転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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22話 後ろの正面だぁれ

 玄関で倒れていた息子を発見した父は少し迷った後、鈴美に無言電話をした。

 

 それを不審に思った彼女がぼくを見つけ、急いで救急車を呼んだ。

 

 ただの風邪だったが、とりあえず一日だけ入院することになった。

 朝担当医が様子を見に来たので適当に挨拶を交わす。

 

「おはよう吉良くん、家で倒れていたそうだね。思ったより元気そうでよかったよ」

 

「ハハッ…若いからって無理はよくないですね。今回の件で学びました」

 

「そうかい。まぁ、少しでもお粥を食べて栄養をつけなさい。君が以前入院している時よりは甘めになったんだよ。これが結構患者に評判がいいのさ」

 

「へぇー、そうなんですか」

 

 食欲はまったくない。

 ただ、食べないで点滴を繋がれることになるんだったら、多少無理してでも食べた方がいい。

 

「あっ、本当だ。けっこう甘いですね」

 

「うんうん、そうだろう」

 

 担当医は腕を組んで大仰にうなずく。

 早く去ってくれないだろうか。内心祈っていると、それじゃあそろそろ、と手を上げる。

 

 

「あと君、もうしばらく入院ね」

 

 

 本当はもう少し味をつけろってクレームが多いんだ──と悪びれなく言った男に、唖然とした。

 騙されてたのだと理解が追いついた時にようやく、怒りとともに微妙な気持ちを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 退院できたのは結局二週間後だった。

 

 単位については問題なかった。少し増えた薬もまぁ、甘んじて受け入れよう。飲み忘れがないとは言いきれないが。

 

 しかし問題は他にある。

 担当医はこちらの精神状態を把握した上で、ストレス改善策として他者と生活をともにした方がよい、とのたまった。

 

 ぼくの現在の症状は適応障害らしい。両親の死に身体がついていけてないのだろう、と。実際は「普通」になった生活に身体が拒絶反応を起こしているだけだが、そこまで医者が知る由もない。

 

「一緒にって、例えば誰と?…あぁ、じゃあ猫か犬を飼いますよ」

 

「ペットでもいいが君の場合は人間だね」

 

「ボッチのぼくにそれを言うなんて、なかなか先生もひどいですね」

 

「君彼女さんいたよね?その子に頼みなよ」

 

「ぼく猫派なんで、猫飼いますね」

 

「会話が噛み合っているようで、噛み合っていないねぇ」

 

 というかすでに鈴美に連絡が回っていたようで、逃げ道はなかった。

 それから毎日とはいかないが、時折彼女が家に来るようになった。一人でも精神的に参るが、誰かがいても落ち着かない。

 

 

 

「吉影くんは自分や他人が思っている以上に、繊細なんだよ」

 

 朝、二人分のココアを淹れた鈴美が言った。

 

 健康的な色をした左手を捕まえ、頰を擦り寄せる。

 手から伝わる柔らかい肌の感触が、体温が、かすかに香る甘い匂いが、気分を落ち着かせる。

 

「少し落ち着いた?」

 

「…まだ」

 

「ふふ……あんまりにぎにぎされると、くすぐったいよ」

 

「鈴美」

 

「何?」

 

 口元に人差し指を当てた。すると彼女は少し目を開き、眉を下げて微笑する。その時いつも彼女の瞳の中には夕焼けの海に映る雲のような感情が、ゆるりと浮かぶ。愛おしげに、切なげに。空気の中に溶けていく。

 

 保健医だったら、ずるい男の子、とでも言いそうだ。

 

 鈴美は何も言わない。こちらの心に寄り添おうとして、その冷たさにケガをする。

 でも、ぼくから逃げなかったのは君だ。

 

 

 十分近く経って、彼女の手から離れた。

 乗っていた重みで痺れたのか、鈴美は左手をブラブラと動かす。

 

「悪かったね。朝食を作るからテレビでも見て待っててくれ」

 

「はーい、吉影くんの料理美味しいから楽しみ!…本当は、私が作りたいけど」

 

「万が一手をケガされたら困るからダメだ」

 

「はいはい、わかりましたー。私は彼氏に全部任せるダメな彼女になってますぅー」

 

「あ、ちょっと待て」

 

 エプロンを付けつつ、棚の上に置いていた小さめの箱を手に取る。

 片手に乗るサイズのそれに、鈴美はあからさまにテンションを上げた。

 

「なになに、高級チョコ!?吉影くんってば急にどうしたの。えへへ、やだなぁもう、私太っちゃうじゃん」

 

「肩を叩くな、脇腹を殴るな。君は本当に甘いものが好きだな…」

 

「糖分は誰にだって大切なの!それじゃあ遠慮なく私の胃の中に収めさせていただきますぜ…」

 

 彼女は悪代官から賄賂を受け取る商人の顔で、白いリボンをほどきベージュの包装を解いた。

 

「………」

 

 彼女の浮かべていた笑みが消えた。商人はどうやら悪代官もろとも成敗されたらしい。

 

 仕方ないので鈴美の手から取って箱を開ける。

 リングの中央に存在を主張する紅い宝石の色が、光を反射して美しく煌めく。それを彼女の左手を取り薬指にはめると、寸分狂いなくピッタリと収まった。

 

「うん、やっぱり君の手には紅が映える。血色の良さと肌の白さに馴染むね。ルビーはダイヤと違って蠱惑的な印象を受けるが、むしろ純潔が似合いそうだ」

 

 飾りつけた美しい手に緩む頰を隠せずにいると、不意に滴が落ちた。

 視線を上げれば鈴美が泣いている。

 

「どっ、どうしたんだい、鈴美?」

 

「……なんでも…ない、よ。すごく高そうだからびっくりしちゃっただけ。いくらぐらいしたの?」

 

「野暮なことは聞くなよ。ただまぁ、社会人の給料三ヶ月分というのには習ったかな。指輪を買う時の定型らしい」

 

「まさか最近バイトを増やしてたのって…」

 

「もう一回言うけど、野暮なことは聞くんじゃあないよ」

 

 流石に親の遺産で自分の物を買う気はない。土地代など必要経費は使うが。

 

「うぅ…う〜…」

 

 鈴美はへたり込むと、ぼくに左手を預けたまま泣き出す。

 もしかしてダイヤの方がよかった口か?

 

「…これって、ただのプレゼントってことよね」

 

「うん?似合うと思ったんだけど、気に入らなかったかな?」

 

「ちょー嬉しいわよ。人生で一番ぶっ飛んでるくらいには、嬉しいわよ………バカ」

 

 嬉しいは嬉しいらしい。最後にバカ呼ばわりされたが。

 

 

「…プロボーズかと、思った」

 

 

「あ」と、間抜けな声を漏らしたのはぼく。

 確かに状況的にそう見えるか。いや、そういうふうにしか見えないか。

 

「でも大切にするわ。…ありがとう、吉影くん」

 

「喜んでもらえたのならよかったよ。もしよければぼくといる時に付けてくれたらありがたいな」

 

「…うん、わかった」

 

 彼女の紅い色が映えた美しい手にキスをする。

 一瞬瞳を閉じた時、脳裏に手首から下だけの()()の姿が浮かび、背筋にゾクリとしたものが走った。爪が伸びたことには気づかれた。それでも顔には出さないように努めて笑顔を浮かべる。歯がかすかに軋んだ。

 

 再度ぼくが見上げた時、鈴美は涙をこぼし笑っていた。自然と脳裏に浮かんだのは保健医の笑顔で、二つが重なって見えた。

 

「吉影くん、大好き」

 

 その言葉に、わたしもだよ、と返す。

 

 

「知ってる」

 

 

 涙に濡れた彼女の顔は、とても美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 どんよりとした天気が続いている。

 電車に揺られながら移ろいでゆく景色を眺め、杉本鈴美は先日のことを思い出していた。

 

 吉良からもらった指輪。美しく煌めく紅色に、吸い寄せられるような感覚を抱いた。

 

 無くしてしまったらと思うと怖いので、普段は吉良と会う時以外は自分の部屋にしまっている。しかし今日は少し寂しさを感じ、それを紛らわすように薬指につけていた。もちろん大学内では目立つので外す。

 

「………」

 

 鈴美はずっと吉良を愛している。

 

 そして吉良もまた彼女を愛している。彼女の手を、愛している。

 

 

 薄い唇に口づけられるたび、いつも鈴美の心臓は跳ねる。喜びの裏にはしかし、隠しきれない仄暗い感情がある。

 手ではなく、自分を愛して欲しいという感情。

 

「…私も大概、傲慢だなぁ」

 

 彼女が高校を卒業して間もなく、二人でホテルに泊まったことがあった。保健医の件もあったためてっきり吉良がエスコートしてくれるのかと思ったが、なぜか妙に緊張しており、それがおかしく笑ったのを覚えている。

 

 だが事は最後まで運ばなかった。

 

 ベッドに押し倒され、繊細さを宿す手が服の下へ伸びた時、鈴美は吉良の胸元を強く押し返してしまった。

 

 過ったのは誘拐された時に触れられた、男の手の感覚。恐怖が身体中を支配し、その後しばらく震えが止まらなかった。

 

『…ごめん、鈴美』

 

 吉良はただ謝り、鈴美の背を優しく撫で続けていた。

 

 

 

 彼女はまだ純潔である。肉欲を知らぬ清白さが、かえって彼女の手に対する吉良の価値を高めていることを鈴美は知らない。

 

 例えるなら吉良が抱く感情は、穢れなき聖マリアに信仰を捧げる徒に似ている。

 

 

「ヤケドしたって、知らないんだから」

 

 

 あと一歩でも踏み外したら、吉良は絶対に人を殺す。彼の本性を間近で見るようになったからこそ、確証をもって言える。だからこそ余計に離れるわけにはいかない。彼女は謂わば命綱で、吉良が人道を保てるギリギリのラインを引き止めている。

 

「まぁ今は、心の方が問題か…」

 

 最初は吉良も居心地が悪そうだったが、最近は少しずつ慣れてきた様子である。

 

 精神的にも以前より落ち着きを取り戻した。

 

 

「………」

 

 鈴美は吉良に()()()()()言い出せずにいた。

 

 最近感じるようになった視線。通学中の電車内や街を歩いている時など、ふとした時に誰かの視線を感じる。

 親や友人にも相談できず、過ぎる不安で眠れない日が多くなっている。

 

 そんな睡眠不足と揺れる電車内は眠気を誘い、鈴美はいつの間にか寝入っていた。

 

「あの、終点ですよ」

 

「……んん?」

 

 彼女は男に肩を揺すられて目を覚ました。

 しまった!──と思いつつ、鈴美は男に礼を言い、抱えていたバックパックを背負い立ち上がった。

 

「なんか恥ずかしいところを見せちゃいましたね」

 

「いや、まぁ…オレも寝過ごしたんで」

 

 寝過ごした男が同じく寝過ごした女を起こした。

 その事実を理解し、鈴美は慌てて口を押さえる。だがすでに漏れた笑い声を相手に聞かれてしまった。

 無表情な男の眉間が少し動く。

 

「…失礼ですね」

 

「ふふ、いや、ごめんなさい笑って……ふふふ」

 

 男もどうやら彼女と同じ杜王駅に戻るらしく、二人は戻りの電車の中でしばし会話を交わした。

 といっても男はあまり喋らず、彼女が話した言葉に少し返す程度だった。

 

「川尻さんは私より二つ年上なんですね」

 

 川尻という男に鈴美は妙な親近感を抱いた。

 

 なぜかと少し考え、ふと気づく。身長や体格、外ヅラを装っている時の彼の雰囲気のような、吉良とどこか似ているところが多い。

 

 ゆえに見ず知らずの男でも、多少気を緩められたのかもしれない。

 

「あの、少しいいですか?」

 

 気づけば鈴美は、例の「視線」のことについて話していた。

 

 

「…警察に相談するのが一番だと思います」

 

 返ってきたのはもっともな答えだった。

 しかし鈴美は誘拐の後受けた事情聴取以来、警察に苦手意識を持っている。正直頼りたくない。

 

「ただオレもよく同じ時間帯に電車を使ってるんで、もし何かあった時は言ってください。助けになれるかは……その、わかりませんけど」

 

「…!あ、ありがとうございます!

 

 鈴美は川尻の無表情な裏の優しさに触れ、駅に着いたあと別れた。

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