転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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24話 先生、ピンクッションの中に入り込んだ針が取れません

 誰かを好きになれば自分が変われると思っていた。

 

 人を愛することはきっと幸せなのだろうと、思っていた。

 

 

 思えば感情の変化はとっくの昔に少しずつ起きていたのだろう。

 

 指輪を買おうと訪れた時も店員に勧められる前に、紅い煌めきを見て自然と鈴美の瞳の色が浮かんだ。きっと似合うのだろうと思い、手に収まるリングを想像した。

 

 そもそも彼女の怒りを買い叩かれた時も苦笑するばかりだった。

 鈴美の心を考え行動に移していた時点で、ぼくは多分変わっていた。

 

 ぼくに甘い人間、本性を知っている人間。その上で心を許すことができる。自分の弱さを見せることができる。

 

 依存に近いのかもしれない。殺人欲求はもう限界で、明日には殺していてもおかしくない。

 

 

 

 

 

 まだ早い時間に目を覚ませば、こちらを見ていた鈴美と目が合った。

 どうやらあのまま畳の上で寝入ってしまったらしい。相手の瞳も眠たげなので起きたばかりなのだろう。

 

「………」

 

 白い首にありありと浮かぶ痕から視線を逸らした。

 彼女はそんなぼくに手を伸ばし、頭を撫でる。まるで母親が子どもをあやすかのような手つきだ。

 

「吉影くんは私より歳上だけど、たまに幼く見える時があってね。今まで何でだろう?って思ってた」

 

「………」

 

「きっと吉影くんは知らないんだわ。人が成長する過程で育まれる心を」

 

 なぜ首を絞めた男に柔らかい声で、瞳で、語りかけることができるのだろう。

 

 怖いだろ、と聞いた。

 

 怖くないよ、と言われた。

 

 

 はじめは鈴美が指輪を他の男の前で付けていたから嫉妬したのだろうとも思った。

 

 だが数日駅で彼女の帰りを待ち伏せし、川尻と歩いていた姿を見た時、薬指に指輪はなかった。にも関わらずぼくの胸中は嵐の如きありさまだったのだ。

 

 恋はぼくの平穏をかき乱す。抱かなくていい不安や嫉妬に駆られ、精神を磨耗する。

 

 彼女もぼくのように心を乱されていたのだと考えると、そりゃあ一発や二発殴りたくなるだろう。

 

「キスしてもいいかい?」

 

 首を小さく振った彼女に、顔を近づけた。

 

「きっかけというのは些細なものだ。誰かに言われてようやく自分で気づけるのだから…ね」

 

「……?」

 

「ぼくは、君が好きみたいだ」

 

 紅い瞳が溢れんばかりに開く。綺麗な色だ。

 

「すき焼き…?」

 

「………」

 

 OKわかった。かつて図書館で想いを告げてくれた時の君の気持ちが、よぉくわかった。こんな貶された気持ちになるんだな。

 

「何ならもっと恥ずかしい言葉を言ってやろうか」

 

「え、え、えっ」

 

 耳元でしかも英語で、「ぼくを泣かせることができるのは君だけだ」「君にくびったけ」など呟いた。

 普段ならあり得ないキザな言葉を吐くなど、我ながら狂っている。

 

 鈴美は魚のように口を何度か開閉させて固まる。顔は露骨に赤くなった。

 

「わ、私の手が、でしょ?」

 

「君が、と言ったが」

 

「………」

 

 彼女だけ時間から取り残されたように動かない。

 

「じゃあ何で、私のこと…」

 

「君が他の男と歩いていたところを見たって、言ったよね」

 

「……怒ってるの?」

 

「嫉妬だよ…多分」

 

 自分でも己の感情に線引きできていない。川尻への嫉妬や、鈴美に怒りもあった。その上で欲求が重なって最後は勝っていた。つまり殺そうとしたのは事実だ。

 

 どんなに気をつけていても、一度火が点いてしまえば止められない。

 保健医が亡くなったあと鈴美と出会った時も、ぼくは「傷つけたくない」と思っていた。

 

 …存外答えは、前から出ていたのか。

 

 自分の感情を理解できてくると、佐藤へ抱いた「美しい」という感情もまた、本心なのだとわかる。

 

 

「逃げていいよ。君のことは好きだが女の手もぼくは好きだ。殺したい性は収まることを知らないだろうし、君をいつ殺してしまうか分からないから」

 

「…私に託すような物言いだね」

 

「ずるい男なんだ、わたしは」

 

 

 彼女は、ぼくの手を握った。その手を握り返しながら指輪を抜き取り、畳に投げる。

 

 雑に扱うなと注意されたが、所詮は物。畳はそのままだと身体を痛めるが構わない。まだ朝は早いのだ。細い身体を抱きしめそのまま瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「吉影くんが私のこと見てたのって、いつから?」

 

 

 朝食を作る吉良を見つめながら鈴美は言った。Tシャツとホットパンツ姿の彼女の首には包帯が巻かれている。朝起きてからくっきり残った痕を見て、また顔を青ざめさせた吉良が巻いたものだ。

 

「…知人が君と川尻くんが歩いてたのを見たって聞いてね、その後からかな」

 

「へー、川尻さんと知り合いだったんだ」

 

「うんまぁ、以前少しね」

 

 合コンで会った、とは言わなかった。火に油を注ぐ結果にしかならない。

 吉良はできた目玉焼きをフライ返しですくい皿の上に乗せた。

 

「川尻くんとどうして歩いてたか、聞いてもいいかな」

 

「…あぁ、私が以前駅で寝落ちしちゃった時に起こしてくれてね。偶然また会ったの」

 

「……本当に何もないんだね?」

 

「誰かさんと違って私は一途なんです。誰 か さ ん と違って」

 

 後半強調した鈴美の物言いに、バツが悪い顔をする吉良。

 朝食は昨夜の騒動など匂わせないほど穏やかな時間が流れた。

 

 

「………」

 

 鈴美は彼氏の後ろ姿を見つめながら、例の「視線」について考える。

 

 正体は吉良ではない。彼が鈴美を見始めたのは彼女が川尻と会って以降のこと。

 視線はもっと前から感じているのだ。

 

「ほんと、憎たらしいぐらい料理が上手いんだから…」

 

 食卓に漂う香ばしい匂い。できた料理をテーブルの上に置いていく男を、彼女はジト目で見る。

 視線について相談するべきか迷ったが、結局話さなかった。これ以上精神的に相手に負荷を与えたくないという理由で。

 

「ねぇ、今度は私が料理してもいい?」

 

 その問いに吉良は考え込むようにした。

 手に傷ついて欲しくない。しかし彼女の料理を食べてみたいという葛藤が起こる。

 

 そんな彼の様子を見ながら、鈴美は自分と女性の手が同じ重さで釣り合っている事実にむず痒さを覚えた。

 首を絞められた件といい、「好き」と言われた件といい、振り回されっぱなしだ。

 

「ふふ」

 

 しかし恐らく今日ほど幸福な日は中々ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 景色が移ろいで行く。冷房の効いた揺れる電車内に乗っている人間は疎らだ。

 少しくたびれたスーツを着た男は新聞を読み、年増の女二人は世間話に花を咲かせている。

 その中でも特に若いであろう男は、腕を組み船を漕いでいる。着ているスーツのネクタイは少し曲がっていた。

 

「居眠りかい?」

 

「……ん?」

 

 男は突如かけられた声に目を覚ます。

 

「不用心だな。海外では乗り物の中で居眠りなんぞしたら、すぐに荷物ごと貴重品を盗まれるよ」

 

 そう語る男はネクタイの曲がった男の隣に腰掛けていた。

 席は選り取り見取りな空間で、野郎が並んで二人。死んだ目の上にある眉が不快感を隠さず中央に寄る。「何が悲しくてオレはアンタと仲良く座らなきゃいけないんだ?」とでも言いだげに。

 

 話しかけてきた男には、見覚えがある気がした。

 

 白い無地のシャツにスキニージーンズ。シルエットのラインから男にしては細身だ。

 ついで後ろに撫で付けられた茶に近い金髪に目が行く。染めているのだろうか。頰は少し痩けており、幻想さを宿す紫の目が男を捉えていた。

 

「…あぁ、吉良さんですか」

 

「そういう君は川尻くん」

 

「そうですね、川尻ですが何か?」

 

「なぜ若干ケンカ口調なんだ」

 

「ちょっと疲れてるんでつい」…とこれは川尻。

 川尻は周囲の内定が決まっていく中、未だ企業から採用を貰えていない学生であった。就職活動に出遅れたわけでもない。ただ中々その平凡さゆえか、採用者の目に止まらないのだ。

 

「川尻くんはよく電車を使うのかい?わたしは大学に行く際は車を使うからね、乗る機会はそう多くないよ」

 

「…通学に使いますね」

 

「そうかい。まぁ、居眠りには気をつけてくれよ。終点までうっかり行って戻るのは大変だろうからね」

 

「…はぁ」

 

 川尻は吉良の言葉に曖昧な返事を漏らす。

 居眠り常習犯の彼は、今まで数え切れないほど気付けば終点──というのを繰り返している。駅員に「居眠りの王子様」という不名誉なあだ名をつけられていることは知る由もない。

 

「ところで君、よくこの電車に乗っているカチューシャの女性を知っているかい?」

 

「…まぁ、たまに見かけますけど……」

 

 髪の色が明るく、電車内でも男の目を引く可愛らしい女性。淡白と称される川尻でも、もし目の前に彼女が立っていたら一度は目を向けてしまうだろう。

 

 その女性とは何度か会話を交わしたことがある。「視線」の件についても覚えていた。ストーカーがいてもあの見目ならおかしくない。

 その時、ハッ!──と目をわずかに見開いた川尻は、吉良を見る。

 

「行きましょう、警察に」

 

「……ん?」

 

「ストーカーはよくないと思います」

 

 電車内が一瞬揺れる音を残して静まり返る。新聞を読んでいた男や談笑していた中年の女性たちがいつの間にか、二人の異様な会話に耳をそばだてていた。

 

「はは…」

 

 露骨に顔を引き攣らせた吉良は、真顔の男を見やる。

 

 ストーカーは貴様の方じゃないのか、川尻浩作。もしかしなくてもコイツ、天然なんじゃあないか?────。

 その心中は穏やかではない。

 

 吉良は鈴美から話を聞いて以降、川尻を怪しんでいた。それもストーカーではないのか?という路線で。

 彼女は隠していたようだったが、最近何か悩んでいることに気付いていた。

 

 

『────吉影くんが私のこと見てたのって、いつから?』

 

 

 鈴美が言っていた言葉だ。

 質問としてはいささか疑問が残る内容である。仮に吉良が彼女を見ていたことを聞くなら、「私を見ていたのって吉影くん?」とでも言うだろう。「()()()()」という点がひっかかったのだ。

 

 必然的に考えられるのはストーカー。()()()()()()()人間がいる。

 そこで何度か鈴美と遭遇していた川尻浩作を吉良は怪しんだのだ。

 

「蓋を開けてみればただのド天然だったが……」

 

「人のことバカにしてます?」

 

「あぁ。本当に…考えすぎたわたしが愚かだった」

 

「オレ今、喧嘩売られたんですね」

 

 川尻は曲がったネクタイを緩める。凡庸そうな男だが貶されて「はい、そうですか」と流せるほど素直な性格ではない。

 

「八月に新しく格ゲーの「ストリートファイター」が出るそうなんで、決着はそこで着けましょう」

 

「……は?」

 

「よく「アッポー」や「空手道」やってたんですよ、オレ」

 

 死んだ目が、藻が張った水槽を掃除してもらった時の魚ように生き生きしている。

 突然の男の代わりように、吉良は無言で一人分席を離れた。隣の男がゲーム好きというどうでもいいことは分かった。ゲームに触れて来なかった吉良にとっては、縁のない代物である。

 

「話を戻すが、わたしは彼女──鈴美のストーカーでも何でもないよ。彼氏だ。ストーカーは君の方ではないのか?」

 

「ストーカーに見えますか?」

 

「君のレイプ目に絶妙な闇を感じてあり得なくはないと思っている」

 

「ないですよ、彼女いたんで」

 

「しのぶくんのことか」

 

「…!」

 

 レイプ目とまで謳われた瞳が大きく開く。よくよく見れば黒一色に見える瞳は二色に別れ、外側に中央の黒に限りなく近い色のダークグレーがあることが窺える。

 

「……しのぶが「他に好きになった人ができた」と言っていたんですが」

 

「多分ぼくのことだ」

 

「………」

 

 膝の上に置かれた川尻の手が強く握られる。

 男の様子を見た吉良はどこか浮世離れした気持ちになった。

 一見して情愛などなさそうに見えるこの男も、人を愛する心がある。その事実が感情の水面に落ち静かに沈む。

 

 “次は杜王駅、杜王駅ー”

 

 ハリを感じさせる運転士の男の声が車内に響く。機械のトラブルかハウリングした音は耳に後味の悪さを残した。

 

「………」

 

 黙って降りた金髪の男に続き、黒髪の先の折れた針のむしろの如き頭の男も後に続く。

 平穏だった車内に唐突に舞い込んだ昼ドラに、新聞の男は苦い顔をし、おばさま方は格好の話の種にした。

 軽快な音が鳴り、ドアが閉まる。残されたのは男二人。

 

「彼女は「つまらない男」は嫌いだそうだよ、川尻くん」

 

「…オレは凡庸ですから」

 

「実を言えばね、わたしの彼女と君が駅前で歩いていたという情報をくれたのがしのぶくんなんだ。君と別れたのはその後…だったはずだ」

 

 

 捻れた恋愛模様。

 

 それはしのぶが吉良を介抱し、そして川尻が鈴美を起こしたことから始まった。

 偶然というには出来過ぎではないだろうか。だがしかし恋が関わると波乱に巻き込まれてきた吉良にとって、「あり得ない」とは言い切れない。

 

「…しのぶはあなたを好きになったからオレと別れたんですか?」

 

「さぁね、女心は今一わたしも分からない。ただしのぶくんが君を「つまらない」と評価する反面、確かに愛情はあったと思うよ」

 

「……じゃあ、オレが吉良さんの彼女と歩いてたから…」

 

「本人に聞けばいいだろう」

 

 結局は痴情のもつれはお互いを理解し合うことでしか解決できない。

 

「それとわたしの意見に過ぎないが、彼女はもしかしたら妊娠しているかもしれない」

 

「……!」

 

 あからさまな食事量の減少、時折本人が訴えていた頭痛やだるさ。肌も少し荒れていた。

 そして顕著に窺えた情緒の不安定さにもしや───と、考えた。

 果たしてそれが性欲が本当にあるのか微妙なこの男との子なのかは、分からないが。

 

「まぁ彼女は何だかんだで他の男を好きになっても、彼氏以外と寝るタイプではないだろう」

 

「…ちょ、ちょっとオレしのぶの元に行ってみます」

 

 改札に思いきりぶつかり、腹を強打した川尻は苦悶の声を上げた。横の窓口にいた駅員と吉良の冷たい視線が刺さる。その後改札を抜けエスカレーターを二段飛ばしし、地に舞い降りた男は自身のトップチューブに紅いラインの入った愛車「ヘルダイバー(クロスバイク)」に跨る。名前はアレだが川尻は決してパーフェクトサイボーグではない。本人の趣味である。

 

「あ、そうだ」

 

 少年の心を持つ男は去り際、駅のすぐ隣にある駐車場に向かう男に声をかける。

「何だい?」という不満気な声を聞き口を開く。

 

 

「彼女のこと、守ってあげてくださいね」

 

 

 川尻の残した言葉は、一種の宣告でもあった。

 ヘルダイバーに乗った男の背はみるみる小さくなっていく。吉良は険しい表情を浮かべた。

 

 鈴美の隠す視線の正体。

 吉良でもなければ、川尻でもない。ならばいったい誰なのか。

 

 

 ────「異常」は案外近くにあるのかもね、吉良くん。

 

 

 かつての保健医の声が、すぐ耳元で聞こえた気がした。

 

 じっとりとした暑さを受け、痩けた頰を伝い汗が地面に落ちた。

 

 


 

【地毛】

 

 彼女の初手料理をダメ出ししつつ箸は止めない男に、鈴美は言った。

 

「吉影くん、髪染めるのやめたら?」

 

「ぼくの平穏が崩れるから嫌だよ」

 

「私吉影くんの金髪、綺麗で好きだよ」

 

 上目遣いでねだるような仕草を取った鈴美。

 それに今は黒髪の男は眉を寄せつつ、自身の平穏と彼女の好意を天秤にかけた。

 

 して一ヶ月経たないという頃、吉良の髪は周囲の目を引く髪色へと変化したのである。

 

 

「吉影くん、眼鏡かけるのやめたら?」

 

 

 彼女の「おねがい」に、彼の皮は少しずつ剥がされていくことになる。

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