転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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30話 進む針

 八月も過ぎ、子供たちが校庭で体操着を汚す季節がやってきた。

 

 この時代は女子の体操着といえばブルマだ。世間では性的な問題になるからと、ブルマは廃止すべきか、という問題が関心の的となっている。

 バブルということもあるが、何とも平和ボケした話題だ。

 

 その裏で人々の戦慄した事件が、謎多き『S一家殺人事件』である。被害者の名前は遺族の意向により報道されなかった。

 

 唯一生き残ったのは殺された女子大学生の彼氏。

 

 犯人は警察側の調べによって明らかになってきているが、事件の不可解さから「その彼氏が犯人なのでは?」など、世間はあることないこと噂していた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 重傷を負った吉良が手術を受け目を覚ましたのは事件から一週間後のこと。

 精神と肉体面を考え医者から警察へ事情聴取の許可が出されたのは、さらにその一週間後のことである。

 

「これから話を聞いていくことになるから、よろしく頼むよ」

 

 これもまた偶然か。吉良の事情聴取に当たったのは見覚えのある警官二人。恰幅のいい中年の男と眼鏡をかけた細身の男。

 

 ベッドから上半身を起こす青年の様子を見た二人の印象は、まるで死人だ、というもの。

 元々細身な体は度重なる入院の影響でやせ細り、病院服からのぞく腕は骨が浮き出ていた。頬が痩け、隈もひどい。

 

 精神的な疲労が見てとれた。それでも事件の早急な解決のために警官らは聞き取りを進めていく。

 

「警察側は片桐安十郎を犯人とみて捜査を進めている」

 

「…てっきりテレビのように、ぼくが犯人と疑われていると思いましたよ」

 

「……こちら側としては、君の線を完全に捨て切ったわけではないよ。何せ調べても謎があまりにも多く残っている」

 

 

 初期は現場で唯一生き残っていた吉良が容疑者としても考えられた。

 しかし配達トラックや杉本家にあった紙の筆跡から片桐が浮かび上がった。

 

 少し前に配達トラックが一台、乗っていた配達員の男含め行方がわからなくなっていた。後日、その人間の首吊り死体が公園で発見され騒ぎになっている。

 

 男の関係者を調べても自殺する動機が見当たらず、事件性があると考えられた。

 

 それから警察がトラックの行方を探し聞き込み調査をはじめた。車が通ったと思われる道を辿っていく中、たまたま交差点近くの自宅につけられた防犯カメラが見つかった。

 

 家主曰く、カメラは杉本家の一家殺人事件が起こった三日前に取り付けたばかりだったらしい。

 

 その映像を調べた結果、片桐が捜査線上に浮かび上がった。

 

 そして紙の筆跡鑑定が行われ、()()()片桐のものと一致した。

 文字は意図的に崩されていたが、完全に自分の筆跡の特徴を消せずに失敗したとみられる。

 

 片桐の傲慢さが油断を招いたのだろう。

 

 同時に悪()が吉良に味方していることの象徴たる出来事だった。

 

 

「君のものとも比べたが、こちらはさっぱり当てはまらなかったよ」

 

「……ぼくの家に入ったんですか」

 

「捜査だから仕方ないさ。私も調べてみて思ったが、何というか小綺麗な…しかしまるで何もないような部屋だったね」

 

「…そう、ですか」

 

 吉良邸も調べられたが犯罪に関わっているような痕跡は見当たらず、ビンに収集している爪の方は話題にも出なかった。

 

 父親が手を回したのだろう。吉廣は写真の中に物を入れることもできる。

 警察の手が回る前に息子が疑われそうになるものは隠したのだ。

 

「君が犯人でないのはわかった。しかしだ、君は一度杉本家に行っているね?」

 

「…それが、なんですか」

 

「遺体を発見しておきながら、君は警察に連絡しなかった。それだけでも「軽犯罪法」に引っかかる場合があるんだよ」

 

「そうですか」

 

「……そうですか、じゃない。脅しの紙があったにせよ、通報くらいはできたはずだ!!」

 

「警察を信用しろと?かつて誘拐されたわたしを見つけられなかった警察を?……笑わせる。それにどこに()があるかわからないでしょう」

 

 外の景色を眺めていた吉良の顔が警官に向いた。

 

 青年の瞳にある、どこまでも深い闇と交わる至極色。二人は思わず息を飲んだ。背筋にゾゾゾッと寒気が走る。明確な殺気が警官の彼らに向けられている。

 

「わたしの代わりに貴方たちが行っていたら、彼女が助かったっていうのか?死なずにすんだのか?」

 

 吉良はまだ不自由さが残る四肢を動かし、右手で中年の警官の襟元をつかむ。

 もう一人の警官に後ろからはがいじめにされても眼光は鋭いまま。

 

「そもそも片桐と佐藤保健医の関係を知っていたのなら、彼女の被害に遭ったわたしたちが片桐の標的になるかもしれないことくらい、想像できたはずだ」

 

「…佐藤容疑者は君に片桐のことを教えていたのか」

 

「あぁ、腹違いの弟がいるとね。せめて片桐が出所した時点で、わたしに伝えておいてくれればここまで悲惨なことにはならなかった!!………鈴美が死ぬことも、なかった」

 

「こちらに伝える義務は…」

 

「そうですね。ない、ですよね。公務員の中でも特に警察はさぞお忙しいでしょうから」

 

 トゲのある言葉に流石に眼鏡の警官も口を開こうとした。

 しかし中年の警官がそれを制し、深く頭を下げた。

 

「…本当に、申し訳なかった」

 

「謝られても、死者は帰らない」

 

「………そうだな」

 

 ふと中年の警官の脳裏によぎったのは、階級は違えど親しくしていた同年代の警官の姿だった。

 

 最近殉職したその男は杜王町を守るためなら、自分の命さえ捧げられる人物だった。もしその男が彼の立場なら、違反してでも被害者に連絡したかもそれない。まぁその姿勢のせいで出世できない男だったのだが。

 

 しかし「正義」は誰よりも持っていた。

 

「あなた方に謝られても、どうしようもない。…早く終わらせてくれ」

 

「……わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 どこまでも澄み切った空が一望できる屋上には、風を受けて干されたタオルやシーツがうねっている。

 

 目覚めてから十日後、松葉杖を使ってではあるがどうにか歩けるようになった。医者曰くあと一、二週間ほどすれば退院も可能だろうと。

 

 ただ弱火になったとはいえマスコミの目がまだあるので、警察にはもう暫く養生すべきだと言われた。

 

 すでに今年度の卒業は不可能で先日休学届けを出した。同様にカメユーの内定も取り消しとなった。まぁ、こればかりは仕方あるまい。

 

 

 捜査の状況だが、片桐は行方知れずになっている。警察側はパトカーが現場に来たのを聞きつけ、海に飛び込んだ────という風に考えている。

 遺体は見つかっていないので、逃げのびている可能性も考えているらしい。

 

 実際はというと、死体をキラークイーンで崖へ向かわせてから凶器もろとも爆破した。散らばっていた肉片もまとめてだ。この世にあの男の肉を残す気はなかった。

 

 

 ぼくは鈴美を助けに行ったと伝えてある。隙をついて彼女を助けようとしたが、血まみれの姿を見てぼくは錯乱。片桐に殴りかかろうとして反撃に遭い重傷を負った。そしてその様子を見ていた彼女が片桐を止めようとしたところで、奴は来た警察に気づき逃げた。────とまぁ、そんな感じに話した。

 

 足跡から見ても筋は通る。ただ血痕はぬかるみや水たまりのせいでわからなくなっている。

 そもそも精神疾患持ちの証言なので、余計に捜査が難しいのだろう。

 

「謎多き事件、か…」

 

 犯人である片桐安十郎はいったいどこへ消えたのか。

 また警察に連絡した人間は誰なのか。

 

 第三者から見れば不明な点が多い。一つはぼくで、もう一つは親父が該当するが。

 

 そもそも矢はどこへ行ったのか、片桐を消し終えぶっ倒れた後のことはわからない。仮にトラックにあって警察に押収されていたら面倒だな。親父を警察署に忍ばせて盗むしかないか。

 

 片桐の証言からするとぼくのように能力が出現する人間が稀有で、それ以外の人間は当たっただけで死ぬというならば、他所にあるのは勘弁願いたい。

 

 

 また中年の刑事から聞かれたのはもう一つある。

 ぼくや彼女にあった貫いたような傷跡についてだ。

 

 この傷のある遺体がここ最近で数多く出ているらしい。

 被害者の中には、同業者であるパトロール中だった警官が同じように亡くなっていると聞く。

 

 

『長年刑事をしているが……他の場所と違いこの杜王町には昔から()()()()()が多い。曰く付きの場所は全国を探せばいくつか見つかるだろうが、この町もそうなんだ。………君は片桐以外に何も見ていないんだな?』

 

 

 その言葉を聞いて思いついたのは片桐の能力や、わたしのキラークイーンの存在だろう。

 

 もし警官の言葉が本当なら、この町にはわたし以外にもかつてから不思議な能力を持った人間がいるということになる。…いや、引き寄せられるのかもしれない。

 

 人が死ぬ場所は自殺者が集まる。同じように奇妙なこの町には、奇怪な人間が吸い寄せられるのだろう。

 

 

 片桐を鈴美の意思を無視して殺していればよかったのか。矢さえなければよかったのか。彼女を好きにならず、付き合っていなければよかったのか。

 

 それともあの時────彼女と公園で初めて出会った時、人生に折り合いをつけてさっさと家に帰っていればよかったのか。

 

 傷跡について「わからない」と語った時は、そんな後悔ばかりが渦巻いていた。

 

 しかしどう悔いたところで、時間は戻らない。

 世界は平等に、残酷に、進むことを強いる。

 

 

「本当に、憎いぐらい青い空だ」

 

 

 屋上から一望できる雲一つない空。死んだら魂は空に行くというが、彼女の魂もそこにあるのだろうか。

 不自由さが残る体で鉄柵を乗り越え手を伸ばせども、その距離はまだ遠く感じる。

 

「鈴美…」

 

 風が強く吹き病院服をさらう。下着の上にこれだけだと寒さが一層増すな。

 松葉杖を離し後ろに転がった音を聞きながら、鉄柵に座り込んだ。

 

 人間はいつも「死」の隣人であることを忘れてはならない。でなければいつの間にかその隣人に殺されてしまう。

 

 今はバブルだなんだと浮き立った奴が多い。好景気が終われば不幸に叩きつけられたソイツらが、自らその隣人にノックしに行くのだろう。

 

 しかし自死は愚かというが、本当にそうだろうか?

 

 生きている方が地獄な人間もいる。代わり映えのない日々に嫌気がさし、人生に区切りをつける人間もいる。

 

 

「……佐藤先生、あなたはどんな気持ちだったんだ」

 

 

 わからない。

 ただ今ぼくの心が「平穏」とかけ離れていることは確かだ。それも今までにないほどに。

 

 男児を誑かす悪魔(リリス)もぼくの心を解かそうとした太陽も、もういない。

 

 こんなただ狂ったような殺人欲求を持って、女の手に焦がれ続けて、それでも「普通」に生きたいぼくはいったいどうやって生きればいいんだ。わからない。

 

 どうしようもない、本当に。

 

 

 一歩、足が前に進んだ。

 こんな時でも杜王町の景色は美しかった。

 

 

 

「なにしてんだよォーー!!オメーーーッ!!!」

 

 

 

 不意に左腕を()()に強く引っ張られ、浮遊感を感じた体は鉄柵へとぶち当たった。

 ちょうど掴まれた部分が傷口であったことと叩きつけられた衝撃が相まって、呼吸が詰まる。

 

「ぐっ……」

 

 ぼくの腕を掴んでいたのは透けた小さい腕。青とピンクの二色で構成されており、明らかに人間ではないが人型ではある。所々ハートがあしらわれ肩から数本パイプのようなものが見られる。本能的にキラークイーンと似たものであると感じ取った。

 

「しんだら、かあちゃんやじいちゃんがなくのに……う、うぅ……」

 

 心臓が早鐘を打つ中、まだ小学生にもなっていないであろう子供がこちらを見ながら、段々目尻に涙を溜めていく。

 黒髪の少し長めの髪は日本人らしいが、吸い込まれそうな蒼い瞳に目が離せなかった。

 

 

「うわぁぁぁぁーーーーん!!!!」

 

 

 ついには泣き出した小僧の名は、東方仗助。

 その苗字にかつての警官の姿を思い出した。




(補足的なもの)

・片桐がナイフで一家を殺害した理由
→吉良の動向をアクア・ネックレスで追わせており、殺せる手段が限られていたため。

・前話のサブタイの意味
→彼女は、何処へ。
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