転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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20話 生成り

 吉良が大学三年の冬ごろ、父の吉廣に癌があることがわかった。

 ステージはかなり進行しており、治療しても治らない可能性が高いとされた。もって半年とのこと。

 

 母は父の面倒を見なければならなくなったため、家にいることが減った。

 

 吉良も吉良でアルバイトを増やし、鈴美や彼の家庭事情を知る近所の人間から心配されることが増えた。

 朝ゴミ出しをしていると、近所のおばさんが声をかける。女は吉廣の心配をし、彼の心配もした。

 

「あんまり無理しちゃダメよ?もし吉影くんまで倒れたら、お母様が参ってしまうでしょうから」

 

「わかってます。でも自分の学費くらいは自分で賄いたいんです。家族に負担をかけたくはないので…」

 

 陰った笑みに女はかわいそうだ、と思った。

 きっと父の()()()を考えて、母親に手をかけないよう働いているのだ。

 

 “できた息子”という印象は、吉良が子どもの頃から近所で浸透している。挨拶をすれば笑顔で返す。まるで模範解答を体現する子どもだった。

 

 母親の息子自慢は聞いていて呆れもするが、()()()()()()に起こった不幸に、女は心を痛めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 吉良がまだ幼かった時のこと。あれは小学一年の頃だった。

 

 ある日帰ってきた少年の腕の中に一匹の子猫がいた。

 

 捨て猫らしく、その猫に引っかかれたのだろう、半袖から覗いた細い腕にはいくつもの生傷があった。

 

 そんな息子に血相を変えた妻の悲鳴に気付き、仕事が休みだった吉廣も慌てて玄関に向かった。

 

『吉影や、怪我は大丈夫かい?』

 

『…うん』

 

 吉良は母に視線を向け、少し緊張した様子で話した。

 曰く、うちで飼ってもいいか?という内容だった。

 

 なんと我が息子は優しいのだろうかと、吉廣は感動した。

 

 一方で母は困ってしまった。彼女は動物が大の苦手だった。それも汚らしい、という理由で。

 

 結局子猫は里親に出そう、という形で収まった。それまでは庭の倉庫に入れ、母親が世話をすることになった。

 

 吉良は自分で面倒を見ようとしたが、母が頑なに断ったのだ。

 

 もし猫に何かのビョーキがあって息子に感染ったらたまったものではない。ゆえに倉庫に近づくのもダメだと、念を押された。

 

『………』

 

 汚いものを触るかのような持ち方で首の皮を掴まれた子猫を、幼い目はじっと見ていた。

 

 

 

 その、一週間後のこと。

 

 

 吉廣は子猫のことはすべて妻に任せ、趣味である盆栽の手入れをしていた。

 日当たりのいい場所へ盆栽を運んでいたところ、ふと裏庭に立っている息子を見つけた。

 

 裏庭には妻の趣味の小さな花壇がある。

 そこから少し離れた場所に、土の色が少し変わっている盛り上がった場所があった。

 

『………』

 

 少年の小さな手には一輪のたんぽぽが握られていた。

 一部がすでに綿毛に変わった花をそっと、盛り上がった土の上に乗せる。

 

 そこで吉廣は花の意味を悟った。

 

 子猫の墓だ。

 

 

 おそらく初めから妻は世話をする気などなかったのだろう。里親も探していなかったに違いない。

 放っておき倉庫で死んでいたのを、夫である吉廣や息子に言わず埋めたのだ。

 

 妻はかつては美しく、優しい女だった。

 

 しかし長年子どもができず、執拗な姑いびりを受け続けて歪んでしまった。

 吉廣は自分の母親を止めることができなかった負い目から、妻に強く出れずにいる。

 

 そして今は歪んでしまった妻の愛情が一心に息子に向いている現状を、止められずにいる。

 

『吉影…大丈夫かい?』

 

 簡素な墓の前で口を押さえ座っている息子の背を、吉廣は優しく撫でる。

 

 なんと優しく、()()()()()()息子なのだろう。

 

 

『フフ、フフフ…』

 

 

 吉良はしかし、悲しむどころか涙ひとつ流してはいなかった。

 笑いを抑えきれない、といった風に口を押さえている。そして一頻り笑うとようやく父に気づき、顔を上げた。

 

『あれ、父さんか。どうかしたの?』

 

 吉廣はその時はじめて、息子の異常性を理解してしまった。

 妻のように歪んでしまう前に、どうにかしなければと考えていたが、もう遅かった。

 

 いや、もっと()()()育ってしまった。

 

 

『…何でもないよ、吉影』

 

 

 その時震える声を上手く隠せたか、吉廣にはわからなかった。

 だが同時に()()()()()()()()()()()()()()と、強く決意したのである。

 

 

 

 そんなかつての夢を見ていた翌日容体が急変し、吉廣は亡くなった。

 

 吉良が大学四年になった春頃のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 父親の葬儀も終わり、吉良は母親とともに遺品整理をしていた。

 父の死に少しは思うところがあるのか、遺品をひとつ手に取る度に、じっと見つめる。

 

「ぼくにも親の死を悲しむ心はあったみたいだな…」

 

 そう言い、父の秘蔵アダルトビデオやら雑誌を母に隠れ爆破していく。

 

 悲しんでいた面影はどこへやら、軽蔑の色さえ滲ませている。知らなくてもいい父親の若いナースものや、セーラー服ものの性癖を知って吐き気さえした。

 

【あぁ…わ、わしの……わしの秘蔵っ()たちがぁ……!!】

 

 悲鳴に近い声は、壁の写真から聞こえる。

 

 イエスの磔よろしくその四方を画鋲留めにされた写真の中で、一人の老人が涙やら鼻水を垂れ流し、悲しみにくれていた。

 何を隠そう、死んだはずの吉廣本人である。

 彼は幽霊となってまで息子のため現世に留まったのだ。そんな父親に、いら立ちマックスの息子は冷たく当たる。

 

「こういうのを息子に処理させる父親の気が知れないね」

 

【吉影や、わしはここにおるぞい…!!】

 

「ぼくは幽霊なんて信じちゃいない。幻覚を見るくらい疲れちまってるみたいだ。誰 か さ ん のせいで」

 

【よ、よしかげぇ……】

 

 息子にガン無視され、父は限界です。

 

 あらかた片付け終え、吉良は磔刑にしていた写真の画鋲を外し手に取った。

 一瞬の舌打ちに、父は「反抗期じゃあ!」と喜びながらガチ泣きする。

 

「それで、何で成仏してないんだ、オヤジ」

 

【息子が不憫と思ってのぉ…】

 

「どうせ不思議な力……みたいなもので死んだ直後写真の中に入るなりしたんだろ。あとは母さんかぼくの荷物に紛れ込んで病院から家に来た」

 

【おぉ、正解じゃ!流石わしの息子じゃ!!】

 

「はぁ……面倒だから当分しまっておくか」

 

【えっ】

 

 死んでいれば父親だろうが関係ない。ましてや相手は吉良の信じない幽霊である。

 積み重なる息子の冷遇に、缶箱にガムテープを巻かれた上で閉じ込められ、机の中に押し込まれた吉廣は泣いた。

 

 まぁ翌日には解放されたが、母にバレると面倒なので部屋から出ないように言われ、それを忠実に守った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 吉廣が死んで一ヶ月。妻が夫の死に塞ぎ込む────ということはなかった。

 

 むしろ看病をする必要がなくなり、息子へ一心に愛情を注ぐことができる。邪魔者さえいなくなったという心境だ。

 

 もちろん母親のスキンシップは増える。

 

 余談だが吉良の部屋には先日爆破しまくったアダルトの類が一切ない。生まれてこの方見せられた以外で、自分で買ったこともない。

 彼の性の象徴たるモナリザのコピーは一時期飾っていたが、今は画集の一部として本棚にしまってある。紛れこますように他の画集を置いている心理は、エロ本を隠す青少年と同じだろう。

 

 一見して()()()()()()()だとは、誰もが思うに違いない。

 そもそも遊びに来た人間こそ少ない。鈴美でさえ一度も彼の部屋に来たことがないのだから。

 

 穢れのない部屋。言い換えれば、()()()()()()()()()()()

 

 

 おそらく人生の中で一番、吉良の()()は高まっていた。

 

 

 

 その日も吉良は七時ちょうどに起きた。

 

 いつも隣で寝ている母はいない。吉廣がいた頃は三途の川になっていたが、亡くなってからは二人だ。部屋は広く感じられるようになったが、布団の距離はより近付いている。

 

 自室で服を着替え、洗面台に立ち洗顔や髭剃り、歯磨きを済まして髪を整える。

 

 次に縁側で爪を切って記録をしてから、母の淹れたコーヒーを飲みつつ新聞を読んだ。聞き流すのはラジオ「杜王町RADIO」。

 

 そして新聞を読み終えると、母と二人で朝食をとった。

「美味しい?」だの、「ここにこだわったのよ」だのと楽しげに言う母に、吉良は笑顔で返す。

 

 おかずを乗せて口に運んだ白米の味は、いつものように味がない。

 

 

 大学四年にもなれば、取る単位は一年と比べれば圧倒的に少ない。ほとんどは就活に動き、すでに内定をもらっている者もいる。吉良もまた父の葬儀から間もなくカメユーの内定が決まった。

 

「じゃあ行ってくるね、母さん」

 

 子どもの頃から玄関で見送られてきた。頰へされるキスも変わらない。変化があったとすれば、母のためにしゃがまなければいけなくなったことか。その変化が起こった時期に、母の息子を見る目の色も変わった。

 

 胃がよじれたような感覚になる。吐き気は慣れっこで、顔に出さず笑顔をつとめた。

 そして扉を開けようとしたところで、背中に軽く衝撃が起こる。

 

 いつもとは違う状況。

 

 

「吉影ちゃん…パパがいなくなって、ママ、ひとりじゃ寂しいわ…」

 

 吉良は胃から競り上がりそうになったものを口を押さえて耐えた。

 頭の脈打つ感覚が敏感に感じられ、瞳が熱くなる。それでも前を向いたまま普段の声で話す。

 

「大丈夫だよ母さん。今は辛いけど、きっと乗り越えられるから」

 

「でもママ、吉影ちゃんまでいなくなったら悲しいわ」

 

「…社会人になっても家から通うつもりだから、大丈夫だよ。母さんを一人にはしないから」

 

「吉影ちゃん…あぁ、やっぱりあなたは優しい子ね。わたしの…わたしの大事な吉影ちゃん……」

 

 震えそうになった声を堪え、「もういいかな?」と吉良は呟く。

 

 背中の感触は離れた。

 それに安堵し、彼は玄関の扉を開けて────、

 

 

()()()()()、吉影ちゃん」

 

 

 手が、止まった。

 

 動かなくなった息子に、不思議そうに母は声をかける。

 吉良はゆっくりと後ろを向いた。そう言えば、いつもの挨拶を言っていなかったと、思い出して。

 

 

「いってきます、かあさん」

 

 

 抑揚のない平坦な声は、薄い唇から発せられた。

 顔は恐ろしいほど真顔で、瞳は何の色も宿していない。

 

 そこに母親の求める息子からの「愛」はなかった。

 

 

 扉が閉まった直後、母は崩れ落ちた。

 

 そしてその一ヶ月後、急速に老け込んだ彼女はまるで夫の跡を追うように亡くなった。

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