転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
卒論。大学生なら誰もが苦労するであろう道である。
ぼくは無難な文豪辺りをテーマに絡めて執筆を進めている。鈴美もまた大学の講義やバイトで忙しく、お互い会う機会は減っていた。
久しぶりに会えたのは夏休みに入る手前。両者休みで、どこかに出かけるか?という流れになった。
杉本家の前で車に乗り待っていると、彼女が家から出てくる。
歩きながらスニーカーの爪先を地面に押し当てる様は忙しない。
「というか、ちょっと待て」
開けっ放しの玄関からもうひとり出てきた。
彼女の腰より少し上ほどの身長の子どもが、サイズの大きいスケッチブックを抱きしめて歩いてくる。
「あ、ごめんね吉影くん。露伴ちゃんも今日は一緒に…」
「よし乗ったな。行くぞ」
「え?………ちょ、大人気ないなぁ!」
ハンドルを握る手を後ろから鈴美に掴まれた。君の家は岸辺家の託児所代わりとして使われてるんじゃないのか?というか鈴美もなぜ後部座席に座るんだ。一応デートのつもりでこちらは来たんだが。
「女子どもが乗ってるんだ、せいぜい運転には気をつけろよ」
露伴少年は助手席の後ろに座る。シートベルトを閉めながら不遜な態度を取るクソガキのさらに後ろには、キラークイーンがいた。貴様何ぞいつでも爆破できるんだ。
「わたしとしたことが…ガキが乗るとわかってたら、チャイルドシートくらい用意しておいたのに」
「なっ……!誰がガキだ!」
「ん?自分でさっき「女子ども」と言ったじゃあないか。「子ども」は「ガキ」だろ、
目に見えて飛ぶ火花に鈴美は気付かず、車窓を眺めながら本日の目的地である水族館に思いを巡らせている。
…いや、あれは花より団子だな。「タコ焼き食べたい」だそうだ。
目的地には高速を乗り継いで二時間後に着いた。途中パーキングエリアにあった店で、彼女はタコ焼きを買っていた。
午前中は魚を一通り見て、一旦昼休憩を挟んでショーを見ることになった。
鈴美も楽しんでいるようで、少年も(スケッチをして)楽しんでいる。後者は楽しみ方が独特だった。
「ふふふ、何を頼もうかなぁ…」
「また食べるの?」
「まだ食べるのか」
「あのタコ焼きは朝食の延長線上にあるからいいの!」
彼女は魚介がてんこ盛りな丼を選び、少年はお子様セットを選んだ。やっぱりガキだな。
ぼくも軽めのものを頼んだ後、先に会計を済ませた。
「何で吉影くんはサラダなの?前世は草食動物だったとか?」
しのぶくんにも以前似たことを言われた。オムライスにブッ刺された日本国旗を凝視している少年を横目で見つつ、レタスを口に運ぶ。
不意に眼前に箸に摘まれた赤身が差し出された。思ったが、水族館で調理された魚を出すのはどうなんだ。
「…何してるんだ」
「えっ、遠回しな「あーん」の催促じゃないの?」
「結構だよ」
赤身は結局彼女の胃に収まった。食べ終わった後、少年がお手洗いに立ちぼくも向かった。
「ガキ扱いするな!付いて来なくても一人で行ける!」
「知ってるさ、薬を飲むだけだ」
「………」
コイツの性格は難しかないが、地が賢いので心配はしていない。
「別にトイレで飲む必要はないだろ、変な奴」
「絶対に、貴様にだけは言われたくない。人目が多い場所で薬を飲んでいる人間なんぞ目立つだろ」
「ふーん…やっぱ変な奴」
この小僧はぼくの信条を知らないし、教える気もない。
トイレは女の方は混んでいたが、男の方は空いていた。
洗面前に立って間もなく用を済ませた少年が隣に立つ。少し背伸びをして蛇口を捻り手を洗った。
「あれ、ハンカチがない……まぁいいか」
着ていた短パンで手を拭こうとした小僧の腕を掴み、小さい身体を持ち上げてハンドドライヤーを使わせる。
子どもを考慮してもう少し下に設置すべきだな。
「………」
少年の形相が親の仇、と言わんばかりだ。ぼくはこいつの親を殺した覚えはない。そもそも誰かを殺したことがない。殺しかけたことはあるが。
「君としては鈴美に抱っこされたかったか」
「……!べ、別に、鈴美おねえちゃんは関係ないだろ!!」
「どうでもいいがさっさと終わらせろ、重い」
「お前から聞いてきたんだろうが!!」
少年を下ろすと、一瞬こちらを睨んで外に向かおうとする。
お礼ぐらいきちんと言ったらどうなのか。
「ッハ、この岸辺露伴がお前に「どうも、ありがとうございます」なんて言うと思うか?」
「君が桃太郎侍にハマってた頃から知っているからあり得ないね」
地面から数十センチの高さを手で示す。あの頃からクソガキで、今はよりクソガキに磨きがかかった。将来逆に大物になりそうである。
手を乾かした少年を下ろし、ぼくも荷物を持って外に出る。
先に行ったと思っていた子どもは、なぜかトイレを出たすぐ横の壁に腕を組んで立っていた。
「鈴美お姉ちゃんを傷つけたら、ぼくが絶対に許さないからな」
「…急に何だい」
「何でもだ、約束しろよ」
「君は自分を中心に世界が回っていると思ってるだろ?」
「いいから、約束」
長めの小指をズイズイ向ける小僧に、仕方なく自分の小指を差し出す。
絡みついた指は小さくて、少しでも力を込めれば簡単に折れてしまいそうだ。
エメラルドの瞳は真剣そのもので、段々可笑しさが込み上げてくる。
「何かあるんだろうとは思ったが、子どもの事情なら…親が転勤する、とかか?」
「…!」
「当たりのようだな。だからって、カップルのデートに遊びに来るのは非常識だと思うが」
「……うるさい」
「まぁわたしは大人だからね。君の事情を慮ってやらないこともない」
鈴美が露伴少年を断らなかったのも、彼の親の転勤の件を知っていたからだろう。ぼくに一言ぐらい断りを入れて欲しかったが、まぁいい。
午後は二人でショーに行かせることにした。
水族館は三階建てで、外のすぐ側には広場がある。中央には半円を少し崩した左右対称のイルカを象った鐘がある。その広場を抜けた先には海がある。
ぼくは建物脇のベンチにハコフグの帽子(鈴美が買った)をかぶり腰かけていた。時間にして二十分。あともう少しでショーが終わる。
「守る…か」
彼女に付きまとう視線の正体はまだ暴けていない。可能性のある人物に心当たりはあるが、ならばもっと早くに動いているはずだ。
…いや、単純にこの四年間刑務所にいただけか。確実にぼくらを狙いに来ている。
姉の仇────。
だったら対象はぼくだけだろうに。鈴美も狙うのは
相手を見つけ出しこの世から消し去ってしまえば、安穏とした生活を送れる。しかし人殺しはしないと決めている以上、殺人の手段は使えない。
取り敢えず今は狙われている彼女に目を光らせておくべきだろう。ぼくに近付かないのは、恐らく警戒しているためと思われる。
鈴美の異変に気づくまでわからなかったのだから、徹底している。そこに一種の“絶対にやり遂げる”という意志と、執念深さを感じた。
守るためには彼女の側にいることが肝心となる。いっそのこと同棲するか。
「吉影くーん!」
ショーが終わったのだろう、鈴美の声が聞こえた。
休日のお昼ということもあり人通りが多い。小学生は夏休みに入っているため、カップルも多いが家族連れも多い。
人の波を縫うようにし歩いていたが、途中男とぶつかった。
鈴美は露伴少年の手を握って駆けて来る。
「聞いてよ、前の方にいたんだけど結構水浴びちゃったの。でもイルカさんは可愛かったよね、露伴ちゃん」
「フン、生臭かったけどね」
「それはまぁしょうがないよ、ふふ……吉影くん?」
腹を抱え蹲るぼくを不思議そうに見る彼女。脂汗が額を伝い地面に落ちる。
恋にでも落ちちまったみたいに、心臓が早鐘を打つ。遠くでイルカの鐘の音が聞こえた。
「吉…影、くん?」
「トイレなら赤っ恥のコキッ恥をかく前に早く行けよ」
「………っ」
えづいたと同時に、ゴポッ、という排水管が詰まったような音が出た。
地面には己の吐いた黄緑がかった色ではない、赤黒い色が広がる。口の中は鉄の味一色で、口を押さえれども止まらない。
血相を変えた鈴美の悲鳴が伝播して、周囲の人間たちの悲鳴が広がっていく。妙にクリアな聴覚の中でその騒音は地響きに等しかった。
口元を押さえる手とは反対の手で腹を探ると、生ぬるい感触に行き当たる。視線を向けて見えたのは、己の腹から突き出ている包丁の柄。
そこでようやく自分が刺されたのだと思い至った。
次の瞬間には意識がブラックアウトする。
「いやぁ!!吉影くん!!!」
まったく、なんて災難な一日なのだろう。