最近両親はそれなりの歳ということもあり、夫婦で国内外問わず旅行に行くことが多い。どうやら父が母を説得して何かと出かけているのだ。

 

 もっぱら吉良が大学生になってからその頻度が増えている。

 一人になれる時間は、彼にとって間違いなく幸福のひとときだ。

 

 

 そして翌日。現地解散の後、吉良はタクシーに乗り我が家に帰った。

 

 残念なことにすでに両親は帰宅していた。

 茶の間のテーブルにあった土産の古い品が勝手に動き吉良の腕をかすめたが、特に気にせず解かれていた布で丁寧に巻いて、有田焼の壺の中に入れた。

 

 父の趣味にとやかく言う気はないが、歳をとってからあまりにも骨董品を買ってくることが多い。専用の部屋までできている。

 

 それから腕の傷に絆創膏を貼り長袖のシャツを着て、ラジオをつけ自室で一日中読書に耽った。

 時折茶を淹れにくる母を流しつつ、時刻は夜の九時過ぎ。

 

 そろそろ入浴しようと吉良は本を閉じテーブルの上に置いて、少し猫背になっていた身体をほぐすように腕を伸ばした。パキッ、という音が鳴る。そして席を立って視線を横に移した。

 

「うわっ!」

 

 らしくもなく彼は大声を上げた。

 

「何だ……猫………?」

 

 振り返ったら、天井から髪の長い女が目前に垂れ下がっていたことはある。その時はそのまますり抜けて無視した。

 だが目の前にいるのは猫────否、()()()()()()()

 

 大きさは人間ほどで、耳や目は猫のようだが毛はない。色はピンクで肌は筋肉質かつ人間のような柔らかさを感じるが、機械的でもある。

 

 冷静を取り戻し観察する視線は、ボンテージの如きスカートのところで止まった。

 

「股間に、ドクロ……?」

 

 見れば、肩やグローブを付けた手の甲にも似たマークがある。

 

 趣味が悪い、と吉良は思った。しかし当の本人は親が揃えるといったスーツでブランドの、しかもネクタイにドクロをあしらったものを選んでいる。

 

「な、何なんだお前…」

 

 猫(仮称)はじっと、彼を感情のない目で見ている。

 言い知れぬ悪寒に、無意識のうちに吉良は生唾を飲み込んでいた。額から冷や汗が流れる。

 

 これは、()()()()()()

 勘がそう言っていた。ゆえに正体の知れぬこの猫が、無性に気味が悪い。

 

 猫は声を上げず、行動を起こしもしない。ただ彼を見続けるだけ。

 

「……っ!」

 

 吉良はついに猫の横を通り過ぎて廊下に出た。向かう先は玄関だ。

 ちょうどその時廊下のドタバタという物音に気づき、父の吉廣が起きてきた。

 

「どうしたんじゃ吉影、こんな夜遅くに」

 

「ね、猫が……」

 

「猫?捨て猫でも拾ってきたのかい?」

 

「違う!部屋にバカでかい猫がいたんだ!!うす気味わる…い……」

 

 吉良の目は開けっ放しの自分の部屋で止まった。父親も息子につられて視線を向け、固まる。

 猫が横向きに顔を半分だけ出して、吉良を見ていた。じっと、じぃーっと。

 

「吉影、お前もしや矢を……」

 

 吉廣が言い終わる前に、吉良は扉を開けクラウチングスタートをかまそうとし、盛大に転けて顔から派手にいった。父の悲鳴が聞こえたが無視し、出血した鼻を押さえながら駆ける。

 

 猫は吉良の後を追っていく。というより、()()()()()()()()

 吉廣は呆然とその様子を見ていた。

 

 

 

 

 

 話は少し遡る。つい先日、吉廣は妻と海外に出かけていた。元々仕事がら英語には堪能だったため、問題なく海外でも過ごせた。

 

 吉廣が旅行を繰り返していたのは訳がある。

 

 彼はもう若くない。十年後…否、五年後には自分も妻も死んでいるかもしれない。さすれば息子を守る者はいなくなる。

 ゆえに何か息子が自分を守れるだけの策はないかと、探していたのだ。

 

 妻を連れて行ったのは、息子につかの間の平穏を与えるためだった。

 ずっと妻を止められなかったがための罪滅ぼしである。

 

 そして吉廣は旅先で、ひとりの若い女と出会った。その時はホテルに残ると言った妻を一人残し、出店を回っていた。

 

 薄暗い路地の奥に、占い師を名乗ったその女はいた。吉廣はまるで何かの因果のように、足がその路地へと吸い込まれた。

 女は宝石を散りばめた布で鼻や口元を覆っていたので、顔は目元しか見えなかった。しかし褐色肌に白い長髪を後頭部で一つに括っている様は、とても美しかった。

 

 妖しげな雰囲気をまとう女は、まるで吉廣が来るのをあらかじめ知っていたかのように椅子へ座るよう促した。

 

『何か、お困りのようですね。私のタロットには………ふむ、息子さんのことについて、ですか』

 

『……!いったいなぜわかったんじゃ!?』

 

 女は続けて吉廣が息子の将来を心配していることを見抜き、その解決策を探していることも当てて見せた。

 

『驚いた…占いなんぞ、信じたことはなかったが…』

 

『タロットにはすべての行く末が記されています。個人としてあなたの気持ちもわかりますわ。私にも息子がおりますゆえ』

 

『なんと…!お若いのに、驚いたわい』

 

 占い師は「エンヤ」と名乗った。彼女はタロットを一枚めくる。そこに描かれていたのは四方の隅にある天使や鷲と、その中央にいる裸体の女性。

 

 

 ──────「THE WORLD」

 

 

『世界は正位置ならば「完成」や「永久不滅」を意味します。私が待ち望むいずれ現れるであろうお方こそ、このカードを引き当てる存在。そして…』

 

 占い師は複数のカードを裏向きのまま卓の上に置いた。真ん中にあった一枚のみ、表に返す。

 

 カードは「THE STAR」。上部には真ん中の大きな星の周りに七つの星がある。中央には裸体の女性が左右に一つずつ壺を持ち、大地と川に液体を流している。

 

「世界」の来るべき宿敵なのだとエンヤは語った。

 

『私とあなたが出会いましたのも、また運命。星を打ち砕く一つの鍵となり得るでしょう』

 

 そう言い、エンヤは古びた布に包まれた一つの矢を取り出した。

 曰く、この矢は彼女の家に代々伝わる代物なのだそうだ。これを吉廣に託すと、彼女は言う。

 

『そんな大切な物もらえんわい!』

 

『ならば買い取る、という形にいたしましょう』

 

『じゃが…』

 

『心配なさらずとも、新たな矢はいずれ「THE DEVIL」の手によってもたらされます。これもまたタロットに記された運命です』

 

 不思議な女だった。まるでこれからの世界の行く末を、わかっているかのような口ぶりで語っていく。

 試しに吉廣は伏せたままのカードをめくろうとして止められた。

 

『なりませぬッ!……まだそのカードは私にもわからないのです』

 

『そ、そうか。すまんかった…』

 

『いえ。……それで、ご決断の方はできましたか?』

 

 吉廣は結局、この矢を買うことにした。

 エンヤから矢を手渡された際、綻んでいた布から覗いていた矢の切っ先が肌をかすめた。吉廣は小さなうめいたが、手当ては後でいいかと受け取った。

 

『あぁ………やはり運命でしたわね。では、ごきげんよう』

 

 女の姿は()()()()()()()して消えていった。

 

『……ッハ!』

 

 気づけば吉廣以外そこには誰もいなかった。

 

 しかし矢は不可思議な出来事を現実たらしめるように、確かに手の中にある。

 吉廣が自分に不思議な能力が備わったことに気付くのはその翌日、妻と観光をしながら写真を撮った時になる。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 混乱のまっただ中な吉良は、何度かえづきながらも走り続けた。

 

 肝試しや読書にかまけて薬を飲んでいなかったのが仇となった。

 

 飲みたくない精神が働くのは、高校の事件以降あからさまに薬の飲む量が増えたせいだ。

 

 

 猫はやはり、後ろを向くたびに吉良の数メートル先にいる。

 木の後ろや郵便ポストの上に座って、じっと見ている。

 

 ねこです、ねこですよろしくおねがいします。ねこはいました、ねこですよろしくおねがいします、ねこは────、

 

「………っ!!」

 

 例のネコSCPに感染した人間のようになりつつある。

 猫はやはり、じっと彼を見ている。

 

 

「鈴美ぃ……!鈴美!!」

 

 

 突如杉本宅に現れた夜の訪問者に、リビングにいた鈴美の父親はいざという時のアーノルドを抱えて玄関に向かった。

 だが玄関の前にいたのは錯乱状態の娘の彼氏。吉良の精神的な事情を知っていた父親は家にあげ、鈴美を呼んだ。

 

 反抗期な娘は、父の呼び声にいら立ちを隠さず二階から降りてきた。

 

「もう、何よパパ!……って、え、吉影くん!!?」

 

「ね、猫が…猫が………」

 

「猫…?と、取り敢えず落ち着いて」

 

 鈴美は宥めるように、過呼吸を起こしかけている吉良の背を撫でる。

 ウロウロしていた父親は妻に「あんたは邪魔よ」と尻を蹴られ、リビングに連行された。残されたアーノルドは、二人の周りを「わふわふ!」と元気よく回る。

 

「ひとまず私の部屋に行こう、立てる?」

 

「う、うしろに、ねこが…」

 

「大丈夫だから、ねっ?ほら」

 

 鈴美が腕を引っ張ると、吉良はおぼつかない足取りだが付いてくる。

 

 彼女には吉良の言う猫が見えない。さてはまた薬を嫌がって飲んでいないのだろう。時折様子のおかしい時は大抵飲んでいない。

 

 部屋に連れて行くと鈴美は吉良をベッドに座らせ、キッチンへ水を取りに行く。

 薬の入ったケースをいつもシャツの左ポケットか下の左ポケットに入れているのは知っていたので、戻ってからコップを渡し飲むよう促した。

 

 それから一時間経ち、落ち着いた吉良が言った。

 

 

「君の後ろにピンクの猫がいるんだが……?」

 

 

 鈴美は本格的にこれはアカンやつだと、明日医者に行くよう言った。




・補足的なもの
片桐の初犯当時は、父親の女関係が多すぎて姉;お存在について判明しなかったものの、後々片桐が連絡を取っているところから姉がいたと発覚した。

なお片桐は父親が亡くなって以降、児童養護施設へと送られた。良平は事件に関わったものの捜査は本署刑事が担当したので、片桐の詳しい過去までは聞かされていない。(姉がいたことや、父親が死に養護施設へ送られたことなど)
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