転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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23話 クーデレ?ツンデレ?ヤンデレ?

 例年より早く梅雨が終わり、本格的な夏の暑さがやってきた。

 

 以前熱を出した時に出会った「しのぶ」という女性とは時折話すようになった。

 うわついた連中とは関わらない生活を送っていたというのに、講義が終わった後、突然話しかけられた時は驚いた。

 

 世話になった手前邪険にするのも躊躇われたので、何度かランチを共にしている。

 

 

「……え、吉良くんって彼女いたの?」

 

「いないとは一言も言ってなかったと思うが」

 

「ふーん…いたのに他の女を家にあげたんだ。しかも帰り際、手まで握っちゃって」

 

 味噌汁を飲み、サラダを口に入れた途端トマトの酸味が舌に直撃する。

 昼飯にしては軽食だが今の胃には助かる。パックの牛乳で弱い痺れを流した。

 

「熱のせいでね、君が彼女に見えてしまったんだ。すまなかった」

 

「…っま、別にいいわよ」

 

「そういう君には彼氏、いないのかい?美人でモテそうなのに」

 

「……さてはあなた、女の子に平然とお世辞言うタイプね?」

 

「本音さ。それよりあんまり食べてないみたいだけど、大丈夫かい?ダイエットは身体に悪いと思うよ。十分細いじゃないか」

 

 しのぶくんは少し食べただけで半分以上残している。最近あまり体調が良くないらしい。

 

「アイツはつい先日、フってやったわ」

 

「それはまた何で……いや、人の色恋沙汰に他人が口を出すべきじゃないか。すまない」

 

「さっきから謝ってばっかね。…いいわよ、他にイイ男を見つけてやるんだから」

 

 彼女と付き合っていた男ならそこそこイケメンだったのだろう。

 手の綺麗な女ならぼく的にウェルカムだが、以前の合コンの時のように平手打ちを食らったらたまったものではない。

 

 自分のフェチが鈴美の「幸福」を奪い、縛っている自覚はある。ゆえにこちらも彼女に譲歩すべきだが、一年に数回の頻度で地雷を踏んで叩かれるか、飛び膝蹴りを食らう。女心はよくわからん。

 

 レタスを齧るぼくを見て、しのぶは「菜食主義(ベジタリアン)なの?」と尋ねてきたので、適当に答えた。

 

「……元々ね、別れる気ではいたの。でもこの間駅で女と歩いてたアイツを偶然見つけて、カチンときて」

 

「浮気か、俗だな」

 

「そうでしょ!…それ見て傷ついた自分にも驚いたの。つまらない男だとは思ってたけど、私も少しはアイツのこと好きだったんだって……皮肉にもその時、初めてわかった」

 

「好き、か」

 

 十代の頃は誰かを好きになれば自分が変われると──普通になれると、思っていた。

 

 だが佐藤と関わり己の本質を知るほど、自分は結局変われないのだとわかり始め、ついには諦めた。

 

 そして今がある。普通を装い、自分の本性を騙して生きる今。

 未来のわたしは過去のぼくにとって、果たして「幸福」と言える人生を送っているのだろうか。

 

 

「元カレには腹が立ったのかい?例えば夜に人通りのない道で包丁を向けるほど、憎くなったりするのか?」

 

「…なんだか不思議な質問ね?腹は立ったけど、悲しいって気持ちの方が強かったかしら」

 

「……そうか」

 

 親の抑圧がなくなり欲求を紛らわすため趣味を探したが、続くものは結局なかった。

 

 その中で、サークルの連中に相談するついでに渡された大衆───特に少年向けに書かれた本を読んだ。

 

 平凡な主人公の男に様々な属性を持った学園の美女たちが惚れ、次々に関係を持っていくという内容。現実的に非常識だろと思う反面、「いや、自分も大概だった」と思った。

 

「女の方はアイツより年下っぽかったのよね。可愛いって感じで……私だってそれなりに、努力してるっていうのに」

 

「まだ続けるのかい?」

 

「誰かに話さないと気が済まないの!こんな話、友人にも言いないし」

 

 食べ終わったので、バッグからペットボトルとピルケースを取り出す。

 一つずつ胃に流す間にも愚痴は続く。リスニングの相手はぼく以外じゃダメなのか?

 

「ほんと指輪を付けてたあの子、許さない…」

 

「女って怖…………()()?」

 

「そう、指輪。紅い色が遠くからでも目についたから、よく覚えてる。絶ッ対男に貢がせてるのよ」

 

「………」

 

「吉良くん?」

 

 まさか、いや、指輪を付けている女なんてそれなりにいるだろ。

 しのぶくんの言う「女」が、彼女とは限らない。しかし特徴を聞くほど、カチューシャなどのイメージが鈴美に当てはまっていく。男友だちがいてもおかしくはないじゃないか。例えば大学の友人であるとか。

 

「…君の元カレは、別の大学の人間かい?」

 

「いいえ、ここの学生よ。別の学部だけど──」

 

 

 ────川尻浩作。

 

 それが彼女が付き合っていた男の名前だった。一度聞いたことのあるその名は、以前合コンを共にした男の苗字と同じで、彼女が言った「つまらない男」という印象も奴に当てはまる。

 

「大丈夫?なんか顔が怖いわよ?」

 

「……何でもないよ。ただ知り合いと君の言った女性の印象があまりに似ていたから、驚いてね」

 

「ふーん…そう」

 

 川尻と鈴美が一緒に歩いていた?互いが交際している相手(この場合ぼくとしのぶくんの方)の関係を辿れば行き着きはする。しかし、関わる接点など何もないはずだ。偶然出会ったのか?

 

 鈴美がぼくの前ではなく他の男の前で指輪を付けていた事実に、無性に心が落ち着かない。イラ立ちに似た感情が胸の中で渦巻いている。

 

「…コレ、何なんだ?」

 

「何なんだって…何が?主語が抜けてるわよ」

 

()()()()()()()()()()()と、わたしは聞いてる」

 

 席を立ちテーブルに手をついて前に姿勢を傾けると、正面に座っている彼女は息を飲んだ。

 さっきまで平穏に過ごせていたというのに、爪の伸びと共に黒いものが内側から這い上がってくる。

 

「……もしかして、その、女の子って…」

 

「間違いがなければ、わたしの彼女だろうね」

 

「ウソぉ…」

 

 ふと指に痛みを感じた。無意識に爪を噛んでいたらしい。

 自分の感情にぼく自身がついていけていない。得体の知れないこの渦巻きが、自分の平穏を崩していくように感じられる。

 

「…嫉妬、してるんじゃない?」

 

「嫉妬?このぼくが?誰に?」

 

「多分、アイツ……川尻くんに」

 

「まさか、ぼくが誰かに嫉妬なんてするわけない。そんなことあり得ない」

 

 今まで普通に生きられる奴らが羨ましくて、嫉妬したことはある。だが特定の誰かに強い嫉妬を抱くことなどなかった。何故ぼくが川尻浩作に嫉妬しなければならないんだ。ただ鈴美の隣を歩いていただけで、何故?

 

 

「吉良くんもやっぱり()()()()()()()()()()()

 

 

 しのぶくんの一言に、ぼくの思考が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「また、()()だ…」

 

 夕方杜王駅に着いた時、鈴美はまた視線を感じた。

 誰かに見られているという感覚。その気色悪さに鳥肌が立つ。

 

「あっ」

 

 その時偶然、彼女は川尻と再会した。

 向こうは鈴美の声に気づき俯きがちだった視線を上げる。相変わらず何を考えているのかわからない顔だ。

 

「先日はどうもありがとうございました」

 

「……いえ」

 

 川尻も鈴美と同じく、向かう先は駐輪場。彼女は高校時代から使っている物だが、向こうはクロスバイクらしい。鈴美は吉良が乗っているところをふと想像してみたが、妙にママチャリの方が似合いそうだと感じた。

 

「今日は大丈夫でしたか?」

 

「…えっ?」

 

 突然川尻に話しかけられて驚いた彼女は、前に話した視線の件を言っているのかと思い至り、言葉を濁す。

 

「一応気をつけてくださいね」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 鈴美は川尻に頭を下げ、自転車を漕いだ。ペダルがいつもより重く感じられる。夏の暑さも相まって流れる汗に不快感を覚えた。今日は自宅に帰った後、吉良の家に泊まる予定だ。彼の前で暗い顔はしていられない。気分を変えようと視線を前に向け、大きく自転車を漕いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 時刻は夜の八時を回った。鈴美は家でシャワーを浴び所用を済ませた後、吉良宅へと向かった。

 

「…あれ?」

 

 家の明かりは点いていなかった。違和感を覚え、玄関の戸に手をかける。家主が何か急用で出かけているなら仕方ない。しかし横にスライドするタイプの戸は軽い音を立てて開いた。

 

「吉影くん?…お邪魔しまーす」

 

 鈴美は恐る恐る家の中に入る。武家屋敷なこの家は夜だと恐ろしさが増す。吉良にしか見えない化け猫の例も恐怖に拍車をかける。

 

 廊下の電気を点けると、吉良の靴はいつも通り綺麗に揃えてあった。

 

「吉影くーん?」

 

 キッチンや居間を見たが吉良はいない。一通り電気を点けて回り、残るのは吉良の自室。

 部屋には入らないよう言われていたため鈴美は入ったことがない。

 

「……でも、入るしかないか」

 

 単に寝ていただけだったら、起こしたあと「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない」とでも言ってやる気で。

 襖を開け中に入る。中央のペンダントライトの紐に彼女は手を伸ばし、引っ張った。

 

 視界に入ったのはテーブルと座椅子。授業関連のものだろう、ノートや資料がいくつかテーブルの上に置いてある。

 

「…ん?」

 

 その時背中を()()()()()()()()感触がし、鈴美は後ろを見た。

 

「吉影くん!」

 

 吉良は彼女が入った襖のすぐ左横に膝を抱えて座っていた。顔はうずくまっているので窺い知れない。

 鈴美は吉良の肩を揺する。するとゆっくりと、痩け気味の顔が持ち上がった。

 

「…やぁ」

 

「やぁ、じゃないわよ!…大丈夫?具合が悪いの?」

 

「………」

 

 額に触れ熱を確認する彼女の腕を掴み、吉良は黙ったまま押し倒す。

 

「……吉影、くん?」

 

 細い手首を握る力が少しずつ強くなっていく。

 

 その痛みに鈴美は呻いた。眼鏡をかけていない男の瞳は普段と違いありありと見える。浮かぶのはどこまでも深い、紫がかった夕暮れの色。不気味であるのに、なぜか目を逸らすことができない。

 

「昔言ったこと、覚えてるかい」

 

「?」

 

「君と付き合えば、わたしも「恋」が何たるかをわかるかもしれないってことだよ」

 

「……覚えてる。忘れるわけないじゃない」

 

「そうか」

 

 鈴美の手首を握りしめていた手は今度、柔い頰に移動する。

 吉良のいつもとは違う行動に、鈴美は血が凍るような感覚を覚えた。

 

「今日君、他の男と歩いてたね」

 

「…あ、駅でのこと?前に寝過ごして起こしてもらった人と会っただけだけど……見て、たの?」

 

「見てたよ」

 

「……ッ!」

 

 

 ────視線。

 

 

 その二文字が鈴美の中に浮かぶ。

 最近感じていた視線は吉良のものだった?ずっと自分を観察していた?

 

 まとわりつくような気持ちの悪いあの視線を思い出し、彼女の顔が青ざめていく。

 

「何で、そんな……こと」

 

「君を見ていたら、何かまずいことでもあるのか?君はわたしの彼女だろ、何がいけない。それとも何か……やましいことでもあるのか?」

 

「……離し、て」

 

 鈴美は身体をよじったが、上に乗った体はびくともしない。

 かつての恐怖を思い出し、華奢な身体が小さく震えた。ホテルでパニックになった時のように、優しく背を撫でてくれた彼の姿はない。彼女の瞳から涙が溢れ、目尻を伝って耳のすぐ後ろに流れた。

 

()()になれば、幸福になれると思っていた。だがどうだ?自分の感情を理解して知ったのは、どうしようもない感情の渦だ。これで平穏になんて、暮らせるわけないじゃないか」

 

 吉良の両手がゆっくりと、細い首に伸びる。

 

「君がいなくなれば、わたしは平穏に暮らせる。きっともう自分の欲求には抗えなくなるだろうけどね」

 

「……ッ、かはっ」

 

 気道が塞がれ、呼吸が困難になる。鈴美は吉良の腕を掴み抵抗したが引き剥がせない。

 

 

「結局わたしは自分の運命に、(さが)に、抗えないんだ」

 

 

 鈴美の頰に何かが落ちた。それが涙なのだと気づき、薄れゆく意識の中で彼女は吉良の顔を見る。

 ポツポツと、雨のように降るそれは紫目の中から溢れる。

 

「……よっ、し…」

 

 声にならない声が酸素を求める口から漏れる。白いたおやかな手が涙で濡れた男の頬をくすぐった。瞬間、吉良の眼が微かな正気を取り戻す。

 

「───ゴホッ!」

 

「れ、れい…み……」

 

 吉良は後ろへと尻もちをついて倒れ込んだ。

 

 鈴美はまだぼんやりとする頭で、今し方自分の首を絞めた男の顔を見る。自分よりも大きい身体は震え切っていて、顔が青白い。

 その姿はまるで死人のようであり、母親に叱られた時の幼児のようでもあった。

 

 じんわりと母性に似た感情が彼女の内に広がる。

 

「…吉影くん」

 

「ご、ごめん、ごめん、ごめん……」

 

 体温の低い手を握り、鈴美はその頭を胸に押し当てるようにして抱きしめる。

 トクンと、心音は緩やかに脈を打っていた。

 

 

 生きている。

 

 そんな当たり前の事実が、何故か尊いもののように彼女には感じられた。


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