転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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執筆していた次話が中々難産で、ストック消化しつつどうにか書き終えました(何度かポケスナに現を抜かされたなんて言えない…)

二部もあと数話で終わりで、以降四部原作軸の三部に入り話は終局になります。
話数がどうなるかわかりませんが、もう少しお付き合いいただければ幸いです。


28話 あっ

 天井に広がる満天の星空。昨日まで降り続いていた雨が嘘のようだ。

 

「うっ…」

 

 意識が少しずつハッキリしていく。目を覚ました鈴美は辺りを見渡した。

 彼女の身体はスーツケースに入れられていたようで、地面に飛び出している下半身は泥で汚れている。スーツケースの横には宅配用のトラックがあった。

 

 微かに香るのは潮風。すぐ近くには崖があり、黒い海がまるで鈴美を覗き見るようにそこに存在する。月が闇の中にポツンと浮かんでいて、その光を受けた波が変幻自在に青白く光っていた。

 

「…さむい」

 

 四肢の先端から心臓へかけて這い上がるような寒さ。ガチガチと唇は音を立てて震える。

 

 頭の中のモヤは消えてくれず、ドクドクと脈打つたびに左腕が痺れるように痛んだ。半袖のTシャツから覗く腕の先は途中から欠けていて、赤黒く染まっている。

 

 鈴美は手首に巻き付けられたネクタイを視界に入れて固まった。

 

「これって…」

 

 それは彼女が父の日に父親にプレゼントしたネクタイだった。元のストライプ柄だったそれは鈴美の血で真っ赤に濡れている。

 

「あ、あ……」

 

 頭が真っ白になる。彼女の脳裏に血生臭い映像がフラッシュバックした。

 

 

 

 

 

 誕生日ということもあり、その日鈴美は友人知人から祝われ忙しい一日を過ごした。そして夜は両親とケーキを食べていた。

 

 吉良の退院に付き添えなかったのが心残りだったが、当の本人から自分の生活を優先するよう言われていたので、彼の意思を尊重した。

 

 そんな家族団らん中の時間にチャイムが鳴った。

 

 ケーキを頬張っていた鈴美は、「吉影くんかな?」と立ち上がった。だが母親に口元を指摘され、シンクに映る歪んだ自分の顔を見てみると、なんとまぁ口元にクリームが付いているではないか。

 ははは、と笑いが起こって、顔を真っ赤にした鈴美は父親の肩を殴り、残ったケーキをパクパク食べて皿を流しに置いた。母親はその間玄関に向かった。

 

 そこで彼女はふと愛犬が自分の寝床から玄関を凝視していることに気づいた。

 

 そう言えば、と思い出す。吉良だったらアーノルドは尻尾をちぎれんばかりに振って、いつも突撃しに行く。

 

『アーノルド……?』

 

 一瞬寒気を感じた鈴美は父を見た。父親はケーキを食べながらテレビを見ていて、ガハハと品のない笑い声を漏らしている。

 その時、玄関から何か物音が聞こえた。

 父親は「母さん?」と反応したが、すぐに意識が番組に戻ってしまった。

 

『ねぇ、お父さ──』

 

 父に視線を向けた鈴美は床の軋む音を聞き固まる。アーノルドもうなり声を上げていた。生活を共にしていれば、必然と親兄弟の歩き方は分かるものだ。

 

 その足音を、彼女は知らない。

 

 杉本家は廊下とリビングに扉がないタイプで────だから、そこを通れば、その姿が露わになる。

 

 きっと吉良くんだと、鈴美は思った。縋るように祈った。目に見えない恐怖が沈澱していく。

 

 

 そして現れたのは、知らない男だった。

 

 

 配達作業員の服に、目深のキャップ。それと黒い手袋。

 

 顔は窺い知ることはできなかった。全身は真っ赤で、その手にはナイフがある。

 

『あっ……あ』

 

 恐怖で声が出ない。父親はようやくそこで空気の変化を感じ、娘へ視線を向けた。性格には向けようとした。

 リビングに入ってきた男はテーブルを挟んだ父親のすぐ目の前に立ち、ナイフを振りかざした。

 

 一瞬の内である。

 

 あ゛っ、と声にならない悲鳴が漏れて、天井に勢いよく噴き出た血がかかった。食べかけのケーキや天井、鈴美にも付着する。

 

 白目を剥いた父親は椅子にもたれかかり、数秒痙攣して、それから動かなくなった。

 

『あっ……ああ、あ』

 

 腰が抜けた鈴美と、今しがた父を手にかけた男の視線が合う。無機質なその三白眼には何の感情も宿されていない。ただ、殺したくなったから殺した。そう言わんばかりの無表情さ。

 

『ワンッ!!』

 

 その時聞こえたのは鶴の一声ならぬ犬の一声。

 

 我に返った鈴美は側にあった椅子を投げつけ廊下へ走った。

 玄関へ向けた足はしかし、母親の姿を見て止まる。

 

 母親は仰向けの形で倒れていた。口は半開きになり、かち合った瞳にはすでに生気がなかった。辺りは正しく血の海。

 

『いやああああっ!!』

 

 戻った正気は一瞬で崩され、鈴美は玄関とは反対方向へ走った。無我夢中で階段を駆け上って、自分の部屋に逃げ込む。

 

 逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ。

 

 だが窓の鍵を開けようとする手は露骨に震え、思い通りに手を動かせない。

 

『キャンッ!!!』

 

 アーノルドの声が彼女の部屋の前で聞こえた。

 

 後ろにはすでに人の気配があった。

 

『……ごめんね、アーノルド』

 

 鈴美は震える自分の身体を抱きしめ、ゆっくりと後ろを振り向いた。

 

 恐怖を理性で抑えつけ、最後に相手に向きやってやろうと覚悟を決めた。

 

 

『あなたは誰?どうして……こんな、こと…』

 

『どうして、ね』

 

 男は鼻で笑い、血まみれのナイフを一回転させる。低音の響く声だった。

 

 鈴美は必死に記憶を探ったが、やはりこの男とは初対面だ。

 だんだん距離が縮まり、彼女の背後にある窓から差し込む月明かりを受けて、男の帽子からはみ出たハネ気味の髪が覗く。

 

 淡い色の髪色にどこか既知感があった。

 

『よく、一人の命は地球より重い、とか言うよなァ。だが現実じゃあ人の命なんぞ、人知れず踏み潰されてくアリのように軽い。偽善を並べ連ねて善人ぶってるやつほど可笑しいものはねぇ』

 

『だから…殺すっていうの?』

 

『人殺しに理由が必要か?だったら()()()()用がある。お前はその餌だ』

 

『……ッ、じゃあ私のパパとママは…!!』

 

『おっと、あんまり大きい声を出すなよ』

 

 恐ろしいのは男が家に入ってきてまだほんの数分しか経っていないことだ。

 

 男は鈴美の顔面を掴み、口角を上げた。

 

『絵に描いたような幸せな家庭だよなぁ。誕生日に三人でケーキか。さぞ幸せだったんだろうなぁ』

 

『……!…ッ』

 

『俺に壊されて可哀想に。憎いか?悲しいか?まぁ、どう思ってようが構わねぇ。どうせお前は殺すし奴も殺す』

 

 

 ────奴。

 

 

 鈴美はまさかと、息を呑む。彼女を餌にするということはつまり、彼女を大事に想う人間に男は殺意を抱いている。

 もしかしなくとも、その()とは吉良だ。

 

 この男は何かしら吉良に憎しみに似た感情を抱いているのだ。

 彼女の知らぬ裏で彼が何をしでかしていてもおかしくはないため、あり得なくはない。しかし鈴美に被害が及ぶほど人間関係を悪化させることはないはずだ。

 

『平穏ってのは一瞬のうちに崩してもいいが、じわじわと崩していくのもいい。これは()()()()()()()()なんだよ。だから衝動的に殺さず、少しずつ毒を撒いたのさ』

 

『………!!』

 

 平和な日常に突如起こった殺人未遂の事件。

 狙われたのは鈴美の彼氏。犯人は彼女のストーカーで、動機は彼氏への嫉妬によるもの。

 

 字面だけ見ればなんてことはないニュースの一つだ。

 

 鈴美が心底ゾッとしたのは、犯人の男と面識が一切なかったことである。

 なぜ彼女を好きになったのかわからぬまま、犯人の男は精神異常とみなされ精神病院送りになった。そのため裁判も先送りにされるとのこと。

 

 間違いなくストーカーの件はこの男が仕組んだものだ。

 彼女の直感が告げる。

 

 吉影くんに、何の恨みが────、

 

 男は彼女の思考を遮るようにナイフを振るい、左手を切り落とした。

 彼女の悲鳴は口元を覆う無骨な手によって阻まれる。その間も男はずっと真顔だった。

 そして鈴美の手がフローリングに落ちると、華奢な鳩尾に蹴りが入った。

 

『かっ、は……』

 

 彼女の意識はそこで強制的に落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「吉影、くん……」

 

 意識が落ちるまでの記憶を思い出した鈴美は涙を流した。

 父親を、母親を、アーノルドを殺された悲しみや憎しみより今脳裏によぎるのは、吉良のこと。

 

 助けに来てほしい。しかし、来てほしくない。

 吉良がもし来た先で待ち受けるのは殺されるか、相手を殺すかの二択の未来だ。犯人が()()()()()というトリガーもある。

 

 自分のせいで吉良が人を殺めてしまうのは鈴美の望むところではない。

 だがこのまま会えずに死ぬのも嫌だった。

 

「吉影くん、吉影くん……」

 

 うわ言のように呟く彼女の様子を、片桐は運転席に座りながらサイドミラー越しに見た。暑さに耐えかね開けられた窓からか細い声が入る。

 片桐にとってその声は、さながら終曲を知らせる音色であった。

 

 

 かつて………と言っても四年前のことだが、ここで一人の女が入水自殺した。

 自殺の動機は誘拐が失敗したことによるもの。世間では大きなニュースにされることはなかった。

 

 というのも、その事件が起こるさらに昔は誘拐事件に関して報道規制がなく、各紙で警察の捜査状況など逐一報道された。それを受け追い詰められた犯人は誘拐した子供を殺した────という悲惨な前例があり、特に誘拐事件に関しては捜査側と報道側の取り決めで情報が伏せられるようになったのである。

 

 片桐が姉の死を知ったのは刑務所を出てからのことで、今から半年ほど前のことになる。

 

 それから姉が誘拐を起こし自殺をしたことに疑問を抱き調べ、被害者となった当時17歳の少年にまでたどり着いた。

 

 人を操ることには姉ほど…とまでは言わないが、それなりに心得があったため、用意した手駒を利用しつつ復讐の計画を進めて行った。

 

 

 片桐も計画は最終段階だが、懸念もある。

 調べる中で吉良吉影という男が、()()()()()()()()と感じ取った。

 

 今思い返せばこの崖からダイビングした女は恋をすると同時に、「天使」を見つけたのだ。

 

 最悪逆に殺される可能性があるが、真っ当を取り繕ってキレイに生きてきた男と、初っ端からゴミの中で悪事を平然としてきた男とでは経験が違う。

 

「ッハ、やっぱりヒーローってのは、遅れて登場するもんなのかねェ」

 

 今にも落ちてきそうな星空の下、闇夜に明かりが差す。

 

 崖は入水事件以降、立ち入り禁止の看板と縄がつけられた。

 不思議と人が死ぬ場所は自殺者が増える。ここではすでに幾人もの女たちが身を投げた。

 

 人を拒絶する縄はしかし、片桐の手によって取り去られている。

 それにより車はスムーズに道を進み止まった。

 

 バタンと扉が閉まると同時に、月夜に映える金髪が煌めく。

 

 警察に言うなと言ってはいたが、実際片桐としてはどちらでもいい。

 

 その姿勢からは警察であろうが、「自分に敵はない」という傲慢さが見え隠れしている。

 

 

「鈴美はどこだい、片桐安十郎」

 

 

 吉良はそう言い笑った。

 

 


 

【少年K】

 

 

『嘘つきは泥棒の始まり』なんて言葉がある。

 

 

 平気で嘘をつくようになると、盗みも平気で行うようになる。転じて嘘をつくことは悪の道へ入る第一歩、という意味で用いられる。

 

 確かにもっともな言葉ではある。

 

 しかしこの言葉はまるで嘘つきは悪人である、または悪人になると言っているようなものではなかろうか。

 

 

 

 少年の腹違いの姉もまた、病的な嘘つきであった。

「今日のご飯はカレーよ」と言いながら、焼きそばを作っているようにみせかけ、焼きサバを作っているような人間だった。

 

 少年の中の女のあだ名は「与太郎」。

 東京落語で間抜けな者の名として登場する人名である。おろか者の代名詞だ。

 

 よく散らかし、よく嘘をつく。

 欠点は多いが不思議と男を惑わす“匂い”ようなものはあった。

 

 

 それと、料理も美味かった。

 

 

 普通なら両親の愛情を受け健やかに育つであろう時期に、少年は常に暴力とゴミの中にいた。

 父親である男とよく変わる女に低俗さを感じてはいたが、逃げられない。皮肉にも少年の思考や言動から、その知能の高さを見出したのは姉である。

 

『色々知って知見を深めるべきだよ。アンジェロくんは頭がいいもの』

 

 女は図書館で仕入れてきた哲学の本や専門書など、様々な物を少年に見せた。中には絶対に少年が読まないであろう少女漫画もあった。

 

 向こうは少年に「くん」をつけて名前で呼ぶこともあれば、イタリア語やポルトガル語で「天使」を意味するAngelo(アンジェロ)というあだ名で呼ぶこともあった。

 幼少期から父親に似て目つきの悪かった少年に「天使」とは、皮肉もいいところだ。

 

 だが女にとって少年は間違いなく天使だった。腹違いの母を持つことから察せるように、彼女もまた複雑な家庭環境で育っている。

 

 容姿は髪の色をのぞき似ても似つかないが、似た闇を抱える者同士、お互いの居場所を見出しあう。

 

 さもなければ息苦しい世の中で生きていくこともままならない。

 それはたとえ少年が賢くとも()()である限り、逃れられない現実だった。

 

 

『この世界は生きづらいけど、私には天使がいる。そう考えればまだ幸せかな』

 

 

 父親の暴力から精神的に逃げる子供と、寂しさを埋めようとする少女。

 

 少年は人間として備わっているべき倫理の一部が欠けていて。

 少女は道化師のように自分の()を繕い生きていた。

 

 

 その傷を舐め合う関係は数年続き、少年の父親が死んだ後に終わりを迎える。

 

 事故死と片付けられたが、少年は真相を導き出していた。それも男が死ぬ前からきっと起こるだろうとわかっていた。

 

 ならなぜ事故に見せかけた事件が起こると知っていて止めなかったのか。

 理由は単純に、止める理由が無かったからだ。

 

 男が死んだところで少年は何の感情も抱かない。憎みはしていたが、かと言って殺す価値さえ抱いていない。

 殺す側を止める理由もなかった。罪悪感がないゆえに、殺した後の人間がどんな気持ちを抱くか理解できなかったのだ。

 

 

 果たして少年は姉と別れ、何も変わらなかった。

 幼少期の環境で歪んだ内側が是正されることなく成長していった。

 

『天使は神の遣いよ』

 

 人の魂を導く存在。その真の意図には女の望む死への希求があった。

 人を殺しても何も思わない人間が彼で、だから女は少年に「私の天使になって」と求めた。

 

 しかし少年は首を縦に振らなかった。バカバカしい、と一蹴するだけだった。

 

 

 

 そして星の流れに従い、さらに時は流れる。

 

 勾留中の男に届いた電話は焦がれを越して焦げたような声だった。いつ火災を起こしてもおかしくはないガサツさなので、物理的に燃えていても驚くまい。

 

 

『私、恋しちゃった』

 

 

 それが最期の会話になるとはまさか思いもしないだろう。

 だが男はその時うっすらと、女から死の匂いを感じていたのである。

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