転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
結局ぼくが退院できたのは二週間後のことだった。
安静にしていた我が身に待ち受けるのは単位。
各担当に温情をいただき救済措置を望まねばならないし、「刺されて入院してました」という内容に好奇の目を向けられるのだろう。
退院当日、担当医と複数の看護婦に見送られ病院を後にした。
鈴美は忙しいため来れないとあらかじめ連絡があった。
入院期間中に服など彼女に預けていたので、他にもやらなければならないことはあるが、一旦帰宅し父に顔を見せてから杉本家に向かう。ここ数ヶ月は特に世話になりっぱなしだ。
外に出ると昨日まで降り続いていた雨の影響で、アスファルトに水溜まりがいくつもできていた。
タクシーに乗り運転手に目的地を伝え、今は快晴の空を眺めた。
「予想は外れたな…」
予想と言っても天気の方ではなく、ストーカーの件の方だ。
入院中警察に事情を聞かれた際見せられたのは、まったく面識のない男の写真だった。
一目見ただけではストーカーをする人間だとは思えない、ありふれた顔つきだった。
鈴美にはいつ男と会ったかなど聞けていなかったので、あとで聞いておく必要がある。
男の犯行理由は、ぼくといた鈴美の幸せそうな様子を見て、彼氏に嫉妬したから。
感情的になって刺されたこちらは堪ったものではない。
「しかしな…」
まさか人通りの多い場所でぶつかった男に刺されるとは思いもしなかった。
警戒はしていたが、避けられなかったことに悔いが残る。
気づけたら人目のない場所に誘導し、物を爆弾に変え手を爆破させただろう。調整はある程度練習してあるので問題ない。
片桐の線は外れた。そもそも奴が姉に本当に情を持っていたのかもわからない。
情報元が息をするように嘘を吐くあの女だったので尚更だ。
神経質になり過ぎていたのだ。もう少し肩の力を抜くべきなのだろう。
「ひとまず留年だけは勘弁だ…」
1987年はぼくにとって濃い一年になりそうだ。
◻︎◻︎◻︎
正午に帰宅し用事を済ませている内に、辺りはすっかり暗くなり始めていた。
「鈴美の家にお礼を言いに行くから、親父は取り敢えず家で待っていてくれ。間違っても付いてくるなよ」
【親子の感動の再会だというのに辛辣じゃの…】
「死んでる存在に再会も何もないだろ」
せめて実体を手に入れてから言ってくれ。
いつものように泣く父を無視し家を出ようとしたが、待ったがかかる。
「何?」
【いや、一応言っておきたいことがあってな】
「言っておきたいこと?」
【あぁ、実はな…】
どうやらぼくが留守の間、朝方に泥棒らしき人間が敷地に侵入したそうだ。
親父が異変に気付いて追い出す前に向こうが人(写真の中の父)の気配に気付いたようで、外を確認した時にはすでにいなかったらしい。
「室内を荒らされたわけでもないし、警察に言う必要はないだろ」
【まぁそうだが、一応な】
「まぁ、ありがとね」
我が家は隅に位置するが、リゾート地帯のここら辺じゃ泥棒なんてザラである。
子供の頃夜中にトイレに向かい廊下の電気を点けたら見知らぬ男がいたし、他にも両親がいない時間に帰宅したら庭に侵入していたり、畳の上で青白い顔の女がブリッジしていたり、とにかく経験は多い。
裕福な家庭に生まれた代償だ、一々気にしていられない。
その点今は
そして杉本宅に車で着いたのは夜の八時過ぎ。
住宅が多いここの近辺はサラリーマンの帰宅時間を過ぎてしまえば、人通りがほとんどなくなる。
車を降りた少し先で蛾の群がった街灯が点滅していた。
二階は暗いがリビングの明かりは点いているので鈴美は下にいるようだ。
私事だがぼくは杉本家の犬が苦手だ。デカい図体をして尻尾を振り突進してくるのがはた迷惑だ。
「すみません」
チャイムを鳴らし待つこと一分。扉は開かない。
「すみませーん」
もう一度鳴らし待ったが、やはり玄関に人が来る様子がない。放置プレイなんて全く好みじゃないんだが。
扉を引けば、キィと音を立てて開いた。
「お邪魔します」
“デデンデン、デデン”という効果音と共に、未来から主人公を殺しにやって来た人間抹殺アンドロイドのように突っ込んでくるアーノルドが来ない。仕方なく靴は脱がないで廊下を通った。
「鈴美?」
リビングにいると思った彼女はいない。寝ているのか?しかし今日来ることは伝えておいたはずだ。
「…ん?」
その時、テーブルの上にあるケーキが目に入った。
二つの皿の上に置いてある生クリームケーキは一つが手付かずで、もう一つは半分食べかけだ。最後の一つは完食されてシンクにあった。このがめつさは鈴美だ。
「というか今日は彼女の誕生日だったか。しくじったな……」
用事とはつまり、誕生日関連でいろいろとあったのだ。
まぁ仕方ないだろう。ぼくも刺されて入院したりと忙しかったのだ。プレゼントは後ででいいだろう。
それからリビングを出て、二階に向かった。
犬は彼女の部屋の少し手前で寝ていた。一応揺すってみたが起きない。
玄関で寝ていた彼女の母親と、椅子にもたれかかり天井を仰ぐようにして寝ていた父親も起きなかった。
「鈴美、いるかい?」
声をかけたが反応はない。彼女には悪いが失礼を承知で入った。
部屋は全体的に彼女の好きな色のピンクで統一されており、小物一つ一つにあざとさを感じる。
「鈴美?」
明かりを点けたが鈴美はいなかった。
あるのはピンクを上書きする紅い色と鉄臭いにおい。ここはまだマシだが、玄関やリビングは特にひどかった。フローリングどころか壁や天井まで血飛沫の跡があった。
動物を血抜きするときは静脈で行うが、動脈を切ると勢いよく血が噴出する。
人間で試したことはないが実物は動物の比ではなさそうだ。
「………」
壁には紅い文字。
────空がよく見える
ベッドの上には真っ赤な血溜まりの中心に、薬指にぼくのプレゼントした指輪がつけられた手が落ちていた。
切断面は刃物で何度か切ったのだろう、ギザギザとしている。
触れると少し固いがまだ柔らかく動く。死後硬直は約二時間後から現れ始めるので、切り落とされてから時間はさほど経っていない。落ちていたのは左手のみ。
「………綺麗だ、ほんとに…」
生唾を飲んだ。頰に血の跡がつくのはまずい。しかし耐え切れず頬擦りしてしまった。
初めて触れた「生」から切り離された女の手は、正しく理想的で美しかった。
関節の固さもぼくを焦らしているようでいじらしい。
「でも冷たいのは少し…残念だな」
彼女の熱く焼けるような手に触れたかった。
これは鈴美の
手から頰を離した後、白い手に握られていた紙に目を通した。
筆跡は彼女のものではない。ボールペンで書かれた乱雑な文字。
「“警察に言ったら殺す”…………か」
それ以外は何も書かれていなかった。身代金の要求などもなかった。
ただヒントはある、「空がよく見える」だ。
今は夜だから彼女は潮風を浴びながら、満点の星空を眺めているのだろうか。眺めていて欲しいな。
「……フフ、フフフ、ハハハ」
子供の頃から例えば親戚が死んだ時、葬式に出ると笑いが込み上げる時があった。
動物も同様で、食育を学ぼうという体で小学生の頃クラスで飼っていた鶏が亡くなった時も、みなが黙祷する中一人口元を押さえていた。
普通には暮らしたい。しかし時折どうしようもなく
殺人衝動に気づく前のぼくはそんな子供だった。
時に母がガーデニングに使っていた農薬を子猫に使い、時に事故を装わせて飼育係の子供が鶏を殺してしまう様子を裏で眺めていた。
良心や罪悪感といった感情が欠如している。
そのため冷静に社会に紛れ込めるように上手く取り繕ってきた。それでも時折現れる衝動をコントロールできない。
「ハハ、フフフ…」
まぁそれは以前のことで。
今は前よりもマシになっている。欲求も鈴美の手があったから大分楽になった。
何より恋愛感情が一番大きな変化か。普通の人間と違いぼくの恋は少し歪だが、それでも女の手以外で興奮を覚えられたのだから、かなりの進歩だ。
「殺す」
絶対に殺す。この惨状の犯人を殺す。絶対に、確実に、わたしのキラークイーンで殺す。この世に肉片一つ残してやるものか。
たとえそれで、自分が人を殺す鬼に成り果てたとしても構わない。
浮かんだ笑みは消えていた。
あるのはただただ、純粋な殺意のみだ。