転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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26話 僕はタヒにましぇん

 ────コン、コン。

 

『……ん?』

 

 吉良はノックの音で目を覚ました。部屋を照らす蛍光灯がチカチカと点滅している。

 

 ベッドの上で横になっていた彼は周囲を探る。

 

 サイドには棚があり、正面には砂嵐のテレビがあった。窓越しの世界は一面暗闇である。

 

『病院…か?』

 

 地面に足を付けるとヒヤリとした感触が伝わる。

 そこで吉良は自分が病院服を着ていることに気づいた。

 

 ────コン、コン。

 

 尚もノックが聞こえる。

 

『………』

 

 部屋の中に凶器になりそうな物はない。いざという時に心許ないが、スライド式の扉に手を伸ばした。

 

 ────ガチャ。

 

 中とは対照的に外は暗い。目が慣れてくると薄っすらと輪郭が分かった。廊下だ。

 

『……?』

 

 地面に点々とビビットな赤い跡が続いている。

 眉を顰めた吉良はその跡を辿っていく。

 

 100メートルほど歩き、曲がり角に行き着いた。赤い跡はその先にも続いている。

 一度止まった足はさらに前へ進んだ。

 

『………』

 

 道の先には赤い水溜りが一つある。

 

 その中で一人の女がうつ伏せに倒れていた。背中には頸から腰にかけて一直線に引かれた深い傷があり、そこから血がしとどに流れている。

 青白い女の顔はちょうど吉良の方を向いていて、瞳は白く濁っていた。

 

『鈴美…』

 

 死体の女は杉本鈴美だった。

 気づけば吉良の手には血濡れた包丁が握られていた。生々しいビビットの赤は刃だけでなく、彼の手や腕、顔にも付着している。

 

『………』

 

 愛する女が死んでいるのを前にして、吉良は冷静だった。

 

 所詮は夢だ。自分の脳が作り出した意味のない幻想に過ぎない。

 ゆえにに()()()()()()()()()()()()()()と、包丁を振るった。

 

 肉体をバラバラにする際はそれなりの力を要する。仮に人間を殺して死体処理に困っているなら、ノコギリやチェンソーなどを使うのがいい。だがそれらの道具がないのであれば包丁でもいい。男より力の弱い女でも体重を乗せるように何度か力を込めれば、時間は掛かるがバラバラにできる。

 

 吉良も何回か包丁を振るい、手首を切り落とした。

 

『夢の中だがやはり君の手は素敵だよ、鈴美』

 

 手のひらに頬擦りをしながら恍惚とした表情で、彼は死体を見る。

 

 “生”のない手は冷たく、死後硬直で関節が上手く曲がらない。やはり温もりを感じさせる鈴美の手がいい。しかし手だけの彼女もまた、美しい。

 

 厄介な性癖を持った変態である。

 

『どの君もきっと、綺麗なんだろうね』

 

 手を愛でていた吉良はふと、ノックのことを思い出した。

 鈴美を殺したのは包丁を手に持っていた自分だと思っていたが、おかしい。包丁を持っていただけで、刺した記憶はない。

 

『……!』

 

 紫目が大きく見開かれる。同時にカランと音を立てて、血に濡れた包丁が落ちた。

 吉良の腹に薄い線が浮かび、パックリと口を開けて鮮血がそこから零れ落ちた。

 

 そうだ、彼は刺されたのだ。そして意識を失い、こんな悪趣味な夢を見ている。

 

 鈴美を殺したのは吉良ではない。きっと()だ。今も吉良が腹を押さえ呻いている様子を、暗闇から見ながら楽しんでいるに違いない。

 

『……っ』

 

 彼女を守らねばと思う反面確かな痛みが、彼の思考を沈めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「………ぐっ」

 

 鈍い痛みと倦怠感に支配されつつ吉良は目を覚ました。身体中脂汗でぐっしょりと濡れていて、服が張り付いている。

 

 視界に何度か見たことのある白い天井が広がっている中、重い身体を無理やり起こした。

 

 身体には点滴や酸素マスクが付けられている。ベッド傍には人工呼吸器が一定のリズムで音を出していた。

 

「………」

 

 吉良は呼吸器を取ると、次に点滴をむしり取った。地面に落ちたチューブの針先から透明な液が溢れ、フローリングに広がっていく。

 

「病院服だとまずいか…どこかで服を調達しないと」

 

 意識のない間に開腹手術を受けた腹は痛むが、それで休む時間はない。何日かは眠っていたはずだ。

 その間鈴美が()の手にかかっている可能性がある。

 

 一刻も早く向かわねば──と考えるこの男もまた、正気ではないのだろう。

 

「…ここは三階か」

 

 窓を開けると冷房の効いた部屋に蒸し暑さが流れ込んでくる。

 

 ちょうど病院の裏に位置する部屋のようで、下には木や植え込みがあり、建物の周囲を囲むようにフェンスがある。その先は道路だ。

 

 吉良は窓の片方を全開にし、置いてあったスリッパの片方を窓際に置き、もう片方を外に投げベッドの下に身を潜めた。

 

 その後間もなく扉が開き、慌ただしい看護婦の声や医者の声が室内に響く。

 

「患者はどこだ!?」

 

「せ、先生、窓の外にスリッパが…!!」

 

 急いで探すんだ、という医者らしき声の後、バタバタと足音が遠ざかって行った。

 ひとまずこれで人の目が分散された。

 

 

「早く行かないと…」

 

「どこに行くの?」

 

 

 吉良がスライド式の扉に手をかけ脱走した束の間、後ろから声がかけられた。

 

 ゆっくりと彼が振り向くと、『315 吉良吉影 様』と書かれたプレートの横で腕を組んだ女が立っていた。薄桃の目は普段より澱んでいる。

 

「鈴美!無事だっ…」

 

「ねぇ、どこに行くの?」

 

 吉良の会話を遮るように話しかける鈴美。

 よく見れば目元には隈ができ、肌は荒れて、髪も少し乱れていた。

 

「…どこにも、行かないで」

 

「?あ、あぁ、だから君の元に行こうと思って…」

 

「………」

 

「鈴美…?」

 

 唇をきつく結び涙を流す鈴美の様子を見て、吉良は瞠目した。

 縋るように伸ばされた鈴美の手が、病院服を着た背に強く巻きつく。「ぐっ」と潰れたカエルの声を漏らしつつ、吉良も細い身体を抱きしめた。

 

 心配されているのだとはわかった。もう少し怪我に気を使って欲しいものではあるが。

 

「…うん、やっぱり温かい方がいいな」

 

「………」

 

「心配かけたかい?気を病むほど気にかけてもらったって思ったら、中々気分がいいな……うぐっ……〜〜!!」

 

 無理に動いたツケだ。腹の部分がジワジワと赤くなる。

 吉良は青白くなった手で鈴美の手を強く握った。片膝をつき女の両手を握る姿は皮肉にも、プロポーズを迫る男のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 吉良を刺したのは、どうやら鈴美と同じ大学に通う男だった。

 

「君のストーカーだったというわけか」

 

「……うん」

 

 あの後脱走男は看護婦に見つかり、部屋へと戻された。

 

 場合によっては精神病棟に連行される可能性が出てきたので、さすがに吉良も大人しくなった。

 

 現在は個室で入院しており、両親が他界しているため身元保証人として杉本家(鈴美)がなっている。

 

 犯人は現場に設置されていた防犯カメラなどから判明し、逮捕に至った。

 

 ストーカーの件もだが、自分が丸三日も昏睡状態だったことに吉良は驚いた。

 医者にその間鈴美が毎日病院に介抱しに来ていたと聞かされ、不甲斐ないと感じる反面、いよいよ危うい単位に頭が痛くなった。

 

「少なくともあと一週間は入院させられるだろうな…」

 

「大人しくしようね吉影くん?」

 

 まるで出来の悪い子供に教え諭すように、鈴美は点滴の繋がれた手を握り語りかける。

 効果はあったようで、渋々といった様子で吉良はベッドに重心を預けた。

 

「…ごめんね、私のせいで」

 

「そうだな。君が可愛すぎたせいでぼくはこんな目に遭ったわけだ」

 

「………ごめん」

 

「冗談を言ったつもりだったんだけどな…君が気に病むことはない。心配してくれるのは嬉しいが、学業や私生活に支障をきたさないよう気をつけてくれよ」

 

「……うん」

 

 鈴美は椅子に座ったままベッドに顔を乗せ、吉良に擦り寄るように瞼を閉じた。

 繋がれた手を通じて体温が伝播する。

 

 

「生きてて、よかった」

 

「…そうだね」

 

 

 平穏な日々は物語でいう「ハッピーエンド」そのものだ。そんな毎日が延々と続く。学校に通い就職し、結婚する。子供を育て退職し年金暮らし、そして余生を細々と過ごす。

 

 ()()の中でも理想的な一生。

 

 異常である男にとって()()は水と油なのだろう。平穏な日々は望みこそすれ、代わり映えのない毎日の繰り返しなのだ。

 

 それでも彼が「吉良吉影」である限り、植物のような平穏とした普通の日常を望む。

 

 

「奇妙な人生だ」

 

 

 自重気味に吉良は笑った。

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